第2話 MOTA

 MOTA仮想空間内。


 アオブシル王国首都。


 深夜。昼には大勢の人々や獣人たちで賑わう中世風の都市は、今ではひっそりと静まり、満天の星につつまれていた。その一角、薄暗い酒場では、灰色の服をまとった魔術師が二人の男と話をしていた。


 一人は派手な服装、遊び人風の男。もう一人は学者のようないでたちだ。他に客はいない。遊び人は魔術師に問いかけた。


「翔一。どうだった? できたか?」

「できたかって何だよ。それにここじゃ、オレのことはミスランディアと呼んでくれって、いつも言ってるだろ」


 翔一と呼ばれた魔術師が答えた。


「ぷぷぷっ。オレのことはミスランディアと呼べ! オレ様が、あっ、このオレ様が、ミス! ランディアだ!」


 遊び人がガッツポーズをして茶化す。彼は細田保志やすし


「うるさい」と、魔術師はどこから取り出したのか緑色のスリッパで遊び人の頭をはたいた。花火のように光るエフェクトがキラキラと現われて静かに消える。


「いてっ!……って痛くないんだけどねー」


 舌を出す遊び人。そこへ、メガネをかけた学者が割って入る。彼は大野秀樹。


「翔一。オレも聞きたい。すず先輩に告白したのかよ」


 魔術師は「ああ」とお茶を濁した。


「したか! どうだ、どうだった? 返事は?」と、テーブルに身を乗り出す学者。

「あ、うん。返事は……否定じゃない……」

「おっ! やったか? 成功か! じゃ、じゃあ、つき合うのか!? すず先輩と、ついにリア充生活、まっしぐらか?」

「あ、いや、その……、肯定でもない……」

「え、保留か? 返事は待ってくれって……」


 翔一はテーブルを、バンッと叩いた。


「う、うるさいな。まだだよ。今日も告白しようとしたけど、出来なかった。下駄箱に手紙すら入れられなかった。すず先輩、文芸部終わったら、ふつうに『翔くん、バイバイまたね』って帰っちゃったよ」

「引き止めなかったのか?」

「うるさい……」

「どうすんだよ。もうすぐ先輩は引退だろ。明日の文化祭が終わったらどうすんだよ。あれからもう半年だぞ」

「分かってる。分かってるけど……」


 突然、保志がテーブルをバンッと叩き、「何も分かってねぇ!」と立ち上がった。翔一と秀樹は「はっ?」といった表情で保志を見つめた。保志は、翔一の胸倉をつかんだ。


「今しかねぇ、今しかねえんだよ! 時間は待ってくれねぇ。告白しないで後悔するんじゃねぇ。当たって砕けろっ!」


 保志は、翔一の顔に右ストレートを叩きこんだ。豪華な星や鳩の飛び回るエフェクトが現われる。秀樹は「砕けちゃいけないだろ……」とつぶやいた。


「いいか、お前ならできる! できるんだ。きっと大丈夫だ! って気持ちで行け! もしダメでもオレがいる」


 秀樹は、何でお前がすず先輩の代わりになるんだよ、と思ったが、それは口に出さなかった。


「保志の言うとおりだ。チャンスは明日しかない。文化祭のあと片付けの時だ。それが最後だぜ」と翔一の肩を叩いた。


「自分を信じろ! たとえフラれても、オレはお前を信じてる」と保志。


 翔一は、よく分からない励ましだと思ったが、すなおに「ああ、ありがとう」と保志と秀樹と、こぶしをぶつけ合った。




 その晩。


 ベッドの中で、次の日のことを考えると、翔一はほとんど寝ることができなかった。憧れのすず先輩に告白するパターンを何十、何百と思い返しては、そのシュミレーションをした。すでにパターンは半年以上前から考えてある。


 翔一は文芸部員で、すずが部長だ。彼女は翔一の面倒をとてもよくみてくれた。


 いつも明るく、やさしく、翔一を認めてくれた先輩だ。ちょっと天然で抜けている所があるが、そこがまたいい。翔一はそう思っている。


(突然、告白されたら、どう思うんだろう。きっと今まで通りには接してくれない)


 翔一は恐れていた。今の生活に満足していた。一緒にいられるだけで楽しかった。


 文化祭が終われば、彼女は部長の座をゆずって引退する。そうしたら一緒にいられない。分かっている。分かってはいるけれど、もし、先輩が困った顔をしたらと考えると、翔一の気は重くなる一方だった。


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