第17話 先輩救出大作戦
秀樹は、日本から北朝鮮にかけての地理や政治、軍事などの話を三人に話し、またカザルスたちの望む資料を、ネット上から集めた。
秀樹は興奮していた。
彼は本物のカザルスなんじゃないか。ぼくたちのために、ゲームの世界から飛び出て来たんじゃないか。さっき見た魔法には目の玉が飛るかと思った。まさか本当に魔法があるなんて。でも、よくよく思い出すと、魔法というよりも、最先端の光学迷彩という感じだったな……。聞きたい。カザルスに詳しく聞きたい。
だけど、一般的なネットマナーと同様に、「
秀樹は、そう考え、うずうずとした気持ちを抑えていた。
「なるほど……、北朝鮮の首都は
カザルスは腕を組んだ。
「はい、そこに朝鮮労働党の庁舎があります」
「じゃあ、そこに侵入して、役人を捕まえて聞けばいいのね」
「捕まえた役人が監禁場所を知らないかもしれません」
「なら、知っている人を見つけるまで、百人でも千人でも片っぱしから捕まえればいいのよ」
「わっはっはっ! エラリー、こっそりだ。こっそりってことを忘れるなよ」
「国務委員長のような偉い人なら知ってるかも。知らなくても、その人の部下とか……」
「じゃあ、こっそり侵入して、その国務委員長を、しめ上げればいいのね」
「警備が多いかもしれんな」
「みんな、ぶっ飛ばしちゃいましょ」
エラリーは、シャドーボクシングするように、拳をぶんぶんと振った。
「あのう、助け出したあと戦争にならないように、できるだけ穏やかにお願いします」秀樹は念を押した。
「大丈夫だ。わしに、まかせろ。向こうの役人に変身して、庁舎へ潜入すればいいだろう。問題は、その平壌までだが……」
秀樹はパソコンの画面に地図を広げた。
「現在地はここ、丹後半島です。平壌は、朝鮮半島の東側、
カザルスは「なるほど」と頷いた。
「船を透明にすれば見つからないよね」とエラリー。
「言葉はとうするんです? 尋問するにも言葉が通じないと」
「うん、それは大丈夫。あたしに任せてちょうだい。あたしたち日本語だって一日で覚えたんだから」
秀樹が「一日! それも魔法?」と驚く。エラリーは「ちょっと違う。めんどくさいから説明しないけど」と答えた。
「食料や飲料水を調達しなくてはな。市場まで案内してくれるか」
「ええ。では『スーパーいわがき』に行きましょう。となりの小学校の横です」
マリオは子供の姿で、喫茶店の女性店主に干し芋をもらって、「うまい、うまい」と食べていたが、エラリーに呼ばれて戻ってきた。
カザルスは目立つからと言って、また三人とも黒服に変身する。
秀樹は、黒服も目立つのに……、と思った。
喫茶店女性店主のカザルスを見つめる視線は、なぜか妙に熱かった。
一方、船の調達をたのまれた翔一は、しばらく埠頭で座っていたが、「そうだ、増田さんがいた」と、釣り船「若狭丸」の船長を思い出した。
翔一のご近所さんで、翔一は父と、よくその船で釣りをした。文芸部でも、みんなで彼の船に乗ったことがある。翔一にとって、明るくて気さくな、お兄さんだった。
日曜なので「若狭丸」は海に出ているかと思ったが、船は港にある。増田はいない。
自宅かと思って、家を訪ねると、お腹のふくらんだ奥さんがいるだけで留守だ。彼女が「サーフィンに行ったのよ」と教えてくれたので、翔一は海水浴場へ行こうとした。
家を出た時、増田がちょうど車で帰って来た。健康的な小麦色の肌だ。白い軽自動車の屋根には、これまた白いサーフボードが乗っていた。
増田は車から降りすと、びっくりした顔で、翔一を見た。
「おう! 翔一。すごい顔だなぁ。あれか? また剛士にやられたのか? アイツ、しょうがないヤツだなぁ」
「これは大丈夫です。それよりも、ちょっと、あの、船のことで」と、翔一は話題をそらした。
増田は「あ、ちょい待ち。中で話そうぜ」と言って、翔一を家へ連れ込んだ。彼は「今日は風がだめだった」と明るく悔しがっている。
「えーと、いつだい?」
増田は船の予定表を開く。彼の奥さんが、お茶を二人の前のちゃぶ台に置いて、また部屋を出て行った。
「明日なんですが……」
「うお! 急だねぇ。船は空いてるけど、月曜だろ。学校は大丈夫か?」
「は、はい。学校はいいです……。で、四人くらい乗れますか」
「ぜっんぜん乗れる! 他に予約はない」
「あのう、すごく頼みづらくて……、ちょっと遠くまでお願いしたいんですけど……」
翔一は、おそるおそる本題に入った。
「あ、いいよ、いいよ。沖釣りね。大物ねらいか?」
増田はうれしそうに身を乗りだした。
「あの、も、ちょっと、遠くまで……」
「ひょっとして島か? 隠岐か? 佐渡か?」
「あのう…………、そのう…………、北朝鮮です」
増田は「ブブーッ」とお茶を吹き出した。
驚いた顔だったが、すぐに「カカカカカッ、一本とられた。マジで驚いたぜ。傑作だ」と笑った。
「で、どこまでなんだ?」と増田が言うなり、翔一はガバッと土下座をした。
「増田さん! オレ本気です! 拉致されたすず先輩を助けてくれる人を見つけたんです! 明日、いっしょに出発する予定です! お願いします! どうか、この通り。北朝鮮まで運んでください! お願いします!」
増田は、おでこを畳に必死にすりつける翔一を見て、真剣に悩んだ。
すずのことはよく知っているし、拉致されたことも、もちろん知っている。そして、何より、翔一が真面目なこと、翔一がすずに恋していることにも気づいていた。
この夏休み、ついひと月前だった。すずと翔一は、「若狭丸」の上、二人ならんで釣り糸をたらし、魚を釣っては喜び合っていた。ゴカイを触れないすずの代わりに、翔一が毎回、釣り針に餌をつけてあげていた。
できることなら力になってあげたい。増田は心からそう思った。
「翔一……」
長いこと悩み抜き、増田は翔一に声をかけた。翔一が顔をあげると、今度は増田が翔一に土下座をした。
「すまん。乗せてやりたい。送ってやりたいが、すまん。できない。許してくれ。今、あいつのお腹には赤ん坊がいるんだ。もうすぐ生まれる。俺は、あいつらを残してあぶない橋を渡れない。この通りだ! すまん!」
頭を畳に擦りつける増田に、翔一はおどろいて、頭をあげるように頼んだ。船で北朝鮮に近づくだけでも命がけなのだ。
翔一は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
翔一は「すみません! 気にしないでください、忘れてください」と謝りながら、増田の家を出た。
三柱漁港の西南には斜張橋、橋の東に荷捌き場がある。その前が京都府漁業組合三柱支部だ。
翔一はガラス戸越しに支部の中をのぞいた。誰かいるようだ。取っ手を引くと鍵はかかっていない。翔一は「こんにちはー」と言って、おそるおそる中へと入った。
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