第5話 文化祭で告白!?

 九月九日。日曜日。


 桜田高校の文化祭には多くの人が集まり賑わっていた。あちこちに色鮮やかなポスターや垂れ幕で飾られている。たこ焼き、焼きそばなど色んな店が軒をつらねている。そこかしこからキャーキャーと楽しそうな声や、元気な客引きの声があがっていた。



 大野秀樹は、ゲーム内のスマートな学者の装いとはうって変わって、実際は小太りで背もそれほど高くない。彼は、人ごみの中に、日向翔一と細野保志を見つけ出すと、「おーい」と言い、人をかき分けて走ってきた。そして、フフンッと鼻息を荒げて、メガネを鼻の上でクイクイと動かして見せた。


「タラーン!」

「え?」

「なに?」


 翔一と保志はとまどった。秀樹が花粉症メガネを見せびらかしているように思えたのだ。


「これだよ、これ! くーっ、昨日言いたかったけど、直接見せたくて我慢してた」と、今度は両手でメガネのつるを持って前後に動した。

「メガネ?」と翔一。

「えっ、まさか、ウソだろ、もしかして、それアレか? 最新の……」


 保志の眼の色が変わると、秀樹の顔に優越感の色が現われた。


「はっはっはっ、さすがは保志君、よく気がついたね。見事だ。あーっはっはっ」

「うわっ、すげーな! 『ステータスワン』じゃねえか」


 食いつく保志をよそに、翔一は訳が分からなかった。


「えっ、なに? メガネがどうしたんだよ」。

「お、おい、よく見ろよ。ほら、これ、今月発売になったヤツだよ」


 秀樹は、翔一の反応が信じられないように、メガネを外して、彼に見せた。グラスの横には目に見えないほど小さなプロジェクターがついている。


「え? え?」


 分からない翔一に、秀樹と保志は二人がかりで説明した。



『ステータス1』は最新式のスマートグラスだ。いっけん普通のメガネのようだが、スマホと連動する情報端末である。ヘッドマウントディスプレイのような高精細な映像は表示できないが、AR(拡張現実)技術により、自分の体温や脈拍、血圧、心電図などのバイタルサインを網膜に投影する。


 まるでゲームにおけるステータス画面のような感じであり、一部の熱狂的なマニアの心をわしづかみにした。


 これはマニア向けではない。スマホを介して遠く離れた人に生体情報を送ることができるのだ。独り暮らしの老人と離れて暮らす家族の需要があった。レンズの度数は細かく変更可能であり、誕生日や敬老の日の贈り物としてプレゼントする。離れていても、メガネをかけていれば、その人の健康状態、かけていなければ、どのくらいの日数メガネを使っていないかが、地球上の、どこにいても分かる。


 海外で先行発売していたが、特にアメリカやヨーロッパでヒットしていた。スポーツをする中年以降の人の需要が高かった。自分の血圧や心電図を確認しながらランニングをしたり筋トレを行える。運動中に心臓麻痺とかシャレにならない。安全にトレーニングを行えるのだ。


 また、GPS機能を利用としたナビゲーションシステムを搭載し、道を歩くのにも、ジョギングする時も、車を運転するのにも、手元の画面を見る必要がなかった。目の前の視界に、道順が合成されるのだ。これは非常に楽だと評判になった。


 もちろん、スマホで見ることの出来る画像、様々な書類も視界に映すことが可能だ。仕事で講演する時。プレゼンなどの発表時。それらが容易になった。


 学校や資格試験でのカンニング防止については、これから対策が施されていくことだろう。



 秀樹はこれを、ネットショップ「マルゾン」で取り寄せたばかりだ。彼はこういう新しいメカには目がなく、すぐに手に入れては友人たちに自慢していた。


 ちなみに、それが出来るのは小遣いをたくさん貰っているからではない。彼の運営する情報サイト『日本冒険者ギルド』の広告収入と寄付があるからだ。


 オンラインゲーム『Magic of the Adventureマジック・オブ・ザ・アドヴェンチャー』、通称、MOTAには、さまざまな謎解きやパズルがある。それが解けないとアイテムが手に入らなかったり、ダンジョンなどで先に進めない。


 例えば、アイテムがしまわれている宝箱に、「10進法において7桁以上の回文素数を3つ入力せよ」とか、「2つの連続した自然数のそれぞれの素因数の和が互いに等しくなる組で、2万以上のものを3つ入力せよ」などと記されていた。


 プレイヤーから「MOTAの制作者は頭がおかしい」と言われている所以だ。


 秀樹はそれらの解答の多くを、この『日本冒険者ギルド』で公開していた。新しい謎を解く依頼を引き受けることもある。MOTAのプレイヤーから神サイトと呼ばれていたが、それらの謎は、ほとんど、翔一が解いていた。



「翔一、ホントこういうの、遅れてるな」

「テレビや雑誌でも話題になってただろ」


 保志と秀樹は口をそろえて言った。


「わるかったな」

「すず先輩のことしか頭にないのかよ」

「数学だけはオリンピック級なんて信じられないね」

「うるさい。語学も悪くないよ」


 翔一はムッとして言ったが、語学の成績はいつも及第点ギリギリだ。論理は得意だが、記憶がダメなのだ。


「まあ、いいや、翔一、告白、がんばれよ! じゃ、ぼくは化学部の仕事があるからさ」


 秀樹はメガネをかけ直し、校舎の方へ歩いて行った。


 翔一は、メガネを自慢したかっただけかよ、と思ったが、もしかしたら緊張をほぐそうとしてくれたのかもしれないと思い、「ああ、また」と手を振った。




 文芸部一年生の南香織かおりは、鼻の下にシャープペンを挟んで、教室内をうろつき回っていた。


 ほとんどの机は教室の後ろに積み重ねられ、中心に島のように残されたいくつかの机の上に、『サクラダファミリア』が山になっている。


 彼女は、校内を見て回りたいのに、当番の時間は、この教室で文芸誌を頒布しなければいけない。翔一は、ぼんやりと窓の外を見ていた。


「先輩なんか暇ですねー」

「あ、ああ……」

「一生懸命書いたのに、読んでもらえないと寂しいですよねー」

「ああ……」

「先輩、聞いてます?」

「ああ、そうだね……」


 心ここにあらずの翔一に、香織は「もうっ」とすねる。


 この日、翔一はずっとうわの空。時々、人が入って来ると、すずかと思って反応するが、お客さんだとガッカリする。


 自由時間の時は、すずがなかなか見つからない。見つけた時は、誰かと一緒。結局、文化祭が終わるまで、彼女と二人きりになるチャンスは巡ってこなかった。




 片付けが終わり、文芸部はいったん集合してから解散となった。


 一年生たちは帰って行く。二年の白井健二と天海みのりは二人で仲良さそうに部室を出て行った。


「あのふたり、付き合いはじめたみたいね」さおりがニヤニヤして言った。

「えっ? うそ、ほんと?」すずは驚く。

「絶対よ。見ればわかるじゃない。ねえ、日向もそう思うでしょ」


 翔一は、それどころではなかった。いま部室にいるのは三人。あとひとり。さおり先輩さえ帰れば、すず先輩とふたりきりになれる。どうやって、さおり先輩を帰そうか、と翔一の灰色の脳細胞は、その計算で手一杯だった。


 タイムリミットが刻々と迫ってくる。その一方で、翔一は、このままなら告白しないですむ、と考えていて、頭は空回りしはじめた。


「ああ! どうしたらいいんだ!」

「どうもしなくてもいいわよ。温かく見守ってあげなさい」と、さおり。


 翔一の耳には、さおりの言葉が届かない。もう、さおり先輩の目の前で告白しようか……。それもアリだと思った。もし成功したら、みんなに知れわたる。今さらなんだ。


 心の中で保志の声が響く。


「今しかねぇ、今しかねえんだよ! 時間は待ってくれねぇ。告白しないで後悔するんじゃねぇ。当たって砕けろっ!」


 翔一の心は固まった。


 翔一は顔を真っ赤にして、すずの目の前に立った。そして両手ですずの両肩をカシッとつかんだ。


「すず先輩!」

「は、はい!」


 すずは反射で返事をした。びっくりして目を見開いている。さおりは「まあっ」と嬉しそうに両手を口にあてた。翔一が、言葉を続けようと、口をパクパクさせていた時だ。部室の戸がガラガラっと開いた。


 三谷剛士が「ういーす」と言いながら、部屋に入ろうとして、すずと翔一に目を止めた。


 刹那、剛士の顔は、鬼の形相へと変わった。

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