Extra.2-1「Happy Valentine's Day!!!」

2月14日(月)


 窓から差し込む陽の光によって、俺はいつものように目を覚ます。相変わらず朝には弱く、月曜の朝だというのにダルい気分にさいまれていた。いや、むしろ月曜日の朝だからダルいのかもしれない。昨日が休みだということもあって、学園に行くのが憂鬱でしょうがない。面倒だから休みたい気持ちもあるが、それでは明日美に怒られてしまうので、仕方がなく俺は学園へ向かうべく朝の準備を始める。明日美はどうやら生徒会の仕事で不在らしく、しかも寝坊でもしたのか朝食は作られていても、弁当は作られていなかった。明日美も月曜から俺みたいになっていたのかな、なんてどうでもいい推論を立てつつ、朝食を食べ始める。そしてさっさと済ませて家を出て、学園へ向かうことに。


「――おう、れん、奇遇だな……はぁー……」


 いつもの並木道にさしかかる前ぐらいで、修二しゅうじに会う。でもその修二はいつものアイツとは違い、やたらテンションが低かった。それにため息なんてついている始末だ。


「お、おう、どうしたんだ? 朝からテンション低いな」


 そんな異例な修二を見て、ちょっと不安になる俺がいた。


「そりゃそうだろ! 今日だぞ!」


「今日? 月曜だからダルいって?」


 今日と言われて思い当たるふしは、俺が朝感じていた曜日のことしか思い浮かばなかった。それならばさっきのテンションの低さも納得がいくし、俺も理解ができる。


「いや、それもあるけどよぉー違うよ! これだからモテるやつはぁー……今日はなーん日だっ?」


 だけどどうやら俺の見当違いだったようで、よく意味のわからないグチをこぼしつつ、俺にそんな問題を出してくる。


「は? 今日はーえとっ、14日……あっ、あぁーバレンタインな!」


 そっか、バレンタインか。そんなのすっかり忘れてた。たしかにそれならば、修二が憂鬱そうにしていたのもうなずける。


「はぁーいいよなぁーお前はーさー」


 あきらかに嫉妬感バリバリな感じで、俺にそんなグチをこぼしてくる。


「はぁ?」


「どうせ、お前はいっぱいもらうじゃん。それに岡崎おかざきからは確実にもらえるしなぁー」


 ねたましそうに俺を見つめ、そんなことを言ってくる修二。


「こっちの苦労も知らないくせに、よく言うよ……」


 もちろん女の子からチョコをもらえるのは嬉しい。でもそれは数個程度の場合だけ。『あの子』たちのチョコのせい、というのは弊害があるかもだけど、それで苦労しているんだから。でも好意でくれているんだから、それを受け取らないわけにもいかないし、『来年からはいらない』なんてことも出来まい。


「ふんっ、モテるやつは言うことが違うねぇー……てかさ、もらったチョコってどうしてんの?」


「は?」


「だって、お前ファンクラブだけで袋いっぱいになるぐらいもらうじゃん。アレ全部食えんの?」


 修二は気づかなくてもいいところに気づいてしまい、そんな余計なことを言ってくる。その目はあきらかに俺を怪しむ眼差しで、俺を疑っているようだった。


「あ、ああ、そりゃそうだろ」


 そんな痛いところついてくる質問に、俺はあくまでもポーカーフェイスで嘘をついてごまかす。アレは俺と栞、及び明日美だけの秘密だ。口が裂けようとも、絶対に言うことは出来ないのだ。言ったら確実に女子たちに、そしてヘタしたら野郎共にも殺されかねない。


「ふーん、よくそれで鼻血とかださないなぁー」


 意外にもこれでうまくいったようで、さっきの疑うような表情はどこかに消え失せ、そんなガキみたいなことを言ってくる修二。


「そんなの迷信だろ?」


 俺はそんな修二に軽く笑いつつ、うまいこと話が逸れたことに内心安堵していた。


「でも口の中チョコだらけになって、気持ち悪そうだな」


「ま、まあ、それは一理あるな……」


 そんな雑談をしながら、俺たちは学園へと向かっていた。そして生徒玄関へと着くと、さっそくチョコのプレゼントが行われる。というのも、下駄箱の中に可愛らしく包装された箱が1つ入ってるのだ。おそらく中身はバレンタインチョコだろう。


「おいおい、さっそく1個目かよぉー……俺んとこにはなかったぞぉー?」


 そんな俺を見て、ちょっとうざい感じでからんでくる。


「でもさ、ここに入れる女子ってどんな子なんだろうな?」


 そんな修二はほっといて、俺はふと気になったそんな質問を修二にしてみる。


「ん、いや普通に恥ずかしがり屋な子なんじゃねーの? ほら、直接渡せないから下駄箱とかに入れて間接的に渡したいみたいな」


 その俺の質問に修二はだいたい俺と同じような女の子を想像していた。実際のところ、大方そんなところだろう。直接渡すのは恥ずかしいけれど、でも自分の想いは抑えきれずにその妥協点として間接的に渡すことが出来るこの方法を選んだと。


「いや、でもさ……ここ下駄箱だし、不衛生じゃない?」


 俺はそこまで潔癖けっぺきではないけれど、どうなんだろうと思ってしまうところがあった。実際、入っていたのはいつも外履きを置いているところだし、その棚の表面は相当汚いだろうし。もちろん包装されているから、チョコ自体は安心して食べられるけど……とちょっと思ってしまう俺がいた。


「お? もらえなかった俺にケンカ売ってんのか?」


 よっぽどチョコがうらやましいのか、ちょっと冗談交じりでケンカ腰になる修二。


「いや、そうじゃないけど、だったら『教室の机でもよくない?』って話」


 なにも下駄箱を選ばずとも、いくらでも間接的に渡す方法はあるはずだ。それこそ教室の机の上でもいいし、俺がいない間にカバンに入れるとか、人に頼んで渡してもらうとか色々とあるから、そう思った。


「それだけ恥ずかしがり屋なんだろう。勇気を出してチョコを作ってくれたんだ、ありがたくもらっとけ」


「まあ、別に食べないわけじゃないからね。せっかくくれたんだし……」


 そんなことを話しながら、そのまま教室へと階段を昇っていく。なんだろうか、気のせいだと思いたいが、やたら女子から見られている気がする。渡すタイミングでも見計らっているのだろうか、というのはいくらなんでも俺の考え過ぎか。そんなことを思いながら教室へと辿り着くと、既に俺の席にはラッピングされたバレンタインチョコがいくつか置いてあった。それを見た修二はさらに機嫌を悪くし、唇をもはやクチバシみたいにとがらせて羨ましそうにしていた。そんな修二を無視しつつ、俺は席へと着き、その置いてあるチョコをカバンの中へと入れていく。そしてそれと同時に、持ってきた教材を机の中に入れようとする。だが、なんとそこにもまだまだチョコが入っていた。しかもその1つにはテープの間に挟まったメッセージみたいな紙がついていて、


『このことは絶対に秘密だからね!

            by藤宮』


 とあった。まさかの委員長からもバレンタインチョコをもらう事になった。いっつも俺に怒ってばっかの委員長が、俺にチョコをくれるとは。その意外さに驚きつつも、その約束を守るため、俺はバレないように他のとまとめてカバンの中に入れていく。ただやはりその量が、自分で言うのも何だけれど多く、これはこのカバンだけではどうにも収まりそうになかった。ということはお昼とかに消化する必要性がありそうだ。そんな憂鬱な気分でいると――


「煉くん、おはよう! はいこれ、チョコだよー!」


「煉くん、おはよう! 私からもチョコ!」


 本当に失礼な事を言うが、追い打ちをかけるように俺にチョコを渡してくる石川いしかわ高坂こうさか。作ってくれるのはホントにありがたいけれど、量が増えてくるのはキツイものがあった。そしてこの流れで、しおりもチョコを渡してくるのかと思いきや……


「あれ?」


 全くそれに気にも止めないで隣の席で、1限の準備をしている栞がいた。こんなんだから、俺に気を遣ってチョコを作ってこなかったのだろうか。それに栞はあの『秘密』のことを知っている。だから俺がこの日もらった食べきれないチョコレートの行方も知っているはず。それが災いして、栞の分はナシなのだろうか。それだと残念だなーと思いつつ、とりあえず今は本人に訊くようなことはしなかった。というか、もらう側がチョコをせがむというのも、カッコ悪い。そんなことを思っていると、さらに不機嫌そうな顔をして俺を見つめている修二がいた。


「やっぱ羨ましいなぁーそんなにチョコもらえて……」


「っていうお前だってさっきチョコもらってただろう?」


 俺が席に着いてあれこれしている間も、俺はちゃんと修二のことを観察していた。アイツはこの間に、教室の外で別のクラスの女子や、学年が違う女子から数名ではあるが、もらうことはもらっていたのだ。修二自体、顔はイケメンに分類されるレベルだし、バスケもやってたから少なからずファンはいるだろう。それにこの間のクリパの時にやった花火。アレで修二を崇める人も増えてきているみたいだし、それがきっかけで女の子もファンになった人もいるようだ。


「いや、ゆーてもアレは義理の中の義理よ? 本命の、愛のあるチョコとは比べ物にならないって……」


「はいはい、じゃあ本命がもらえるように、女の子に好かれるよう努力することだな」


 いい加減、扱いに面倒になってきたので、いつものみたくスルーことにするした。そんな時、誰かが俺の肩を軽く叩くのがわかった。その方へと振り向くと、そこには汐月しおつきがいた。


「おはよー煉くん。はいこれ、チョコだよ」


 そう言って汐月は俺にチョコを手渡してくる。


「おう、ありがとう」


 そう感謝の言葉を述べつつ、それをありがたく頂戴する。


「ふふ、今年も煉くんは大変だねぇーこんなにもらってー」


 完全に他人事ひとごとでものを言う汐月だった。しかもそんなことを言いつつ、自分も自分であげてるじゃん、というツッコミは心の中にしまっておくことにした。


「まあ、嬉しいからいいけどねー」


 実際、『消化する』ということを考えると憂鬱になるけれど、でもその女の子たちの俺への気持ちはホントに嬉しいし、ありがたい。だいたい女の子にチョコをもらって嬉しくない男子なんてそうそういないだろう。しかもそれが想いがこもっているものであれば、なおのことだ。


「そっか。こういうのもなんだけど、頑張ってね」


 そう一言を残して、汐月は自分の席の方へと去っていった。渡す方からそんな応援されるというのは、中々に変な話だが、まあ頑張ろうと思う。実際、一番ツラいのはお昼なのだから。それから石川や高坂、汐月が直接渡してきたのを皮切りに、クラスの女子、ひいては別のクラスの女子。それにまぎれてなぎさみおなどがチャイムがなるまでの間、それらによる言ってしまえば俺への『チョコお渡し会』が行われていた。それだけでも結構な量になってしまい、気を利かせて渚がもってきてくれた大きな袋にとりあえず一時的にそれを保管することになった。そしてその終わりを告げるかのような始業のチャイムが鳴り響き、女子たちは一時解散となった。


「ほらー席つけー」


 それからいつものように戸松とまつ先生が教室へと入ってきて、お決まりの言葉を言う。だが教壇に立つと、いつもとは違ってすぐさま俺と目を合わせてくる。今確実に俺と目が合っているので、間違いない。しかもニヤニヤしているし、たぶん俺のことを見ているのだろう。しかもそのままの状態で、どんどんとこちらへとやってくる。俺は何か嫌な予感がしていた。これといった悪い行いは特にしていないのだが、何かあったかと身構えてしまう。


「ほい、秋山あきやま。チョコあげる」


 するとそれは予想の斜め上を行った。まさかの先生までもが俺にチョコをくれる事態となった。でもその顔に、俺は先生のが見えてきてしまった。


「先生、わざとやってません?」


 それをもらってすぐに先生をいぶかしげに見つめて、そんな失礼極まりないことを先生に訊く。これで違っていたら恥ずかしいってレベルじゃないけれど、でもなんとなくそんな感じがしていた。それに本気で渡すんなら、こんな公の場で渡すなんてバカなことはしなはずだ。だって周りに生徒が何十人と、その光景を見ているのだから。それで他の先生方の耳に入ったら?


「さて、何のことやらー?」


 あ、コレわざとだ、絶対わざとだ。この人、俺が困ってること知っててわざと俺にチョコくれたんだ。あの一瞬見せた悪い顔、俺は見逃さなかった。つーか、いい大人が生徒をもてあそんでそんなに楽しいか。だいたい生徒を困らせてえつに入る教師って何なのさ。それにそもそも先生が生徒にチョコあげるってのも、どうなのよ。


「えぇーせんせー俺たちにはぁー!?」


 なんて俺が先生に対してそんなことを思っていると、飢えた犬みたいに修二がそんなことを言ってくる。それに周りの女子たちは完全に引いているご様子だった。


「はいはい、後であげるから――」


 その発言に、修二及び他の男子生徒も雄叫びをあげる。こいつら、もはやチョコなら先生のでもいいのか。まあもちろん戸松先生はまだ若いし、生徒たちにも一定の人気があるけどさ。そんなみじめな修二にあわれみの目を向けつつ、俺は先生からもらったチョコを例の袋にしまった。その後、ふと栞と目が合った。そしてニッコリと微笑む栞。それはたしかに可愛いんだけど、なにか違和感があった。チョコをもらっている姿は見ているから、もちろん彼女も今日がバレンタインということは知っているはず。流石に栞はそんなおマヌケさんだとは思ってはいないけど、だとしたらチョコを用意しててもいいだろう。それにもし仮に俺に気を遣って用意しなかったのであれば、何か一言告げてくれるはず。でもそんな素振りも合図もまるでない。それに違和感しかなかった。そのことが引っかかりつつも、俺にはどうにもできないので、ただただ栞の行動を待つばかりとなった。

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