Extra.2-4「キミからの贈り物」

 時は流れて放課後。結局、しおりのチョコは無いということになってしまった。残念なけれど、彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。俺はそれを、栞の今日の言動の理由とすることにした。なんだったら、俺から逆にホワイトデーにあげるというのもいいだろう。それだったら今度は俺があげる側だし、気を遣わせることもない。栞は喜んでくれるだろうし、俺も嬉しい。案外、いいかもしれないな。


「――ねえ、れん


 と思っていた矢先のこと。隣の席の栞が話しかけてくる。


「ん、何?」


 いつものように『帰ろう』とか言うのかと思ったら――


「あの部屋に、行こ?」


 そんなことを言ってきた。どうしたのかと思い、ふと栞の手の方を見てみると、

なんとその手に持っているのは……チョコレートではないか!


「しおりぃー!」


 それに気づいた俺はまるで雲が晴れるかのように、パーッと心に光が差してくるのがわかった。ここまで焦らされていたということもあって、そのチョコレートが今までにないくらい嬉しかった。さっきまでどちらかと言えば嫌がっていた方のに、なんて調子のいいヤツなのだろうか。


「ふふ、そんなに待ってた?」


 そんな俺を、軽く笑う栞。


「ああ、待ちに待ち焦がれたよぉー!」


 これだけ焦らされた『好きな人』のチョコだもの。そりゃ、待っていたさ。ものすごくテンションがあがってるよ!


「ふふっ、じゃあいこっか」


 そう言って栞は教室を後にしていく。それに俺もついていくのだが、1つ疑問が残っていた。それはどうして『あの部屋』へ行くのだろうか、ということだ。別に渡すだけなら、教室でもいいはずだし。やはり『あの部屋』へわざわざ行くということは、それだけの栞には意図があるんだろうし。そんなことを思いながら、俺は栞と共に例の部屋へと向かった。



 いつの日か、隠れみのに使った教室にて。ここはおそらく他の生徒にほぼ知られていないこともあって、2人だけで度々使うことがあった。2人きりでお昼を食べたり、2人きりで勉強したりなどなど。だから言ってみれば、ここは俺たちの秘密基地みたいな場所となっていた。


「はい、これチョコレート!」


 教室に入ってすぐに、栞は俺に待ちに待ったチョコを差し出してくる。


「ありがとう、やっべぇ超うれしいー!」


 それを手にした感想は、まるで初めて女の子にチョコレートをもらった時のように、この上なく嬉しかった。これほどまでに新鮮な嬉しい気持ちはとても久しぶりに感じた。焦らされ効果もあって、今にも叫びだしたいくらいだった。


「ふふっ、ホントに嬉しそう」


「でもなんでこんなに焦らしの? しかもこの部屋にまで来て」


 一通り、栞のチョコの嬉しさを噛み締めた後、ずっと疑問に残っていた栞の思惑を訊いてみることにした。これだけ焦らして、さらにこの部屋にまで来て。これだけのことをするのだから、彼女なりになにか考えがあったに違いない。


「そっ、それはね……みんなの中の数ある中の1つじゃなくて、私だけの、特別にしたかったから」


 その質問に、栞はどこか恥ずかしそうにそう答えてくれる。


「あぁーなるほどねぇーみんなと同じタイミングじゃ、特別感はでないもんぁー」


 朝の石川いしかわ高坂こうさかと同じタイミングで渡してしまえば、それはただのバレンタインチョコになってしまう。でも栞と俺は恋人だから、他のみんなとは違う。だからタイミングをわざわざズラした、というわけか。この部屋にわざわざ来たのも、たぶん『2人きり』になりたかったから、かな?


「うん……ねえ、よかったら、ここで食べて?」


 上目遣いになって、そんなお願いをしてくる栞。その頬は少し赤く、まだ恥ずかしさが消えていないようだった。


「お、いいよーじゃあ、さっそく……おっ、うめえ!」


 そう言われずともここで食べるつもりだったので、俺はそれを快く了承し、さっそくそのチョコの包装を開けていく。そして一口入ると、口の中にジワーッとおいしさが広がっていく。焦らされたこともあるけど、それにフィルターも若干かかっているかもしれないけど、それ抜きにしたってこの味は俺好みで、おいしかった。


「よっかたぁー……」


 栞はよっぽど俺の反応が不安だったのか、それに大きな安堵の息をつき、ホッとしている。


「栞って、お菓子作り好きな方?」


 あきらかにこれは手作りだとわかっていたから、そんなことが気になった。これだけの腕ということは、割りとお菓子を作りなれている感じがした。


「まあ、人並みにはできるから……でも今日は煉、チョコ山のように食べてたから、飽きてないかなって不安だった」


 おそらく栞の中でも葛藤かっとうがあったのだろう、それがわかるようなそんな不安を漏らす。さっき栞が言ったみたいに、特別でありたい。でもそのためには放課後のこの時まで待たなければならない。その間にも、俺はチョコを食べ続けている。だからその味に飽きてしまって、自分の味の評価が下がってしまうのではないかと恐れていたと。


「ううん、全然。てか、栞の作ってくれたのだから、おいしいんだよ」


 でも俺はそんな心配は無意味だったと思う。実際に、栞のチョコはおいしかった。それはやはり『栞が作ってくれた』という事実も評価に加わっていると思う。


「え?」


がこもってるからね」


 そんな戸惑っている栞に、こっ恥ずかしいことをサラッと言ってみる。たぶん他の子たちも同じだろうけど、でもそれ以上に栞のチョコは愛がこもってる。ちゃんと食べてもらう人のことを考えて、想いを込めて作ってるのがわかった。それが加味されて、元々おいしい栞のチョコがさらにおいしくなったわけだ。それはチョコに飽きてきている俺でも、おいしいと唸らせるほどの愛なわけだ。


「れ、煉……恥ずかしい」


 そんな直球な言葉を言われて、うつむき加減に照れてしまう栞。その栞の姿は俺の心をくすぐっていた。『好き』という感情が溢れ出して、とても栞が愛おしかった。


「――ねえ……煉が食べたチョコの中で、どれが一番おいしかった?」


 そのうつむいた状態から、上目遣いでそんな無意味な質問をしてくる。本人も答えを分かっててわざと質問しているのか、定かではないけれど、俺にとっては答えは1つしかなかった。


「栞」


 俺はその質問に、食い気味でそう当たり前な答えをする。これ以外の答えは全くもってなかった。どれだけおいしいチョコだって栞のそれには敵わない。さっきも言った通り、そこには俺へ向けた愛があるから。


「ホント? 気遣ってない?」


「遣ってないって、ホントに心からそう思ったからそういっただけ」


「えへへ、ありがと……」


 なんか冷静に客観的に見てみると、俺たちは所謂『バカップル』みたいに思えてきた。でも今日という『特別な日』はこれぐらいイチャイチャしててもいいか。だって好きだという気持ちはどうにも止められないのだから。こればっかりは仕方がない。

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