59話「テスト前の休日」

1月16日(日)


 今日はテスト前の最後の日曜日ということもあってテストが心配な者はみな、勉強に励んでいることだろう。俺も本来なら勉強しつつ、休日を過ごすつもりでいた。だが今俺は寒空の下、公園のベンチに座って人を待っていた。これから『デート』なのだ。というのも――


「――あ、れん?」


 それは昨夜にまで時はさかのぼる。夜、自室でダラダラとしていた時、なぎさからの着信があったのだ。俺としてはもうこの時点で嫌な予感しなかった。正直、色々と理由をこじつけてスルーしたかった。でも無視したらしたで余計にアイツが怖いので、俺はなくなくその着信に出ることにした。電話に出ると、渚がすぐにいつもの感じで話しかけてくる。


「どうした?」 


「明日さ、澪とデートしてよ!」


 やはり俺の嫌な予感は大的中。やっぱりと言わんばかりに、その話題はみおのことであった。しかもテスト前のこの時期だと言うのにも関わらず、それを無視してデートの誘いなんてしてくるとても不真面目な幼馴染がそこにはいた。


「お前、もうテスト近いんだぞ?」


 普段勉強してない修二ですら、きっと真面目にテスト勉強をすることだろう。それなのにも関わらず、俺が遊び呆けているなんて流石に気が引けるし、俺も俺で勉強がしたい。だから俺は断る前提で話を進めていく。もちろんそれには最近の渚の『おしつけ』がウザいことも加味される。あの時、ちゃんと忠告したというのにも関わらず、相変わらず澪を俺に近づけさせて、その気にさせようとしてくる。好きな人というフィルターがかかているとしても、それはウザったく、大袈裟おおげさに言うならイライラさせるストレスだった。


「いいじゃない。部屋にこもって勉強ばかりしていると、逆に頭おかしくなるわよ。たまには気分転換もいいんじゃない?」


「なんだその偏見的な考え方……つーか、それなら渚はどうなんだよ? 一緒に気分転換しないのか?」


 そんな言い訳苦しい偏った考え方に呆れつつ、それならばと反抗の言葉を述べていく。そうだとするならば、渚だって勉強ばかりして頭がおかしくなってしまうはずだ。ならばせっかくなのだし、3人で行っても悪くはないはず。


「ああ、私はちょっとから」


「お前いっつもそればっかだな。もっとうまい言い訳考えろよ……」


 そんなもはや言い訳にもならない理由に、ただただ呆れるばかりだった。『バカの一つ覚え』という言葉があるけれど、今の渚はまさにそれだ。前回だって『私は忙しいから』なんて言って、俺と澪を一緒にさせた。それに引き続き、今回もとは……言い訳するならもうちょっとちゃんと思考して。


「はぁ? 今回はホントに用事があるの!」


 そんな俺の言葉にちょっと怒ったような感じで反抗してくる。


「渚、『今回は』ってことは前回は嘘だったって認めてるぞ」


 俺はまるで重箱の隅をつつくかのように、渚のそんな細かい言葉を指摘していく。おそらくその失言から、どうやら前回のアレはやはり見え透いた嘘だったようだ。きっと忙しい用事なんてのもなく、普通にどこかで呑気に弁当を食べていたんだろう。


「ああ、もう! 揚げ足取りしない! ほ、ほらっ! それに煉がボディーガードしてもらえば、安心でしょ?」


「はいはい……行くよ。で、具体的に何すんの?」


 澪は一国の姫か何かかよ。というツッコみはさておき、俺はほとほと諦めて行ってやることにした。その渚の言葉尻があきらかに『一緒に行ってあげて、お願い』と言いたそうな感じが出ていたのだ。若干面倒いけど、やっぱり『渚だから』許してしまうところもあるのかもしれない。なんだかんだいって、今の俺には渚に弱いところがあるみたいだ。


「澪がヘアピン買いたいんだって。それに付き合ってあげて」


「……お前さ、澪に強要してないだろーな?」


 言い方はものすごく悪いが、わざわざテストの前の休みを浪費してまで行くような内容でもないその目的に、そんな疑いの念を抱いてしまう。そもそも、澪とヘアピンというのがどうにも結びつかないし、この間みたいな、2人で登校したいがために澪に先に学園へ行かせるという前科もあってその疑いが一層高まっていた。


「してるわけないでしょっ!?」


 それに必死になって否定をする渚。でもどうやらこればかりは嘘をついていないようだ。その声色でそれがわかった。だとするならばそれは逆で、元々澪がヘアピン買いに行く予定だったのを、無理やり俺とデートさせるプランに強要したって感じか。


「わかったわかった。んじゃ、明日な」


「うん。じゃあ、よろしくね」


「あいあい……はぁ……」


 というようなわけでデートすることになってしまったのだ。なぜか家が真ん前同士だというのに、おそらく『デートっぽさ』を演出するためか、公園で待ち合わせとなっていた。たぶんこれも渚の余計な提案なのだろう。しかも家を出る時に、もちろん明日美に出かける用は話している。だからその際に、白い目見られたのは言うまでもない。だって澪にはホント申し訳ないけれど、俺からすれば『ヘアピンを買いに行く』ためだけに休日の時間を浪費するのだから。明日美からすれば、『テスト勉強もしないで遊びに行く弟』というレッテルを貼られているのだから。これではより一層テストの、姉からのプレッシャーは凄まじいものになるだろう。もちろん渚の頼みを受けたのはまごうことなきこの俺ではあるが、色々と弊害がついてきてしまったようだ。とはいえ、俺も男だ。二言はない。だから俺は潔く覚悟を決め、公園で澪が来るのを待っていた。


「――おっす!」


 しばらくして、遠くの方から澪らしき人物がこっちへと向かってくるのがわかった。たぶん俺だということに向こう側も気づいたようで、こちらへと小走りになってやってくる。そして俺は軽くそんな挨拶をする。


「やっほ」


 それに同じように挨拶を交わす澪であった。


「で、ヘアピン買うんだって?」


「そう。新しいのほしいなぁーって思って」


 口は出さなかったけど、その澪が喋っている時に俺はようやく澪がヘアピンを付けていたことに気づいた。しかもそれが思いっきしわかりやすい、前髪に付けていたというのにもだ。たぶんそれがあまりにも自然体すぎて、気にも留めていなかったのだろう。でもそれで俺は納得した。澪がヘアピンを買うのも、その澪が言った通りの理由だったのだ。これで確実に渚の、澪に『ヘアピンを買いに行かせる』という強要をした疑いは晴れたわけだ。


「へー行き先はビル街?」


「え? どうして?」


「いや、なんかオシャレしてるっぽいからさ。街の方まで行くのかなぁーって」


 これも渚が仕向けたのか、澪は普段よりオシャレした格好でいた。サイズ感は合ってるっぽいから元々それは澪の服なんだろうけど、その感じはやはり『ちょっとそこまで』というよりも、ガッツリ街の方へ出向くスタイルだろう。なので俺はてっきりそうだと思い込んでいた。


「あっ、ううん。商店街に行くんだ」


 だけれど澪の目的地はそんな格好には似つかわしくない場所であった。まあもっとも『ヘアピンを買いに行く』というのが今回の目的なのだから、そこまで遠出する必要もないか。


「へぇー商店街にそんな店あんの?」


 おそらく澪がこれから行く場所はアクセサリーショップのようなところだろうけど、そんなのがあの商店街にあるなんて知らなかった。そもそも俺には縁もゆかりもない店だけど、普段の買い物とかで割と行っているから、そんなシャレた店があることに驚きを隠せなかった。


「うん、いつもいってるところがあって」


「ふーん、そっか。んじゃ、さっそく行こっか」


「うん」


 そんなわけで俺たちは公園からまず商店街へと向かうことにした。ホントなんで公園で待ち合わせたのだろうと思うぐらいに、ちょっと商店街まで距離があってその距離がわずらわしかった。そんなんなら最初から商店街に待ち合わせればいいのに……なんてことを思いつつ俺は澪と共に雑談しながら商店街を目指していった。


「――ここ?」


 そして商店街の中程ぐらいにあるお店で立ち止まる。どうやらここがその澪の行きつけのお店のようだ。そこは見るからに小洒落たお店で、いかにも若者たちが来そうな雰囲気だった。


「うん、そう。入ろっか」


 そして俺たちはいよいよ中へと入っていく。店内には当然ではあるけれど、結構な数の色々な種類のアクセが置いてあった。こういうところにはまるで縁がない俺には、ちょっと居づらい空気を感じる。周りにいるお客さんたちも高校生ぐらいの女子ばかりだし、これが1人で来るとなると相当勇気がいりそうだ。


「あっ、これかわいい」


 そんな店内の雰囲気に圧倒されながらも、澪と一緒に回っていると澪がある1つの商品を見て足を止める。そしてそれを手に取り、目をキラキラと輝かせながらそれを見つめていた。澪がそんな女の子っぽい感じになっていることに意外さを感じつつ、


「おっ、いいんじゃない? 羽根の形で可愛いね」


 俺もそう言って意見を述べていく。それは普通のヘアピンに羽根の装飾がついているものだが、結構良さそうな感じだった。銀色でとても綺麗だし、そこまで派手ではなく、なんとなく澪らしいヘアピンのように思える。どうやら澪はそれが気に入ったみたいで、試しに自分の髪につけてみるみたいだ。


「に、似合う……?」


 自分が元から付けていたヘアピンを外して、同じ場所に今のヘアピンを付けていく。そしていつもの恥ずかしそうな感じでそんなことを訊いてくる澪。


「おー似合ってる似合ってる」


 そんな風に俺は素直に感想を述べる。そのヘアピンに目線が行って、いいアクセントになっていた。でも決して派手すぎるわけじゃないから、ヘアピン以外の澪の部分がかすんでしまうということもなかった。


「あ、ありがと……じゃあ、これにしよっかな……」


 頬を赤く染めながら、そう感謝して思いのほか簡単に決めてしまう澪であった。


「え? そんな簡単に決めちゃっていいの? もっと他にも色々とあるみたいだけど……」


 ヘアピンだけでもかなりの種類があるのに、いきなり1発目で決めてしまっていいのかと思い、そう澪に確認する。たしかにそのヘアピンは似合っているけど、もしかしたらもっと気に入るものがあるかもしれないのに。明日美あすみもそうだけど、女の子の買い物は時間がかかるイメージがあるので、そんな早い買い物は初めてで呆気あっけにとられていた。


「うん、これにする」


「そっか……ならいいけど……」


 まさかの即断即決で、今回の買い物が終わってしまった。まだ店に入って数分も経っていないだろう。ホント、俺がついてくる必要性があったのかどうかわからなくなってきた。しかも澪も案外慣れているからか、お店の人とも普通にやり取り出来ているみたいだ。それに周りにもそんな澪を危険に晒すようなヤツもいないし、俺の不必要さをひしひしと感じていた。そんなわけで、ものの1時間もしないぐらいで当初の目的は果たされることとなった。

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