Extra.1-2「My Dear Princess」
今日はテスト休み明けの初日ということもあってか、授業はテスト返しばかりだった。だがそこでムカつくのが、テストをさっさと返して通常授業をそのまま行う先生もいたということだ。俺たちはこの『テスト返し』で授業が潰れるという心構えでいるのに、それをへし折るなんて性格の悪い先生だ。そんなことに不満を覚えつつ、気づけばお昼休みを迎えていた。今日は
「おい、
前の席で昼食の準備をしている
「あぁ、ヤバそうだな……
でも俺は取材を受ける気なんてさらさらなかった。ただでさえクラスメイトのやつらにからかわれるだけでも恥ずかしいのに、さらに多くの人に知られるのは嫌だ。それにこれは俺だけの問題じゃない、栞の問題でもある。彼女だって、そう多くの人にプライベートが晒されるのは嫌なはず。だから俺は隣の席の栞に声をかける。それに、何も知らない栞は
「今から逃げるぞ。用意はいいな?」
「え?」
その俺の言葉に、意味がわからず戸惑っている栞。そんな栞を無視して、俺は栞を立たせ、そのまま――
「ちょっと!? 煉ッ!?」
お姫様抱っこすることにした。もちろんそれをした瞬間、周りから黄色い歓声が聞こえてくる。それはちょっと恥ずかしかったけど、2人で走って逃げるのは今回は流石に分が悪い。栞には申し訳ないけれど、こっちの方が明らかに早く逃げれる。多少の恥ずかしさはしょうがない、捨てて逃げることを優先する。そして現在の敵の状態を確認すると、その歓声にこちらに気づいたようだ。
「栞、このエレベーターに『4785』って入力してくれ」
栞を担いでいて手が動かせない俺に代わって、栞に代打ちしてもらうことにした。
その指示通りに、栞は片手でその番号を入力してくる。そしてなんとも幸運なことに、この6階にエレベーターがあったようで、すぐに扉が開く。後ろからは報道部のやつらが追ってきているのがわかった、なので栞にすぐドアを閉めさせる。そして1階のボタンを押してもらい、そのまま1階へと降りていくのであった。6階から1階まで階段で降りるのと、エレベーターとではかなりの時間の差がある。その差を利用して、その間にどこかへ隠れてしまおうという作戦だ。しかも、俺はその隠れ家に最適な場所を知っている。いつかの時に使った『あの部屋』が空いているはず。
「ね、ねぇ……煉? いつまでこうしてるの?」
そんな感じで作戦を頭の中で
「んー……安全な場所に行くまで?」
もちろんヤツらが増援を頼む可能性もある。携帯でメッセージでも送れば、すぐに他の報道部の人間も動かせるのだから。だから確実にあの部屋へ行けるまでは、こうせざるを得ない。
「恥ずかしいよぅ……」
よっぽど恥ずかしいのか、俺の鎖骨あたりに顔を
「ごめん、今はガマンして」
それに小さく頷く栞。そんな彼女を見て、俺は栞のためにもここは頑張ろうと決意した。だってこんな可愛くて愛おしい人を、悲しませたり困らせたりなんてしたくない。俺が守りたい。そんな思いで待っていると、数秒して1階へとエレベーターが到着し、自動ドアが開いていく。俺は一応待ち伏せなどを警戒して、辺りを見回しながら外へと出ていくが、とくにそれらしき人物がいる様子はなかった。俺はホッと安心し、そのまま特別棟へと向かった。そう、目的地は以前にクリパの時に閉じ込められた例の部屋だ。あそこに入ってしまえば、外から中が見えないから誰にも気づかれない。確実にやり過ごせる場所だ。もちろん、あそこにあったあの閉じ込める設備が未だにそのままで、再び閉じ込められる可能性だってある。でも、どうせ閉じ込められたって俺の『幸運体質』があるし、最悪また解き直せばいいことだ。そんな思いで俺は特別棟へと
「よしっ、ここまで来れば大丈夫だろ! ごめんな、栞、もういいぞ」
そう言って、俺は栞を降ろしてやる。相変わらず部屋は暗く、互いの顔もよくわからない状態だった。身を
「ううん、ありがと、守ってくれて」
嬉しそうな声色で、栞のそんなお礼をしてくる声が聞こえてくる。
「いや、いいって」
「でも、暗いね……」
栞も俺と同じことを思っていたようだ。流石に今の状況が報道部の人間に追われているということもあって、この部屋の明かりを点けるのは得策ではない。この部屋の扉は外から中を確認できないガラスがついているため、そこから部屋の中の明るさはわかってしまうのだ。もちろんそれだけでは、俺たちが入っているとは思わないだろうけど、それでこの部屋を怪しまれて調べられたら俺たちの負けだ。それを避けるためにも暗くしておいた方がいいのだが、如何せんさっきも言ったとおり相手の顔がハッキリとは見えてこない。暗さに目が慣れれば、周りの物や、栞の位置ぐらいはわかるようになってきたけれど、それでもまだ不十分だ。
「んーでも、バレるとマズいしなぁー……あっ、そうだ! 栞、手を繋いで」
そんな中、俺は妙案を思いつき、栞にそんなことを言う。
「えっ!? あっ、うん」
それから俺は手探りで、栞の手を探す。ここで変なところを触ってしまわないよう、細心の注意を払って、なんとか栞と手を繋ぐ。こうすれば2人が移動したりしても、ぶつかってしまうようなことは避けられる。さっきよりは安全になるだろう。
「よしっ、じゃあそのまましゃがんで」
俺がそう指示すると、手の感覚から栞がしゃがんだのがわかった。そのままの体勢で、俺は自分の携帯を取り出す。こうすればガラスから光は感知できないはずだ。そして念には念を入れて、携帯の明かりを最低にまで下げ、そしてメッセで明日美に連絡を入れる。
『今、報道部のヤツに追われてるんだ。だから忙しくなければ、協力してほしい。俺たちは今、あのクリパの時に閉じ込められた部屋に入ってる。そこの周辺の安全を確認してもらいたい。後、ついでに来る前に俺たちの昼飯持ってきて、お願い!』
というような感じで送信する。この状況で、一番安全で頼りがいのある人は間違いなく明日美だ。この部屋の場所も知っているし、何より彼女は生徒会長。流石に報道部のヤツらも明日美には手は出せないだろう。そして同時に、俺は
「さて、後は助けが来るまでじっとしてよっか。あっ、てか暗いの大丈夫?」
栞は怖いのが苦手だから、ちょっと不安だった。その基準は記憶を取り戻した今でも、よくわからないから。だから栞にそう確認する。
「もーう、流石にこれぐらいは大丈夫だって」
そんな安心しきった栞の声が聞こえてくる。それに
「ねぇ、でも煉、よくこんなとこあるってわかったね」
それから明日美が助けにくるまでの間、雑談することとなった。栞がそんな風に、この部屋のことを訊いてくる。
「あぁ、前に来たことがあってな。クリパの初日にさ――」
それに、俺はあの日の起きた出来事を
「へぇーそんなことがあったんだぁー大変だったねぇー」
「まぁーそれで生徒会のお役に立てたから、よかったけどね」
実質的にこれはつくし先輩だけでなく、生徒会全体のお役にも立てたということだ。あの一件があったからこそ、事件を未然に防ぐことができたのだし、それはちょっと誇りに思う自分がいた。
「ふふっ、でもその翌日にすぐ迷惑かけるんだよね。放送ジャックして、花火まであげて」
そんな俺の言葉に栞は軽く笑いながら、ものすごく痛いところをついてくる。
「そっ、それは……」
そんな栞の的確すぎる言葉に、何も言い返せないでいた。結局のところ、あの企画を考案したのは俺なわけで。つまりはそれによって俺は明日美に迷惑をかけていると。でもクリパの時に栞に言ったように、バカ騒ぎしたい自分もいる。なんとも身内に生徒会の、しかもその会長がいるというのは中々に厄介なものだ。
「ふふっ、困ってる煉かわいい」
そんな俺を面白がって笑っている栞だった。
「くぅー……悪魔め」
栞の言っていることはたしかに正論なので、俺は悔しがることしかできなかった。
「煉だってー大概だと思うよ? 私にイタズラしてぇー」
そんな俺の言葉で、俺の悪行の数々を思い出したのか、ちょっとかわいく怒ってそんなことを言ってくる。
「そりゃっ……し、栞が……可愛いからだよ」
からかいたくなってしまう、栞の可愛さがいけないと思う。そんな姿を見せられたら、誰だってイジりたくなってしまうし。
「えっ、ちょっ、煉! 急に恥ずかしいこと言わない!」
そんなストレートな言葉があまりにも予想外だったのか、戸惑っている感じの栞。暗くてよくわからないけど、たぶん今の栞はとてつもなく可愛くてしょうがない顔をしていることだろう。
「いっ、いや事実だし……しょうがないだろ?」
「むぅー煉のいじわるぅー」
「でもそんなからかいたくなっちゃうぐらい、栞が可愛くて、好きってことだよ」
「うん……ありがと……」
なんかクリパの話から、結局イチャイチャしているだけの2人となってしまった。なんとなく2人の間にはいい感じの空気が流れていた。さっきの手を繋いだのが、未だにそのままなので、その握り返す栞の手からもそんな雰囲気が伝わってくる。その時だった――
「うぉわッ!?」
そんな空気をぶち壊すかのように、俺の携帯の着信が鳴る。もちろん音は切っているので、バイブレーションが鳴る。その振動に、思わず俺は変な声を上げてしまっていた。ここでは忍んでいるというのにも関わらず、そんな大きな声をあげてしまい、しまったと思いつつ俺は携帯を取り出して確認する。すると、それは明日美からの着信で――
『着いたよ。今部屋の前にいるーもちろん周りには報道部の子はいないし、来るまでの間も見つからなかったよー』
とあった。どうやら明日美が弁当を持ってきてくれたようだ。俺は部屋の電気を、携帯の光を利用してスイッチを入れて灯し、部屋のドアを開ける。意外にも俺の予想していた最悪の結末は回避できたようで、閉じ込められるなんてことはなかった。焦って入ったということもあったし、入ってからも部屋が暗かったから分からなかったけど、この部屋のセキュリティ自体が取り外されているようだ。今見ると、扉は旧来のカギで部屋をロックするシステムに変わっていた。
「明日美、ありがとー助かった」
扉を開けると、部屋の前に明日美が弁当をちゃんと2つ持って来てくれていた。俺はそんな風に明日美に感謝しながら、その弁当を受け取る。
「うん、いいよ。でも煉も大変だねぇー」
「ま、仕方がないよ。でさ、もう1つお願いしていい?」
人というものはいつ何時でも噂話や恋愛話が好きなもの。しかもそれが他人のとなれば、なおさらだ。今回は俺たちがその対象となってしまっただけのことだろう。でも俺たちも俺たちでこのまま黙ってみんなにネタを提供するわけにもいかない。だから俺は最強の対策を講じてみることにした。
「うん、お姉ちゃんに任せなさい!」
そんな俺のお願いに、得意気な顔をして、自信満々な明日美。
「なら頼むんだけど、あの報道部の人間なんとかならない? 流石にこれを毎日続けるのは俺たちのストレスにしかならないからさ」
この学園の最強の生徒、生徒会長ならばなんとか出来るんじゃないかと思って、そう頼んだ。生徒会が報道部のヤツらに言ってくれるならば、拘束力はあるはずだ。
「うん、わかった。やれるだけのことはやってみるよ!」
それに快く受け入れて、そう言ってくる明日美。
「うん、頼む」
『やれるだけのことはやってみる』と言っているものの、たぶんうまくいくだろう。明日美の表情から、もう何かの作戦を思いついてる感じがする。それに俺は明日美を信頼している。弟のために、頑張ってくれることだろう。
「――今日はここでお昼にするの?」
「あぁー追っ手が来てないみたいだけど、教室に戻るのは危険だからね。一応、念には念を入れて」
『石橋を叩いて渡る』なんて言葉があるけれど、今回は叩きすぎるぐらいでちょうどいいだろう。それだけ念入りにしておかなければ、あの報道部のヤツらは出し抜けないだろうし。それに栞と『2人きり』でお昼を食べるのも悪くはないかな、とも思ったから。むしろそっちの気持ちの方が大きいのかも。
「そっか。じゃあ、私戻るね」
「うん、ホントありがと」
そう言って、改めて明日美にお礼をして、俺たちは再び部屋へと戻っていく。そしてそのまま明かりを点けたまま、俺たちは席へと座り、ようやくお昼となった。この周辺に報道部のヤツらがいなかったということは、俺たちの居場所は見当がついていないということだ。たぶんヤツらもこの部屋のことは知らないのだろう。ならば最低限、今このお昼休み中ぐらいは安全ということになる。だから俺たちは安心して、いつも通りにお昼を食べることにした。学園でこうして2人きりでお昼食べる、ということは今までなかったから、とても新鮮だった。そこは誰の介入もない俺と栞だけの空間、そして2人だけに許された時間。なんかそれが心地よくて、とても嬉しかった。流石に言い過ぎかも知れないけど、そんな状態だからか、いつもの昼食もどこかおいしく感じられた気がした。そんな感じで俺たちは楽しい時間を過ごし、そしてお昼休みギリギリまで2人だけで時を過ごしていた。というのも、そうしないとまた教室で報道部のヤツらが来る恐れがあるからだ。授業が始まるギリギリなら、部より授業を優先するから。なので俺たちはギリギリのタイミングを見計らって、教室へと戻ることにした。
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