第15話 日本冒険者ギルド
話は現代に戻る。
アメリカ、マサチューセッツ州。
ブーカーレーン・マイセオン社の役員会議室には、高級なスーツを着た男たち十人ほどが、大きな黒いテーブルを囲んでいた。
その中心で、社長のジェームス・キッシンジャーは無表情に役員たちの報告を聞いていた。
テーブルの上のレポートには、日本政府、防衛省、それぞれの動きが、こと細かくまとめられていた。北朝鮮が日本人を拉致した事件は、彼のもとにはリアルタイムで届いていた。
ブーカーレーン・マイセオン社は、世界の五指に数えられる軍需産業。主に、ミサイル防衛システム、電子戦システム、指揮統制システムなどを開発し、また軍事諜報においてはトップ企業であった。
キッシンジャーは社長であるとともに、アメリカ国防政策委員会のメンバーである。副社長のリチャード・スミスは元CIA長官。スミスは今現在イスラエルにおり、この場にはいない。
日本の北朝鮮に対する反発が高まっていた。
キッシンジャーは、これをチャンスだと考えた。ブーカーレーン・マイセオン社は、パトリオットPAC3に次ぐ、新たなミサイル防衛システム(MD)イージスアショアを日本に売り込んでいたが、日本は難色を示していたのだ。
日本政府を動かすのは容易い。日米合同委員会を通して命令すれば、操り人形同然だ。
だが、日本国民の抗議運動が活発化すると、システムの導入が遅れる。タイム・イズ・マネーなのだ。
怒りと不安をあおれば、必ず動く。
彼は、そう確信した。すべきことは今までと同じだ。すべてはビジネスのため。
キッシンジャーは、ロビー活動の指示を細かく出していった。
日本。京都、三柱町。
大野秀樹の部屋は、さまざまな機械類やパソコン機器、フィギュアで埋められていた。本棚には、コンピュータ―や機械工作関係の本が多い。なぜか政治や歴史の本もいくつかあった。
「まじか?」
翔一が、拉致されたすず先輩を奪還するのを手伝って欲しいと頼むと、秀樹は彼の言葉をうたがった。その気持ちは痛いほど理解できた。
だけど、拉致問題は、長年、日本政府が動いても解決できなかった問題だ。個人レベルじゃ、どうしようもない。秀樹は、そう思っていた。
翔一の目を見た。決意を固めた目だ。光り輝き、力に溢れている。
決して剛士に殴られて、おかしくなった目ではなかった。
「だけど……」
「たのむ!」
翔一は勢いよく頭を下げた。秀樹の、出かかった言葉は、咽喉の奥に飲み込まれた。秀樹だって、先輩を助けたいのだ。
しかし、どう考えても現実的な方法が思い浮かばない。ハワイに行って人を探すのとはぜんぜん違う。それだって容易じゃないが、国交のある国に行くんじゃない。ほとんど敵対している国なのだ。
秀樹は考えた。現在、日本から北朝鮮行きの飛行機はない。船すらない。北朝鮮に、例えば中国経由で入国したら、その時点でどうなるか。拘束され、どこかで一生監禁、懲役させられてもおかしくない。ミイラ取りのミイラだ。日本への敵愾心を植え付けられた国で、拉致された先輩をどのように探せば良いのか。
朝鮮語だって話せない。韓国語ならテレビでもラジオでも、色んな講座で学べるが、たとえ必死に勉強して流暢に話せるようになったとしても、北朝鮮と韓国の言葉は、日本の標準語と大阪弁よりも違う。北朝鮮人でないことはすぐにバレる。
飢えた独裁国家に治安はあってないようなものだ。バレた時にどうなるのか。そう考えただけで、秀樹はブルブルと身体を震わせた。
「力を貸してくれ」
「もちろんだ」
と答えたもののアイデアがない。
「翔一、力になりたい。だけど方法がまったく思いつかない」
翔一は「秀樹でもか」と肩を落とした。
「方法が分からない時は……」
「人に聞く、だから、オレは秀樹の所に来たんだ」
「たしかにね、三人寄れば文殊の知恵、って言うしな」
ふたりは保志の顔を思い出した。
そして、すぐに頭を振った。
あいつはいいヤツだ。親身になって考えてくれるに違いない。だけど、きっと物事を面倒くさくするだけで、ろくなことを考えないだろう。ふたりはそう思った。
「よし! 『日本冒険者ギルド』で聞くか」
「秀樹のサイトの掲示板だな」
「ああ。毎日数万人が見ているはずだ。誰かが、きっとすごい考えを教えてくれるさ」
さっそく秀樹はデスクトップを起動させた。そして『日本冒険者ギルド』のサイトを開き、管理者からの「クエスト依頼」を作成し、トップページに表示させた。
緊急クエスト!
「北朝鮮に拉致された女子高生の救出」
大好きな女性が北朝鮮に拉致されてしまいました。どうか助けるのを手伝ってください! どのように助けたら良いか教えてください!
「これでよし」
「秀樹、この『大好きな女性』ってのは……」
「ちがうのか?」
「そうじゃないけど……」
言い合っているうちに、続々とメッセージが届く。ほとんどは同情のメッセージだ。翔一は、こんなに早く反応があるものかと驚き、それらを読み進めていった。
「傭兵を雇って攻め込め」
「北朝鮮の兵士を買収しろ」
「核ミサイルを撃ち込むとブラフをかけろ」
など、アドバイスが次々に送られてくる。彼らはひとつひとつに感謝の返事をしていった。
中には、「直接あって話をしたい」というメッセージもいくつかあった。
明日は日曜だ。ふたりは京都か大阪、神戸くらいまでなら足を伸ばそうと思った。東京や北海道でと言った人もいたが、それらは申し訳ない気持ちでことわった。
ひとつのメッセージがふたりの目を引いた。
「ギルド本部を訪ねたい。あるいは拉致された現場近く。そちらの都合の良い時間と場所を指定して欲しい」
ふたりは顔を見合わせた。
「直接、話を聞きたい」翔一は真剣な目をして秀樹を見た。
「つき合うよ。明日セッティングできるか聞いてみよう」
ふたりは、明日一番に会いたいとメールをした。
三柱町は、田舎で交通の便が悪い。町に駅はない。隣町からタクシーを使って来るしかない。京都の中心部から2時間半はかかる。来てもらうことに、ふたりは心苦しく思った。が、それ以上に、期待に胸を膨らませていた。
「ハンドルネームは、カザルスってある」
「翔一、知ってるか?」
「もちろん。
カザルスは『Ma
きっと彼のファンだろうと、ふたりの意見は一致した。明日会う相手が同じゲーム仲間であることで安心感があった。
日曜日の朝。
漁港は休み。喫茶店「憩い」は今日もすいていた。
コーヒーカウンターの上に置かれた竹の盆ザルには、薄く切ったサツマイモがキレイに並べられていた。その横でサイフォンがコポコポと音を立てている。
緊張した面持ちで、相手を待つ翔一と秀樹。四人席に並んで座っていた。
待ち合わせは10時。時間ちょうどに、カランカランと音をたててドアが開いた。二人はゴクリとつばを飲み込んだ。
入口に立っていたのは、三人の人物だった。壮年の男二人に女一人。
三人とも上下黒服に黒いサングラスかけている。凄まじい威圧感だった。彼らは殺し屋かもしれない。翔一と秀樹はそう思った。
彼らは翔一たち以外に他に客がいないことを見ると、ゆっくり近づいて来た。
翔一と秀樹は立ち上がった。中央の黒服が二人の前に立ち、サングラスの奥から、翔一の顔をまじまじと見つめた。
翔一は、一瞬、このまま逃げ出したいと思った。猫の前のネズミの気分だ。しかし、すず先輩を助けるためだ。そう思い、逃げ出すのを思いとどまった。
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