61話「それぞれの思惑と立場」

「ここは……」


 みおに連れられて来たその目的地はあまりにも意外なところだった。でもそれと同時に、俺はその場所に懐かしさも感じていた。


「うん、私のお父さんの喫茶店」


 そこは澪の両親が経営している喫茶店。いかにも商店街の喫茶店といった感じのレトロな雰囲気で、俺にとっては馴染み深いそれだった。だけれど、あれだけはぐらかした場所がここというのはホントに意外で、それと同時に1つ疑問が残る。


「でも、どうしてここに?」


 ここに来た目的。さっきの流れでどうして喫茶店に行きたがっていたのか、それが気になっていた。たしかにここは実質的に澪からすれば、自分の家みたいなものだろうから来やすいけれど、あんなはぐらかし方をしたのだから何か目的があるはずだ。


「ちょっと話したいことがあって……」


「あぁーなるほど」


 それで納得した。話があるなら、やっぱりそれはだんのあって座れるようなこういう喫茶店が最適だろう。それにここはさっきも言った通り、自分の家みたいなものだし行きやすいのだろう。もっと言うなら、ここからなら澪たちの家よりもこっちの喫茶店の方が近いから、ちょうどよかったのかもしれない。そんな俺の疑問も解決したところで、俺たちはさっそく喫茶店の中へと入っていくことに。


「――いらっしゃいませー」


 喫茶店に入ると、カウンターにダンディな雰囲気をただよわせるウェイター姿の人が立っていた。俺たちが入るな否や、そんなお決まりの言葉を言って、カウンターから出てこちらへと向かってくる。


「あ、ご無沙汰してます、先生」


 言わずもがな、それは澪たちお父さんである『諫山いさやま士郎しろう』さん。俺は軽く会釈えしゃくをし、挨拶をする。実のところ、この喫茶店に来るのは小さい頃以来で、しばらくぶりだった。だから先生とも会うのはとても久しぶりだったが、けれど店内の内装もそうだけど先生も相変わらずで元気そうだった。


れんくん、久しぶりだね」


「ふふっ」


 そんなごくごく普通の会話をする中、どういうわけか澪が笑っていた。


「え、今の笑うとこあった?」


 全くもって今の会話を振り返ってみても、笑うポイントがないようの思えた俺は澪に直接その理由を訊いてみる。


「いや、煉くん、まだお父さんのこと『先生』って呼んでるんだって思って」


 先生からはたくさんのことを教わった。ちょっとした雑学から、色々な夢みたいな話なんかを、昔はそれが楽しくてしょうがなかった。その結果、俺は澪のお父さんを敬意をこめて先生と呼ぶことにしたのだ。そのことをどうやら澪は笑っていたみたいだ。


「当たり前だろー? 先生は先生だよ。何年経ったってそれは変わらないさ」


「ハハハ、相変わらずのようで安心したよ、煉くん」


「ええ、先生には色々なことを教えてもらいましたから」


「さあ、お好きな席へどうぞ」


 そんな会話の後、俺たちは先生の案内のもと、席へと誘導されていく。とりあえず込み入った話になるかもしれないので、奥の方の席に座ることにした。そしてメニューからとりあえず2人とも飲み物を注文し、


「んで、話って?」


 いざ本題へと入っていく。


「うん……ねえ、あのさ……煉くんってお姉ちゃんのことどう思う?」


 ちょっと思いつめたような顔をして、ちょっと言いにくそうにしたかと思えば、次に澪はそんなとんでもないことを訊いてくる。


「えっ!? そ、それはどういう……!?」


 俺はそんな質問に動揺を隠せずに、その意図を澪にたずねる。もしそれがつまるところ『女の子として』どうかと訊いているのであれば、答えが答えだし、しかもその相手が澪であるから言いにくいことこの上なくなってしまう。それに俺も俺で答えるのは恥ずかしいし。


「さ、最近のこと、なんだけど」


「あっ、あぁー……まあ、ちょっとウザいかな……」


 でもどうやらそれは俺の早とちりだったようで、澪は『最近のなぎさの行動』についてどう思っているのかという意図だったようだ。俺はそうだとわかり、心の中で安堵していた。そして安心してその質問に答えていく。今日のコレもそうだし、前々からのあの行動もそう。正直な話、俺は今渚のことが好きだけれど、そういった部分はあまり好きではない。


「そうだよね……でもね、お姉ちゃんのこと嫌いにならないであげてほしいの」


 自分も振り回されている身だというのにも関わらず、澪はそんな優しいお願いをしてくる。それはまるで自分のことかのように、懇願こんがんするような感じであった。よっぽど俺に嫌いになってほしくないとみえる。


「まあ、嫌いになることはないとは思うけど……でもどうしてそんなことを?」


 もっとも俺としては絶賛その渚に恋愛中なので、そうそうに『嫌い』まで行くことはない。そんな心配する必要はない。だけれど、どうして澪はそんな話を始めたのだろうか。話が急すぎるし、その真意が気になっていた。


「お姉ちゃんね。たぶん煉くんのこと、好きだから」


「えっ!? いやいや、それはないでしょ」


 その澪の真意はとんでもないものであった。完全に不意打ちを食らってしまった。目を見開いて俺は驚愕するも、すぐにその言葉を否定していく。今の俺にとってはそれはとても嬉しい事実だが、だけれどそれは真実ではないだろう。まさか渚が俺のことを好きなんてないだろう。そんな素振り、今まで全くなかったし、たぶんそれなら俺だって見抜けているはずだ。幼馴染の俺でも見抜けないほどに、その思いを隠しているならともかく、そんな事実は夢のまた夢のようなものに思える。


「ふふっ、でもお姉ちゃん毎日のように煉くんの話ばっかだし」


 その俺の否定に澪はまるでノロケ話を聞かされてばっかで困ってる人みたいな感じで、そんな渚の秘密をバラしていく。


「き、気のせいじゃないか?」


 でもきっとそれは澪が思っているようなものではないだろう。きっと俺と澪をくっつけようとしている作戦のためだと、俺は思う。澪に俺を意識させて、その気にさせるためにそんなことをしているんじゃないだろうか。それに単純に、ここ最近は諫山姉妹とも絡みは多いし、そのせいもあるだろう。


「そんなことない。私は生まれてからずっと一緒にいるんだから、わかる」


 でも澪は俺の推測を、自信満ち溢れた目で否定する。その眼差しから、もう澪は絶対なる根拠をもって『確信』してしまっているのだろう。それが勘違いにならなければいいけれど……


「でね、この間の体育館倉庫のことなんだけど……」


 そんな心配をしている俺を他所よそに、澪は話を進めていく。


「あぁーそんなこともあったなー」


 それはついこの間、澪に体育館倉庫で渚と共に閉じ込められた時のことだろう。今日まで色々とあったこともあって、それすらちょっと懐かしく感じられた。


「本人を前に言うのもなんなんだけど、アレは2人をくっつけるための作戦だったんだ」


「エッ!?」


 今日は澪に驚かされてばかりだ。澪が体育館倉庫に閉じ込めた理由がそんなことだったとは。まさか姉と同じことをするなんて、やはり双子だからか。それともその前に渚に閉じ込められたから、それを真似してやったのかもしれない。


「あの日は夕方から雨が降って雷も鳴ることがわかってたから、狭い空間に2人だけになれば、何かあるんじゃないかと思って」


 しかも雷のことまで考慮に入れていたとは……こやつ相当念入りに作戦を練って実行したとみえる。さらにこの話の結末は、澪の思惑通りに進んでしまい、それは感謝してもし足りないぐらいに俺がこの大事な思いに気づく要因となった。ただそれが澪による結果、というのはなんとも複雑だった。自分の好きな人が自分のした行動で、別の人を好きになり、自動的に失恋してしまうのだから。でも、そう考えるとちょっと不思議だ。自分の恋が終わってしまうかもしれないのに、どうして澪はそんな作戦を立て、実行したのだろうか。


「あの時は……ごめんなさい」


 そんなことを考えていると、どこか申し訳なさそうにしてあの時のことを謝ってくる澪。やはり澪は優しい性格だから、あの行為に罪悪感があったみたいだ。普段の澪なら絶対にしないようなことだし。でもそれも加味すると、やはりどうして澪はその作戦を実行するに至ったのだろうか。澪の性格なら、こんなことしないはずなのに。


「いや、気にしてないけど」


「だからね、私。これからお姉ちゃんと煉くんが2人結ばれるように頑張ろうと思うんだ」


 そして次にそんなことを澪にしては珍しく、ハッキリと宣言してくる。


「それを本人に堂々と宣言ですか」


 その本人が目の前にいるというのに。たいした度胸だ。


「うん。でも煉くんってお姉ちゃんのこと好きでしょ?」


 そんな澪に感銘かんめいを受けている俺に、さも当たり前のように俺の心見抜いた爆弾発言を放り投げてくる澪。


「はっ!? なんで!?」


 そんな不意打ちを食らって、わかりやすいほどに動揺して驚いてしまう。まさか、澪がいつから気づいていたのだろうか。それほどまでに俺はわかりやすいのだろうか。しかもそれが澪に気づかれるなんて……さっきの宣言も、そのせい……?


「あれ、違った? まあいいけど、とにかく私はそう立場だから」


「……でもさ、澪はそれでいいのか?」


 その澪のスタンスはとにかく理解できた。でも俺にはまだ1つだけ疑問に思う部分が残っていた。


「え?」


「もし仮に、俺と渚が結ばれるようなことがあったとしたら、澪はそれで満足なのか?」


 それは『澪の恋』だ。このままうまく行ってしまえば、渚と俺が結ばれることとなる。それはつまり、澪の恋が終わってしまうということ。それを自らの手で率先してやる、というのはどうなのだろうか。澪だって人なのだから嫉妬だってするだろうし、その俺と渚の幸せな光景だって見てて心苦しくなるはず。もちろん俺の真の思いに澪が気づいているのだとしたら、それを踏まえた上での判断なのかもしれないけれど。


「うん、お姉ちゃんの幸せは私の幸せでもあるから。やっぱお姉ちゃんが幸せそうにしていれば、私も同じような気持ちになる。逆に辛そうだったり、悲しそうだったりすると私もそうなっちゃうから」


「そっか。ならいいけど……」


 いや、はたしてそれはいいのだろうか。たぶん澪のやってることは『自己犠牲』と呼ばれるものだろう。自分の姉に幸せになってほしいからこそ、自分の思いを押しつぶしてなかったことにする。それは一見、優しい行為なようにも見えるけど、結局は自分を苦しめて他人を幸せにしているだけ。澪は『渚の幸せは自分の幸せ』と言うけれど、はたしてそれは本当に『澪の幸せ』なのだろうか。もっとわかりやすく言うならば、姉が弟のためにおやつなんかを我慢するみたいに。それは傍から、客観的に見ている俺からすれば、幸せではないように思える。そんなモヤモヤとしたものが残るけれど、結局は澪に何も言うことはできなかった。だってこの状況下で『澪が俺のことを好き』ということを澪の本人の前で口にすることはできない。澪の性格を考えるならたぶん、自分の思いをひた隠しにしてそのまま終わらせるようなタイプだろう。そこで俺が知ったとわかれば、澪はたぶん渚と俺をくっつけさせる作戦を加速させるだけ。それはそで何か違うような気がする。どうやら事態はさらにややこしい方向へと向かってしまっているようだ。この交錯する思惑、そして絡みに絡み合った3つの糸は、はたしてほどくことはできるのだろうか――

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