10話「クリパの準備」

 学園に着くころにはもう10時をまわっていた。俺はダルさを感じながらも、教室へと入った。入って、クラスメイトたちが俺の存在を確認するやいなや、みんないかり気味で俺を見つめてくる。


「おっ、来たな。遅いぞ」

「煉くん、おそーい」

「おそーい!!」


 修二しゅうじ汐月しおつき、あげくには他のクラスメイト全員ぐらいにそんなことを言われてしまう。


「すまん、すまんすっかり忘れてたわ」


 俺は頭に手を当てながら、軽く謝った。


「さ、秋山あきやまくんも来たことだし、さっさと今日のノルマ終わらせましょ! 秋山くんは木下きのしたくんたちのところへ行って、それから――」


 委員長は早速、委員長節を発揮し、的確にみんなを指揮し始める。俺はその指示に相槌を打ちながら、セットの組み立てをしてる修二のところへと向かった。


「修二、ちょっと来い」


 そして手伝う前に、ちょうどタイミングもよかったので俺は早速、今日の面倒事を運んできやがった修二に一言文句を言ってやることにした。俺は少し怒ったような口ぶりでヤツを誘うのだが、


「ん? どうした?」


 その誘われた本人は全くもって何のことだが自覚がないようである。呑気な間抜け面して俺の元へと寄ってくる。そのせいでさっきの怒りがさらに増していくのを感じながらも、


「なんでクラスメイトに電話番号教えたんだよ!」


 その怒りを修二へとぶつけた。ただし、これで大声を出して委員長のお叱りを食らうというのはしゃくなので、なるべく小声で修二を問い詰めていく。


「あぁーすまん! やー委員長に教えたらさ、他の女子たちがさ『私たちも教えてー!!』っていってくるんだぜー?  あれは、断れねぇーよ」


 そんな理由で教えてしまったのか。さらに腹が立ってくる。しかもコイツの顔がまるで反省する気のないのも、さらに俺をムカつかせてくる。もちろんコイツが女の子に弱いのは重々承知している。でもそれで俺が迷惑をこうむることになるのはマジ勘弁。


「お前そういうことすると、どうなるか分かってんだろ?」


「たぶん、ファンクラブ全員に番号が回り、常に電話が鳴り続けるだろうな」


「はぁー……電話番号変えるのにどれだけ大変か知ってんの?」


 事の重大さを分かっているのにも関わらず、あっさりと教えやがった修二にもはや怒りを通りこして呆れていた。ちょっとは人の身にもなってほしいものである。


「あぁーそうか。そのたぐいの店この島にないからなぁー」


 一昔前の都会。そう言われたビル街にすらその店がないという有様だ。だから相模島の住民は本土までわざわざこれだけのために行かなければならないのだ。不便ったりゃありゃしない。そのせいでこの島では本校生以上でなければ携帯は持つことが出来ない。1人で行って事故にでも巻き込まれた、なんてあったら大変だから。そんなルール作るぐらいなら、まずこっちに店を作ってくれって話なんだが、まあここであれこれ言ってもしょうがない。


「そう、だからわざわざ東京まで船に乗って行かないとなんだぜ」


 それに乗るのにだってタダじゃないのだから。ただでさえ財布の紐を固く締めておきたいこの時期なのだから、ホント迷惑極まりないのだ。


「大変だよな、片道だけでもかなり時間かかるからな」


 それに修二の言うように時間だってかかる。このご時世に船に乗って本土まで行かなきゃいけないんだから。時間は無駄に浪費してしまうし、疲労もたまる。


「高速船で2時間だもんなぁ……あっ!」


 でもそんな中で俺は妙案を思いついてしまった。時間を浪費して、金を使ってでもこの案は十分にやる価値がありそうだ。むしろ修二が他のやつらに電話番号を教えたことが功を奏すかもしれない。


「どうした?」


「いやなにも。それよりさっさと終わらせようぜ」


「お、おう。そうだな……」


 とにかくまずは昼休み、それを迎えるまでは必死になって仕事をしよう。みんなにも、もちろん修二にも当然委員長にも怪しまれてはこの作戦はうまくはいかない。ちょっとでも嗅ぎつけられると、特に委員長は必死になって俺を引き戻そうとするだろうから。そのためにも、今ここは辛いが頑張って準備を続けよう。それから昼休みになったら、後は昼飯を買いに行くフリをして船乗り場まで行き、本土へ行ってクリパの準備をサボってしまえばいいのだ。最速で行けば夕飯までには帰ってはこれるだろう。それが終わった後にでも、仲間内だけにメールか何かで電話番号を送り『他の誰にも教えない』もしくは『教えるにしても俺の了承を得ること』このどちらかを守るように付け加えておけば、今日みたいなことにはならないだろう。修二に関しては……まあこれでなんとかなるヤツではないとは思うが、キツく言っておけば大丈夫だろう。クリパの準備もサボれて、密かに電話番号も変えられる。まさに一石二鳥だ。自分で考え出した妙案に、我ながら感心しつつ俺は昼休みまであくまでも真面目に準備を続けたのであった。


「――みんな、そろそろ休憩に入っていいわよ」


 そして時は来た。委員長の合図と共に昼休憩となる。みんなは各々、自分の弁当を食べたり、買ってきたパンなどを食べたりと、それぞれのお昼のひと時を過ごしていた。俺はもちろんここから逃げるため、まず修二たちには『昼飯を買いに行く』と告げ、生徒玄関へと向かった。ここで誰かが『一緒に行く』なんてことがあったらちょっと面倒になるな、と思っていのだが運良くそれは免れたようだ。後は忍者のようにしてコソコソと学園から抜け出せれば、ミッションコンプリートだ。周りに十二分に警戒しながらも、そそくさと下の階へと降りていき、さあいよいよ生徒玄関前に着いた……と思った矢先。


「うぁれぇー? 秋山くん、こんなところでなにしてるのかしらぁー?」


 この状況下で誰よりも会いたくなかった人物が狙いすましたかのようなタイミングで登場する。ウチの委員長だ。明らかに俺をツケてましたと言わんばかりの登場と、その口調のわざとらしさ。ヤツめ、俺の考えを読んでやがったか。


「ん? いや、これから近くのコンビニまで昼飯買いに行こうと思ってさー」


 態度や話し方で勘ぐられてしまわれないように、俺はあくまでも普通に委員長に接する。委員長も朝の一件で俺に昼飯がないことぐらいは知っているだろう。そして今日は休日で購買も学食もやっていない。だからこれは至極普通な答えなはず。


「ふーん、逃げちゃダメだからねぇー?」


 どこまでも俺のことを疑っている顔だった。やはり俺のこと一切信じてないな、コイツ。だから探りを入れに来たってところか。


「んなこと、するわけないだろう?」


 俺はあくまでも冷静に、自然体で委員長に接する。ここでちょっとでもスキを見せては、そこにつけこまれるのがオチだ。彼女もバカではない。騙しきるのにもそう一筋縄ではいかないのだ。


「んー……あっ、そうだ! せっかくだから私もついて行ってあげる!」


 いいことを思いついたみたいな表情をしかと思うと、満面の笑みでそんな頭を抱えたくなるような一番最悪な言葉を言ってくる委員長。普通なら女の子と2人きりで肩を並べてコンビニなんて、ちょっとドキドキするようなシチュエーションだが、今の俺にはまったくもって嬉しくない。しかも委員長のその笑顔、確実に笑っていない。心の奥底のドス黒いものが見え隠れしている。その目に至ってはもういよいよ獲物を狙う狩人みたいな、そんな恐ろしい目をしている。


「はぁ?」


 自ら見張り役に買って出ようってわけか。考えたな。これをすれば流石に俺も悪さはできないと思っているわけだ。まさにその思惑通りだ。これじゃ、今からやろうとしていることは実行できない。でももう既に船の時間がもしかするとそこまで迫っているかもしれない。オチオチ考えている暇などないのだ。何としてでも早くこの場を切り抜けなくては。


「……そんなに俺信用できない?」


「できない」


 委員長は俺の質問に当たり前のように即答してきやがった。これはもう何を言ってもムダなようだ。何が何でもサボらせないという強い意志を感じる。


「はぁー……じゃあいいよ、ついてくれば」


 もうどうにも策がなくなったので、船着き場で裏切ってやることにした。時間が間に合わないと困るし、さっさと行こう。そう決意し、俺は淡々と船乗り場の場所まで歩き始める。当然のように後ろにはまるでストーカーみたいに俺の後を委員長がついてくる。


「――ねぇーコンビニってあっちの方角でしょ?」


 少し歩くと、委員長は聖皇せいおうの学生が普段使うであろうコンビニの方角を指さしながらそう言った。生憎あいにく、船乗り場とコンビニは真逆の方向にある。こういう時には俺の幸運体質は発揮されないみたいだ。昨日はあんなにかっこよくロイヤル出してドヤってたのに、肝心な時には使えないんだから。


「違うコンビニに行くのっ」


「ふーん、どうせこのままどっか遊びにいくんでしょ」


 怪訝そうな顔をしながら、俺に悪態をつく委員長。委員長は俺をなんだと思っているのだろうか。日頃の行いから信頼がないとはいえ、いくらなんでも酷すぎないか。まあ、実際言っていることはだいたいあってるんだけど。


「なわけないだろ!」


 俺はあくまでも嘘をつき続ける。もうここまで来たら後には引けない。信念を貫くまでだ。そんな決意で俺は船乗り場を目指し、しばらくしてその目的地に辿り着いた。


「むうー!」


 後ろでまるで犬が威嚇いかくするみたにうなっている委員長はほっといて、俺は時刻表を確認する。なんとちょうど運良く、あと数分で船が出る便があった。これはラッキーと思い、俺は船のチケットを買いに行く。


「あーやっぱり逃げるんだ、サイテー!」


 もう声からしてガチで怒っているらしい委員長。だが、俺はそんなところでひるむようなやわな男じゃない。むしろこんなところでビビって引いたら男がすたるってもんだ。


「しょうがないだろ、あのが電話番号クラスメイトに教えちゃったんだから」


「はぁー……しょうがないわねぇーわかった、罰として私もついて行く」


 委員長はため息をつきながらやれやれといった感じで、そんなことを言ってきやがった。


「はぁ!? なんで」


 こいつは正気か、東京までついてくるなんて、いくらなんでもしつこすぎるぞ。それにそれはもはや罰じゃない『拷問』だ。


「東京行って、悪いことしないように見張ってるから、ちなみに代金は秋山くん持ちね」


「いや、そんなことしないし……」


 俺はただ携帯の番号を変えに行くだけなんだが……それ以外なんかしたいことも特にはないし。それになぜ俺が委員長の分まで代金を支払わなきゃいかんのだ。ただでさえ、クリパ前でお金貯めて置かなきゃいかんこの時期に、そんなムダな出費を。


「それに帰ったら、たっーぷりと仕事やってもらうからね!!」


「えぇー……マジかよぉー……」


 俺は絶望しながらも、船が来るのを待った。結局、委員長の代金も俺が支払うことになった。今日はツイてるんだか、そうじゃないのかわからん日だ。そんなことを考えていると高速船が出るというアナウンスが流れた。それに従い、俺たちは高速船に乗り、東京へと向かった。東京では委員長がいたため、寄り道せずすぐさま店へ行き、さっさと番号を変えてもらった。ただそれからの道中、何度か道行く女性にナンパされてしまい、そのせいでちょっとだけ時間がかかってしまった。その際、どういうわけか委員長がイラついたような素振りで俺に当たってきた。そしてそれをなだめるのにまた時間がかかり、結局急いで船着き場に行ったからなんとか予定の時刻には間に合ったものの、なんともどっぷりと疲れが溜まってしまった1日となってしまった。

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