Extra.2-3「Her Week Point」

 席へと戻り、再びチョコ消化を始める。俺のこの状況を知っているからなのか、

空気を読んで一口サイズのチョコをくれた子がいたり、チョコクッキーにして、マンネリ感をなくしてくれる子がいたりと、なんか女の子たちにもだいぶ気を遣わせてしまっているようだ。そんな人たちに感謝しつつ、俺は黙々とチョコを食べていく。なぎさみおのは甘さがあったり、高坂こうさか汐月しおつきのは逆に苦味が利いていたり。みんなの作るチョコは十人十色で、とりあえず味には飽きなそうだった。ただ問題は物理的な量。それで思うことは、よっぽど袋に入った量産のチョコの方がいい気がしてきたということだ。それはまだ食してはいないが見る限り、一口サイズで小さく食べやすそうだ。でも他の包装された個別の物は如何せん、質量が大きい。申し訳ないけれど、それが結構なカロリーになってしまう。だからもう割りとお腹がチョコで満たされて、腹八分目ぐらいにまでなっていた。でもここで終わっていては後がキツくなる。だから俺はチョコ消化を頑張って続けることにした。次に手にしたのは委員長のチョコ。それをまず一口食べてみる。


「ッ!? ゲホッ、ゲホッ……」


 とんでもなくしょっぱかった。てっきりチョコの味がくるもんだと思っていから、俺は思わず驚き、しょっぱさでむせていた。これ、たぶんだけれど委員長は塩と砂糖を間違えたんだ。委員長に限ってまさか……いや案外、俺のことを憎んでいてそれの当てつけとか?


「あっ……」


 そうだ、アイツ『料理が絶望的に苦手』なんだった。たしかいつの日かの調理実習でもやらかしてたの覚えてる。まさか、それでこんなベタな間違いを……それにしたって普通間違うだろうか。ウチだと塩はビンに入ったヤツだから、容器がそもそも違うから絶対に間違うことはないし。もちろん委員長の家では容器が似通ってたという可能性もあるけど、普通どこかにラベル貼っておくだろう。


「どうした?」


 そんな俺に気づいたのか、あわてた様子でそう訊いてくる修二。


「ちょっと、これ食べてみ」


 俺はこの苦しみを共有してもらおうと、そう言って修二しゅうじに食わせようとする。でも修二は最低限、俺がチョコを食べてむせたという事実を知っているのにも関わらず、全く抵抗する様子も見せずに、素直に俺が一口サイズにしたそのチョコを口にする。


「……ん? ッ!?」


 すると修二も同様に口を押さえ、眉をひそめていた。しかもよほどしょっぱかったのか、終いには涙目になっていた。これはどうしたものかと、一瞬思ったが、全部食べることにした。せっかくの委員長の思いを無下にするわけにはいかない。チョコのために用意した飲み物もあるし、それで流し込もう。そう意気込み、俺はいざ再びその塩チョコレートを食していく。死んでしまうんじゃないかと思うぐらい、それはキツかったが、なんとか頑張って食らいつく。そして最後に一口だけ残して、俺は委員長の元へと歩いていく。


「委員長、ちょっといいか?」


 周りにも聞こえないぐらいの声で、委員長に話しかける。これでは修二にはバレてしまうが、こればっかりは仕方がない。それよりもなによりも、もっと伝えなきゃいけないことがあるから。


「え、何?」


 全く事情を知らない委員長はいつもの澄ました顔で俺の方を見る。俺はそれに、合図をして廊下に出るように促す。するとすんなりとその指示に従って、俺の後をついてくる委員長。あきらかに周りはこの行動を変に思っていることだろう。でもそんなこと、今は気にしている場合じゃない。俺はさっさと廊下に出て、この事実を伝えることにした。


「――ちょっと耳貸して」


 廊下に出たところで、相変わらず声をひそめて委員長にそうお願いをする。


「えっ……」


 ただ俺の普段の行いが悪く、委員長に信頼されてないからか、露骨に嫌そうな顔をして俺を警戒する委員長。


「いいから」


 それにそんなことを言って、委員長を急かす俺。まだ不審がっているようだが、それでも俺に耳を預けてくる委員長。


「委員長、塩と砂糖を間違えるのはいけませんよ」


 そして俺は顔を近づけ、委員長のチョコの事実をちゃんと教えてあげる。もちろん、これで委員長が傷つく可能性もある。でもこれは流石にちゃんと言ってあげないと。だってこれで今度は俺以外の人に被害が出てみろ、恥をかくのは委員長なのだから。どうせ同じ恥をかくなら、こうやって少人数しかわかっていないこの状況がベストだろう。


「えっ!?」


 その俺の発言に、まさかそんなことは、と言わんばかりの驚きを見せる委員長。そしてその開いた口に、俺は残しておいたチョコをひょいっと入れてやる。


「ンンッ!? しょっぱい……間違えたんだ……残りはどうしたの?」


 委員長も珍しく取り乱すような感じを見せて、すぐに自分の過ちに気づき、落ち込んでいた。


「せっかく作ってくれたんだから、全部食べたよ。ありがとなっ」


 告げるだけ告げて、委員長の言葉も待たずに俺は自分の教室へと戻っていった。これでちょっとでも料理の腕が向上するといいけれど。委員長は真面目な性格だし、こういうところも真面目に勉強して努力してくことだろう。ただ絶望的に不器用なところがあるから、それをどうするかというところか。委員長の調理実習の件を思い出したついでに思い出したけど、たしか裁縫の時もダメダメだったな。だから本当に手先が不器用なのだろう。料理で不器用なのは痛いし、怖いけれど頑張ってほしいな。そんな思いを委員長に抱きつつ、俺は席へと座る。


「なあ、よくお前あれで死ななかったなぁー……一口だけでしょっぱいのに……」


 未だに苦しそうな顔をしている修二が、そんなことを言ってくる。


「いや、正直キツかったぜ? でもせっかく作ってくれたんだから、ちゃんと食わないとな」


「ひゅーっ! カックイイー!」


 なんて茶化してきやがる修二。しかもコイツの場合は本心ではなく、面白がってるだけだ。だからそんな修二にちょっとイラッときつつ、それを無視してチョコ消化を続ける。未だに口の中が塩でエグいことになっているので、さっさと次のチョコへ取り掛かる。石川いしかわのチョコを食べようと思ったのだが、それが幸運にもミルクチョコで、口の中のしょっぱさを和らげるのにはちょうどいい甘さだった。そしてそれからチョコを食べ続けていき、チャイムで昼休みが終わる頃には、だいぶチョコを消化できていた。ただチョコでもうお腹がいっぱいで、しかも口の中はチョコまみれ。しばらくはもうチョコは食いたくない。そんなことを思いつつ、俺の中に1つの疑問が残る。やはりしおりはチョコレートをくれないし、何も言ってこない。案外、栞はチョコもってくるの忘れてたりとか。いや、つくし先輩じゃないんだから、そんなドジは踏まないか。でもだとするならば、どういう状況なのだろうか。チョコがあるのか、ないのか。それだけでも教えてほしい。わからないからモヤモヤとしてしまう。ある意味、栞に翻弄ほんろうされつつ、俺は午後の授業の準備を開始した。

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