第21話 君が決めろ

 「ゴキンッ」と妙な音を立てた。


 カザルスが少しのけ反ると、剛士はすぐさま距離をとった。


 翔一たちは驚き、目を見張った。カザルスが死んでいないか心配したが、彼は何事もなかったように、体勢を戻した。なぜか嬉しそうだ。


「いい突きだ! 力強い。スピードもある。無駄な動きが少ない。修練を積んでいるな。わっはっはっ!」


 剛士は右腕をブラブラと振っていた。痛そうな顔は見せない。


「さあ来い! もっと君の力を見せてくれ!」

「後で吠えづらかくな」


 剛士は流れるようにカザルスに近づき、すさまじい速さで突きや蹴りを繰り出した。


 そのすべてが「荒浪」「人中」「蓮花」「鳩尾」「食句」と呼ばれる「殺点」だった。一撃で相手を昏倒させるツボであり、強く打てば即死の可能性もある。また「釣鐘」――股間――を全力で蹴り上げようとした。どこも稽古の時は必ず寸止めにする場所だ。


 が、剛士はこの時、寸止めなどしない。全力だ。周りで見ている者が風圧を感じるほどだった。


 ふつうなら全力で殺点を狙うことなどありえない。彼には分かっていた。ふつうに倒せる相手じゃない。相手は、あごを殴られてもノーダメージだったのだ。むしろ鍛え上げた自分の拳に痛みを覚えた。


 カザルスは楽しそうに、まるでサルが踊るように「ほいっ、ほいっ」と剛士の攻撃をよけている。


「がんばれー」

「まけるなー」


 エラリーやマリオは剛士を応援していた。


 翔一や秀樹は「剛士先輩を応援していいの?」と聞いたが、彼らは「決まってるじゃない」と平然としている。


 剛士は汗だくだった。


(くそっ! なんだ、このジジイ!)


 剛士はカザルスの服をつかみ、柔術に持ち込もうとする。しかしその手は、ことどとく払われてしまう。足をかけて転倒させようとするも、自分のバランスが崩される。


「すばらしい才能だ! だが、まだ型にとらわれている。動きにパターンがあれば、避けるのは容易だぞ」

「ほざけジジイ!」

「マリオ! 彼に木剣を貸してやれ!」


 マリオは「はい!」と返事し、剛士に木剣を投げつけた。


 剛士は、ぐるぐる回転して飛んできた木剣を掴んだ。


 黒檀のように、ずっしりと重い。これで面でも打てば、頭蓋骨は粉々になるだろう。


 チョコレートでベトベトしていたので、剛士はズボンで手を拭いた。


「それを使え」


 剛士は「誰が情けを受けるか」と、剣を投げ捨てようとしたが、「ひょっとして、使えないのか」と言われたので、カッとなってカザルスに打ちかかった。


「後悔するなよ!」


 上から下から攻撃するが、カザルスには当たらない。ひらひらと金魚が泳ぐように、剛士の剣をよける。時々、剛士の剣を振る腕に、スッと力を流して、剛士のバランスを崩す。


(くそう! 当たらねえ! 当たらなきゃ意味はねぇ。当てろ、当てるんだ……)


 剛士はフェイントを折り交ぜた。カザルスが剣をよける直前、蹴りを頭に打ち込む。カザルスはそれを「ほいっ」と手で軌道をずらそうとした時、剛士は自ら一回転し、カザルスの死角から剣を頭に叩き込んだ。


 翔一、保志、秀樹は「あっ」と目を見開く。あの勢いなら頭がスイカのように割られる。


 剛士には角材だって折る自信があった。


 が、当たる寸前、カザルスは剛士の剣をつまんでいた。


 割り箸でだ。


 剛士の目には驚愕の色が浮かんでいた。


 カザルスは「見事だ!」と言い、箸でつまんだ木剣をくるっとひねって、剛士から取り上げると、剣を箸でマリオに投げ返した。マリオは剣をぱっと両手で受け取った。


「形式にとらわれず、自由自在に術をくり出せるとき、型は形となるのだ。わっはっはっ!」


 カザルスは愉快そうに笑って、剛士の肩をバンバンと叩いた。


 剛士には戦う気はもうなかった。


「中に入れ! 遠慮するな。一杯やろう! わっはっはっはっ!」


 剛士は無理やり家に連れこまれた。


 翔一たちは、ここは武井さんの家なのに……、と思った。




 皆でちゃぶ台を囲んだ。


 剛士は酒を断り、ジンジャーエールを飲んでいた。一杯飲み終わると、保志が「ささ、どうぞ」と剛士のコップにジンジャーエールを注ぐ。剛士は「おう」とだけ言った。


「あんた、何者だ?」


 剛士はカザルスに尋ねた。


「わしはカザルスだ。わっはっはっ!」

「ディルダム王国一の冒険者だよ」とエラリー。

「お前こそ誰だ!」とマリオ。


 剛士は、えらそうな子供に「何を」と思ったが、素直に自分の名を言った。


 剛士は不器用だった。戦いを通して人を理解する。カザルスには悪意がないことを身体で理解した。


 剛士は空手のインターハイに出場したことが何度もあるが、カザルスの強さは、その選手たちとはレベルが違う。そういう人間的な強さではない。超人的なのだ。あの剣撃を箸でつまんで止めるなんて馬鹿げている。


 剛士は、カザルスを男として完全に認めた。北朝鮮の工作員だという疑いは、もはや微塵も持っていなかった。


 剛士の胸の内は、カザルスが何者で、何をしようとしているのか。そして彼の強さにたどり着くには、自分は何をしたらいいのか。そのことだけだった。


 尊敬する師匠、龍道先生が他界して三年。目標を失っていた剛士に、新たな目標ができた。



「コンタギオを追って、この世界に来たんだよ」


 エラリーが、さっき翔一たちにしたように、剛士に説明した。


「何だ? そのコンなんとかってのは」

「おそろしい魔人なんだぜ」とマリオ。

「魔人? ランプの魔人か? はっ、うけるぜ」

「馬鹿にするなよ! 父ちゃんも母ちゃんも、村のみんなも、アイツの仲間に殺されたんだ!」


 マリオが泣きそうな顔で、剛士をにらみつけると、剛士は「わりぃ」と謝った。


「で、北朝鮮に行くのは何のためなんだ?」

「日向くんの依頼だ。愛する女性を救いに行くのだ! わっはっはっ!」


 カザルスは愉快そうに笑った。剛士は「愛する女性」と聞いて、翔一を見た。


 翔一は、ビクッとして、秀樹のうしろに隠れようとしたが、秀樹も翔一のうしろに隠れようとしていて、どちらも隠れられない。


 保志は「まま、もう一杯」とジンジャーエールをすすめたが、剛士は「そんな炭酸ばっか飲めるか」と断った。


「マジで、すずを助けに行くんだな?」


 剛士は翔一をにらみつけた。翔一は「そう! です……」と答えた。


 剛士はカザルスに向って正座をした。


「カザルスさん。俺も連れて行ってくれ。俺もすずを助けたい……。この通りだ」


 剛士は頭を下げる。


「わっはっはっ! わしは構わんぞ」


 剛士の顔が明るくなった。


「だが、依頼人は日向くんだ! 日向くん、君が決めろ」


 剛士が翔一をものすごい形相でにらんだ。


 断ったら殺されそうだ。そう感じて、翔一はたじろいだ。翔一は見たことのない北朝鮮の兵士よりも、剛士の方が怖かった。もし、一緒に行くことになったら、しばらくの間、朝から晩まで、たぶん寝る時も顔を合わす。


 できれば一緒に行きたくない。


 翔一は秀樹の顔をうかがうと、秀樹は目をそらした。


 エラリーは「嫌なら断わっちゃえば」と言う。武井は「俺の船なら十人は乗れるぞ」なんて余計なことを言った。


 保志を見ると、彼は「がんばれ」とガッツポーズをしていた。


 翔一は勇気を出して剛士を見た。

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