Extra.3-3「恐怖の楽しさの狭間」

「――うわっ、結構人いるなー……」


 そこにはまだ開園してまもないぐらいだというのに、割りと多めな人がいた。ただここのジェットコースターは『待たせない』ことに定評がある。というのも、ここのジェットコースターは全長が日本でも最長で、普通のより多くの人を乗せられる。だから回転率がものすごくいいと評判なのだ。だから俺たちもその例に漏れず、30分も経たないぐらいで乗ることができた。


「なるべく前の席から詰めてお座りくださーい!」


 スタッフの合図のもと、俺たちは中へと入り、その指示に従って前の方へと歩いていく。


れん……」


 そんな中、隣を歩くしおりが急に不安そうな声で俺の名前を呼ぶ。たぶんそう至った経緯はおそらく、俺たちが幸か不幸か乗客の定員の関係で俺たちの前で切れてしまったことだろう。つまりは俺たちからジェットコースターに乗り込んでいくため、当然それでは俺たちの座席は先頭ということになる。それが栞にとっては怖いのだろう。可愛らしく俺の袖なんか掴んでいる。そんな栞がちょっと心配ではあるが、だけれど俺は前方の席に座ることにした。スタッフの指示もあったし、座席選びでグダグダするのもあまりよくはないだろう。栞の方も抵抗せずについてきている辺り、嫌々ながらもそれに従っているようだ。というわけで、俺たちはジェットコースターの先頭の座席に腰掛ける。ちょうどこのジェットコースターは座席が2人ずつなので、ここはもはや俺と栞だけの空間となる。さらにこの座席の背もたれは頭が覆われるほどに高く、後ろの人たちも気にならない。そうなると、いよいよ俺と栞の2人だけでジェットコースターに乗っている感覚にさえ思えてしまう。


「――煉?」


 そして他の乗客が乗り降りしている間に、俺は栞の手を握ってやる。半分は安心させるため、もう半分はこういう状況で恋人同士が手を繋ぐシチュエーションがよくあるし、それをやってみたかったから。


「大丈夫だよ、栞」


 さらに安心させるように、俺は栞にそんな言葉を投げかける。ジェットコースターはいくら怖いと言っても、まず生死の境を彷徨さまようような事故が起こるなんて滅多にないぐらいに安全なものなのだから。いくら回転したって、いくら横に傾いたって、それは所詮は安全の範囲内で行っていること。科学的に証明された法則を使っているだけのこと。それがわかってしまえば、ジェットコースターなんて全然へっちゃらさ。


「う、うん……ありがと……」


 そして音が鳴り響き、ジェットコースターがスタートする。まずはノロノロと加速をつけるため、山なりになっているその頂上へと向かっていく。一番前ということもあって、その昇っていく感じがダイレクトに伝わってくる。横目で栞を気にしてみると、目を閉じて、俺の手を強く握っていた。むしろ目を閉じていた方が、今の状況がわからなくてよっぽど怖いと思うけど、ちょっとイタズラでそれは言わないでおくことにした。そして数秒ぐらいして、いよいよ頂上付近へと辿り着く。下の方を見ると、地上からかなり高い位置にいることがわかった。


「さあ、来るぞぉ!」


 俺は念のために、栞に加速が始まることを教えておいておく。すると栞はそれに反応して、ちょっと痛いぐらいに俺の手を握りしめる。そして握ってない方の手で安全バーの鉄の部分を握りしめて、うつむいてる。そんな最中、ジェットコースターの方はさっきまでのスピードが嘘のように一気に急降下して加速していく。どんどんとスピードを上げていき、レールを駆け抜けていった。先頭と言うこともあってか、その風を切り抜けていく感じが直接わかった。そしてそれから前方に『ループ』の、縦に回転するレールがやってくる。しかもそれが2連続だ。


「ッ!? ギャアアアアアアアア――――!!!!!」


 ちょうど自分たちがループの上付近で、頭が下になるぐらいのところで栞がそんな雄叫おたけびをあげる。いつもの可愛らしい栞はどこかへ行ってしまったようで、今の栞は男勝りなそんな感じだった。そして2連続ループを抜けると、今度は螺旋状に横向きで回転していくゾーンがやってくる。その最中も栞は終始さっきみたいな雄叫びを上げて、ある意味ジェットコースターを楽しんでいた。そして小さい山なりを2つほど超えて、今度は直角なんじゃないかと思えるほどの傾いた状態での右カーブに左カーブ。その疾走感は半端じゃなく、まるで風と一体になっているみたいだった。そして後は小粒程度のギミックをすり抜け、徐々に徐々にスピードが落ちていき、ゴールとなった。スピードがあったからか、そう体感時間は長くなかったように思えた。そして問題の栞の方へと目をやると――


「うぅ……」


 とてつもなくグロッキー状態になっていた。叫びまっくていたから、とてもボロボロになっているみたいだ。


「栞、大丈夫か?」


 そんな栞の姿に、ちょっと心配しつつそう声をかけてみる。ジェットコースター自体は別に栞は大丈夫だと言っていたので、そこまで深刻な事ではないだろうけど、ちょっと不安だった。


「やっぱ最前列は、ダメだよ……」


 あきらかに元気をなくした状態で、そんなことをボヤく栞。よっぽど最前列が恐怖だったのだろう。でも殆ど下向いてたから、他の席と大差はないように思えるけど。


「でも、言うほどスリル感なかったけどなーむしろ楽しかったし」


 ずっと前を向いていた俺から言わせると、大した恐怖感はなかった。むしろ前方が見えているという安心感もあって、満足にジェットコースターを楽しめた。


「煉が羨ましい……」


「さて、絶叫系はひとまず置いて、ちょっと落ち着いた乗り物系にでも行こっか」


 グロッキーな栞のことも気遣って、今度は絶叫系をスルーすることにした。もっとも絶叫系と呼べるようなものは、残りはそう多くはない。なんだったら栞のために、無視して回らなくてもいいぐらいだ。だからこれからは栞も俺も楽しめるアトラクションが待っていることだろう。そんなことを思いつつ、それから俺たちは色々とアトラクションを回って、遊園地を2人で楽しんでいた。

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