71話「縺れた糸が解かれる時」

 一向に晴れる気配のない厚い雲に覆われた空、その下で私はみおを待っていた。私の心はこの黒雲のように、どっしりと暗く覆われて沈んでしまっていた。自分のしてしまったことの後悔、それがどうにも心の中で引っかかっていた。私が今までにしてきたこと、それはどれだけ澪を、れんを苦しめたのだろうか。今はもう悔やんでも何もかもが遅い。だからこそ、せめてでも結末だけは彼女に幸せな思いをしてほしい。私はそれを切に願っていた。これは決して私の想いを諦めるためじゃない。澪の想いを叶えるためのものだ。私はそれを再度自分の頭の中に叩きこみ、また再び過ちを起こしてしまわないように自分の胸に刻み込んだ。ちょうどその時だった。屋上のドアが開く音がする。どうやら澪がやってきたようだ。私は振り返り、ちょうど互いが見えるように澪と向かい合って立つ。そして澪の顔を見つめたまま、私を1つ大きく深呼吸をした。そして、


「――私ね、煉のことが好き。カッコよくて、でもどこかフザけたとこがあって。昔からずっと一緒にいるからかな、隣にいるとすごく落ち着いて安心した気持ちになれるの。そして何より、私が困っている時にそっと手を差し伸べて私を守ってくれる。そんなところが好き。でも……澪も煉が好き。だからね、私煉のこと諦める」


 私の想い、それを澪にぶつけていく。私たちは同じ人を好きになり、恋をした。でもその人は1人だけ、だから私たちのどちらかは必然的にその『好き』という気持ちを諦めなければならない。だったら私は自ら望んで諦めてあげよう。私はあくまでも澪に幸せになってほしいから。


「ダメッ!」


 だけれど澪はその言葉を聞いた途端、どこか焦った表情を見せて彼女らしくない大きな声を上げてそれを拒否した。


「え……?」


 その澪の珍しい言動にも、その言葉にも私は驚かされてしまう。澪にとってこの話はデメリットもないいい話なのに、どうしてそんなことを言うのか全く私にはわからなかった。


「私のことが足かせになっているんだったら、もう大丈夫だから。私はもう煉くんに特別な感情はから」


 そしてその困惑している私に応えるかのように、その言葉の意味を自ら説明していく。


「え……どうして!? 澪、まさか私に――」


 その澪の言葉に、頭を何か鈍器のようなもので殴られたかのように衝撃が私の中に走っていく。私が知らぬ間に、澪に何があったのだろう。どういう心境の変化が起こったのだろうか。煉への想いがもう『ない』なんて。そんなこと……


 私はその言葉を信じることができなかった。だからホントはまだ気持ちがあって、

でも私という存在に遠慮しているのではないか、と考えた。澪の性格なら、ありえるかもしれない。澪はずっとそんな子だったから、私にもそれが出てしまったとか。でも、だったら遠慮なんてすることないんだよ。私たちは家族で、姉妹なんだから。私は澪のためだったら、いくらでも我慢できるからさ、そんなこと……そんなこと言わないでよ……


「ううん、お姉ちゃんに遠慮して、とかじゃないよ。私はどちらかといえばもっと現実をしっかりと見て、受け止めた結果かな。煉くんはお姉ちゃんのことが好きだから」


「っ!? ど、どうして……それを……?」


 もう頭がクラクラしてどうにかなりそうだった。その衝撃的な事実は、私を絶望の淵へと追いやった。その事実は一番澪に知られてはいけなかったのに、彼女はどうしてそれを知っているのだろうか。いよいよ本格的に私の知らない所で、何かが動いてたように思えてきた。


「分かるよーだって、私と煉くんだって一応は幼馴染だもん」


 『知った』というよりは『察した』というところなのだろうか。幼馴染だからわかること、幼馴染だからこそ分かってしまうこと。それは澪にはあまりにも辛い、辛すぎる事実だった。自分の恋の終わりを宣告されてしまうなんて、あんまりすぎるよ。


「でも、でもぉ……まだチャンスが、あるかもしれないじゃないっ!」


 私の心はどんどんとボロボロになって、零れ落ちていく。それと同時に、目頭からも熱いものが込み上げて溢れ出していった。もう私たちは99.9%詰んでいるのだ。でも私はその0.1%の可能性でもいいから、賭けてみたかった。というよりはもう賭けるしかなかった。このまま澪が幸せになれないなんて、可哀想すぎるよ……


「お姉ちゃんが煉くんを諦めることでチャンスが生まれるんだったら、そんなのいらない」


 でも澪はいつになく強気で、私にそう宣言してしまう。


「わ、私は……澪に幸せになってほしんだよぉ?」


 もう私は膝から崩れ落ち、自分の思いを澪に言っていく。私は今までそのために頑張ってきたつもりだった。それすらも叶わないというのだろうか。どうして、こんなにも神様は不平等なのだろう。そう思ってしまう私がいた。


「私はもう十分幸せだから。だからお姉ちゃん、煉くんと幸せになって」


 澪は相変わらず自分の想いを押し殺して、我慢して私に幸せを譲った。でもそれは嫌々な我慢なんかじゃなく、むしろ自らが望んで我慢したように思えた。私が澪に幸せになってほしいと思っているように、澪もまた私に幸せになってほしいと思っている。澪にそう言われてしまっては、もう私にはどうすることもできなかった。完全に詰み状態だ。だからここはどうにも私が折れるしかないようだ。私はそのお願いを涙ながらに、弱々しく頷いた。


「みおっ……うぅ、うっ……アイツが、私じゃない他の誰かを好きだったらよかったのにね……そうすれば2人で同じ痛みを味わえたのに……」


 それなら一緒に不幸になって、また新たしい幸せを2人一緒に見つけられたのに。それだったら、こんな余計な痛みを味わなくても済んだのに。


「うん、そうだね……」


 澪はそう言って、こちらの方へとやってきてまるでお姉ちゃんのように私の頭を優しく撫でて、私をそっと抱きしめて慰めてくれた。でも、その優しさがまた私の心に染み渡って、大粒の涙がまたしても溢れ出してしまうのであった。


「――ごめんなさい。私澪に利用して、自分の思いを成し遂げようとしていた。本当にごめんなさい」


 私の涙が枯れた頃、私は澪にちゃんと面と向かって謝罪をする。今までしてきたことが、この一言で許されるとは思ってない。でも一言だけ、まず澪に謝りたかった。


「お姉ちゃんは優しいから、私のために自分の恋を諦めて、応援してくれたんだよね。それは嬉しい、ありがとう」


 澪はこんなダメな私を救う、まるで聖母のように優しく私のことを好意的に解釈して、そう感謝してくれる。


「ごめんね……澪、こんなお姉ちゃんでゴメンねっ……」


 そんなあまりにも優しすぎる妹に、私はまたしても涙しそうになっていた。今日の私の心はもうボロボロで、涙腺もゆるゆるのようだ。


「お姉ちゃんは私にとって最高のお姉ちゃんだよ。優しくて、カッコよくて、頼りがいがあって、大好きっ!」


「ありがとう、澪」


「お姉ちゃん。煉くんと幸せにねっ!」


「……うんっ」


 私はその言葉に、できる限りの笑顔をして強く頷いた。1つの恋が叶うというとこは、その裏で叶わない恋があるということ。特に煉という人気者なら余計にそう。私は今日、それを思い知らされた。だとしたら、偉そうな上から目線な言葉かもしれないけど、その人たちの分までちゃんと幸せにならなきゃむしろ失礼だと思う。それで別れることなんて以ての外だ。だから私は澪の想いまで背負って、煉への想いを告げようと思う。それとちゃんと今までしてきたことを、ちゃんと煉にも謝ろう。私は新たな気持ちを胸に、ちょうど雲がどこかへ行って晴れ出したこの空のように清々しい思いで、私は煉へ気持ちを私から再度伝えることを決意したのであった。

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