Extra.3-1「幸運の使い道」

 ある日のこと。俺はいつものように明日美あすみと一緒に商店街に夕飯の買い出しに来ていた。こうして明日美と一緒に商店街へ買い物へ行くのは日常茶飯事だが、今回は明日美に何かどうしても俺についてきてほしい理由があるようだ。大方、荷物持ちか何かだろうと俺は高をくくっていたが、その予想は大きく外れることとなった。


「――なるほど、こういうことね」


 目的の場所へと着いて、明日美のその思惑があきらかとなった時、俺は明日美がそれほどついてきてほしかった理由がわかり、妙に納得してしまった。


「そう! これは絶対にれんにやってもらわなきゃねっ!」


 それは商店街の福引。おそらく明日美の考えはこうだろう。俺が持つ『幸運体質』の力を使って、いい景品を引き当ててしまおうという魂胆こんたんだろう。なんかこれ、一種のズルのような気もするぞ。商店街の人たちもぶっちゃけ、上位の景品は当たらない事を期待しているだろうし。


「ささっ、煉、引いて引いて!」


 だけれど、そう思う俺を気にも止めずに明日美は目をキラキラと輝かせながら、俺に抽選機を回すようにうながす。ここでああだこうだ言っても仕方がないので、俺はそれに促されるままそれを数回程度、ぐるりと回していく。


「――おめでとうございまーす! 3等が当たりました!」


 すると商店街の人がかねを鳴らしながら、微笑みながらそう言ってきた。3等ということもあってか、周りの人たち及び商店街の人たちはそれに驚きながらも、拍手で引き当てた俺を祝福してくれていた。俺たちも普通なら歓喜に湧くところなのだろうけれど、それとは対照的に2人は『やっぱり』と言った感じでそれを受け止めていた。相変わらず、俺の幸運体質は健在のようだ。


「はい、3等の遊園地ペアチケットです! どうぞ!」


 そして後ろからその景品を取り出して、俺に渡してくる。


「あ、ありがとうございます!」


 遊園地――といえば、おそらくこの島唯一のあの遊園地のことだろう。失礼なこと極まりないが、思いのほか景品のクォリティに呆気あっけにとられていた。3等でこんなものか。せっかく3等なのだし、もうちょっとすごいものが来ると思っていた。


「――でも煉にしては珍しく、運が悪かったね」


 それから商店街の用事も済ませ、秋山あきやま家に帰る道中、明日美がそんなことを言ってくる。『幸運体質』ならば、1等を引くとでも思っていたのだろう。それに今回引いた景品も景品だし、なおのこと今回の結果は明日美にそう思わせたみたいだ。


「いやーでも海外旅行とか、テレビとか当たっても困るだけだし、これくらいでちょうど良かったんじゃない?」


 ただ実際問題、海外旅行とか当たってもそもそも俺たちは学生だし、英語もそこまでペラペラではない。テレビに至ってはもうウチにあるし、自慢じゃないけれどウチのテレビでも十分な大きさで画質もキレイだし、正直いらない。だからこれで『ちょうどいい』というのは失礼かもしれないが、こんなものなのだろう。


「あぁーそうだね、実用性という面では逆に運が良かったのかもねっ」


「だね、実用性を重視して俺の運が働いたって感じかな」


 自分の必要とするものを的確に引く。これは確実に運がよくないと出来ないだろう。

そもそも俺の幸運体質は『Destino』によるものだ。だから単純な運の良さというよりは、こうなんというか作為的なものが含まれる運のよさと言った感じがする。


「ふふっ、ねえねえ。それ、誰と行くの?」


 そんなことを俺が考えていると、明日美がニヤニヤしながら俺が手に持つチケットを見て、そんなことを訊いてくる。


「え、俺が行くの? 明日美の福引券でもらったやつなんだし、明日美が行けば?」


 俺はてっきり元々は明日美が引くはずだったのを、景品がほしいから俺の力を使って引かせた、と思っていた。だからその得られた景品も自動的に明日美のものになると思っていたが、どうやら違うようだ。


「私はいいよーどうせそれ『ペア』チケットだし。ほら、いつもの生徒会の3人じゃ、1人あぶれるでしょ? それにぃー……ふふっ、煉は『ペア』で行ける人がいるじゃーん」


 これでもかと言うぐらいに緩みきった顔で、わざとらしく名前をぼかしてそんなことを言ってくる。それはもうあきらかに『あの人』と行って来いと言わんばかりの言いぶりだ。


「あぁー……そいうこと、ね。わーったよ、栞と行ってくるよ」


 つまりはこのチケットでしおりとデートしてこいと、そういうわけですな。たしかに最近デートらしいデートをしたのは、それこそ恋人になる前の2日連続デートになるわけだ。恋人になってからはまだ『デート』とまでいくものはしてないし、この機会にちょうどいいのかもしれない。


「うん、それがいいと思う! 何気にこれって、恋人になってからの初デートじゃない!?」


 どういうわけか我が姉と考えが一致したようで、俺と栞のそんな事情を話してくる。


「いや、なんで姉が弟のデート状況把握してんだよ……」


 たしかに休日に家を出る時には明日美に一言告げて出てるから、休みの日に出かければ、その情報は把握しているはず。でも突発的なデートとかではその限りではないはずだ。なのにも関わらず、明日美はそれを知っていた。この言い方からすると、当てずっぽうで言っているようではないし。また報道部のヤツらが情報掴んでたりするんだろうか。姉とは言え、プライベートが筒抜けになっているのはちょっと怖いし、恥ずかしい。


「そんなことはいいから、善は急げだよ! 今日帰ったら誘ってみれば?」


 なんてことを思いながら、明日美は俺の疑問をごまかしてそんなことを言ってくる。なんか若干の怪しさが立ち込めるが、今はそれは置いておこう。


「ああ、そうだね。誘ってみるわ」


 というわけで、ひょんなことから俺は遊園地のペアチケットを手にし、栞とデートをすることとなった。ただこうなると、俺から栞に『誘う』という工程が必要となってくる。未だにそれがちょっと照れくさくて、恥ずかしかった。でも栞とデートしたいのは事実だし、頑張ってみようと思う。春の足音がそろそろ聞こえてきそうなそんな3月の夕暮れ、俺はそんなことを考えながら明日美と共に我が家へと帰るのであった。


「――もしもし、煉? どうしたの?」


 明日美の言葉通りに、俺は家に帰ってすぐさまに行動に移すことにした。電話をかけると、栞はいつも通りの感じでそう訊いてくる。


「あーあのぉーさ……」


 いよいよ本題に入る番なのだが、いざ言おうとするとやはり緊張して言いよどんでしまう。なぜか口がうまく回らず言いたい言葉になっていかない。


「うん、何?」


 そんな俺に対して、優しく俺の言葉を待ってくれる栞。


「13日って、あいてる?」


 俺はまず一呼吸置いてから勇気を振り絞って予定を訊いてみる。まずは予定の確認だ。これで都合が悪かったら、元も子もないのだから。とりあえずカレンダーを見てすぐに目に入った、直近の日曜日であるその日の予定を訊く。


「えっ、うん、大丈夫だけど……」


 案外すんなりと第一関門は突破できたようで、彼女の予定はあいていた。


「今日さ、商店街のくじ引きで遊園地のペアチケット当たったんだよねー」


 これで日にちは決まったので、俺は次の段階へと移っていく。まずは経緯から話していく。こうして段階的に話して、そのままの勢いで話を進めてしまいたい。


「へぇーすごい! あっ、でもアレか、煉の幸運体質が――」


 栞は一瞬それに感心した様子だったが、すぐに俺の体質を思い出して納得する。Destinoに関する俺の事情を話しているから、すぐ察しがついたのだろう。


「そうそう。それで当たったみたいでさー……よかったら、一緒に……行かない?」


 そんな相槌を打ちながら、そのままの流れでいよいよ栞を誘ってみる。でもこれで1つよかったのは、これが電話越しだったということ。直接会って誘うとなると、いつかの勉強会の時のようにこそばゆい空気なっていたに違いないだろう。


「えっ!? あっ、うん! 行きたい……」


 それに少し驚いたような反応を示しつつ、栞は俺の誘いを受け入れてくれる。その声色で、栞も栞でちょっと恥ずかしがっているのがわかった。


「おしっ、じゃあ決まりだ!」


 その栞の言葉を聞いて、内心安堵している俺がいた。ないとは思うが、万に一つ断られたらどうしようと、ちょっと思っていたから。栞には見えないけれど、俺はその瞬間ガッツポーズなんか決めていた。


「うん、楽しみ! あっ、そうだ、煉! お昼はさ、楽しみにしててね!」


 そんな俺が喜びに浸っている中、栞がさらに俺を嬉しくさせるそんなことを言ってくる。


「おっ、まさかの栞作ってくれんの?」


 まさかまさかのラッキーチャンスだ。栞が料理できるのは知っていたけれど、それを俺が食べる機会は今までチョコぐらいしかなかった。つまり、お菓子じゃない料理を食べるのはこれが初になるわけだ。チョコの時から考えても、もう俺は既に楽しみでしかなかった。


「そう! いっつも煉くんに作ってもらってばっかだから、今度は私が振る舞いたいなぁーって!」


「おぉーいいねぇー! じゃあ、お言葉通り、楽しみに待ってるわ! でも、栞。自らハードル上げていくとは、大丈夫かぁ?」


 さっきの恥ずかしさや緊張はどこへ行ったのやら、完全にテンションが上ってそんな感じで俺は栞を茶化してみる。それだけ豪語してしまうと、やはりこちらの期待も上がってくるというもの。それに恋人である栞の手料理なのだ、期待しないわけがない。


「だ、大丈夫! き、きっと……」


 そんな茶化しに、どんどんと自信なくしてく栞。声色が徐々に不安なそれになっているのがわかった。俺のからかいが、逆に不安を駆り立ててしまったようだ。


「大丈夫だって、栞が作ってくれたものは何だっておいしいから」


 俺はそんな自信なさげな栞を励ますように、そう言葉をかける。実際、俺にはフィルターがかかっているから、どんなものが来てもおいしいと思うだろう。それに、それを抜きにしても栞なら大丈夫だと思う。そんな謎の安心感が俺にはあった。


「あっ、うん……ありがとっ」


「じゃあ、13日にいつもの並木道に9時にな!」


「うん、了解!」


 そんなわけでデートが決定した。しかも栞の手作りお弁当つきときた。誘ってしまえば、後は当日を待ち遠しく思うだけ。今からもうその日曜日が楽しみになってきていた。『栞とのデート』ということもあって、完全にハイテンションになっていた。今から遊園地の情報なんて調べたりなんかしたりして、ちょっと子供みたいになってはしゃいじゃっている俺であった。

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