第19話 異世界転移!?

 ヨンケイ新聞。社会部は今日も忙しい。


「楠田ちゃん! これ、『あしたか』乗組員の体験談じゃない。いったい、どうやって取材してきたの」


 デスクの佐々木は驚いて、電子タバコをポロリと口から落とした。


 楠田順子は、やっとこのオジサンの鼻をあかしてやったと、「フフン」と鼻を膨らませた。


「巡視船のことには触れずに、海保の特集組むって言って、取材してきました」

「特集の予定ないけど」

「これから組めばいいじゃないですか」

「そうね。でも、それだけじゃないでしょ。いったい何したの」

「内緒です」


 順子はドヤ顔をした。普通なら国家公務員が職務上の秘密を話すことなどないのだ。


「ま、いいや。とりあえず明日の朝刊は差し替えね。もっとネタあるんでしょ。段、増やせる?」

「もちろんです」

「じゃ、よろしく。あと、いつも言ってるけど、文章にもっと自分の感情とか意見、入れていいから。それも直してね」


 佐々木は順子の原稿をデスクの上に投げ置いた。


「新聞記事に個人的感情や意見を入れるのは、おかしいと思います」と順子はキッパリと言った。


 彼女は、新聞は中立であるべきで、事実をそのまま掲載するのが新聞の役割だと信じている。だから日ごろ、自分の勤める新聞社が、アメリカでは共和党、中東ではイスラエルよりだったり、原発を支持したり、やたらと他紙の批判をすることが許せない。


「でもさあ、君の記事って、いつも、つまらないじゃない」


 順子はカチンときた。


「ほら、あれ、なんかさぁ、まるで日本史の年表とか、冷蔵庫の説明書みたいなんだよね」


 順子は、冷蔵庫はコンセントを差し込むだけで使えるじゃない! 読む必要がないってこと? と思って怒りが込み上げてきたが、それを飲み込み、「フー、フー」と深呼吸した。


「だから、なんです?」

「え? だからオモシロく書いてね。おーい、山ちゃーん。社会面、差し替えねー」


 佐々木は受話器をとると、順子をおいて、誰かと電話で話し始めた。


「新聞は面白ければいいってものじゃありません!」


 順子は、原稿をひったくって席に戻った。


 椅子に座り、窓際にいる佐々木に向って、「ンベー」とアカンベエをした。佐々木が自分の方に顔を向けたので、順子はあわてて机に向き直った。




 あれから拉致問題に進展は見えない。政府が北朝鮮と会合の場を持ったという情報は入っていない。交渉は水面下でおこなっているのかもしれないし、ないのかもしれない。


 順子は国際部なら海外取材も出来るのにと悔しく思った。


 机の上には一週間前の新聞が置かれている。順子がはじめて担当した一面記事だ。佐々木にだいぶ手直しされてしまったが、それを見て、順子は翔一たちのことを思い出した。三柱町には三日ほど滞在した。本社に戻ってきてからは、あの町には行っていない。


 すずの母親や、翔一たちは、あれからどうしているだろう。


 順子は思いをはせた。




 武井の家。


 ちゃぶ台の上に、さきイカやチーズ、カニ缶、ポテトチップス、野菜スティックなどが山のようにある。畳の居間には七人が座って雑談していた。


「でねっ、そのコンタギオを追って、この世界に来たってわけ」


 女の子の姿に戻ったエラリーが言った。


 武井は、「まるでおとぎ話だ」と目尻を垂らしてエラリーを見ていた。保志は「マジかよ。すげー」と感心し、秀樹や翔一は、「そうだったのか」と、しきりにうなずいている。


「わっはっはっ! 転移したら雲の上だったから死ぬかと思ったぞ」


 日本酒を飲んだカザルスは、昼間以上に、上機嫌になっていた。


時の精霊スピリット・オブ・タイムは、キケンだなんて、ひと言も言わなかったんだぜ」


 とマリオが言った。彼は、はじめ裏の墓地が怖かったらしく、びくびくしていたが、今ではすっかり元気になって、お菓子をほおばっている。


「なんか、『磁場ノ影響デ、同ジ座標ガ、設定デキナイ。近似値デイイカ』なんて訳の分からないこと言ってたよね」とエラリー。


 保志が身を乗りだした。


「どうやって助かったんですか?」

「ふっふっ、あたしだよ」

「エラリーは空飛べるんだぜ」

「定員は二人までだけどね」


 と、スカートの下から尻尾を出して、くるくると回した。扇風機のように風がおこる。


 武井は目を白黒させ、秀樹は「萌えー」と顔をゆるませた。


「じゃあ、あとの一人はどうしたの!?」と翔一。

「わしか? 途中までエラリーにつかまって、地面の近くでジャンプした。わっはっはっ。危機一髪だ」


 秀樹は、最近、京都の山中に隕石が落ちたというニュースを思い出した。大きなクレーターが見つかったが、隕石は発見されていない。カザルスの落ちた跡だろうか。


「はじめ言葉は通じないし、困っちゃったよ」

「冒険者ギルドを探したのに、誰も知らないんだ」

「ひとり、ハローワークという名のギルドを案内してくれたな。わっはっはっ」

「でも、なんか違うのよね」


 そりゃそうだと、翔一、秀樹、保志の三人は同時に頷いた。


「そこのパソコン教室でインターネットとか、いろいろ教わったのよ」

「おれはゲームを教わった」

「教室の先生が服装についてアドバイスしてくれたのだ」


 翔一と秀樹は、あの黒服はパソコンの先生のせいか、と思った。『ブルース・ブラジャーズ』のファンだろうか。それとも『メン・イン・フラッグ』か。


「ま、わしが来たからには安心しろ。すず殿も友香子殿も助け出して見せよう。わっはっはっ」


 先ほどカザルスたちの変身や透明化の能力を目の前で確認した武井。はじめは目を疑っていたが、今ではすっかり信じている。


 酒の入っている武井は、今度は涙もろくなっていて、「くううう……、友香子をお願いします」とカザルスに頭をさげた。


 カザルスはドンと胸を叩いた。




 翔一は、一応、エラリーたちに、ゲームの『Magic of the Adventureマジック・オブ・ザ・アドべンチャー』を知っているか尋ねてみた。秀樹も保志も興味津々だ。


 が、エラリーとマリオは「何それ、おいしいの?」とか言う。カザルスも分からないようだ。翔一たちは不思議に思った。ゲームの世界から来た訳ではないらしい。


 カザルスが来たので、酒はあっと言う間になくなった。保志は「じゃ、オレ、もう数本持ってくるわ」と武井の家を出た。翔一は、今度は誰のツケにする気だろうと思った。秀樹は「手伝おう」と一緒について行く。



 秀樹と保志が、酒とジュース、缶詰を調達して、武井の家へ戻る時だった。暗く細い道だ。外灯の下に、突然、三谷剛士が現われた。


「おい、お前ら、止まれ」


 秀樹と保志は、立ふさがった剛士を見て、顔を引きつらせ、すぐさま回れ右をした。


「待てって言ってるだろ」


 剛士は二人の背後から近づき、二人の肩に両腕を回した。頬と頬がくっつきそうに近い。秀樹と保志は、のどをゴクリと鳴らした。

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