66話「1人背負い、願うこと」

 大いに盛り上がった送別会の翌日。俺はあの歳にしては割と遅い時間まで送別会は行われていたので、非常に眠たかった。今日は休みで、本来ならこのままずっと爆睡と行くところだが、今日はそうは言ってられなかった。両親が今日から海外へ出張するのだ。だからその見送りのため、眠い目をこすりながら、なんとか起きていた。送別会の翌日から出張とは子供ながらに忙しい人たちだなと、俺は思っていた。そんな理由わけで、俺とメイドさん共に両親を見送るため玄関先に出ていた。


「じゃあ、いい子でいるんだぞ」


 親父はそう言って、俺の頭を優しく撫でる。


「うん!」


 そして続いて母さんが同じようなことを言いながら、俺を抱きしめ頭を撫でる。もっとも、こんなことしょっちゅうあったので、俺としてはそれほど寂しい気持ちはなかった。どうせちょっとしたらまた帰ってくることがわかっていたから。それに家にはメイドさんがいる。俺の遊び相手にもなってくれるし、『孤独』というものは感じてはいなかったのだろう。


「お土産買ってくるからな」


「やったー!!」


「ハハハ、じゃあ行ってくるな」


 親父は笑いながらそう告げ、軽く手を挙げて、そのまま母さんと共にバス停の方へと歩き始めた。


「いってらっしゃーい!」


 俺はそれを大きく手を振りながら見送った。


「いってらっしゃいませ、旦那様、お気をつけて」


 メイドさんたちも両親をお辞儀をしながら見送る。そして両親たちが見えなくなったところで、家へと戻り、朝食をとることとなった。それから休みなので、俺はメイドさんたちとゲームなんかをしながら適当に時間を潰していた。



 17時。もう空もオレンジ色に染まり、辺りが暗くなりだした頃。俺は遊び疲れ、ソファに横たわりながら、適当にテレビを見ていた。


「お坊ちゃま、今日のご夕食どうしますか」


「うーん……メイドさんのすきなのでいいよー!!」


 特に食べたいものもなかった俺はメイドさんに任せることにした。


「承知いたしました、では準備を」


 メイドさんはそれにお辞儀をし、キッチンの方へと向かっていった。こんな両親がいない以外は至ってごく普通の日常。そんなまったりとした時間が流れていたその刹那のことだった。


「速報が入ってきました! 先程、16分50分頃、太平洋上空を飛行していた――」


 子供ながらにそのアナウンサーの焦りよう、真剣な眼差しから、なにかヤバイことが起きているのはわかった。そしてそのアナウンサー話を聞いていくうちに、耳を塞ぎたくなるような事実が俺の不安を駆り立てていく。


「ね、ねえ!」


 そんな不安をかき消すため、俺はメイドさんを呼ぶ。子供の俺にはもうどうにも判断はできない。だから大人のメイドさんを呼んで、安心を得たかった。『大丈夫』と言ってほしかった。


「どうなさいました!?」


 メイドさんは心配そうにしながら、俺に駆け寄ってくる。それに対し、俺はただただ言葉も発さず、テレビを指差していた。メイドさんはその指示に従い、テレビの方へと顔を向ける。そして繰り返して伝えているニュースの内容を聞いていく度に、メイドさんの表情がどんどんと曇っていくのがわかった。


「えっ、まさか……そんな……」


 終いにはその場に崩れ落ち、目からは涙が溢れ始めていた。そんな光景を見せられては、余計に不安が増していく。もはや俺にはその先の事実を知ることが、恐怖でしかなかった。


「ね、ねぇ……これって……」


「……今はなんとも……申し訳ございません……」


「そ、そうだ! でんわ!」


 ならば直接電話して、安否を確認すればいい。そう考えた俺はメイドさんに電話をかけるように促す。だが電話は繋がらず、無残にもその僅かな希望も潰えた。では会社はどうだ。と、電話してみてもまだ到着しておらず。俺たちは目の前の現実を信じられなまま、ただただ時間を浪費していた。


――だってそうだろう?


自分の両親が乗った飛行機が『墜落事故』を起こしたなんて信じたくない。何かの冗談であってほしいと思うのが普通だ。でも現実はそんな甘いものじゃなかった。『今世紀最悪の飛行機墜落事故』とまで言われた墜落事故。太平洋上を飛行していた飛行機が燃料切れを起こした。普通なら不時着水を行うのだが、最悪なことに、これに失敗。太平洋のど真ん中だったということもあり、結果、乗客乗員全員が死亡した。と言われているが、俺もこの事件を知ったのは記憶を失くしてからだ。ドキュメンタリー番組なんかで特集を組んでいたのを以前見たことがあった。その時は不謹慎だが、ただ他人事ひとごとのような感覚でしか見てなかった。まさか、そんな大きな事故の関係者になるとは思っても見なかった。そう、その乗客の中には残念なことに、俺の両親が乗っていたのだ。そしてその事故が原因でこの世を、俺を残して去っていってしまったのだ。もっとも、この事実を当時の俺が知るのはもう少し後のこと。さらにそれを信じられるようになるのは、もっと後のことだった。



 その事実を知った当時の俺はまさに絶望していた。子供が背負うにはあまりにも大きすぎる。俺はその事実に負けそうになっていた。1人部屋にこもり、ただただ泣くしかなかった。


「うっ……うっ、う……うえぇえええんっ……!」


 何度も何度も嗚咽おえつを繰り返しながら、目からやまない大粒の涙が溢れる。あまりにも残酷で、悲しい現実が辛くて辛くて仕方がなかった。4年という僅かな時間だったかもしれない。でもその日々はかけがえのないもので、とても大切なもの。それらが鮮明に思い起こされ、俺の涙は枯れることはなかった。


「とうちゃん………うっ、かぁちゃん……うあいたいよぉ……!!」


 俺は叶うことのない悲痛な叫びをあげる。何度叫んだところで、もう親父も母さんもこの世にはいない。その行き場のない悔しい思い、寂しい思いを涙として吐き出すしかなかったのだ。それにメイドさんたちも俺と同じように両親の死を悲しんでいる。そんな状態では俺を慰めてくれる人、心の傷を癒やしてくれる人なんて誰一人としていなかった。だからこんなにも幼いガキがで両親の死と向き合わなければいけなかったのだ。今思うに、本当に本当に何よりも辛いものだったろう。


「――……もしかして」


 それから泣きに泣いて、泣き疲れた時のこと。俺はふとある考えに至る。もしかして俺たちがDestinoを授かったからこそ、こんな事態になってしまったのではないか、と。俺たちがもらってしまったからこそ、その願いの効力が切れてしまい、不幸になったんじゃないかと。その結論が出た瞬間、俺は俺自身がしたことを酷く後悔した。言ってしまえば、俺が両親を殺してしまったと言っても過言ではないのだから。だから俺はその瞬間Destinoに願ったのだ。『強くなりたい』と。そうすれば、きっとみんなを守れるから。もう誰も悲しませたり、苦しませることもなくなるだろうから。その結果、俺は『幸運体質』を得た。何に関しても運が強ければ、勝負に負けることはなくなるからだろう。そして、その願いの代償として俺は栞との記憶を失ったのであった。



 その後のことは詳しくは覚えていないが、俺の父さん、『秋山あきやま真司しんじ』が混乱させないため、預かってくれたのだろう。俺は記憶をなくしている。そんな状態ではあそこにはいられない。新たな環境が必要だった。それには秋山家はちょうどよかったのだろう。それに工藤家に居続けても、両親のことは避けては通れない。結局、忘れたのにまた思い出して、トラウマになってしまうから。それを避ける意味もあったと思う。


「――こんな感じかな……?」


「そっかぁ……そんなことがあったんだ……ごめんね……」


 俺の話を聞いて、涙目になっている明日美あすみ。どこか申し訳なさそうに謝る。


「別に明日美が謝ることじゃないよ。俺から話しだしたことなんだし」


「……ねぇ、れん。もうちょっとここにいていい?  ちょっと眠れそうにないから……」


「あぁ、いいよ」


 そう言うと、明日美は俺の肩に頭をあずけてくる。それから無言のまま、静寂の時が流れていた。これは『余韻』というものなのだろうか、そんなものがあったのかもしれない。そして俺はそんな最中、ある決意を固める。俺は全ての記憶を取り戻したんだ。やることと言えば、1つしかない。未来を、幸せを掴み取ろう。

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