Extra.1-3「姉との帰り道」

 放課後。今日のお昼に世話になったということもあったし、たまたま今日は明日美あすみに生徒会の仕事がないようなので、2人で帰ることにした。しおりは残念ながら、石川いしかわたちと用事があるようだ。またりん先輩がついてくるという危険性もあったので、明日美にこっそりと連絡を入れ、お昼の時みたいに人目に触れないように密かに落ち合い、帰ることにした。どうせなら、家族水入らずで帰りたかった。


「――で、結局のところ報道部はどうなったの?」


 下校中、俺はさっそく明日美に頼んだ事の進捗しんちょくを聞いていみる。まだあれからそう時間は経っていないから、もしかするとまだ何もしていないかもしれないけど、状況だけでも知りたかった。


「ああ、それなら生徒会権限で『れんと栞ちゃんに関するニュースを書くのは禁止』にしました!」


 それに、Vサインなんてしながら自分の戦果を報告する明日美。そのドヤ顔といったら……この上ないぐらいのそれだった。


「はー生徒会つえぇー……でもそれって職権濫用なんじゃ?」


 生徒会の力の強さを実感しつつ、思うこと。それは特定の個人を指したルールを言い渡すのは、生徒会としてどうなのだろうか。やっぱみんなに対して中立の立場にあるべきなんじゃ、とも思う。これはあきらかに明日美の私情が入っているわけだし。


「ううん、ホント言うと、実は生徒会関係ないよ。あのね、報道部の部長さんは煉のファンなんだって」


「へ、へぇー」


 その嬉しいんだか、嬉しくないんだかの情報を聞かされて戸惑う俺。報道部の部長っていうのはつまり、俺かすれば悪の枢軸すうじくの人なわけだし。


「で、その会長である凛が直接圧力をかけたの。煉ファンクラブの規則は『煉に迷惑をかけないこと』だから」


「んー……でも、その会長さんがそもそも迷惑かけてるような……?」


 その明日美の言葉には違和感があった。そのおさである凛先輩こそが、あまり言いたくはないけれど、迷惑をかけている気がする。ミスコン当日のあのメールとか、普通に迷惑だったし。いつものアレも恥ずかしいから、言ってしまえば迷惑ともとれるし。


「それは凛が泣いちゃうから、言わないであげて……」


 それは薄々明日美も気づいていたようで、そんな凛先輩へのフォローをする。


「じゃあ、それでその部長さんは納得してくれたわけ?」


 その部長さんがどんな人なのかは知らないけど、『俺のファン』というのが情報を得るための策略的なものなのか、それともただ単に俺のことを好いてくれているからなのかが、いまいちわからない。今日の一件で、俺も身をもって報道部のウザさを体験させられたから、ヤツらへの信頼は地の底に落ちていたのだ。だからいまいちその長のことも、素直に信頼することができない。


「うん、一応はね。今後は経過を見てかな? それでもするようだったら、私たちも動くし」


 明日美もどこか警戒しているようで、そう頼もしいことを言ってくれる明日美。やっぱり身内に生徒会の人間がいてよかった、なんて調子のいいことを考えてみる俺。


「そっか。まあ、これで一応は落ち着くってわけだ」


 それにしても、俺たちに平和が訪れるならばしばらくは安泰だろう。これで栞を守ることもできたし、俺も俺で落ち着いて学園生活が送れる。それに俺は少し、嬉しい気持ちにられていた。


「そうだねー」


「でもさ、そんなに興味あるかね? 俺と栞の色恋沙汰がさ」


 たしかに俺にはファンクラブがある。だから自分で言いたくないけど、一応は俺は有名人扱い。でも今までは報道部のヤツらにこんなに追われることなんて、なかった。つまりこうなった発端は俺の『色恋沙汰』が原因なわけだ。たしかにそういうのは女子は好きそうだけど、そこまで興味があるのだろうかと疑問だった。


「いやーだって今年のミスター聖皇せいおうとミス聖皇が恋人になったんだよー? そりゃ、話題になるってー!」


「あぁーそういやそんなことあったっけ」


 完全に頭の中からすっぽ抜けていた。俺がミスター聖皇になったという事実なんて特にだ。よっぽどあの写真を撮られたことを、記憶から削除したかったのだろう。たしかにその理屈なら納得がいく。今年度のミスター聖皇とミス聖皇が付き合ったのであれば、みんな興味関心を持つか。それに栞の方はまだ転校してきたばかりの人だし、どういう経緯いきさつで恋人になったとか、たしかに気になるかもしれない。


「それにそれ抜きにしても、煉は有名人だからね。やっぱみんな気になるんだよ」


「でもさーそれなら普通ショックとか受けるもんじゃないの?」


「え?」


「いや、こんなこと自分で言うのもおこがましいけどさ。ほら、イケメン芸能人とかが結婚とかするとファンの人って悲しむ人とか多いじゃん? 『なんとかショック』みたいなそういう言葉もあるぐらいだし、そういうのにならないのかなぁーって」


 俺はそんな前置きをして、明日美に説明する。よくテレビとかのインタビューとかでそういうのを目にする機会が多いし、それにそういう結婚で社会現象にまでなったこともあったのを覚えている。だからそれと今回のことを重ねて見てしまう俺がいた。


「あぁーでも、どっちかと言えば煉は雲の上の人みたいな存在だからなぁー」


「俺、そんなすごい人間じゃないよ? つーか、それだったらそれと関わってる明日美たちっていよいよどうなるのさ」


 まるで神か仏のように崇め奉られている状況に、俺は流石にツッコミを入れる。俺は決してそんな大層な人間ではない。褒められたことではないこといっぱいやってるし。一般的にイメージするような『雲の上の存在』ではないと、俺は思う。


「ふふっ、そうだね。でもそういうのが、楽しんじゃないかな? 身近な学園のスターみたいな感じで、一歩引いたところから見てたいんだよ」


「そんなもんかねぇー」


 そういう考え方がいまいち俺には理解できなかった。そもそもそういう感覚がないからなのかもしれない。そんなまるで宗教みたいになっている、俺の学園での扱いを気にしつつ、明日美と共に自宅へと歩いていた。


「――ねえ、煉」


 するとそんな折に、さっきまでの声色とはまた違った感じで俺の名前を呼ぶ明日美。


「ん、どした?」


「栞ちゃんのこと、幸せにしてあげるんだよ?」


「わかってるって。俺の大好きな人なんだから、当たり前だろ?」


 そんな当たり前のことを言われたので、俺はそんな風に返答をする。だって俺が何十億といる人間の中から、たった1人だけ、この人と思って選んだ人だ。出来る限り幸せにしてあげたい、大事に、大切にして守っていきたい。そう思うのは普通だろう?


「うぅぅー! 煉、カッコいいいいいいー!」


 それに感銘を受けたのか、明日美が突如とつじょとして暴走し、周りのことなんてお構いなしに俺に抱きついてくる。


「ちょっ、くっつくなって!」


 いくら姉とは言え、女の子であることに変わりはない。だからそんなことをされれば、思わず照れて恥ずかしくなってしまう。


「あ、ごめんごめん。あまりにもカッコよかったから、つい」


「周りの目もあるんだからなー? これ報道部のヤツに嗅ぎつかれたたら何されるかわかったもんじゃないんだからなぁー?」


「ふふっ、はいはい。あっ、そうだ! 今日は煉の好きなの作ってあげるよ、何がいい!?」


 なんか余計なことを言って、明日美を変なテンションにしてしまった気がする。ちょっとそれを後悔する自分がいた。それからも終始テンションが高く、なぜか俺に色々とよくしてくれた。そんな変な明日美を不思議に思いつつ、俺はそれからそんな変な時間を過ごしていたのであった。

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