第16話 冒険者と高校生

「わっはっはっ。そう緊張しなさんな。取って食いやしないぞ」


 黒服の男は快活に笑った。恐ろしい威圧感は一瞬にして消えさった。秀樹は、ほっとして右手を差しだす。


「初めまして。遠方、よくいらっしゃいました。ぼくが日本冒険者ギルド長の大野秀樹です」

「オレは日向翔一って言います」


 翔一はあわてて秀樹のように男と握手をした。


「カザルス・ヘンドリクス・セゴビアだ。よろしく。ずいぶんと若いギルド長だな」


 男は感心した顔で言った。


 右のほっそりとしてセクシーな女は「きっと優秀なのよ」、左のマッチョな男は「いや分からないぞ」と囁く。


「ご注文は?」


 いつの間にか、喫茶店の主人が横に立っていた。キルトの長いスカートで、白髪は綺麗にポニーテールにしていた。


「エールをくれ」

「あたしはミルク」

「おれは水」


 各々注文すると、さっそく本題に入った。四人席だったので、水を頼んだマッチョは、ガリガリと椅子を引きずって来て、黒服男女の後ろに座った。


「あたしから、いい?」


 女性が口火をきった。


「あたしたち、この国に来て、まだ日が浅いの。詳しく教えて?」


 翔一と秀樹は、彼らは日本人じゃないのか、もしや外国のスパイじゃないかと想像した。それなら、もしやと、すず救出の期待を高める。


 秀樹が、一週間前のすず先輩が拉致された状況と、日本と北朝鮮の関係をざっと説明した。社会科にうとく説明下手の翔一は、秀樹の横で静かに座っていた。


 三人の黒服はフンフンとあいづちを打ちながら聞いていた。見た目と不釣り合いなほど愛嬌のある聞き方だ。


 秀樹の話が一段落すると、カザルスは「ゆるせん!」と木製のテーブルを叩く。その迫力に翔一たちはビクッとした。喫茶店の主人も「なに?」と視線を向けた。


「一人、遠く離れた場所に連れ去られて、さぞかし心細く、辛いだろう……。親御さんの気持ちも察するにあまりある……」


 カザルスは、「ウッウッ……」と泣きはじめた。「ほんと、ひどいわねー」と女性も同情した。後ろのマッチョは、ストローでコップの水に息をブクブクと吹き入れて遊んでいた。


 カザルスは翔一を、熱い目で見つめた。


「君は、身体をはって愛する女性を守ろうとしたのに、敵国に彼女を奪い去られてしまったのだな!」


 剛士に殴られた昨日の傷が痛々しい。翔一は、「あ、いや、これは……」と説明しようとした。


「いい! 何も言わなくていい! その気持ちは痛いほど分かる! 口にするのも辛いだろう! 女のために、よく戦った。えらいぞ! 君は男だ! 男の中の男だ!」


 翔一は、すずのことを、「愛する女性」とか「彼女」と言われ、さらに分不相応な賛辞をもらい、赤く腫れた顔がさらに紅潮した。女性が秀樹に質問する。


「日本ていう国は軍隊を持っていないの? 助けにいかないの?」

「憲法があるから自衛隊は派遣できないと思う……。PKOでもないし、人道復興支援でもないし……。第一、そんなこと北朝鮮がゆるすはずない。ぜったい宣戦布告だと思われちゃって、戦争になっちゃいますよ。たぶん、たくさん人が死ぬと思う……」


 秀樹は、よく分かっていなそうな翔一に耳打ちした。


 1910年に日本が、国土防衛のためと富国強兵のために、韓国を無理やり併合したこと。つい100年前まで、日本は軍国主義で、中国やロシアなどと戦争ばかりしていたこと。北朝鮮は日本と死ぬ気で戦うだろう。中国、ロシアは日本の進軍を許すはずはない。日本と同じアメリカと同盟関係にある韓国は、中国、ロシア以上に日本に反発する可能性があると。


「なるほど、ふんふん」と翔一は頷いた。

「何で、その子はさらわれたの?」

「分かりません。もしかしたらスパイにするためかもしれないけど……」


 秀樹が翔一を女性の相手をしていると、カザルスはまたテーブルを叩いた。


「よし! わかった! 大っぴらに動けないから、冒険者ギルドで依頼を出したということか! このわしにまかせろ! 必ず、そのすずという女性を助け出してみせよう。わっはっはっ」


 翔一は、自信満々なカザルスに不思議な安心感を得た。


「ありがとうございます」と秀樹と二人で頭を下げる。女性は「報酬の話、忘れないでね」と笑った。




「どのように助けるか、作戦をお聞きしてもいいですか?」秀樹は尋ねた。


 カザルスの自信はどこから来るのだろう。よほどスゴイ作戦や、侵入のツテがあるのだろうかと、ワクワク感と、失敗は許されないという不安感が混ざっていた。


「そりゃあ、決まってる。その北朝鮮という国に乗りこんで、彼女を見つけ、連れて帰る。それだけだ」

「大丈夫。カザルスならできるよ」

「カザルスさまを信じろ」


 三人は口々に言った。


「見つけるって言っても、どうやってです? どこに監禁されているかも知らないのに」

「決まってる。偉そうなヤツを捕まえて、口を割らせるのだ。わっはっはっ」


 秀樹は、それをどうやってやるのか知りたいのだが、女性は「心配しないで。あたし、拷問の方法、知ってるから」と言った。


「あの、北朝鮮にはどうやって行きます?」

「海の向こうでしょ。船に決まってるじゃない」


「でも、船で行ったら、すぐに見つかって捕まっちゃいますよ。捕まったら拷問されて死刑になるかもしれません。場合によっては、船ごと攻撃されて沈没するかも。たとえ上陸できても、北朝鮮には百二十万人を超える兵士がいます。そんな中で目立たずに、どうやって偉そうなヤツを見つけるんですか。ちょっとでも怪しまれて戦闘にでもなったら、ぜったいに死にますよ。そしてそれが日本人を連れ帰るためだったら、ただでさえ悪い日朝関係がさらに悪くなって」


 マシンガンのように言葉が出てくる秀樹に、女性は「ちっ、めんどくさいわね」と、ちょっとイラ立ち、後ろのマッチョは「百二十万人……」と兵士の数に衝撃をうけていた。


「よし! 分かった! こうしよう! こっそり乗りこんで、こっそり彼女を見つけ、こっそり連れ帰る。それでいいな!」


 カザルスは、ざっくりとまとめた。これなら文句はないだろうと。


 秀樹は困った。それでいいが、そういうことじゃない。どうやって、が知りたいのだ。


「カザルスさま、こいつ、カザルスさまの力を知らないんじゃ……」

「マリオ、一応、ギルド長に向って、こいつはないでしょ」


 マリオと呼ばれた男は「はいはい」と女性に返事をした。


「なるほど。わしの力を見たかった訳か。そりゃそうだ。任務を果たす力のない者に、仕事の依頼はできないな。よしっ。これでどうだ」


 カザルスは自分の胸の前で手を動かす。すると、黒服にサングラスという彼の姿が、プロジェクターマッピングのように光り、まるでゲームの世界から出て来たような冒険者の姿に変わった。


 質素な茶色のマントを羽織り、帽子をかぶっている。セクシーな女性は、中学生くらいの女の子。マッチョは幼稚園児くらいの男の子に変化した。着替えた訳ではない。変身したのだ。


 秀樹と翔一はポカンと口を開いた。


「次はこうだ」


 カザルスは、呪文を唱え、木のテーブルを叩いた。すると、テーブルは端から、まるでオセロの駒をひっくり返すようにパラパラと透明に変わっていった。全てがガラスのテーブルだ。ただし光は屈折も反射もしない。テーブルの上のコーヒーカップやナプキンなどが、まるで宙に浮いているようだった。


 秀樹と翔一は驚き、不思議そうに、テーブルを上から下から見たり、コンコンと叩いたりする。


 カザルスが「どうだい?」と聞くと、二人はコクコクと首を動かした。喫茶店の女性は驚きのあまり、完全に固まっていた。


 魔法なんて現実世界にはありえない。だが目の前で起きたのなら、それはあるのだ。先輩を助けるためだ。今は余計な疑問をはさんでいる余裕はなかった。


 困ったときに現れた助っ人。はじめて見た魔法。ご都合主義バンザイだ。


 カザルスたちが何者なのかは、後でゆっくり聞こう。秀樹と翔一は、そう思った。




「よし! 今日準備して、明朝には出発する」

「そんな急に!」


 驚く秀樹。だが、翔一は、


「すず先輩は、今もたった一人で不安に怯えてるんだ。オレも行く! カザルスさん! オレも一緒に連れて行ってください!」


 と頭を下げた。秀樹は「お前も行くのか!」と驚きの表情を翔一に向けた。


「よし! 来い! じゃあ、日向君、君は船を調達してくれ!」

「はい!」

「よろしく頼む! 大野ギルド長は、より詳細な情報をくれ」


 秀樹は「はい」と、カバンからノートパソコンを取り出し、北朝鮮や日本の地図を表示させた。


 カザルスはグラスに口をつけると、「このエール、甘っ、だが冷たくてうまっ」と、ジンジャーエールをごくごくと飲みながら、秀樹の話を聞いた。


 男の子と女の子は「ちょっと、あたしのミルク飲まないで」「少しくらい、いいじゃないか」ともめていた。




 翔一は元気よく返事をして、ひとり喫茶店を出て港へ向かったが、閑散とした魚港を見て佇んだ。


 漁船が十数隻ほど係留されている。小型のボートのようなものを含めれば三十隻以上だ。ボートの多くは岸に上げられている。翔一は途方に暮れてしまった。


(船の調達って、どうすればいいんだ……)


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