2.諫山渚

40話「結果発表!」

 あれやこれやと色々と考慮に入れて悩んだ結果、俺は『諫山いさやまなぎさ』をミス聖皇せいおうにふさわしいと選んだ。理由は簡単だ。この出場者の中で明日美あすみを除いて、最も仲のいい異性だから。流石に『自分の姉』に投票するのは恥ずかしかったので、次点で渚となった。それに気心が知れている渚は単純に選びやすかった。もちろん『ミスコン』ということも忘れてはいない。彼女は幼馴染ということを差し引いても、やはりスタイルがよく、まるでモデルようなその体型がウェディングドレス姿と非常にマッチして、ものすごく美しかった。もちろん他の出場者も負けず劣らず甲乙つけがたいけれど、それでも俺は渚がふさわしいと思ったのだ。


「――おっ、決まったか?」


 まるで俺を監視でもしていたのかと思えるほど、ちょうどいいタイミングにそんなことを言ってくる修二しゅうじ。ストーカーみたいな修二に気持ち悪さを感じつつ、軽くうなずいて返事をする。


「誰にしたんだよぉー?」


 これでもかというほどニヤニヤして、だいぶ気持ち悪い顔になっている修二はそんなお決まりなことを訊いてくる。ただコイツにバカ正直に教えてしまうと、こっちが痛い目に会うのだ。


「教えるわけねーだろ」


 だから俺は教えないことにした。それに言ってしまえば、これを教えるということはいわば、自分の好みをさらしてしまうのと同義なのだ。だからそれは普通に恥ずかしいし、しかもその対象が『幼馴染』の渚なのだから余計にだろう。


「ですよねーまあいいわ。それより投票しに行こうぜ!」


 思いのほか、簡単に諦めてくれる修二であった。まさか、こいつもう既に俺の選んだ人を知っているんじゃないだろうな。さっき書いている時に覗いたとか、コイツならありえそうだ。なので俺はちょっと修二を警戒しつつ、2人で書いた紙を投票箱へと入れに行く。それからしばらくして全員の投票が終わり、その場で開票となる。ただ当然それを生徒会の人間が『今から』行うのだから、それまでのを繋ぐ必要がある。俺は『どうするんだろう?』と思っていたのだが、どうやら文化部たちが色々とやって間を埋めるらしい。まず出てきたのが、女子ダンス部であった。女子のダンスということもあって、さらにその面々もレベルが高いことも相まって野郎共の目線は完全にダンス部に釘付けであった。またその衣装が『ヘソ出し』と際どいもので、さらに魅了する要因となったことだろう。そしてダンス部が終わり、続いて軽音部の演奏となった。詳しくは知らないがオリジナル曲のようで、俺はひそかにこういうの作れる人ってすごいなと感心していた。いくつかの演奏が終わり、いまかいまかとソワソワとしだす……のだが、まだ集計は終わっていないようで、次にお笑い同好会の漫才が始まった。それに対して、流石に周りの野郎共も苛立ちを隠せなくなってきた。そしてまた最悪なことに、この漫才がまあ面白くない。なので退屈で退屈で仕方がないという。そのなんとも気まずい空気を、漫才をしている2人も察したのか、少し目を泳がせながら動揺しているような素振りをみせ、さらに拍車をかけるように噛みだしたり、ネタを間違えだす始末。そんなもんだから、野郎共からはヤジが飛び出す。もうダメか、と思ったその矢先――


「大変長らくお待たせいたしました、いよいよ発表です――」


 司会者がそう言いながら、ステージ中央へと歩いてくる。それに漫才2人組は安堵した表情を見せながら、そそくさと舞台袖に去っていた。そして、その後に出場者たちも続々と歩いてきて、定位置に止まる。


「今年のミス聖皇は――――」


 そしていよいよ発表の時。司会者はそう言って、一旦めに入る。するとそれと同時にドラムロールが流れ始めて、2つのスポットライトが出場者を右へ左へと動いて照らしていく。その演出に、誰もが発表を今か今かと待って、息を呑んでいた。


「諫山渚さんです、おめでとうございまああす!!」


 そしてついにその優勝者が発表され、その瞬間、会場は割れんばかりの大歓声につつまれていた。対して俺はその結果に、自身が投票した渚が選ばれたという驚き、でも優勝したのはやはりファンクラブ持ちだからかと納得する気持ち、さらに俺の幼馴染である渚が優勝したというどこか嬉しく思う気持ち。そんな様々な感情が俺の心の中でひしめき合っていた。でもただ1つ、たしかに言えることは『優勝おめでとう』だろう。動機はどうあれ、優勝するためにウェディングドレス姿で大衆の前に出て、頑張ったのだから。俺はこのミスコンが終わったら、アイツに直接言ってやろうと思う。そんなことを思いながら、俺は渚に大きな拍手を送っていた。


「やはり男女問わず人気があるのが勝因でしょうかねぇー? さて! 渚さん、はれてミス聖皇になれた感想を!」


「あ、は、はい! え、えーと嬉しいです! 投票してくださった方々、ありがとうございました!」


 渚は司会者のその投げかけに、どこか緊張した面持ちでそう答える。その口ぶりからも、驚きがまだ隠しきれないのが見て取れる。たぶん本人も、まさか自分が優勝するとは思ってなかったのかもしれない。


「では改めて、諫山渚さんに盛大な拍手を!」


 その司会者の合図とともに、体育館中には称賛の拍手が鳴り響いていた。


「――さて、続いてミスター聖皇も発表したいと思います!!」


 拍手が鳴り止んだところで、司会者が続いての企画へと移っていく。その瞬間、さっきまでの称賛の空気から一変、ピリッとした空気になったような気がした。正直な話、俺はミスター聖皇なんて微塵みじんも興味がなかった。そもそも野郎に興味がないし、それよりも何よりも、この後に発表されるであろう景品の方が気になって仕方がなかった。ここまで焦らされたのだ。もう一秒でもいいから早く答えが知りたい。そんな探求心で俺の心は満たされていた。


「今年のミスター聖皇は――なんと今年も秋山あきやまれんさんです!!」


 全くもって関係ないと思ってその発表がまさか関係あるものとなってしまった。その発表の瞬間、野郎共はまるで出来レースかのようにため息を吐き、女子たちからは黄色い歓声があがっていた。俺はその発表に思わず耳を疑った。彼は俺が優勝したと言ったはずだ。でも俺はそんなの初耳であったのだ。両者の食い違いに、混乱している俺だが、


「秋山煉さんはいらっしゃいますかー、いらっしゃったら前に出てきていただけますでしょうかぁー?」


 そんなのお構いなしに、司会者は俺を呼びつけてくる。


「おい、煉。呼ばれてんぞ」


 そんな最中、隣にいた修二がそう言って俺の背中を押して、前に出るように促してくる。ただその顔は、決して友人の優勝を称えてくれているような顔ではなかった。そう、自らが優勝を逃して悔しがっているような、そんな顔だった。


「おっ、おう?」


 とにもかくに今は場の空気を読んで壇上へと向かっていくことにした。その途中、チラッと周りを見てみると、野郎共はにらんでいるヤツや悔しそうにしているヤツがいた。ただそれ以外にも、まるで珍しいものでも見るような目をしているヤツや、俺に驚いているような反応をしているヤツもいた。そんな反応をしているヤツを疑問に思いつつ、俺は壇上へと上がっていく。そしてふと渚の方に目を向けると、渚と目が合った……のだが、すぐに目を背けてうつむいてしまった。つまり今彼女は『澪化』してしまっているということになる。でも、なぜこの状況でそれが起こっているのか、俺には思い当たる節がまるでなかった。そのせいで俺の頭はますます混乱していく中、俺は司会者の指示で渚の隣へと立つ。


「いやーようやく出てくれましたねぇー!」


 司会者は噛みしめるような言い方で、俺にそんなことを言ってくる。横目で観客の反応を見ると、どうやら女子たちも同じような思いのようで『うんうん』と何度も噛み締めて頷いている。


「あのさ、悪いんだけど、俺ミスコンって今日が初参加なんだ。だからそのセリフの意味がよくわからない。説明してくんない?」


 その反応も、言葉の意味するところも理解できない俺はとにかくそれを訊いてみることにした。一度も参加したことのない俺でもわかる説明を要求する。


「ああ、そうですね。えーと――」


 どうやら司会者の説明では、俺は付属に入学した1年目の時から今年までずっとミスターコンテストに優勝していたらしい。ただもちろんその日は自由参加なので、選ばれたミスター聖皇がいない可能性が出てくる。もちろん俺がその日にここにいることはまずないので、今年までは天と地ほどの投票数の差がある2位のやつが繰り上げ優勝になっていたらしい。でも今年は珍しく俺がいたと、こういう訳だ。その説明の際、俺は『前もってミスター聖皇に言っておけばいいんじゃ?』と提言したところ、どうやらそれではサプライズ性に欠けるからという理由でしていないそうだ。それで来てほしい人が来ないんじゃ、本末転倒だと思うのは俺だけだろうか。


「さて、景品の方に行きましょうか!」


「あっ、待って! 景品って何?」


 俺がこのミスコンには初心者だということがさっきの質問でわかっているはずなのに、それをほっぽって話が勝手に進んでいくので、俺は司会者の進行を止めて再び説明を要求した。


「え、知らないんですか!? まあ、初参加じゃ、仕方ないですかね? 景品は――」


 そして司会者からその内容が告げられ、全てが明らかとなった時、全ての糸が繋がったかのように、みんなの言っていたことが理解できた。でも俺はここに来たことをひどく後悔した。今からでも逃げ出そうかと思うぐらい嫌だった。そして俺はだから今渚は『澪化』しているのか、と思った。たぶん女の子ってこういうのに憧れるものだろうけど、やっぱり恥ずかしいだろうし。俺は重い気分になりながらも、舞台袖へと生徒会の人間に連行されていくのだった。

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