エピローグ「過去の清算、これからの未来」

 しおりへの告白から、いくらか経ったある日の放課後のこと。ホームルームも終わり、部活へ行くもの、教室に残って話しをしているもの様々だった。俺は今日一日考えたことをいよいよ決心し、それを行動に移すことにした。


「……なあ、栞」


 俺は隣の席で帰りの支度をしていた栞の名前を呼ぶ。


「ん、何?」


「え、えと……ちょっと行きたいところがあるんだ、一緒に来てくれないか?」


 いざ言おうとすると、ちょっと緊張してしまう自分がいた。これからすることは、ちょっと照れくさく、恥ずかしいことだから。でも、彼女についてきてほしかった。たぶん栞がいないと、ダメになるかもしれないから。


「うん、いいけど……どこ行くの?」


「俺んの……つまり工藤くどう家の墓に……墓参りにな」


「……あっ、そっか、今日って――」


 俺のその言葉で栞は今日が何の日なのかを分かったようだ。


「そう、親父と母さんが亡くなった日」


 あの今世紀最悪の事故が起こってしまった日。俺と親父たちが二度と会えなくなってしまった日。やはり大事故だったからか、今日の朝のニュースでも取り上げられていたのを目にしたのだ。流石に記憶を取り戻した俺にはもう、その詳細まで知りたいとは思えない。たぶん、きっと、あの時の泣きじゃくっていた俺みたいに、また辛い思いをするのは目に見えているから。とても怖くて、恐ろしくてそれ以上を知る勇気なんて一欠片も今の俺にはないのだ。でも、確かに今日その事件が起こったということは分かっている。だから今日の放課後、栞を誘って行ってみることにしたのだ。


「でも、さ。こういう事言うのは不謹慎だってわかってるんだけど、その、遺骨って回収されているのかな……」


 栞は俺を気遣ってか、そう前置きをして質問をする。その表情も、どこか俺の反応を気にしている様子が見え隠れしている。


「まあ、俺もその事件のこと詳しくは調べてないけど、もしかしたら海の底に眠ってるかもしれないな。でも、こういうのは気分なんだよ。最低限、先祖代々の墓ぐらいはあるんだろうし」


 結局のところ、そこに骨があろうがなかろうが俺にはどっちでもいいのだ。こういうのは『形』が大事なのだ。結局、両親は天から見ているんだろうし、言い方は悪いけど、どこでしたって変わりはしないのだから。


れんがそれでいいなら、もう私は何も言わないよ。じゃ、行こっか」


「ああ」


 いつものように自然に手を繋ぎ、学園へを後にしてその墓がある霊園まで歩き始める。一応、名目上は『墓参り』になるので、道中近くのお店でお花と線香等を買っていく。状況が状況だからだろうか、いつもの楽しい会話やふざけ合うなんてことはなく、どこかおごそかな空気が流れていた。それから俺たちはバスを使って、いよいよその目的の霊園へと辿り着く。後は工藤家の墓の位置なのだが、これはここに着くまでの間に、工藤家に今も住んでいるメイドの葛西かさいさんからリサーチ済みだ。その周辺の地図をメッセ経由で送ってもらったので、それを見ながら俺たちは工藤家の墓を探していた。


「――あった、これだ!」


 しばらく散策すると、霊園のちょっと奥まったところに、その墓はあった。


『工藤家之墓』


 そう書かれているので、間違いないだろう。やはりメイドの葛西さんたちがここも清掃したりしているのだろうか、その墓に汚れのようなものは見えず、その墓の周りもとてもキレイだった。俺たちはちゃんとした墓参りらしく、花と線香をお供えし、2人で合掌をする。


「……親父、母さん、久しぶり。大きくなっただろう? もう俺も16歳だ。早いもんだろう? あんな小さかったガキが、もう後数年で成人なんだぜ?」


 そして合掌が済んだところで、親父や母さんに話しかける。実に約10年ぶりの再会だ。『10年』と口で言ってしまえば簡単だが、その歳月は実に長い。話し出したら、キリが無いほどに色々な事があった。俺はそれをかいつまんで親父たちに報告をする。


「――そうだ、ほらっ、この子覚えてるか? 岡崎おかざき栞」


 そしてしばらく俺の話をした後、続いて隣に立っている栞を親父たちに紹介する。


「どうも、ご無沙汰しております」


 それに丁寧にお辞儀をし、俺の両親に挨拶をする栞。


「ついこの間、栞はこの島に帰ってきたんだ。俺は記憶はなかったけど、紆余曲折あって、そして……恋人になれたんだ」


 今までの経緯いきさつを軽く説明する。当然、栞と恋人になったことも。今の状況も相まって、言うのがちょっと恥ずかしかったけど、正直に全てを話すことにした。でも親父や母さんはこの2人を見て、何を思うのだろうか。やはりそれが訊けないのが、ちょっともどかしかった。きっと俺たちを祝福してくれていると思う、そうだと嬉しい。


「で……さ、今日一番伝えたかったこと……それはな、あの日のことを謝ろうと思ったんだ。ごめん、俺のせいで……あの日俺が『ペンダントほしい』って頼まなければ――」


 それからちょっと間を置いて、歯切れ悪くいよいよ『あの』話を始める。今日ここに来た本当の目的、俺が本当に伝えたかったこと。それは2人にあの日ことを謝ることだ。もうあれから約10年、今更な気もするが、記憶を取り戻した後の初めての命日の今日、ちゃんとお墓の前で謝りたかったのだ。やっぱり栞がいてくれて助かった。何もしないけど、いてくれるだけで、心が救われた。それで正直に話す勇気が湧いてくる。


「――ねえ、煉。話の途中でごめんね。でも、それは間違ってるよ」


 俺が話している途中、栞はそう断りを入れて割り込み、俺の言葉を否定してくる。


「え、どういうことだ?」


 その突然の事態に、俺はただただ困惑していた。さっきの俺の発言に何が、どう『間違っている』というのだろうか。その栞の真剣な表情、声色から冗談で言っているわけではないというのは分かるけれど、その発言の意図がよく分からなかった。


「煉のお父さんたちが亡くなられたのは、煉のせいなんかじゃないよ」


「どうして……そんなことが言えるだよ? 俺のことかばってくれなくてもいいんだぞ?」


 栞は優しいから、俺のことをなぐさめてくれているのだろうか。でもなんとく、栞の目を見ているうちにそれが違うことが分かってくる。それは間違いなく確信を持ってそう言っているというのが、わかる目だった。自信に満ち溢れた、嘘偽りのない目だった。だから、栞は確証を持って『俺のせいじゃない』ということを主張しているのだろう。


「ううん、庇う、とかじゃないよ。それにはちゃんとした理由があるの」


「理由って?」


「うん、煉この間あの事故の日のことを話してくれたでしょ? 煉から聞いたお話だと、煉が願い事をしたのは『事故が発生した後』だった」


「ああ、そうだったな」


「でもそれって変だと思わない? もし願ったことが原因なら、『願った後に事故が起こる』のが私は普通だと思うんだ。でも実際はその逆だった」


「……確かに」


 普通の順番で考えれば、願うことで効力が切れ、事故が起こる。でも過去の記憶では、事故が先に起こり、起こったからこそ、そのショックで願い事をした。栞の言う通り、これを1つの物語として見ると、流れがめちゃくちゃだ。


「それにもしDestinoを渡すことによって願いの効力が切れ、自分が危険に晒される可能性があるなら、そんな危険なものを煉のお父さんは渡すかな? そうだとしたら、煉のお父さんはあの渡した時点で、自分の死を覚悟したってことになるよ」


「でも俺の記憶じゃ、たしか結構軽いノリで俺がお願いして、二つ返事でオッケーしてくれてたな」


 記憶する限り、その顔は嫌そうでも、何か思いつめたような顔でも、何かを覚悟した顔でもなかった。ただただ笑みを浮かべ、俺の子供ながらの願いを聞き入れてくれた。もし栞の言う通り、自らが危険となるのならば、親父が相当頭のおかしい人でもない限り、親父のあの反応はだいぶ変だ。


「だったら余計に違和感があるよね。ここで大事なのはDestinoの『所有権』の問題。私ね、引っ越すことが決まってから日記をつけてたの。これからしばらくはこの島に戻ってこれないから、その日々のことを忘れないようにお母さんが『日記を書いておきなさい』って言われてて。もちろんあの頃の私はちっちゃい子供だったから、まともな文章は書けてないけど、その当時の日々がわかるくらいには書かれていたの」


「そこになにか重要なことがあったのか?」


「うん、あの日私たちがペンダントをもらった日。その日のことが書かれてあったの。それと一緒に煉のお父さんが撮ってくれた写真があって、そこにも撮影日が書いてあったから間違いない。その日はね、煉のお父さんたちが亡くなられた事故が発生した前日のことだったの」


「あー、たしか栞たちのお別れパーティをして、その翌日に旅立ったはずだから、それで間違いないだろうな」


「うん、だとしたらいくらなんでも所有権がなくなるの早すぎない? まだ願ってもいない。ただ首からかけて身につけていただけ。それなのに所有権がなくなるっておかしいよ」


「でもさ、だったら本当はペンダントを外した時点で所有権が失われるのを、親父は知らなかったんじゃないか?」


 それだと、親父は相当なおマヌケさんということになってしまうが、でもその可能性も今の所、否定はできないはず。本人がそれを知っていたかどうかなんて、もう残念ながら訊けないのだから。それを今はもう確証づけることはできない。


「ううん、それはないよ。もちろん煉のペンダントだけが『特別』という可能性もあるけど、私ね、こっちに来る前はこのDestinoは外してたの」


「えっ!? そうだったのか!?」


 このDestinoを、記憶を失いながらもなんとなくで肌身離さず身につけていた俺からすれば、それは衝撃の事実だった。でも言われてみればそうだ。このペンダント状にしたのはおそらく、工藤家の人間だ。本来はペンダント状ではないのだし、身につけている必要性はないのか。それは完全なる盲点だった。最初っからペンダント状になっていたし、こいつの正式名称がわかるまでは『ペンダント』って呼んでたから、自然に刷り込まれていたんだ。


「うん、なかなか先生たちが理解してくれなくて。学校の風紀に反するからって」


 少し寂しそうな目をして、栞はその事実を話してくれた。俺の方は特に先生に何か言われることはなかったが、やはりペンダントのようなものを身につけているのは、教師にとってあまり快くは思わないのだろう。実際、俺も体育の時も邪魔でしょうがないし。最悪、怪我する可能性もあるわけだし。そりゃ、許してはくれないか。


「そっかぁー……そうだったんだなぁー」


「でもその間、私は何か不幸なことには見舞われなかったよ。煉はどうだった?」


「うーん、記憶する限りそんな親父たちみたいな大事故はなかったな」


 確かにこの約10年の間で、嫌なことや軽い事故はあったかもしれない。怪我もいっぱいしただろうし、心にも傷を負ったことだろう。でも、それはとても栞がDestinoを身につけていなかったから起きたとは思えない。ごく自然の中で、不運に起きてしまった事象にすぎないだろう。そう考えると、もはやDestinoの影響と思えるような事件は思い浮かばなかった。


「でしょ? じゃあ、ここで煉に問題。Destinoはどうやって所有権の有無を判断しているでしょうか?」


 栞はまるで先生みたいに俺にそんな問題を投げかけてくる。


「そうか! 願い事をした瞬間か!」


 その栞の言葉で、ピンと来た。このDestinoが機能を開始した時、つまりは『願い事を叶えた』瞬間なのだ。そうすれば、機械のようにDestinoの内部で判断し、区別できる。


「うん、たぶんそうだと思う。そうすれば人に一時的に渡したり、学校の事情で外すってことになっても所有権が失われる恐れがなくなるから。もし私がこのDestinoの製作者だったら、シンプルにそうするな」


「そっか。だからあの事故は俺のせいじゃないって言いたいんだな」


 願った瞬間に所有権の移動が行われたのならば、それはもう既に事故が発生した後のこと。つまり事故発生の時点ではまだ所有権は『親父にあった』ということになるわけだ。


「うん、不謹慎なことは重々承知しているけど、あの事故はたまたま不運に見舞われただけ。決して煉が原因なんかじゃないよ。だから1人で背負わないで」


 俺はあの記憶を取り戻した日から、ずっと罪の意識があった。てっきり俺のせいだとばかり思っていたから。でもそんな俺を栞は確かな理由で俺の無実を証明し、励ましてくれた。


「うん、ありがと。でも栞、俺のために必死に考えてくれたんだな。俺が悪者にならないように、何百人という人の命を奪った悪魔ではないと証明するために」


 そう考えると、すごく嬉しい気持ちになった。自分の好きな人が一生懸命俺のために頑張ってくれたという事実。俺は改めて、栞に愛されているんだなと、実感する。そして同時に、栞への愛も溢れ出してくる。


「えっ、うん、まあね。煉が、煉のお父さんたちの命を奪う原因だったなんて、そんな悲しい事実あってはならないから」


 ちょっと照れたように頬を染めた後、今度は打って変わって真剣な表情に戻り、さらに嬉しいことを言ってくれる栞。


「……親父、母さん、聞いてたか? これが俺の彼女だ。こんなにも俺を愛してくれて、こんなにも俺のことを考えてくれている。俺はここに、2人に誓うよ。栞と共に一生一緒に、絶対に彼女を幸せにするよ。だから天から見守っててくれ、親父、母さん!」


 そんなせいか、恥ずかしいことを恥ずかしげなく言ってしまう俺がいた。もはやその恥ずかしさすら俺には心地よかった。もう一層のこと、栞への愛を叫びだしそうなほどだった。


「ちょっと、煉、恥ずかしいって……」


 俺が栞の愛を噛み締めていると、ふと栞は俺の裾を掴み、顔を真っ赤にし、耳まで赤くなってそんなことを言ってくる。


「あっ、ごめんごめん。つい気持ちが高ぶっちゃって」


 それでようやく我に返り、冷静になって栞に軽く謝る。危ない、危ない。あと一歩のところで理性がぶっ飛んでしまうところだった。でもそれぐらい嬉しくて、幸せだったのだ。


「もーう……じゃあ、最後にもう一度2人で合掌して帰ろうっか」


 俺はそれに軽く頷き、2人墓の前に立ち直り、合掌をする。しばらく拝んだ後、俺たちは後片付けをして、霊園を後にした。


「――あのさ、栞」


 その帰り道。俺はあることを思い、ふと足を止め、栞の名前を呼び、栞の方へと向きかえる。


「ん、何?」


「俺さ、このDestinoを消滅させようと思う」


 俺が『Destino』という存在を知った時からずっと思っていたこと、それを今ここで栞に告げる。


「えッ!? で、でもっ、そんなことしたら、れ、れれ、煉は死んじゃうんだよ!?」


 あまりにも簡潔に言いすぎてしまったせいか、栞はどうやら自殺志願者とでも勘違いしているようだ。とても驚きながら、慌てた様子で心配そうにそう言ってくる。


「あっ、悪い。説明足らずだったな。どっちかがさ、年老いてでもいいし、病気でもいい、とにかく死にそうになった時に、山の祠のDestinoとこの2つのDestinoを1つにして、死にたいって話」


 俺たちは人間だ。だからいずれはこの世を去らねばならない日が来る。でもどうせあの世に行くならば、コイツを1つにして消滅させてから行きたい。むしろそれが俺たちに課せられた『使命』だと思っている。


「あぁーなんだ未来の話ね。もうびっくりさせないでよぉー……」


 その説明を聞いて、俺の発言の意図を理解してくれたようで、ホっと胸をなでおろす栞。


「ごめんごめん。俺考えたんだ、Destinoは後世に残すべきじゃないって」


「うん、私もそう思う。使い方を間違えれば、あまりにも危険だもん」


 幸いにも、栞も同意見だったようだ。Destinoは一見、夢のような素晴らしいものに見えるが、現実はそうはいかない。人の欲望はどんな沼よりも深いからだ。『どんな願いでも叶える』それはつまり『人のどんな欲望も満たすことができる』ということだ。もうこれだけで、どれほど危険なことがよくわかるだろう。例えば『世界を滅ぼしたい』とか『自分以外の人間全員殺したい』とか、そんな欲望すら叶えてしまえるのが、この『Destino』なのだ。それをこのままにしておいていいわけがない。


「これが工藤家が見つけて継承してきたからいいものの、どこかの犯罪者が手にしたら大変なことになるもんな。たとえ記憶を失ったとしても、世界自体は変わったままなんだから」


 『Destino』の唯一の代償、それは『願う前までの記憶を失う』こと。でもこんなもの、代償でもなんでもない。だって自らの記憶を犠牲にして、世界をめちゃくちゃにしようと思えば、いくらでも出来てしまうのだから。それにこの記憶は消えるわけじゃない。俺が記憶を取り戻したように、思い出すことは可能なのだ。さらに言えば、やろうと思えば自分ではなく人に『自分の願いを願わせる』なんてことも出来てしまうのだから、それはもう『代償』とは呼べないだろう。


「悪い影響が出ちゃうよね」


「そう。だからもう俺たちの世代でコイツをこの世から消し去るべきだと思うんだ。だからさ、栞……その時は一緒に天国に行ってくれるか?」


 でも栞を、この世で一番大好きな人をこの世に置いて去るわけにはいかない。その逆もまたしかりだ。だから俺は、そんなこっ恥ずかしいことを栞に訊いてみる。


「ふふっ、なにそれ、プロポーズ?」


 そんな俺の質問に、少し照れたように笑いながらそんなことを聞き返す。


「ま、そういうことかな? 死ぬまで一緒に、俺の傍に居てくれってな」


 その栞の反応に、ちょっと恥ずかしくなって、照れ隠しに頭を掻きながらそんなことを言う。


「栞、じゃあ改めて。俺と死ぬまで、一緒に居てくれますか?」


 でもこれではカッコがつかないので、ひとつ深呼吸をした後に、今度は真剣に今目の前にいる彼女の目をちゃんと見て、真面目に問いかける。


「はい、喜んで!」


 俺の一番大好きな、満面の笑みで、栞はそれを受け入れてくれた。もう幸せすぎてどうしようもなかった。天にも昇るような思いだった。もう全てのものに感謝したいぐらいに、嬉しかった。栞が生まれてきてくれたこと、俺たちが出会えたこと、再会できたこと、正直俺も俺が気持ち悪いけど、ありがとうと言いたかった。そして俺たち2人がいつまでもいつまでも幸せでありますようにと、Destinoにではなく、天に祈り、俺は最愛の人の手を握って2人仲良く帰っていくのであった。

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