45話「気味の悪い夜の学園で……」
目的地は理科室。俺の引いた紙には『(特別棟)』と書いてあったので、付属生が使っている特別棟の理科室のことだろう。そのため、俺たちは特別棟へ行かなければならない。なので中履きに履き替えるためにまず本校棟から入ってそのまま特別棟へと渡っていくというルート取りとなるのだ。手始めに俺たちは学園中央の渡り廊下へと歩いていく。
「なんか、不気味だな。夜の学園って」
普段の生活で聞こえてくるような環境音が一切しない夜の学園。しかもほぼ全ての明かりが点いていないので薄暗く、唯一の光は月明かりだけというちょっと気味の悪い空間になっていた。
「うん、あんまり長居したい場所ではないかも」
「だな、なるべく早くいこっか」
「うん、それがいい」
『怖い』というとはまた違うのだろうけど、俺たちはとにかくこの雰囲気に寒気がして、なんか嫌だったので足早に特別棟を目指すことにした。気を
「――この黒板に名前を書けばいいのよね……」
「うん、そうらしいよ」
それから俺たちはとっとと黒板に名前を書き入れていく。名前を書くのにそう時間はかからず、数秒程度で肝試しは無事に終わりを迎えた。後はもう帰るだけ。俺たちは再び手を繋いで理科室を後にし、そのまま廊下を歩き出す。そういえば理科室だと有名な怪談の『人体模型が動く』なんてこともなかったな。特に怖がらせるようなギミックもなかった。たぶんこの肝試し事態がおそらく思いつきによるものだから、それを用意する暇もなかったのだろう。それにこの肝試しの真の目的は『女の子と手を繋いでイチャイチャしたい』という
「――ねぇ……この廊下やけに長く……ない?」
しばらく廊下を進んだところで、
「てか……さ、さっき、理科室通り過ぎなかったか?」
俺の目が確かなら、さっき俺は理科室を通り過ぎるのを見たのだ。俺たちは理科室を出て、理科室を背にして右の方向へと歩き出したはず。ならば理科室を再び通り過ぎるなんてことはまずありえないはずだ。何かがおかしい。そう感覚的に俺はそう思い始めていた。
「え、嘘でしょ……?」
その事実にまるでこの世の終わりみたいにどんどんと顔が青ざめていく渚だった。ホラーは大丈夫な渚でも、この現実に起きているおそらくマジもんの怪奇現象には恐怖しているようだ。かくいう俺だって、この理解不能な現実に怯えだしているところだから。
「や、気のせいかもしれない」
そんな不安をかき消すかのように、ただひたすらに前へ歩き続けていく。これは気のせいで、ここはいつもと変わらない普段の現実の世界。その先にきっと階段があって、俺たちはそこから普通に帰ると信じて――
「どうなってんのよ!?」
でもその希望は
「俺が知るわけないだろう!?」
「……あっ!」
そんな最中、渚はなにか思い出したように人差し指を天井に向けて指し、そう言ってくる。
「ん? どうした?」
「私、聞いたことある! この学園には七不思議があって、その1つに『無限に続く廊下』があるって……」
「なんだそれ?」
この学園に七不思議があるというのも初耳だったが、その後の『無限に続く廊下』というのはもっと初耳だった。でもその身に覚えがありすぎるタイトルに、どんどんと気味が悪くなっていく。
「たしか夜中の12時を回ると、学園のある廊下が無限に続いて、そこから出られなくなるんだって……」
完全に恐怖に支配された面持ちで、恐る恐るその七不思議の
「うぇー……なあ、今何時?」
まさかと思い、俺は渚に現在の時刻を訊く。もはや嫌な予感しかしなかった。できることならば、これは夢であってほしい。そして夢ならば、さっさと目が覚めてほしい。そんな思いで、俺は渚の言葉を待つ。
「12時……05分」
「うわぁ……」
今この時代で、そんな科学で証明できなそうなオカルト的現象が起こっていることが信じられなかった。でも現実に、その現象は起こっている。だって俺たちは身をもってその現象を体験してしまっているのだから。間違いない。信じたくはないけれど、どうもその効果によって俺たちは廊下に閉じ込められてしまったらしい。
「どうする……?」
もはや絶望したような顔になって、不安そうに俺に訊いてくる渚。
「どうするって言われてもなぁ……」
仮に窓の外がループの範囲外だったとしても、ここは3階。ちょっと危険な賭けになる。俺はいいけど、渚に怪我をさせるようなことは絶対したくない。でもそれではどうやってこの廊下から抜け出す?
「なあ、その無限廊下の抜け方とか……ないの?」
大抵の七不思議や都市伝説にはそれを回避したり打開したりする策が
「ごめん……覚えてない……」
バツが悪そうにその質問に、そんな返答をする渚。ということは残念ながらその答えは自分たちで探し出すしかないようだ。どうせ外に何らかの手段で助けを求めようにも、このオカルト的な力によってねじ伏せられてしまうのだろうし、最終的には自分たちの力でどうにかするしかない。
「んー……しょうがないな……ちょっと渚さ、ここに立って待っててもらっていいかな?」
「え、
俺がそう頼むと、すかさず渚は俺の服の
「俺はちょっとこの廊下の構造について調べてみるから」
「構造?」
「うん、例えばこの廊下がループするものとして、そのループが『ある地点を超えると最初の地点に戻される』ものなのか、はたまた『ある地点を超えても、最初の地点とは別の空間に繋がって、最終的に最初の地点に戻される』ものなのか。とか……今はこの状況について分からないことだらけだから、俺と渚で実験するの」
この状況下で何よりも大事なことは、まず敵の特性を知ること。情報は何よりもアドバンテージとなる。色々とその特性がわかってくれば、もしかすると解決に繋がる何かを
「調べてどうするのよ?」
「それで何か対策が掴めるかもしれないじゃん?」
「でも……」
渚は俺がいなくなって1人になるのがよっぽど不安なのか、すでに
「もしかして、1人怖い?」
言葉にしてしまい、渚をからかっておちょくりたくなってしまう。
「べ、別に、こ、怖くなんかない!」
そんなふうに表向きは強がってみせているが、目の動きから見ても彼女はあきらかに動揺しているようだ。
「大丈夫だって、安心しろ」
だから俺は渚を安心させるように、彼女の頭を撫でててみることにした。頭を撫でた理由なんて特にはない。ただこうすることでちょっとは落ち着いて、恐怖が和らぐのではないかと思っただけだ。
「あ、頭撫でんなぁー……」
最初は渚もビックリしてビクッとなっていたけど、すぐにいつものようにそんな文句を垂れる。でも体は抵抗する様子は見せず、従順にそれを受け入れいてた。やべぇーなんか、渚がペットみたいに見えてきた。撫でられて恥ずかしがっている渚、すっごく可愛い。俺はしばらくの間、それに夢中になって可愛い渚を拝みながら頭を撫で続けていた。
「……ハッ! さっ、さて、じゃあ始めますか!」
いけない、いけない。あまりにも楽しくて、ついつい本来の目的を忘れてしまっていた。渚も渚で抵抗せず、何も言ってこないから我を忘れてしまっていた。俺はすぐさま渚の頭から手を離し、慌てた感じでそう宣言した。
「今から俺が1人でこの廊下を歩いてくるから、渚はここで時間を確認してて。それで2分以上経っても俺が帰ってこなかったら、思いっきり叫んで。それでも帰ってこないようなら、俺が進んだ道を歩いてきて。その時は俺が止まって待ってるから」
そして軽く実験の内容を渚に説明していく。ただこれには渚のいるこのポイントとこれから先、俺が進んでいく道の時間の流れが完全に一致している前提の話である。これだけオカルト的現象が起きているのだから、時間の流れが食い違っていてもおかしくはないだろう。でも多少のズレは起きるかもしれないが、この実験では『二度と会えなくなる』まではないだろう。俺はそんなふうに楽観的にこの現象のことを考えていた。
「うん、わかった」
「じゃあ、分が変わったら行くよ?」
それから俺たちは互いに時間を確認し、分が変わるのを待っていた。数秒、無言の時が続いて、いよいよ分が切り替わる。その瞬間に、俺はさっきまで歩いてた進行方向へと歩みを進める。
「気をつけてね……」
「おう」
そんな渚の言葉を背中で感じつつ、俺は普通に廊下を歩き始める。そして落ち着きを取り戻して、改めて夜の学園というものを見てみる。するとそれはやはり不気味だけれど、案外悪くないのかもしれない。特にこの窓から差し込む月明かり、これは昼間の学園じゃまず見ることは出来ない。この間のクリパとかでもたぶん見れただろうけど、その時は今度は教室の方に明かりが点いてしまっているからここまでではなかっただろう。だからこういう風景はめったにお目にかかれない、珍しいものなのだ。そして次に音。驚くほどに音が少なく、聞こえるのは自身の足音だけ。そんな
「よっ」
無事に渚のもとへと戻ってこれた。俺は軽く手を挙げて、そんなふうに挨拶をする。
「よかったぁー……」
渚はよっぽど不安だったのか、両手を胸にあててホッと安堵している様子だった。
「どうやらこの廊下は『ある地点を超えると最初の地点に戻される』タイプってことだな」
1本の道にスタートとゴールがあって、ゴールとスタート地点が繋がってまるで円を描くようになっている。その中を俺たちはグルグルと回っているしているということがわかった。これでとりあえずは一歩前進と言ったところだろうか。まだまだ謎は多いが、その特性の1つ知れたということは大きい。
「そうみたいね」
「よし、次。渚、なんかティッシュとか持ってない?」
この調子でどんどんとこの謎を暴いてやろうと、俺は頭の中に浮かぶ疑問を1つ1つ解決していくことに決めた。そんなわけで実験のため、渚にそんなことを訊いていく。
「え、持ってるけど……どうして?」
制服のポケットからポケットティッシュを取り出しながら、俺の意図がわからないようでそんな質問をしてくる渚。
「たぶん、窓の外はこのループの範囲外だと思うんだよね。だからそれを検証しようかと思って」
たとえ何者かがこの廊下をループさせることができたとしても、それはこの廊下をまっすぐにしかできないはず。つまり、横方向はループの対象外になっているのではないのか、という考えだ。その具体的な例が窓の外。まさか窓の外から出ようとすると、その反対側の教室なんかの窓に繋がる、なんてことはとても考えにくい。だってそれなら、そのちょうど反対側に教室の窓がない廊下の窓はどうなってしまうんだ、という疑問も残ってしまう。それに、廊下はそれがループしているのだと気づかないぐらいに空間の端と端が直接繋がっているように思える。ならば、窓だってどこかの窓に繋がっていないとおかしい。今確認できる窓を見ても、その先は正常な学園の外が映し出されている。だとすると、やはりループの対象外という線は濃厚になるわけだ。そこらへんも含め、このループ現象をハッキリとさせるために、検証しようと思った次第なのだ。
「え、でもここ3階よね……さすがに飛び降りるのは危険じゃない?」
「うん、だからこれは最終手段。確実に1つでも突破方法があると、安心できるでしょ?」
何一つとして突破方法が分からずに困っているのと、1つでも突破方法を知っているのとでは
「うん、そうだね」
渚は俺の言葉で納得してくれたようで、その手に持つティッシュを俺に渡してくる。俺はさっそくそれを近くにあった窓からそれを外に落としてみることにした。これは一種のポイ捨てになってしまってはいるけれど、状況が状況なのでご勘弁ください、先生方。俺はそう心の中で謝罪しながら、そのティッシュを行方を見守っていた。ティッシュはゆらゆらと風に吹かれながら落ちていき、最終的には地面に着いた。
「やっぱり窓の外はループの範囲外っぽいね」
ティッシュは明らかに正常に落ちていったように見えた。それにこの窓枠から身を乗り出してみても、どこかの空間に繋がっているわけでもないし、やはり横方向はループの対象外と見てもいいだろう。これで俺たちはとても大きな情報を得たというわけだ。確実に1つだけ、この無限廊下を突破する方法を手に入れたのだから。そのおかげで俺の心には安心と安らぎが訪れていた。このワケのわからない『見えない敵』に対する恐怖や不安が少しだけ和らいだような気がする。
「うん、そうみたいね」
「これで逃げ道は確保できたわけだし、一旦教室に戻ろっか」
俺は窓を閉めながら、渚にそう提案をする。
「え、なんで?」
「いや、この廊下薄暗いしさ。教室なら電気は通ってるから、そっちの方が明るいでしょ? もしかしたら修二たちが心配して見に来てくれるかもしれないし」
暗いところにいると気分まで暗くなってくる。教室の明かりがあった方がいいと思った。脱出方法をここで考えているよりかは、明るいところで、しかもおそらくループの範囲外である教室の方が何かと安全はなずだ。
「そっか、そうだね」
というわけで、俺たちは理科室へと戻っていくのであった。ただそんなことをしているうちにも、俺たちの時間は刻一刻と奪われていく。つまりどんどんと夜が更けていっているのだ。はたしてここから出られるのだろうか。そして出られたとして、一体何時ぐらいになっているのだろうか。新たな不安要素が俺の頭の中をよぎっていく。
「――ねえ、煉」
教室に戻り電気を点けて、適当にそこら辺の椅子に座ったところで、すぐに渚が俺の名前を呼んでくる。その表情はどこか思いつめたようだった。
「ん?」
「煉ってさ……その……好きな子とかいるの?」
そんな深刻そうな様子に、何を言ってくるかと思えば、まさかの恋バナであった。
「どうしたんだよ、急に?」
その全くの脈絡のないその質問に、俺は少し戸惑っていた。だってさっきまで廊下に閉じ込められて、ホラー状態になっていたのに急に恋の話なんて、この
「いや、なんとなく訊いてみたくて……」
「んー……いないかなぁーてか、言われてみれば恋らしい恋なんてしたことないかも」
その質問で、今までの人生を振り返ってみると、たしかに好きな人はいたけれど『恋』までいった人はいなかったかもしれない。俺が単純に覚えていないだけ、かもしれないけど。でもそれぐらい恋とは無縁で生きてきたわけだ。
「へぇーそうなんだーじゃあさ、もしも煉のことが好きな子がいたらどうする?」
そして何か、身に覚えのあるような話題が続いていく。それで、俺はなんとなく渚がどういうワケでこんな話を始めたのか見えてきたような気がする。
「どうするって?」
ただその推測が間違っている可能性もなくはないので、俺はあくまでも普通の会話のように、渚と接していく。
「その……付き合ったりとかするの?」
「んー……人によるかなぁーその子が知らない人だったら、まず知ることから始める」
その子のことをよく知らないのに、俺のことが好きだと知ってすぐに付き合うというのも変な話だ。だからその子と『友達から』みたいな感じで、一緒に時間を共にしてその子を知ろうとするだろう。そこから付き合いたいと思えるかどうか、と段階を踏んでいくと思う。
「ふぅーん、じゃあ知ってる子だったら?」
「知ってる子? うーん……純粋に好きかどうかを考えるじゃない? それまでより積極的に関わってさ、自分はその人が好きなのかどうかって」
それにしても、よっぽど俺の恋愛観が知りたいのかグイグイと攻めた質問攻めをしてくる渚だ。たぶん、きっと、絶対、単にこういう恋バナが好きだからとかではなく、アレがやはり関係しているのだろう。
「ふーん、そっか。じゃあ、好きなタイプは?」
ここが攻め時だと考えているのだろか、全くもって話を途切れさせる気はなく、渚はとことんまで
「好きなタイプ? んー……考えたこともないなー」
好きになった子に特に共通点があったわけでもないし、『こういう子が好き』というポイントというのもあまり考えたことがなかった。自分が好きと思った子が好きみたいな、そんな本能的に選んでたような気もするし、そんなに特徴というもの気にしたことがないから、その質問にあまりうまく答えられなかった。
「ハッキリしないなぁー……じゃあ、逆に苦手なタイプは?」
「苦手かぁー……あっ、うるさくて、他人のこと気にしないでベタベタしてくる人はダメかなー」
でもその逆の質問はちょっと考えて、すぐに『あの人』のことが出てきた。『嫌い』というわけではないけれど、『苦手』というならそれは当てはまるし、まさに苦手なタイプにふさわしいだろう。
「ふふっ、本人に言ってあげよっか?」
それで誰のことを指しているのかわかったのか、渚は悪そうな微笑みをして、そんなとんでもないことを言ってくる。
「ちょっ、ダメダメ!」
それに俺は
「ふふふ、冗談よ冗談!」
「ほっ、あの人に言うと何されるかわかったもんじゃないからな」
「煉の一番の天敵って感じだよね」
「あぁー言えてるかも」
たしかに『天敵』という言葉は妙に的を射ているそれだ。悔しいけど、俺はその天敵に一方的やられる側だし、俺からしてもその存在は危険なそれだ。ただそれを本人の耳に入れば、余計に彼女の火を強くしてしまうだけなので、再度渚にはこのことも含め口止めしてもらうことにした。それに対して渚は笑いながらそれを了承してくれた。なんか、こんな会話のおかげもあってか、さっきまで感じていた『恐怖感』というようなものは互いに薄れているように思えた。楽しい話題を含んだ雑談をしていることで気が紛れたのかもしれない。それから俺たちは時間も忘れ、しばらく雑談に興じていた。
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