Extra.2-5「ヒミツのカレー」

 それからそのまま俺としおりはその足で一緒に帰ることとなった。これももう何度も重ねた下校風景。もういつもの風景となっていた。


「今日はホント大変だったねぇーれん、相当もらってたもんねぇー」


「まあねー」


 今もなお、俺の手にはその『相当』のチョコが残っている。どこかのイベントの帰りなのか、と思うほどそれは傍からみたら変な光景だろう。


「ふふっ、でも藤宮ふじみやさんのは特に大変そうだったねぇー砂糖と塩間違ってて」


「栞、わかってたの?」


 どうやら栞は気づいていたようだ。しかも砂糖と塩を間違えた部分までわかっていたとは。栞はただ目でしか状況を把握することしかできなかったのに。それにただただ驚いている俺だった。


「うん、だって煉があの表情するってことはだいたいそうでしょ?」


「それだけでわかるなんて、すっげぇー」


 そんな栞にとても感心している俺がいた。流石は俺の彼女か、なんちゃって。


「ふふ、そんなことないってぇー……でも煉は偉いよね。ちゃんと食べてあげるなんて」


 そんな彼女から、お褒めの言葉を預かる。


「そりゃ、気持ちこめて作ったものだからな、食べなきゃだろ?」


『女の子を悲しませない』


 この俺と親父が交わした約束もあるし、俺もその考えは賛同できる。だから今まで俺はそれを貫いてきた。だからこそあそこで食べないのはやはり委員長に失礼だし、悲しませることにも繋がる。女の子を泣かしても、得はないからな。


「ふーん、そんなこという人はカレーの隠し味に使わないと思うけどなぁー?」


 そんな俺に対して、栞は小悪魔を降臨させ、そんなイタズラっぽい笑みを浮かべて俺を攻めてくる。


「うっ……そ、それはいうなって!!」


 それは今の俺には非常に痛い言葉だった。だって結局のところ、この事実がその渡した張本人にバレてしまえば、悲しませることになるわけだし。それだと親父との約束も守れないわけで。でも、これはちょっと俺の気持ちも汲んでもらいたい。アレだけの量を食べきるなんて、絶対ムリですって。冷蔵庫に入れて保存しても、普通に飽きるだろうし。それに結果的にはキチンとルーの隠し味となって、食べているんだから、勘弁願いたい。


「あっ、てことは今日はカレーかぁーねぇ、行ってもいい?」


 今度は天使の笑顔で、栞はそんなことを言ってくる。


「え? いいけど、栞は大丈夫なのか?」


「うん、大丈夫。家にも連絡も入れておくから」


「ならいいけど。そういや、俺ん家来るのって2回目だっけ?」


「あっ、うん。年末の時に――」


 というようなわけで、栞が夕飯お呼ばれすることとなった。なので雑談でもしながら、いつもの並木道を今日は一緒に同じ方向へと行き、まず買い出しのために商店街へと向かこととなった。なんか、こうやって買い物している風景が『夫婦』みたいだな、って思ったことは俺の心の中に留めておきたい。なんだろう、今日はあのチョコの嬉しさで頭がバカになってるのかな。そんなことを思いつつ、材料を買って我が家へと栞と一緒に向かった。


「――俺、着替えてくるから、リビングで適当にくつろいでて」


 俺は栞にそう言い残して、自分の部屋へと向かう。そして部屋着に着替えて、さっそくキッチンでカレー作りを始める。まずは下ごしらえに、野菜や肉を食べやすいサイズへと切っていく。


「手伝おうっか?」


 そんな中、リビングにいた栞がキッチンへとやってきて、そんな優しい言葉を投げかけてくれる。


「いいよ別に、お客さんに手伝わせるわけにもいかないし」


 手伝ってくれるのはありがたいけど、今日は栞に振る舞いたい気分だった。さっきのチョコのお礼ということもあるだろう。今度は栞がおいしそうに食べる顔が見てみたいし。そんなことを考えつつ、俺はその栞の手伝いを断ることにした。


「そっか、じゃあ、まってるね」


 それから俺はカレーの準備を続けていた。当然、その横には今日もらった袋詰めされたチョコレート。俺はまだ食べ切れていないチョコを軽くつまみながら、料理をしていた。それをしながら、手があいたらファンの子たちのチョコを包装を取る作業も行っていた。もちろんこの行程は全て例のアレのため。ある程度のチョコが確保出来たら、包丁で粉々に砕いてく。


「ごめんなさい!」


 俺は手を合わせて頭を下げてちゃんと謝罪する。当然ながら、俺も人間の子なので罪悪感が湧いてくる。だからせめてでも、ここでちゃんと謝って、カレーの隠し味に使わせてもらうことに許しをもらう。もちろんその作ってくれた本人たちは気づいてはいないけど、何かしらの行動に起こしておきたいのだ。そして砕ききったものをボウルに入れて、後はカレーがある程度煮えるのを待つ。ただこれだけしても、まだまだチョコは残っていた。これはチョコケーキかなんかに使って消化するしかないな。たぶんそっちの方が大量のチョコを使えるだろうし、明日美とわけっこするのもいいかもしれない。まあ実際のところ、俺は菓子作りはあまりしない方だけど、頑張ってみようかな。そんなことを思いつつ、俺はカレーを作っていく。


「あーあ、ひどいなぁー……せっかく作ってくれたチョコがぁー……」


 俺がチョコを投入するタイミングで、栞がいつの間にかやってきたようで、そんなことを残念そうにわざとらしく言ってくる。この彼女、完全に俺で遊んで楽しんでいるようだ。


「言い方! なんか悪いことしてるみたいで、罪悪感湧くだろう? 栞のイジワル……」


 実際悪いことをしているから、そう言われると余計に罪悪感が溢れてくる。もちろん栞の顔からみても、わざと俺をからかって言っているのもわかるけど。


「ふふっ、冗談冗談。でも優しいね、煉。ちゃんと謝ってて」


そんな俺を見て楽しいのか、軽く微笑みながら、栞からそんな思いもよらない言葉が耳に入ってくる。


「ちょっ、それ見てたの!?」


 どうやらものすごく恥ずかしい場面を見られてしまったようだ。まさか見られるなんて思ってなかったから、急に顔が熱くなってくる。それが彼女に見られたのだがら、余計にだ。


「ふふふー実は最初からこっそり見てました!」


「アクマぁー!」


 今日はなんかチョコの件も含め、散々栞にしてやられてばっかりだ。そんなことを思いながら、俺はカレー作りを再開する。


「――おかえりーあれ?」


 しばらくして、玄関から誰かが帰ってくる音が聞こえた。俺は明日美あすみが帰ってきたんだと思い、玄関へと向かう。すると、明日美の他に来客があったようだ。


「ただいまーあのね『たぶん今日煉のカレーだからくる?』っていったら、りんが『いくー!!』っていったから、連れてきちゃった! 大丈夫だった?」


 帰ってきた明日美が俺の様子を見て、経緯を説明する。なんかこのパターンだいぶ前にもあった気がする。だからか、凛先輩とつくし先輩の2人も一緒に来ているのは。


「うん、大丈夫大丈夫。どうせ明日分に余るぐらい作ってたから」


 とは表面上、冷静を装うってはいるのだが、内心は今までにないぐらいに焦っていた。だって俺の知られてはいけない秘密が2人にバレる可能性もあるのだから。特に凛先輩はファンクラブの会長だ。余計にバレるわけにはいかない。幸いにも、もうチョコはカレーに入れた後だ。だから入れてる姿を目撃されるようなことはないだろうけど、でもまだ安心しきってはいけない。ここは慎重になりすぎるぐらいに慎重にならなければ。


「やったー! 煉くんのカレー楽しみぃー!」


 何の事情も知らない凛先輩は子供のように勇み喜んで、まさにはしゃいでいた。


「あっ、明日美先輩、おじゃましてまーす!」


 そんな会話をしていると、奥から栞がやってきたようだ。明日美に気づいて、そんな挨拶をする。


「あ、栞ちゃん来てたんだ! いらっしゃーい」


 そんな会話をしつつ、明日美はとりあえず自室で部屋着に着替えに、他3名はリビングへと向かった。俺はすぐさまキッチンへと向かい、バレるような証拠が見つかってしまわないように、隠蔽いんぺい工作をすることにした。まな板のチョコの跡とか、キッチンに置いてあるチョコの包装の残りなどなど隠蔽してバレないようにしていく。これで事情を知らない凛先輩たちに怪しまれることを回避しなければ。その証拠隠滅をしながらも、俺は同時にカレーを作りつつ、おかずも作りつつ作業を進めていく。


「――よしっ、できた!」


 それから数十分程度で、全ての準備が整ったので、俺はそれをリビングに運んでいく。ありがたいことに、みんな盛り付け等を手伝ってくれたので、すぐに食事の準備が完了する。


「んじゃ、食べよっか」


「いただきまーす」


 全員が座ったところで、みんな一斉に手を合わせてお決まりの言葉を言って、みんな食べ始める。


「おいしいーやっぱ煉の料理はおいしいねー」


 一口食べて、明日美がそう言っておいしそうに俺のことを褒める。まず最初に褒めるのが身内というのもどうなんだろうと思ったけど、他のみんなも同じようにおいしそうに食べているようだ。よかった。どうやらお口に合ったようだ。


「そんなことないって、明日美の方が俺は好きだし……」


「私も初めて食べたけど、すっごくおいしいよ! 煉のカレー、味にアクセントがあって私は好きだなー」


 栞も明日美と同じように俺のカレーを褒めてくれる。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、やっぱりどこか恥ずかしい気持ちもあった。


「これ、何か隠し味でもあるの?」


 そんな話の最中、凛先輩はどうしてそんなに鋭いのだろうか、そんな一番訊かれたくない事を訊いてきてしまう。


「ま、あるっちゃありますけど、秘密です……」


 それに俺は焦りまくっていた。だってこのままの流れでは絶対に、隠し味の秘密を訊いてくる。凛先輩は強情だから、ただでは引き下がらないだろうし。そんな心配をしている俺を他所よそに、栞と明日美は俺がそう言うと、顔がニヤニヤしていくのがわかった。しかもちょうど2人の目が合って、お互いに目線だけで会話しているようだ。ヤバイ、この2人、絶対に助ける気ない。俺をからかって、もてあそぶ気だ。


「ふーん、じゃあ当てちゃおっかなぁー! んー……これは、チョコかな?」


 しかもその鋭さは答えにまで影響を及ぼしたようで、ズバリとその隠し味を当ててしまう。今日がバレンタインということもあって、彼女の頭の中にその意識があったことも幸いしたのかもしれない。


「うっ……ち、違いますよ……」


 それに俺は背中に嫌な汗をかいてくる。そして相変わらず、俺が焦っているというのに、事情を知っている2人はニヤニヤしているだけだった。俺は2人は頼りにならないと、頭の中で必死でこの場を乗り切る策を考えていく。


「えええー絶対これはチョコだよぉー!」


 どうやら味覚に絶対の自信があるようで、一歩たりとも引き下がる様子のない凛先輩。しかもそれが当たっているのがまたなんとも。だから俺はどうにも返答に困りきっていた。これはもうダメか、そう思った時――


「ふふっ、まあまあ凛いいじゃない、味なんだから」


 ようやく俺を見かねてか、助け舟を出しくれる明日美。ただ、その言い方がとてつもなくわざとらしい。『隠し』を強調する際に、俺の方を見つめてくるのも、それっぽい。くっそぉーこの姉とウチの彼女、絶対にこの状況を楽しんでるぞ。そんなに俺の困っている姿が見たいか。


「ま、そっかぁー……そだねー!」


 それで凛先輩は納得してくれたようで、これ以上の言及は避けられた。一応は助け舟を出してくれた明日美には感謝だ。後で、お礼を言っておこう、それと俺を弄んだこともついでに追求してやろう。それからみんなで楽しい食事となっていた。そしてみんな食べ終え、お腹も満たしたとこで解散となった。暗いので、栞を送っていこうかと思ったが、凛先輩が『私がいるから大丈夫!』という言葉を信じ、任せることにした。ということなので俺は栞たちを見送った後、家へと戻り、後片付けをしていた。俺と明日美の2人きりになったからか、明日美はさっきのチョコのことをこれでもかというぐらいに茶化してきた。ホント、性格の悪い姉だななんて思いつつ、俺はいつもの日常へと戻っていくのであった。

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