Extra.3-5「幸運の弊害」

「――ごちそうさまでした」


 全ての料理を食べ終え、俺は手を合わせてしおりに感謝しながらそう挨拶をする。


「お粗末さまでした」


「ホント、ありがとう。おいしかったよ」


 俺は改めてこんなにもおいしい料理を作ってくれた栞に感謝をする。いくらでもイケるし、また食べたいと思うお昼だった。今度は学園でお昼のお弁当を作ってきてもらうのもいいかもしれない。俺も頑張って作って、交換っことか……やばっ、考えただけでちょっと恥ずかしいわ。


「うん、お口に合ったようでよかった。いっぱい食べてくれたし」


 栞はそれにとても満足したような面持ちでそう言った。


「そりゃ、栞が作ってくれた料理だからね」


 結局のところ、これが全てだろう。たぶん誰が同じのを作ったって栞のそれには勝てっこない。やっぱり俺の一番好きな人が作ってくれた、それが付加価値となって味をよりおいしく感じさせてくれているのだ。だから食も進む。


「うん……ありがとっ」


 それに恥ずかしそうに照れながら、でもどこか嬉しそうにそう感謝をする栞。そんな栞が見ていてとても心をくすぐられていた。すっごく可愛い。


「んで、午後はどうしよっか?」


 そんな栞にときめきつつ、俺は午後からの予定を訊いてみる。午前中も結構な数のアトラクションに乗ったが、それでもまだ半分も行っていないだろう。まだまだいっぱいのアトラクションがある。その中からまず一発目にどこへ行こうか、多すぎて迷っていた。


「あんまり激しい乗り物は避けたいよねー」


「そうだね、落ち着いた系のヤツにしよっか」


 昼食後ということもあって、激しい乗り物は避けた方がいいだろう。だから俺はそんな提案をしてみる。パンフを見ながらどれがいいか見定めていると――


「おっ、これよさそうじゃん。巨大立体迷路」


 それが俺の目にとまった。これならそんなに体に負担もかからないし、むしろ自分が動いていくゲーム要素の高いアトラクションなので、面白そうだった。


「うん、いいね! そこにしよう!」


 そんなわけで午後一発目は『巨大立体迷路』に決まった。ここから近場にあるアトラクションなので、そう時間がかからないうちにそこへ辿り着く事ができた。そしてまだお昼の時間帯だからか空いており、すんなりと入っていく。その際、俺たちはタイマーのようなものを手首につけられる。どうやら入ってから、クリアするまでの時間を計るようだ。だからなのか、今見えている範囲の柱には至るところに『走らないでください』という張り紙があった。そりゃ、走ったらタイム出るもんなぁーと思いつつ、俺たちはさっそく迷路を始めていく。


「あっ、やっべ……」


 そんな最中、冷静に考えると、俺が致命的なミスをしてしまったことに気づく。


「ん、どうしたの?」


「俺、これ系のアトラクションダメだわ……」


 俺にはどうしてもこのアトラクションに参加することができない理由があった。アレによって得られた『不正の塊』のような能力が俺にはあるから。


「え、どうして……って、ああ、そっか!」


 それで栞も察してくれたようで、納得した様子でいた。そう俺には『幸運体質』がある。だから考えなしに分岐を選んでしまうと、それが作用して絶対に正解を選んでしまうのだ。それでは全くもってゲーム性の欠片もなくなってしまう。


迂闊うかつだったなぁー俺、ゲームとかの迷路でも考えないでやると、絶対正解になっちゃうんだよねぇー……」


 栞と一緒にいられて楽しいからか、はたまた遊園地にテンションが上っていたからか、大事なことを忘れてしまっていた。俺は開始数秒で、ここに来たことを後悔してしまう。


「あ、でも、だったら私が選んでいけば、問題ないよね?」


「あーまあ、たしかにねぇーそれだったらイケる……か?」


 というようなわけで、栞に全ての権限を託して、俺はただそれについていくことにした。一切、どのルートが正しいかなんて考えずに、道も選ばない。そうじゃなきゃ、違う道を栞が選んだ時に口出ししそうになるから。ここは栞に任せて、それを楽しむことにしよう。


「わっ、いきなり分かれ道だ……」


 入ってちょっと歩くと、さっそく分かれ道がおでましする。前方には階段が、右の道にはそのまま道が続いているように見える。


「さあ、どうする栞?」


「んー……でもいきなり階段は流石に罠だよねー……こっち!」


 というような理由で右の道を選択する。そこからは道なりに進んでいく。特に行き止まりに突き当たることもなく、順調に進んでいるように思えた。そしてある地点で、今度は左、前、右と3つに分かれた道が登場する。前方には階段、左右は繋がった1つの道になっている。


「ここはあえての階段!」


 ここで栞は2階へ行くことを選択し、俺たちはその階段を昇っていく。


「でもこういうのって、一旦下の階に降りて、また上がってくるとかもありそうだよね」


「うん、ありそうだねぇー」


 栞とそんな会話をしながら歩いていき、2階に辿り着く。ちなみにこの迷路の建物は全て木造で出来ており、ゲーム難易度のためか、はたまた光の関係なのか、迷路の壁となる部分にはボーダー柄のように間に隙間があって、柵のようになっていた。だからある程度の範囲で迷路の先を見ることが出来る。それも栞はヒントに加えつつ、迷路を歩いていく。


「――なんか、思って以上に順調だね、栞」


 それからしばらく迷路を進めていくと、ビックリするほどに行き止まりに当たらず、もはや迷路ではなく、ただの入り組んだ道になってしまっているほどそれは順調であった。それに何か一抹いちまつの不安を覚えてしまう、俺がいた。


「うん、だねーこのままゴールできたらいいなぁー」


 そう言いながらも、分かれ道を選んでいく。さっきのヒントが功を奏したのか、進んでいくと降りる階段が登場したりもした。普通だったらそれで間違えたと思い込み、それで時間がかかるところなのだが、栞は俺のさっきの言葉を信じてそのまま進んでいく。そして幸運なことに、それで正解のルートだったようで、そこからさらに上の階へと昇っていく。


「うわっ、ついに4択かぁー……」


 階段を上がると、そこは道の途中ではなく、一定のいわば部屋のような場所に出てくる。そして辺りを見渡すと、東西南北全てに道が出来ていて、実質の4択となった。流石は頂上付近の階だ。4択から何も考えずに正解を導くには、あまりにも確率が低い。だからしらみつぶしに探索させ、時間を浪費させようとしているわけだ。


「悩むなぁー……ねえ、煉ならどれ選ぶ?」


 ニヤニヤしながら悪魔に魂を売ろうとする栞。そのわざとらしい質問に、


「それ、ズル。いや、自分で言うのもなんだけどさ……」


 俺は流石に苦言を呈する。もちろんその顔や口調から冗談だというのはわかってる。栞はそんなズルをしてまで『勝ち』を得るような、心のけがれた女の子じゃないってのは俺が一番わかってるから。


「ちぇー、じゃあ、ここは右にする!」


 ちょっとわざとらしく残念そうにしながらも、自分で少し考えて、ちゃんと自分だけで答えを出す栞。その選択通りに、俺たちは右の道を選んで進んでいく。そこからも厄介なほどに分かれ道が多数存在して、これは一筋縄ではいかなそうな感じであった。しかもいやらしいのが、これはたぶん分かれ道からの分かれ道を作って、あえてその選んだ道を正しいそれだと思わせ、その先の道でどちらも行き止まり、みたいなオチになっている構造のように思える。頂上付近の階とはいえ、製作者は相当意地汚いか、性格が悪そうだ。そんなことを思っていると――


「あっ、階段だ! あれ、しかも――!」


 栞の言う通り、道の先には階段があった。しかもその階段の先からは光が差し込んでいる。ということはあそこが屋上、つまりはゴールへと続く階段だということだ。俺たちはそのままその階段を昇っていき、その予想通りに外へと出る。


「おめでとうございます! ゴールでございまーす!」


 なんとゴールしてしまった。しかも一回も行き止まりにぶち当たることもなく。まさか俺の運が栞にも影響してしまったのだろうか、そんな不安を覚えてしまう。できれば、栞が単に運がいいか、直感が鋭かったということにしておきたい。だってそうじゃなければ、


「しかも最速タイム樹立! すごいですねー!」


 その記録が不正込みのものとなってしまって、今まで最速だった人が可哀想だから。これはあくまでも栞の記録で、俺は一切の関与はなしということにしておこう。それに、その最速記録を取った時の、栞のとても嬉しそうな顔も見れたことだし、このことは俺の中で大事に閉まっておこうと決めた。それから俺たちはクリア者専用の帰り道に案内され、そのまま地上へと戻り、巨大立体迷路は終わりとなった。

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