Extra.3-6「2人だけの時間」

 それからも相変わらず目が回る系や、絶叫系は避けてちょっとゲーム性のあるようなアトラクションを回っていった。さっきの反省の意味も込めて、運要素が絡むようなものも避けていき、なるべく実力が勝負を決めるものをプレイしていった。もちろんそんな勝ち負けを抜きにしても、しおりとの時間は楽しい。だから思ってるほど、そんな気にする必要性もないのかもしれない。そんなことを回っていく中で考えていた。それから俺たちは『メリーゴーランド』に乗ることとなった。ちょっと子供っぽいかな、とも思ったけどどうせだったらこういうのも含め、いっぱいアトラクションに乗っていきたい。そんな思いで、俺たちはメリーゴーランド乗り場へと着いた。ちょうど着いた頃は回っている途中で、俺たちは列に並び、雑談でもしながらそれが終わるのを待っていた。


「――あっ、きた! 乗ろうっか!」


 それからしばらくしてメリーゴーランドが止まり、いよいよ俺たちの番となる。俺たちはスタッフの案内のもと、中へと入っていく。栞はどこか子供みたいにはしゃいで、俺の手を引っ張っていく。


「どれに乗る?」


 辺りを見渡しながら、俺は栞にそんなことを訊いてみる。2人用の座れるタイプの馬車か、あるいは1人ずつ座るタイプの白馬にするか。俺はどれでもよかったので、栞の意思に任せることにした。


「んー……あれ、乗ろう!」


「え、マジで……」


 栞が指をさしたのは白馬であった。だけれどそれは1人用ではなく、2人用の大きなやつ。しかもそれはわざわざ大人2人でも乗れる、つまりはカップル用のやつだった。正直、俺としてはあまりノリ気ではなかった。


「……嫌?」


 そんな俺の反応に、栞はまるで小動物みたいに可愛らしく悲しいそうな目で見つめてくる。それがあまりにも可愛くて可愛くて仕方がなかった。


「嫌ってわけじゃないけどさぁー……恥ずかしいっしょ?」


 それに惑わされつつ、俺は理由を述べてみる。実際問題、恥ずかしいのは間違いない。だってその2人用の白馬は写真を撮るためなのか、はたまた設計上の理由からか一番外側にある。つまりは外でおそらく子供たちが乗っている様子を見ている人たちなんかに思いっきし見られるのである。もうこれだけで十分に恥ずかしいことこの上ないだろう。


「ふふっ、早く早く!」


 だけれど栞はそんな俺を無視して引っ張って行き、その2人乗りの白馬の方へと向かっていってしまう。


「あっ、ちょっ、栞!」


 メリーゴーランドの始まる時間も迫っているし、もうこうされてはどうにもできまい。俺は恥ずかしさを捨てて、栞に従うことにした。せっかくの2人のデートなのだから、ここで俺がゴネてテンションを下げさせるのはいだだけない。空気を読んで、栞のお望み通りにしよう。というようなわけで、俺たちはその白馬へと乗る。栞が前で、俺が後ろという形となった。たしか俺の記憶ではこのおふたり用には体重制限があって、エレベーターみたいにオーバーすると音がなるシステムだったはず。まあ、当たり前っちゃ当たり前なのだが、俺たちでは鳴ることはなかった。ここで鳴っていれば、他ので妥協しなければならなくなったのに。なんて最後の悪あがきみたいな望みがはかなくも砕けつつ、それから始まるまでの時間待つこととなった。


「ねえ、れん……もっとこっちきて?」


 この待っている時間も恥ずかしいというのに、栞はさらに恥ずかしさを倍増させるようなことを言ってくる。しかもその栞が考えている構図というのは、どうも後ろから俺が栞を抱きしめる形らしく、それがされたいみたいだ。なんかここに来て、やけに積極的になってきた栞にちょっと驚きつつも、それに俺は従った。栞は結構、こうなったら頑固がんこ……というのは語弊ごへいがあるかもしれないけれど、とにかく自分のやりたいことを何が何でも通すところがある。だからいくら抵抗しようとも、それは全くもってムダなのだ。それにどうせ栞の可愛さで、俺は許してしまうだろうし。


「うわぁー……はずっ……」


 とりあえず栞に近づいてそのまま後ろから抱きしめると、当然と言えば当然だけれど、体はこれでもかというぐらいに密着する。それはもう周りから見られる恥ずかしさではなく、栞をこうして抱きしめて、触れ合っているからであった。ヘタしたら、心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思うぐらいに、その鼓動はうるさかった。そしてそんなイチャイチャしているうちに、ようやくメリーゴーランドが回り始める。ただそんな遊具を楽しんでいる余裕なんて俺にはなかった。もう俺は栞のことで頭がいっぱいだった。


「――えへへ、恥ずかしいね、これ」


 栞も俺と同じように恥ずかしいみたいで、よくみると耳が赤く染まっていた。たぶん俺と同じくらいに、心臓の方も高鳴っていることだろう。


「でも……さ、悪い時間じゃないよね……」


 決してそれは嫌な時間ではなかった。しかも周りが一切気にならないからか、もはや俺と栞の2人だけの空間みたいになっている。だからこの時間はむしろ俺にとっては心地のよい、幸せな時間だった。さっきあんなに嫌がってた俺を、ちょっと殴ってやりたいほどだ。これだけのものが得られるのであれば、こういうのも悪くはない。


「うん……そうだねっ」


 そんな、お互いに微笑み合いながら、俺たちはこの空間を味わっていた。メリーゴーランド自体がゆっくりと動いているというこもあって、それはとても長く感じられた。だからそれだけ幸せな時間も、長くなっていく。


「でもさ、どうしてこんなことを?」


 そんな中、俺はふとそんな気になったことを栞に訊いてみる。普段あまり積極的に物を言ってこない栞が、そういうことをするのは珍しかった。もちろん俺が栞に訊いた、ということもあるけど、結局選んだのは栞の意思によるものだし、それが気になっていた。


「だって、せっかくの機会なんだし……好きな人と特別なこと、したかったから……」


 俺のそんな疑問にうつむいて、理由を話していく栞。そんな栞が愛おしくてたまらなかった。それを表現するのに、俺は栞のことを強く抱きしめていた。『特別』というならば、これぐらい許されるよな。


「そっか、そうだよな」


 そして俺がそう言うと同時に、栞の方も俺に体重を預けているがわかった。ああ、ホントに幸せな時間だ。できれば終わらせたくない、このままでもいいのかもしれない。だけれど現実は残酷で、幸せな時間もいつかは終わりがやってくる。それからしばらくして、メリーゴーランドが止まり、終わりとなった。俺たちは白馬から降りて、メリーゴーランドの中から外へと出ていく。だけれど、その中で冷静さを取り戻してしまい、周りの人たちを認識して、さっきまでの自分たちの行いを振り返っていく。すると急にさっきまで消えていた恥ずかしさがドッと押し寄せてきて、火が吹きそうなほど赤くなってくる。栞もどうやら同じようで、俺たちはその場から逃げるようにメリーゴーランドを後にしていった。

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