Extra.3-7「幸福な時間の終わり、でもそれは終わりじゃない」

「――ねえ、最後はあそこに行かない?」


 それからもういい時間になってきていた。そろそろ閉園の時間も近づいてきている。そんな中、しおりが指をさしたその先には、遠くからでも目立つ遊園地のもう1つの花形と言っても過言ではない『観覧車』があった。


「あぁーいいねーんじゃ、いこっか」


 たしかに最後にふさわしい乗り物だ。今はちょうど夕暮れ時だし、観覧車の頂上から眺める景色はこのデートの終わりにまさにふさわしいであろう。俺はその栞の提案に乗って、観覧車乗り場へと共に向かっていく。


「――そういうやさ。いっつも思うけどここの観覧車のアレってヤバイよなぁー」


 観覧車乗り場へと着き、俺たちの番を待って並んでいる時に、観覧車の方を指さして栞にそんな話をする。その指さした観覧車は、所謂『恋人用』のそれで、観覧車のアームに2人用の椅子が取り付けられているというもの。しかもそれはむき出しで、普通の観覧車みたいに室内ではなく、室外。一応、雨天のための対応なのか、傘はついているけど、アレはもはやただの椅子が回っているだけ。どう考えても恐怖感が凄まじいと思う。特に頂上に辿り着いた時に下を見たらと思うと……考えたくもなかった。


「あぁーアレ怖そうだよねぇーでも結構カップルには人気だって聞いたよ?」


「マジか!? うっへぇー考えらんねぇー……」


 下から見ているだけでも怖いのに、アレに乗りたいと思う人はどんな人なのだろうか。よっぽど高いところが平気なのか、はたまたその恐怖感と戦いつつ、それを楽しんでいるのか。俺には到底その人たちの思考は理解できないけれど、まあ本人たちが楽しんでいるならそれでいいか。


「ふふっ、私たちも乗る?」


 いつもの小悪魔降臨。悪そうな顔をして、そんな挑発をする栞。


「却下。てか、怖くないの?」


「んーまあ、怖いと言えば怖いけど、やっぱり好きな人とだったら平気なんじゃない?」


「あぁーなるほどねぇー」


 そういう考え方もあるのか、と納得しつつ、結局俺たちは普通の観覧車に乗ることにした。最後の最後で恐怖心を持ったまま終わりたくないし、やっぱりここはキレイな思い出で終わらせたい。そんな思いで俺たちはいざ、観覧車へと乗り込む。


「ねえれん、こっちおいでよ」


 観覧車は普通、正面からみて左右に座席があるので、俺は何気なしに栞と対面で座ろうとしていた。だけれど栞は俺と隣がいいようで、手招きしながら俺を呼ぶ。特に対面で座る理由もなかったので、その栞の言葉につられて栞のちょうど横に座る。そして数秒していよいよ観覧車が動き始める。やはりジェットコースターなどとは違って、ゆっくりとゆっくりと頂上へと向かって動いていく。途中、途中に上の人たちに景色を見てもらうためなのか、数秒程度動きを止めながら。でも確実に俺たちは観覧車の頂上付近へと昇っていく。


「うわぁー! どんどん人が小さくなっていくねー!」


 そんな中、子供みたいにはしゃいで観覧車を楽しんでいる様子の栞。それに俺はほっこりしつつ、栞と同じように俺は地面を見て、徐々に昇っていくのを眺めていた。そして時計で言うと、9時ぐらいのところにまでさしかかってくる。


「おぉー景色キレイだなぁー……」


 街の方へと目を向けると、ちょうど太陽が日の入りの時間なのか、西の空に沈んでいく太陽が見えた。そのオレンジが街を染めて、それはもう言葉にできないぐらいにキレイな光景だった。そんな景色に見惚れながら、観覧車はゆっくりと頂上へと向かっていく。


「――あれ、止まった?」


 そしてちょうど俺たちが頂上へ到達したところで、栞がそんなことに気づく。どうやら観覧車が止まってしまったようだ。しばらく経っても動くことがなく、停止したまま。


「たぶん下でなんかあったんじゃない? ほらっ」


 そう言って2人で下の方を見てみると、係員が慌てた様子で色々と何かしているのが見えた。大方、機械のトラブルかなんかだろう。俺はそんな風に楽観的にその事態をとらえていた。


「でも、なんか機械が空気読んでくれたみたいだね、こうなると」


 ちょうど俺たちが頂上のところで停止した。それはまるでこの景色を長く楽しんでくださいと、機械が俺たちに与えてくれたプレゼントみたいに思えた。


「うん、そうだね」


 なんて軽く笑いながら、俺たちはその夕焼けの街の景色を眺めていた。


「……ねえ、煉」


 そんな折、栞が俺の肩を指先でつっついて名前を呼ぶ。俺はそれにつられて栞の方へと顔を向ける。すると――


「ンッ!?」


 キスされた。不意打ちの、しかも栞からの。


「え、エッ!?」


 突然の事態に、もう軽くパニクっていた。まともな思考ができずに、ずっと栞の顔ばかりを見て固まっていた。対して、キスをしてきた栞は耳まで真っ赤に染めて、恥ずかしいのか俯いてしまっている。


「……特別、だからねっ」


 そんな中、栞の口からそんな事を言ってくる。その瞬間、俺の中に一気に感情が溢れ出してくる。


「栞……愛してる!」


 そう言ってから、俺はすぐさま栞に抱きついた。栞への愛がどうにも抑えきれずに溢れ出し、それが行動へと移っていく。栞が好きすぎて、どうしようもない。またとない特別な空間でキスをして、そして自分でしたことに恥ずかしくなって……そんな栞が大好きすぎてどうしようもなかった。これほどまでに人を愛したことが今までにあっただろうか。愛おしすぎてたまらなかった。


「うぅ……恥ずかしい……」


「もしかして、俺をここに誘ったのも、コレをするため?」


 俺はそんな恥ずかしがっている可愛い栞の頭を撫でながら、そんな質問をする。どう考えても、突発的にしようと思って行動に至ったとは思えない。栞は俺と違ってそんな無計画なことをする子じゃないから。それにここに誘ったのは何より栞だった。栞が最後に、唯一自ら選択した乗り物だったから。その予想は的中したようで、栞は相変わらず俯いたまま、軽く頷く。


「あぁーかわいいなぁー栞は!」


 こんなにも可愛い彼女を持つ俺は幸せ者だ。むしろこんなに幸せでいいのか、と思ってしまうぐらいだ。そして今この瞬間、栞も同じ幸せを共有してくれたらいいな、なんて思う自分もいた。やっぱり幸せは1人だけでなく、俺と栞の2人で共有して感じていきたいから。そんな願いを込めつつ、俺は栞の頭を撫で続けていた。


「――おっ、動き出した」


 しばらくしてスタッフの案内放送が入り、ようやく観覧車は下へと動き始める。さっきみたいにゆっくりとゆっくりと、俺たちの終わりの時間へと向かって下降していく。


「……またこようね」


 その終わり際に、栞がそんなことを呟く。それはどこか寂しそうに、でも次に希望を抱くようなそんな風な感じだった。


「ああ、いつか必ずな」


 楽しい時間は過ぎるのが早い。だからこそ、終わる時は名残惜しいものがある。でもこれでもう終わり、なんてことはない。俺たちにはまだまだたっぷりの時間がある。むしろ俺たち2人の時間はまだ始まったばかり、これからなのだ。だからまたいつか、必ず……再びここで2人の楽しい時間を過ごそう。そんな約束を交わす俺たちはそれから遊園地を後にし、楽しい時間は終わりを迎えたのであった。

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