32話「犯人はだぁれ?」



第5問目『1parsecは何lightyear?』



「今度は天文学か」


 いい加減に早く終わらせたくなってきたので、さっさと『3.26光年』と打った。こうしている内にも、俺たちのクリパの時間は刻一刻と奪われていっているのだ。とっととここから脱出して、本来の仕事に戻らなければ。ちなみに、つくし先輩はパーセクも、ライトイヤーも理解できなかったようで、首を傾げていた。解説してもどうせわからなそうなので、無視して先へ進む。



第6問目『シーザー暗号でGHQHEはDENEB、YHJDはVEGA。ではDOWDLUは?』



「めんどくせぇー問題だな」


 俺はそうぼやきながら、さっき惑星の英語名を書いた紙の裏を用意する。ただこの問題の悪いところは、問題の時点であらかた答えが予想できてしまうところだ。デネブ、ベガと来たらもうアレしかないだろう。しかも『シーザー暗号』って書いちゃってるし。もちろん引っ掛けの可能性も否めないので、念のために紙にまず普通のアルファベットと、3文字ズラしたアルファベットを2段でわかりやすいように書く。そして問題の『DOWDLU』を、上に書いた表と照らし合わせて解読していく。ふと、横目で先輩を見ると、相変わらず疑問符を浮かべたような表情で俺を見ていた。


「ねぇーれんくん、シーザー暗号ってなに?」


「シーザー暗号ってのは文字通り暗号で、アルファベットをわざと何文字かズラしてわからないようにしたんですよ。そして、それを使用したのが世界史に出てくるカエサル。んでその英語読みがシーザーだから、シーザー暗号ってなったんですよ」


「へぇー、結構単純な暗号なんだねー」


「でも、何文字ズラすか、どっち方向にズラすかで、結構難しくなるんですけどね」


 例えば、暗号化された文字は『AからZの方向に3文字ズラした』と仮定してやっているけど、これが違っていたらやり直しとなる。しかもこれは正解となるズラした数及び、方向になるまでは総当りになってしまい、正解にたどり着かないと結構厄介な暗号となるのだ。更に加えて言えば、これは単語だからまだそれほどの労力はかからないが、文章になったら確実に死ねる。これだけの数文字でも表を見ながら変換していくのが大変なのに、それが文章という量になればその労力は計り知れないだろう。そんな解説をつくし先輩にしているうちに、俺の方も解読が終わっていた。そしてその答えは残念ながら『ALTAIR』であった。全くもってひねりがないな、と思いながらも答えを入力していく。当たり前のように正解。



 第7問目『FRQJUDWXODWLRQV――このシーザー暗号を解け』



「あー、めんどくせぇー!!」


 俺はそう言いながら、速攻で問題に取り掛かった。さきほどで解読した文字を飛ばして、まだ解読していない文字を解読する。そして出てきた答えがまたウザかった。『CONGRATULATIONS』――訳すと『おめでとう』……うぜぇ。この画面をブン殴って割ってやりたいほど、そのムカつく問題に腹を立てつつも俺はさっさと答えを入力し、正解のファンファーレをもらった。どうやらこれでどこかの誰かさんが出した問題は終わりのようで、さっきまでの正解の演出よりも派手な花火なんかが上がる演出がなされ、その画面が切り替わる。そして次に出てきた文章は――



『おめでとうございます、ここから出るにはパスワードが必要です。第2問目にでた答えがそのパスです。入力してください』



「ああ……うぜぇー……とことんうぜーなぁ……」


 という絶対に友達をなくすような、性格の悪いものだった。むしろ、この作者に友達はいるのだろうか。昼休みとか、1人で科学系の本ばっか読みふけってるような、そんな根暗なヤツなんじゃないだろうか。そんなイメージが俺の頭の中で湧いてきた。そもそも俺はこの2問目の問題はカンという名の、いわばズルを使って解いたので覚えているわけがない。普通の人なら紙にでも計算式を書いているだろうから、単にそれを確認するだけでいいが、今回はそうはいかない。


「はぁー……しゃーない……」


 こんなまさに時間のムダに付き合わされていることにため息をつきつつ、俺はまたしてもズルをすることにした。俺は目をつぶり、キーボードを見ないで頭の中に浮かんできた数字を再び入力していく。


『736271829096』


 いい感じのところで入力する手を止め、目を開ける。そして俺はその入力欄に書かれた数字の羅列を見てみるが、全くもってピンとこなかった。こんなんだったけなーと一抹いちまつの不安を覚えつつ、俺はエンターキーを押した。すると、なんということだろうか、またしても正解であった。ホントに説得力がまるでないな、と思いがながらもパスワードを入力したことで扉のロックが解除されたのか、何かカチッと言うような音を耳にする。


「よしっ、これで終わりだぁー! ……ってあれ?」


 ようやくこれで出られる。そう考えただけで幸せの極みだった。この狭っ苦しい空間から脱出し、外の空気を吸えるのだから。俺は伸びをしながら、その喜びを噛み締めていた。そしてふと、一緒にこの部屋に閉じ込められていたはずの同伴者のことを思い出す。やけに静かで何にも喋らないなと思い、辺りを見渡すと――


「んー……むにゃむにゃ……」


 あろうことか、机にうつ伏せになってぐっすりと眠っていらっしゃった。その寝顔はとても気持ちよさそうで、いい夢でも見ているのか時々微笑んでいたりなんかしていた。でも思うに、これは単純にこのお堅い問題たちに退屈で飽きたとかではなく、ここ最近のクリパの準備のための疲労が溜まっていたためなのかもしれない。


「しゃーない、連れてくか」


 まさかこのまま先輩を放置していくほど、俺は無慈悲なヤツではない。それにここは言ってしまえば敵地なのだ。このまま放置したら、先輩の身に危険が及ぶことは容易に想像ができる。でも起こしてしまうのは可哀相なので、俺はおんぶをして生徒会室まで運んであげることにした。もっともこの状態で階段を上れるほど俺は鍛えてはいないので、ありがたくエレベーターを使わせてもらうことにした。生徒会副会長のつくし先輩だって使っていたのだから、俺たちにだって別に使ったていいはずだよな。そんなわけで、俺はつくし先輩をかついで生徒会室へと向かっていた。その道中、窓の外から見える空の色が明らかにオレンジ色に染まっていたので、おんぶしながら時計を確認すると、時刻はもう16時を回っていた。結局のところ、あそこで1時間近くもムダな時間を過ごしていたというわけだ。タイムイズマネー。あそこに閉じ込めたヤツに奪われた時間分のお金を請求したいぐらいだよ、まったく。せかっくのクリパもろくに回れなかったし。そのイタズラした犯人をうらみつつも、なんとか生徒会室に到着し、その扉を開けた。


「あっー! 煉くん……とつくし? えっ、どうしたの?」


 そこにはりん先輩と明日美あすみがいた。凛先輩は俺を見つけるやいなや、大声を上げてそう言った。


「えーと、話せば長くなるんですけど―――」


 とりあえず抱えているつくし先輩をソファに寝かせつつ、俺はこれまでの経緯を軽く説明する。もっとも野郎共と一戦まじえたところは、俺が不利な状況におちいるため当然カットしておく。


「ふーん、だからつくしいなかったんだー」


 例の社長椅子に座っていた明日美が俺の説明を聞いて、納得したような様子でそう何度かうなずく。


「どうりでどこ探しても見つからないわけねぇー」


「そういやつくし先輩。俺に生徒会手伝わせてるの言ってないんすか?」


 そういえばそうだ。普通言ってあったとしたら、俺とつくし先輩が一緒にいても不自然ではないし、それに探さなくてもいいはずだ。


「うん、初耳だったよ」


 やはり策士つくし先輩であったか。これが本当に生徒会の手伝いをさせるためのものであれば、待ち合わせ場所がそもそも生徒会室なのだから、明日美や凛先輩たちに会う機会はあったはず。それに明日美たちはつくし先輩と一緒に行くつもりだったらしいから、まず声をかけることだろう。その際、事情を説明すればいいはずだ。それなのに、明日美たちは俺たちのことはと言った。これはもうナイショにして、俺とつくし先輩2人だけで、凛先輩たちに邪魔されないようにするためだろう。ただ、なんで2人きりになりたかったのか、こればっかりは本人に訊いみいてないとわからない。それから俺はつくし先輩を置いたまま1人で帰るのも気が引けるので、このまま生徒会室に居座ることにした。


「――そういや、俺とつくし先輩を閉じ込めた犯人って誰なんですかね?」


 つくし先輩が眠っている向かいのソファに腰掛け、ふとそんなことが気になり、犯人捜しをすることに。自分も被害者ということもあって、ちょっとムカついているのでそいつにちょっとした逆襲の意味も込めて痛い目を合わせてやろうと思った。


「ん? 別にそこらの悪ガキかなんかでしょ」


 凛先輩は特に気にも留めないようで、そんな適当なことを言う。


「でも、あのパソコンの問題結構難しかったですよ。あれは結構、ターゲットがしぼられてくると思いますけど」


「へぇー、どんな問題があったの?」


 明日美がちょっと興味ありそうなおも持ちで訊いてきたので、俺は覚えてる限りにその問題を出してみる。もっとも2問目の計算問題など、覚えているわけがないのでそれは飛ばす。のだが、意外なもので、それ以外は結構覚えていた。


「ふーん、だいぶ難易度にバラつきがあるのねー」


 そんなことを言いながら、どうやら答えがわかった様子でいる明日美。俺でも、文字とか書いたりとかしないとちょっとキツいのに……流石は明日美と言ったところだろうか。


「えっ、明日美分かったの……!?」


 方や凛先輩は全くわからなかったようで、明日美に驚いたような反応をみせる。


「うん、1問目、3問目、4問目は順に『M、S、79』でしょ?」


「正解、すげぇー……聞いただけで分かるとか」


 俺はホントに正解をいともたやすく出してきたので、少々明日美に驚いていた。


「えっ? 結構これは簡単じゃない?  最後2問はシーザー暗号が分からないし、5問目はそもそも何言ってるか分からないし、まあ6問目は大体アルタイルって予想つくけど……」


「明日美さすがは学年1位ね、世界が違うわ……」


 凛先輩は若干、引き気味でそう言った。


「えっ、ちょっと凛、なんで引いてるのよ!?」


「そりゃ、聞いただけで答えるなんて誰だって引くわ」


「えー!? だってこれ簡単に答えられない?」


 そんな四面楚歌しめんそかじょうたいに、ちょっと涙目になりながら可愛らしく同意を求める我が姉。


「そっ、そういや思ったんですけど、犯人は理系の人じゃないっすか?」


 いい加減可哀想なので、あえて話を戻して本題に入ることにした。問題を解きながらずっと思っていたこと。仕掛けたヤツの目的まではわからないけれど、この推測は間違いないだろう。


「どうして?」


「だって、問題のほとんどが理系の問題ですし、普通パーセクやライトイヤーなんて使わないっすよ」


 理系の専門用語が多すぎる。惑星の名前だったり、光年、そして原子番号。これらを覚えていて、出題できるレベルの奴らといえば、やはり理系の人間になるだろう。もっとも、その分野が好きな文系の仕業ということもなくはないけれど、もっと事態は単純に思える。


「それもそうね。あとシーザー暗号(?)も普通は使わないしね」


「それに、あれは明らかに俺たちを狙ってやってはないみたいだし」


 どちらかと言えば、無作為むさくいに閉じ込めてやろうという感じか。俺たちみたいな隠れ場所として利用しようとして、逆に出れなくなってしまうみたいな。


「んー、じゃあ誰なんだろう? …………あっ!!」


 凛先輩が何かに気づいたと同時に、明日美も同じことを気づいたようだ。なにか心当たりがある人を見つけたのだろうか。


「どうしたんですか?」


「ああ、うん、たぶんね、それ科学部の連中だと思う。ね、明日美」


「うん、科学部が作ったゲームをクリパで公開するって言ってた」


「でも、そういうのって一回生徒会を通すんじゃないの?」


「そう。その申請書が来て、生徒会の人がいろいろな面で大丈夫かどうかっていうのを確認するため一回行ってるんだけど、それが煉たちが受けたのと似たようなクイズ問題で、難しすぎるし面白くないから却下したの。多分、今回のはその仕返しだと思う」


「んじゃ、早く行かないとマズイかもよ……?」


 あの後、俺は教室を開けっぱにしたまま出てきた。ということは、今もまた誰かがうかつに入ってしまい、閉じ込められている可能性も。そうなればその科学部の連中の思うツボだ。


「うん、そうだね。煉はここにいてつくしを見てて! じゃあいこっか、凛!」


 そういって、明日美と凛先輩は早足で生徒会室を出て行った。というわけで俺はつくし先輩を見守る係に任命された。


「………とはいったのものの、暇だなぁー」


 することがない。ただ、ひたすらにテーブルを挟んで向こう側で眠っているつくし先輩を見つめる他なかった。


「すぅー………」


 気持ちよさそうな顔をしながら、先輩は規則的な寝息をする。それを俺はボケーッと見つめている。ぶっちゃけ、その寝姿は愛らしく、これはファンだったらたまらないものになることだろう。それだけ反則的に可愛い寝顔をしていた。なんというのだろうか、やはりどこか守ってあげたくなる、そんな感じを受ける。それからしばらくの間、俺は太もも肘を乗せ、頬杖をつきながらつくし先輩を眺めていた。ちなみに、それから明日美のメールで、科学部の連中はお縄についたらしい。もっとも、俺とつくし先輩以外に閉じ込められた被害者はいないらしく、結果的に未然に防ぐこととなった。なんやかんやで、俺も本当の意味で生徒会の手伝いを果たせたというわけだ。


「んん……」


 ようやく目が覚めたのか、そんな声を出しながら起き上がるつくし先輩。


「あっ、やっと起きましたね」


「ふぇ……? 」


 つくし先輩はまだ意識がはっきりしてないらしい。目をこする仕草をしながら、眠たそうにゆらゆらと船を漕いでいる。実際にはメガネをつけているため、目をこすれてはいない。その滑稽こっけいな姿に、可愛さを感じつつ、俺は先輩の元へと行きちゃんと起こしてやることにした。こういうところが男を惹きつける先輩の魅力なんだろうな、と思う。ほっとけないというか、抱きしめたくなるというか。それから俺は明日美たちが帰ってきた後、4人で下校することとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る