68話「約束を果たす時」
夕暮れ、辺りはオレンジ色に染まり、暗くなりだした。俺たちはそんな中、いつもの並木道を歩いていた。相変わらず、手を繋ぎながら。
「……
ふとした時、俺は歩みを止め、
「うん、何?」
俺は近くのベンチに席に座り、
「座って」
そう言って栞をベンチに座るよう促す。そのまま栞は俺の隣にちょこんと座った。
「――栞、俺……記憶が戻ったんだ」
そして俺は栞の方へと向き、いざ全ての事を話すことに。こうして本番を迎えると、栞が目の前にいることもあってか少し緊張してしまう。でもちゃんと栞に話したいことだから、自分にムチを打って奮い立たせる。
「えっ!? うそ……」
それを聞いた瞬間、今までに見たこともないくらいの驚いた表情をする栞。その言葉からも、まだ完全には信じきれていないようだ。
「ホントだ。俺は飛行機事故で両親を亡くしている」
なので俺は信じてもらえるための情報を栞に話す。記憶をなくす前の俺にしか知りえないこと、それを話せば、栞も流石にそれが確信へと変わっていくだろう。
「えっ、そんな……ホントに……?」
徐々に信じてはきているようだが、栞はまだどうも半信半疑の様子。
「そして俺は栞と1つ、大切な約束をしてる」
それならばと、俺は究極の情報を出すことにした。これで確実に信じてもらえるだろう。以前の勉強会で分からなかった答え、それが今なら言える。
「……
「栞が帰ってきたら、『俺のお嫁さんになってくれる』だろ?」
「煉ッ!」
それを聞いて確信となったのか、栞はすぐさま俺の体へと抱きついてくる。
「ちょっ、栞!?」
突然のことに戸惑いながらも、俺はとりあえずそれを受け入れる。そしてしばらく抱き合ったまま、無言の時間が訪れた。おそらく今、栞は泣いているのだろう、
「やっと、やっと思い出してくれたんだね……嬉しい……」
「ごめんな、こんなに待たせて」
そう謝罪をしながら、俺は栞の頭を撫でてやる。大切な人に忘れられてしまった悲しみ、それはとても辛かったと思う。それを持ったまま、今日の今日まで来たんだ。改めて、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ううん、いいよ。それ以上に、煉が記憶を取り戻したことが嬉しいから。でも、もう忘れちゃイヤだよ?」
「ああ、もう忘れないよ、絶対にな」
神に誓って俺は絶対に忘れない。というか、もう二度と忘れるもんか。こんな大事な、かけがえのない人との記憶を。
「うん……ありがと」
「なあ、栞」
俺は抱き合う形から互いの顔が見える距離まで体を離し、彼女の名前を呼ぶ。
「ん、なに?」
「栞はこうして
そして俺はいよいよ本題へと入る。『記憶を取り戻した』というのはあくまでもこれを伝えるための前置き。俺はそれよりももっと大切なことを栞に伝えなきゃいけないのだから。
「うん、もちろん。煉がそれを望むなら」
さっきまでの泣き顔から一変、笑顔になってそう答える栞。
「ああ、もちろん望むさ。だって俺は記憶とか関係なしに、栞のことが好きだから」
「え?」
「実際、俺は記憶を取り戻す前からもう栞に惚れていた、と思う。もっと言えば、あのミスコンの時から俺の心は奪われていたのかもしれない。あの時は一目惚れに近かっただけど、でもそれから『栞』という人物を知って、より好きになった。俺の記憶なんて正直、『栞を悲しませたくない』それだけのためって言っても過言じゃない」
あの美女たちの中から栞を選んだ時点で、俺の恋は始まっていた。そこに『過去』なんて関係ないのだ。あくまでもそれは『俺の記憶喪失の謎』や『ペンダントの謎』を解くためでしかなかったのだから。俺は確かに『今の栞』に恋をし、『今の栞』を好きになったのだ。
「そ、そんな……真顔で、恥ずかしいよぅ、煉……」
あまりに真剣に愛を叫んだためか、栞は顔を真っ赤にしてモジモジとしてしまう。そんな何気ない仕草が俺の心を射止め、より一層栞のことを好きにさせてくれる。そしてやっぱり俺は栞が好きなんだと、改めて実感する。
「あ、ごめん。でも『過去の俺』とか関係なしに『今の俺』も栞が好きってことを伝えたかったの」
「うん、ありがとね。でも、私もそんな感じ。昔の煉は知っていたけど、あれから十年ちょっとぐらい経ってるから結構『今の煉』とは違ってて……確かに最初は『昔の煉』の部分ばかりを探してた。でも次第に触れていくうちに『今の煉』しかない部分が見えてきて……気づいたら『また好き』になってた」
栞も俺と同じだったようだ。こうなるともはや、過去の俺たちは無かったことにはならないけれど、その事実以外にはなにも意味をなさないようだ。俺たちは栞が転校してきたあの日に再スタートを切り、再び恋仲となった。
「なんか、2回恋してるって感じだよな」
ホントそれこそまさにこれは「運命」だと思う。離れ離れになった2人が再会し、リセットされた状態でまた恋に落ちる。こんなことって、まずないことだろう。それこそ『Destino』が俺たちを導いてくれたのかもしれない。それが俺たちにとっての運命の赤い糸だったみたいな。
「うん、そうそう」
「んで、どうなの?」
「何が?」
「俺のこと。ハッキリと一言で聞きたい」
「むぅー煉のいじわる……私も『今の煉』が大好きってこと」
頬を膨らませながらも、言ってほしいことはちゃんと言ってくれる。
「うん、ありがとう」
面と向かって言われると、やはり照れしまう自分がいた。
「……ねえ、煉。私たちがDestinoを貰った時のこと、覚えてる?」
「ああ、親父が『儀式』つって結婚式の時のアレをやったんだろ?」
「うん、あの時は『出来なかったこと』……してもいい?」
上目遣いでそんなお願いをする栞。あの模擬結婚式で『出来なかったこと』、それはつまり――
「ハハ、わかった」
その意味がわかった瞬間、ちょっと笑ってしまった。そうやって直接的には言わない栞がまあ可愛くて。俺がそれを受け入れると、栞はゆっくりと目をつぶる。俺もそれに呼応するように目を閉じ、ゆっくりと顔を近づけていく。いつか、こんなことがあったけれど、今度は『偽り』ではなく、正真正銘のそれ。自身の胸の鼓動が早くなっていくのを感じながら、俺はどんどんと近づけていく。そしていよいよ俺の唇をそっと彼女のそれに重ねる。初めてのキスの感触、それはとても柔らかく温かいものだった。緊張しているからか、周りのものが何も気にならず、音すらも俺の耳には届かなかった。もはやそこには俺たちしか存在しないんじゃないかと思えるほどの空間が広がっていた。
「――えへへ」
俺の感覚では『しばらくの間』その時間が続き、惜しみながらもそっと唇を離していく。そして栞は開口一番にそんな可愛らしい言葉を発する。またちょっと恥ずかしそうにしている仕草が可愛いことこの上ない。俺の大好きな人の、こんな愛らしい姿を見ることが出来て、とても幸せ。それが体中に溢れて、どうにかなりそうになっていた。
「愛してるよ、栞」
そして愛を
「うん、私も煉のこと大大だーいすきっ!」
そして俺と同じように栞も、俺への愛を語る。もはや傍から見たらバカップルにしか見えないほど、愛に溢れた2人がいた。そんな俺たちはもはや離れるのが惜しくなってしまい、冬の夕暮れだというのにしばらくベンチに座ったまま何も話さないでただただ寄り添い合い、2人の時間を過ごしていた。
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