33話「待ちに待ったこの日」

 12月24日(金)


 今日は世間でいうところのクリスマスイブで、我が聖皇せいおう学園ではクリスマスパーティの2日目にあたる。今日は一般開放され、大勢の人がこの学園に押し寄せる。実質、クリパの3日間で今日が一番盛り上がると言っても過言ではないだろう。ということで、俺も若干テンションが上がっていて、いつもより早めに目が覚めてしまった。俺はいつものように制服に着替え、リビングへ向かう。するとちょうど、明日美あすみが朝食を並べているところだった。明日美は俺に気づいたらしく、ちょっと驚いたような表情で俺に話しかけてきた。


「あれ? 今日早いね、どうしたの?」


「や、別になんもないけど、なんか早く起きちゃったから」


「ふーん、朝食今出来たところだから、食べよっか」


「うん、なんか久しぶりだよね。一緒に食べるのって」


「まあ、煉が起きるの遅いし、私も忙しいからね」


「大変だよなーだって今日もほとんど仕事なんでしょ?」


「うん、でもこれ終わったらもう休みだし、冬休みは殆ど仕事ないから楽だからね。それに、煉が休みになったら家族サービスしてくれるんでしょ?」


 ちょっと期待するような目で俺を見つめてくる明日美。そんな期待されたって大したことはできませんよ、お姉さん。俺だって所詮はただの学生。金も権力も大して持っていないんですから。


「まあねー」


「楽しみだなー煉と一緒に出かけるのって凄い久しぶりだよね」


 明日美はまるで子供のように、楽しそうにしていた。


「そういやそうだな。この前は凛先輩とだったからな」


「ふふ、やっぱ私とデートしたかった?」


 明日美はイタズラっぽく笑ってそう言ってきた。


「うん、したかった」


 たまにはからかってくる姉を、からかい返ししてやろうと、大真面目な顔をして真剣にそう告げる。


「ふぇ……!?」


 そんなあらぬ声をあげる明日美。俺の言葉にかなり動揺しているようだ。俺はシメシメと思いながら、心の中でほくそ笑んでいた。


「なーんてな、冗談だよ、冗談」


 このままその気にさせたままでは可哀想なので、俺はちゃんと本当のことを言葉に示す。


「むぅー! お姉ちゃんをからかわない!」


 明日美はそれに可愛く怒ってみせる。自分は弟をいつも散々からかっているくせに、何か理不尽だ。でも今日は動揺している明日美も見れたことだし、よしとするか。それから俺たちは他愛もないない話でもしながら、朝食を済ませ、一緒に食器の後片付けをした後、共に学園へ行くこととなった。


「――おはよう!! れんくん、明日美!」

「――おはよー煉くん、明日美」


 いつもの並木道、そこにはりん先輩とつくし先輩が待っていた。二人は俺たちに気づいたようで凛先輩は大きく手を振っている。


「おはようございます凛先輩、つくし先輩」

「おはよう凛、つくし」


「じゃあ、いこっか」


 そういって、凛先輩はあたかも当然のように俺の腕を組んできた。


「だーかーらー凛先輩恥ずかしいからやめてくださいって!」


「えー、いいじゃん、いいじゃーん!」


「ほーら、凛、行くよー」

「凛、煉くんが困ってるよぉー」


 そんな駄々っ子の凛先輩を親のように諭す明日美とつくし先輩。


「そう、困ってますから、離れてください!」


 俺もそれに便乗し、それを止めてもらうように呼びかける。


「ちぇー、ま、しょうがないかー」


 凛先輩はまるで子供が我慢するみたく、嫌々俺から離れてくれる。なんか、こんなこと前にもあった気がする。そんなことを思いながら、俺は学園へと歩き始める。


「そういえば、煉くんは今日誰と一緒に回るの?」


 凛先輩はどこか興味アリ気に、そんなことを訊いてきた。


「いや、特に決めてないすっけど、たぶん修二辺りでしょう」


 男2人で、とは中々に華もなく、寂しいが仕方がない。ただ心配なのは、修二が他校の女子生徒にナンパしないかということ。共にいる俺も変な目でみられるし、その修二の姿は見ていて痛々しいし、できればヤメてもらいたい。


「へぇーまた木下くんは何かするのかなぁー?」


「ま、まぁー、あいつのことだからまた何かするんでしょうね」


「はぁー……あんまり仕事を増やしてほしくないなぁー」


 明日美は大きな溜め息をついてそう言った。これで1番迷惑がかかるのは、生徒会の面々だからな。


「そうだね、いろいろとめんどくさいからねぇー」


「あれって、休み潰しちゃうもんねー」


「マジっすか、それはキツイっすね…」


 今改めて思うと、修二の普段の行いは全て明日美には迷惑。つまりはすればするほど嫌われる、ということだ。アイツ、それに気づいているのだろうか。逆に素で気づいていないで、やってるんだとしたら相当オマヌケだが。そんな友人を案じながら、先輩たちはもっぱらクリパの話で盛り上がり、楽しげな会話をしながら学園へと向かった。




 SHRが終わり、それから校内放送を合図にクリパの開始となる。なのでそれまでの間、みんなはお化け屋敷の準備をしていた。今日から俺は本格的にクラスの仕事が始まり、後半の時間にお化け役をやることになっている。当然、俺はサボる気満々だ。それよか俺は遊びたい。それにお化け役の1人や2人いなくなったって変わりはしないだろう。ただ、いかにしてサボるかが重要だ。ウチには最大の敵、委員長がいる。だから彼女に見つからないように、仮に見つかって追いかけられても逃げ切れるルート取りが重要だ。それを考察しながら、準備を手伝っていると、クラスの女子が俺の方に近づいていくるのがわかった。


「煉くん、ちょっといい?」


 彼女はたしか……『石川いしかわしずか』だったはず。ただ、話したことは記憶に残らない程度に少なく、今話しかけられたのもちょっと驚いている。


「ん? どうした?」


「あのさ、今日煉くん、後半が担当だよね?」


「ああ、そうだけど、それがどうかしたか?」


「あたしたち今日、しおりちゃんと担当時間が別だから、煉くんが一緒に回ってくれない?」


 栞とは岡崎おかざきのことだろう。そう言えば、石川は岡崎と仲が良かったか。確か転校してきた初日も一緒に昼してたっけ。


「は? なんで俺?」


 話に繋がりが見えず、疑問符が浮かぶ。まず石川と岡崎が時間が別で、一緒に回れないはわかる。だが、なぜ岡崎と時間が一緒な俺が一緒に回る相手になったのか。岡崎とは失礼だが、さほど仲良くもない。隣同士でも、たいして会話もしないし。だから俺が選ばれたことが不思議でしょうがなかった。


「いいじゃん、他の女子に頼むのは悪いし、1人だと危ないし、煉くんが一番安心だから」


 クラスメイトから謎の信頼を受けている俺だった。それでもやはり俺である理由にはなっていない気がする。それだったら他の女子でも条件は同じなはず。むしろ、だからこそ更に安全なはず。そもそも他の女子に『頼むのは悪い』ってなんだよ。


「別にいいけど、本人は大丈夫なの?」


 もっとも、岡崎と回るのが嫌というわけではない。女子と肩を並べて一緒に回るというのは、それこそ華があっていいだろう。でも、それが本人から直接ではなく友達から、というのもなんか引っかかる。


「うん、大丈夫、だからお願いね」


「お、おう……」


 大丈夫というのなら、これ以上言及するまい。ただその理由ならば、委員長にでも言って時間を変えてもらえばいいのに。アイツはそんな融通の利かない人間じゃないし、岡崎もまだここに来て間もないのだから、それぐらいは許してくれるだろう。そんな不思議な約束に、疑問を覚えつつ、作業を進めていると校内放送が始まった。いよいよクリパの本番が始まりを告げるのだ。

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