67話「映画デート」

 1月24日(月)


 テスト休みの最終日。今日も今日とてしおりとビル街へ遊びに行くことになっている。今日は以前勉強会で約束した、映画を見に行く予定だ。俺はもう栞に会いたくてしょうがなかった。だからまだ待ち合わせの時間には早いというのに、既に待ち合わせ場所へと足が動いていた。たぶんこのままだと、俺が先に着いて待つことになるだろうと思ってはいたのだが、意外にも先に栞がそこで待っていた。栞もまた、俺と同じようなことを考え、早めに来たのかもしれない。そう思うと、ついつい笑みが溢れてしまい、嬉しさが湧いてくる。


「やっほー、し……お、岡崎おかざき!」


 記憶が戻ったせいで、思わず本人の前で名前呼びしそうになってしまった。それは栞を混乱させることになるし、まだ言うべきタイミングじゃない。切り札は最後まで持っておかないとね。だから俺はこれまで通りの名前で呼ぶ。


「あっ、やっほーれん! 早いね」


「岡崎もな。どうする? バスあったっけ?」


 栞に会いたいがために早く来たはいいが、その結果バスの時刻まで時間があいてしまった。一本前のバにちょうどいいのがあればいいけれど、そう中々うまくいかないのがバスだ。まあ、栞との時間なんて苦じゃないから、別にバス停で元々の時刻まで待ってるのもいいけれど。


「んーなかったらなかったで、適当に時間潰せばよくない?」


「ああーそれもいいかーんじゃ、とりあえずいってみっか」


 そう言って俺たちはバス停まで歩き始める。当然、いつものように手を繋ぎながら。もはやこれは俺たちの様式美。もちろん誰かに見られる危険はあるかもだけど、それでも今はこうして手を繋いでいたい。


「楽しみだね、映画!」


「そうだねーこれ結構CMとかで宣伝してるから気になってたんだよねー」


 今日見る映画は所謂いわゆる『流行りモノ』で、テレビの情報番組やバラエティでめちゃくちゃ宣伝されている。主題歌もその映画の効果かバカ売れしているぐらい、『ブーム』になっている作品。それだけやっているので、俺の目にも触れる機会があり、ちょっと見たい気もあったのだ。


「そうそう、私もそのCM見て、見たくなったんだー!」


「あーいうCMって、コマーシャルだから当たり前なんだけど、魅せ方がウマいよねー」


「あ、わかる、それ! すっごく内容気になる作りだよねーホント、楽しみー!」


 よっぽど楽しみにしているのか、やたらテンションの高い栞だった。それから映画館が着くまでの間、もっぱらその映画の話題でもちきりだった。着いた時間はちょうどいい時間で、そう時間はかからずに上映部屋への入場が始まった。俺たちも受付にチケットを渡し、指定された部屋へと入る。そしてチケットを見ながらその場所へと座り、始まるのを待っていた。



 しばし待ったころ、室内の照明が落ち、暗くなる。そして映画のCMが上映された後、いよいよ本編がスタートする。映画の内容としては、高校生のラブストーリー。そのシチュエーションや登場人物の設定はベタなものだが、肝心の中身は素晴らしいかった。時に甘く、時にせつなく、ストーリーに引き込まれ、感情移入してしまう。まさに青春そのもので、今話題になっているのも頷ける作品だった。そしてラストシーンの告白のシーンはドキドキとキュンキュンを兼ね備えつつ、感動もあいまった素晴らしいシーンとなり、そのまま映画は幕引きとなった。


「……よかったね……」


 そして室内は照明で明るくなる。隣の栞は目にうっすらと涙を浮かべならがら、そう感想を述べる。


「ああ、すごい感動する作品だったね」


 映画の余韻よいんに浸りながら、俺たちは次の映画が始まるのを待っていた。このチケット、というかこの映画は2つの作品の同時上映になっている。だからこの時間は休憩の時間。流石にぶっ続けで長時間座り続けるのはキツいからだろう。別に次のやつは特に気になっているわけでもないが、「せっかくだし」ということで見ることとなった。


「そろそろ、次始まるね」


「うん、そだね」


 次の映画はさっきのそれとは打って変わって、コメディ映画だった。だが、その内容はとてもじゃないが面白いとは言えなかった。肝心なコメディは滑り気味だし、上から目線かもしれないが役者の演技もヘタ。ぶっちゃけ、これはさっきの映画と肩を並べて上映されるほどのものではないと思う。たぶんどうしても上映したいがために、有名映画とのバーターとしてようやく世に出してもらえたんじゃないかと思う。そんなことを考えていると、ふと右肩が重くなるのがわかった。何かと思い、その方へと目を向けるとそこには――


「おっ!?」


 なんとそこには栞の頭があった。どうやら栞はこの退屈な映画がため、眠ってしまったようだ。そんな栞にドキッとしている俺がいた。だって栞は今、俺の肩を枕にして眠っているんだ。そうなれば距離も近くなる。栞の顔も今までにないくらい接近している。そしてその寝顔がまた可愛いことこの上ない。フィルターがかかってるかもしれないが、その様は『眠れる美女』といっても過言ではない。しかもちょっと耳をすませば、彼女の可愛らしい規則的な寝息が聞こえてくる。もう俺の心臓は高鳴って、どうしようもなくなっていたので、目を画面の方へと戻すことにした。ここはつまらないとは言え、映画に集中してやり過ごそう。俺はそう決意し、この三流映画を見ていた。


「おい、し……じゃねえや、岡崎、起きろ。もう終わったぞ」


 ようやくこの三流映画も終わり、他の客が出入りする中、俺は相変わらず眠っている栞を起こすために肩を軽く揺らしてやる。


「……ん、ふぇ……?」


 よほどぐっすりと眠っていたのか、俺の合図に動き始めるまで割と時間がかかった。目をこすりながら辺りを見渡し、状況確認する栞。


「もう行くぞ、岡崎」


「えっ!? もうしかして寝てた? しかも……」


 そしてようやく意識が覚醒したのか、驚いた様子で俺の右肩を見つめていた。それから徐々に徐々に頬から赤くなっていくのがわかった。


「ようやく起きたか。ほら、早くしないと次始まるから、行こう」


「あ、うん、ごめんね。なんか……いろいろと……」


「いいから、いこうぜ」


「あっ、うん」


 それから映画館を出た後もなお、さっきのことを引きずっているのか、なんとなく気まずい空気が流れていた。これからの予定は相変わらず未定で、なにも決めていない。とりあえず俺は栞の手を握り俺主導の元、適当な場所へと連れていくことにした。どうせここで訊いたって気まずい空気の会話になるだけ。だから俺が男らしく引っ張っていこうと思う。とは言っても、行く場所は俺も決めていない。なので、行く場所を考えながら街中を適当にブラブラすることとなった。

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