44話「肝試しのはじまり、はじまり……」
時刻は集合時間のちょっと前ぐらい。俺は家を出る準備をして、玄関先に向かっていた。制服で来ること以外に特に指定はなかったので、最低限度の持ち物を持って、出かけることにした。そして玄関には、
「いってらっしゃい、気をつけて行ってきてね!」
夜も遅いということもあるのだろう、いつも以上に心配そうにしている明日美だった。
「大丈夫だって。何も起こりやしないって」
対して、俺は楽観的にものを考えていた。この島でそんな物騒なことが起こることはもはやないと言ってもいいだろう。それだけ平和に包まれた島なのだから。
「でも、やっぱ心配だから……」
「すぐ帰ってくるから。んじゃ、いってきまーす」
そう安心させるために、そんな言葉を残して俺は家を後にする。夜道を歩くということは特に珍しいことでもないが、制服でそれを歩くのは殆どなかった。あってもクリパの時ぐらい。でもこれだけ遅い時間はまずなかった。だからなんとなく、新鮮な気持ちでいつもの通学路を歩いていた。ただ意外にも、その道中では誰とも会うこともなく、ましてや家が真ん前の
「おせぇーぞ、
「煉くん、久しぶりー」
「秋山くん、遅いわよ」
「煉、遅いー」
なんて修二、
「は? 集合時間て22時だろ? まだ間に合ってるじゃん?」
そう思い、時間を確認すると、まだ後3分ほど時間があった。これでちゃんと間に合っているはずだ。だってそうなると逆算して、家を出たのだから当然だ。
「秋山くん、5分前行動は基本よ!」
いつものように、そんなお真面目なことを言ってくる委員長。いつものことと、それを聞き流していると、
「ちなみに、みんな5分前には来てたぞ」
修二がさらに余計な補足をしてくる。
「いやいや5分も3分もたいして変わらねぇーだろ……」
五十歩百歩と言ったところか。俺は間に合っているのだから良いと思うのだが、何故みんなこんなにも時間にシビアなのだろうか。いっつもそんな感じじゃないのに。そんな理不尽な怒られ方をされる俺だった。
「さて、みんな揃ったってことで早速始めるか! んじゃ、まず説明の方をするぞ――」
それからバラけていた全員を集合させ、修二がルール説明をする。ルールは至ってシンプル。まず『男女』がそれぞれクジを引く。そこには番号が記載されていて、男子の方には行き先も書いてある。そしてその同じ番号の者同士が『男女』のペアでその目的地へと行くというものだ。最終的に目的地の黒板に名前を書いて帰ってくれば、肝試しは終了となる。ただその間、どういうわけか『必ず手を繋ぐ』ことというルールが設けられていた。その内容を聞いて、俺はだいたいの主催者の思惑を理解してしまった。
「ないとは思うけど、肝試し中に変なことするなよ?」
だから俺は念のために、修二に釘を刺しておく。流石に女子とコイツ2人きりの状況は危険極まりない。やましいことをするのは分かりきっているのだから。
「な、なにいってんだよ!? そ、そそそ、そんなことするわけないだろ!?」
やはり図星だったようで、修二は俺の言葉であからさまな動揺を見せ始める。これは間違いなくする気満々だったようだ。
「はぁ……お前が何しようがお前の好きだけど、警察のお世話になるようなことはするなよ」
俺はそんな修二に呆れつつ、最低限法を犯さないように再度釘を刺しておく。捕まれば人生は終わったも同然なのだから。しかもこんなくだらないことで人生を棒に振るのはあまりにもおマヌケすぎるだろう。
「い、いくら俺でもそこまでのことはしねーよ! そんなことよりも、ほら!」
話を逸らすかのように、そう言って俺にくじ引きの箱を差し出してくる。要はさっさと『くじを引いてどっか行け』ということか。
「はいはい……」
本当に大丈夫か、と不安になりつつも俺は特に思考することもなく箱の中に手を入れ、一番最初に指に触れたものを掴んで取り出す。そして開いてみると、理科室と20番と書いてあった。
「ほぉー最後か。お前にしては運がないなぁ?」
「はいはい、20番は誰だー?」
いつものように俺は修二をあしらいつつ、女子たちの元へと行き、ペアを探す。女子たちの方は既にくじを引き終わっているらしく、雑談でもしながら俺たちが終わるのを待っているようだった。
「――あ、私だ。よろしくね、煉」
そんな中、俺の言葉に反応して、手を挙げたのは渚だった。
「おっ、渚か! よろしくな」
『手を繋ぐ』という主催者の欲望のためのルールがあるので、相手が気心の知れた渚で安堵する俺がいた。これが委員長とかだったら、手を繋ぐのも気まずいし、道中の会話もなさそうだし最悪だったろうから。この『20番』という数字は逆に俺にとっては運が良かったみたいだ。
「――んじゃ、みんな引き終わったし、早速始めるか! じゃあ、まずは1番から順に行ってくれー」
それから男子もくじを引き終わり、ペアも揃ったところで、いよいよ肝試しが開始される。修二と委員長の指示で、数分ごとにどんどんと夜の学園へと入れていく。不運なことに修二の相手は委員長だったらしく、それらが肝試しを行う時は運営がいなくなるので、一番最後である俺と渚が代わりをやっていた。戻ってきた人たちは全く怖がっている様子もなく、まさに修二が『女子と手を繋ぎたいから』それだけのためにある企画だなと、改めて認識させられた。おそらくあの朝の感じからすると、突発的な企画だったんだろうし、
「――いてて……」
そんなことを思いつつ、運営を続けていると、修二が自分の頬を撫でながら戻ってきた。どういうわけか自らルールを破り、手も繋いでいなかった。そして隣を歩く委員長はどこか怒ったような表情。
「おい、修二。何した?」
すぐに修二がやらかしたのだと、俺は察した。なのでその犯人に事情聴取を行う。
「ああ、煉。きいてくれよぉーいいんちょったらひどいんだぜぇー……ビックリしたフリして抱きつこうとしたら、思いっきり平手打ちしてきたんだぜ! なにもそこまですることないじゃん!? マジで痛いわぁー……」
俺の忠告とは何だったのか。と思いたくなるほど、修二は期待どおりのことをしてくれた
「や、それは修二が悪い」
これは俺の忠告を聞かなかったバツだろう。それにしたって、コイツは委員長もストライクゾーンに入っているのか。いくらなんでも広すぎじゃないだろうか。たしかに、ミスコン出るくらいには顔は整ってるけど。そんな修二に俺はちょっと驚いていた。
「そうか? でも、それぐらいでこの仕打ちは割に合わなくね? 本気だったぞ、しかも数回もだぞ! マジで訴えてもいいレベルだろ!」
「や、ちょっとは女の子の気持ちも考えろよ……だからモテね―んだよ。いい加減自分の行いを悔い改めろ」
「断る!」
自信満々にふんぞり返って、そう宣言する修二。そんな修二がもういっそ、逆にカッコよく見えてきた。
「はぁ……まあ、いいや。ほら、さっさと運営に戻れ、お前の仕事だろ」
「あいあいさー!」
「悪かったな、委員長。ウチのバカが迷惑かけて」
修二にそう指示した後、未だに怒った様子でいる委員長に修二に代わって謝ることにした。別に俺はアイツの親というわけではないが、委員長はあきらかに嫌な思いをしただろうから。
「いいわよ別に、気にしないで。悪いのは全てアイツなんだから」
そんな俺の謝罪に委員長は珍しく軽く微笑んで、そう言ってくれる。
「まあ、ならいんだけどさ」
特に問題はなさそうだったので、俺はそれだけで後は特に何も言わず、元の待機列に戻っていった。でも俺の順番はまだまだあるようで、とてもそれが退屈で仕方がなかった。
「――そろそろ俺たちの番だな」
適当に携帯でも見ながら時間を潰していると、もう後少しぐらいで俺たちの番だったので、渚にそんなどうでもいいような話を投げかけてみる。
「そうだねぇーねえ、煉ってこういうの、大丈夫な人だっけ?」
「ああ、まあ大丈夫な方かなぁー島の遊園地のお化け屋敷も大丈夫だったし」
過去の記憶を振り返りながら、渚の質問に答える。そう多くは行ってはいないけど、平気な顔して突破できたのを覚えてる。
「へぇーあそこってかなり怖いんでしょ? 私、澪が怖いのダメだから、行ったことないんだよねぇ―」
「へぇー澪って怖いの嫌いなんだー」
この歳にして、幼馴染の俺でも知らない意外な一面を知ることとなった。そう言ったような話題を、たしかに澪と話したことがなかった。
「うん、今日だって口ではああ言ってたけど、本当は怖いのが嫌だって理由だと思うし」
「あぁーそうだったんだぁー! この時間に用事なんて変だと思ったんだー」
その渚の言葉で、ようやく疑問が解けた。どうやら商店街の時のアレは澪なりに精一杯考えた末の嘘だったようだ。だけれど結局のところ、ボロが出てしまい、姉のフォローで乗り切ったと。でもだったらわざわざそんな嘘つかないで、正直に事を話せばよかったのに。俺と澪の仲なのだし、別に恥ずかしいこともなかろうに。
「そうそう。小さいころなんて、1人でトイレも行けなくて大変だったんだからぁー」
「ハハハ、可愛らしいじゃん」
そんな光景が目に浮かんで、ちょっと面白かった。なんとも子供らしい、可愛いエピソードだ。
「もう、他人事だと思ってぇー――」
そんなどうでもいい会話していると、順番がいよいよ回ってきたようだ。修二たちのところまで辿り着く。
「んじゃ、最後はお前らだな。手繋いでくれ」
その修二の指示に従い、特に何も考えずに手を握る。ただ、握った後の2人のちょっとした気まずさと言ったらなかった。先までしていたくだらない会話もできないほど、お互い照れてしまって黙りこんでしまう。でもそう思うと、俺たちは大人になってしまったんだなぁーと思う。小さい頃は全く恥ずかしげもなく、手を繋いでいたから。なんかどこか寂しい感じがしてくる。そんなことを思いながら、俺たちは夜の学園へと足を踏み入れていく。
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