9話「休日の朝」
12月18日(土)
「……きて……さいってば」
今日は休日。なので俺はいつものように
「起きなさあーーいッ!!!」
そんな俺の願いも届かず、そいつは急に俺の耳元で声を荒らげ、俺を無理矢理に叩き起こしにきやがった。
「うわぁっ!? なんだ、なんだ!?」
その大声にあまりにもビックリしすぎて、俺は思わず飛び上がる。状況確認のために辺りを見渡すと、そこにはいつもみたく
「もう
やり遂げたような顔をした『委員長』つまり、『
「い、いいんちょッ!? お前がなんでここに!?」
訳がわからないことが多すぎて、状況がうまく飲み込めず頭がパニックでパンクしそうになっていた。
「秋山くんがいつまでたっても学園に来ないからでしょ!!」
俺にはわかる、彼女が明らかに怒っていることが。その顔が徐々に徐々にいつもの鬼へと変化していっているから。でも、俺にはその怒っている理由も、発している言葉の意味も理解できなかった。これは決して寝ぼけているからではない。眠気なんてあのバカみたいにでかい声のせいで、とっくの昔にどこかへ吹き飛んでいってしまっている。なのにも関わらずだ。俺は彼女の言っている意味がわからない。
「学園? 今日は土曜日だろ」
たしかに部屋の時計をみると時刻はもう9時を回っていた。これが平日ならエラい大遅刻になっていただろう。でも、今日は土曜日だ。土曜日に学校があったのなんてもはや遥か昔のこと、歴史の教科書に出てくるレベルの話なのだ。今となっては、土曜日は学生は休日なのが当然。だから今日ももちろん休みであっているはずなのだが……コイツ気でも狂ったのだろうか。
「はぁー……もう忘れてる……今日はクリパの準備のために学園に来てって言ったでしょ!」
状況をいまいち理解出来ていない俺に、大きなため息をつきながらうんざりとした感じでそう理由を説明する。
「あれ、そうだっけ? でもさ、わざわざ家にまで来ることないじゃん」
そうは言われても正直、全く記憶になかった。おそらくその話を聞いて3歩ぐらいで忘れたんだろう。だとしてもだ、何もわざわざ家にまで来ることはなかろうに。むしろそのままスルーして、俺を欠席扱いにしてくれればよかったのに。
「いっくら携帯に電話してもでないからでしょ!!」
そう言われ、俺は携帯の着信履歴を見てみると、修二とクラスの男子たち、そして意味がわからないのは電話帳に登録していない誰かからわからない電話番号が溢れかえるほど来ていたのだ。たぶんこの最新から数十件は同じ番号なので、委員長のものだろう。だがその前の、登録されていない番号は結構な種類があった。普通に考えて、みんな土曜日の学園も平日と変わらない時間に登校しているだろうから、俺がいないことに気づいたのがだいたい9時前だろう。だとしたら、その短時間でこれだけの量の知らない人からの電話が来たということになる。それに俺は背筋が凍るような思いになった。いくらなんでも怖すぎるだろう。イタ電ってレベルじゃねーぞ。
「うへー……なんだこれ。てかさ、なんで委員長は俺の番号知ってんの?」
俺の記憶が正しければ、教えた覚えはない。誰かから教えてもらっていたとしても、こいつの真面目な性格からすれば、俺に了承を取ってくるだろう。だからたぶん、今日知ったというのが俺の予想で、おそらく俺の予想が正しければ、教えたのは――
「ああー、
ですよねーやっぱアイツの仕業だったか。こんなこと、前にもあったよな。たしか、アイツが勝手に俺の電話番号を俺に気がある子に教えちゃって、それがファンクラブの会員みんなに行き渡ったってやつ。アレもひどかったなぁー……1日中携帯鳴りっぱなしだったし。結局最後には電源切って、後日番号変えたけど。
「はぁー……それにしてもさ、家に電話すればいいじゃん」
家にかければ、そんな面倒なことにはならないし、そもそも家には明日美がいる。先生にでも訊けば、家電ぐらいなら教えてくれるだろう。事情も事情だしな。んでかかってきたら、明日美が起こしてくれるってパターンになるだろうに。
「それもしたわよ、でも誰も出ないんだもん」
「えっ? 明日美は?」
「家に来た時はもういなかったわよ」
「じゃあ、なんで家に入れたの? 鍵は?」
「かかってなかったわよ、無用心ねぇー」
明日美が鍵かけていかないなんてありえないから、多分俺がいるからかけなかったんだろう。明日美が家にいないということは、生徒会か。じゃあ、こういう事態になるのも仕方がないのか。
「あっ、てか、お前これ立派な不方侵入――」
「うるさい! 早く着替えなさい!」
理不尽だ。まあ、引っ張りだしたいがために仕方がなくやったんだろうし、俺は別にこいつを信頼しているからいいけど、都合が悪いからって『うるさい』で済ませるのはどうかと思うぞ、委員長。そんなことを思いながら着替えないでいると、痺れを切らした委員長は俺の掛け布団を剥ぎ取りやがった。二度寝させず、意地でも行かせるつもりだな。そもそもあいつの大声のせいで、完全に意識が覚醒しているから、二度寝する気はさらさらなかったけど。でも、もういよいよこうなったらどうしようもない。俺は委員長の言う通りに、着替えを始める。
「ッ!? ちょっと、何してんのよ!?」
制服に着替えるためにズボンを脱ぎだすと、途端に委員長は顔を赤らめて、掛け布団にくるまり、背を向けてしまった。なんか、理不尽すぎるぅー……着替えろって言ったのは君だよ、委員長。もちろん委員長だって普通の女の子。ちょっとウブすぎるとは思うが、そういうのは気になるのか。
「あー悪い悪い。終わるまで部屋の外で待っててもらっていいか?」
「えっ、ええ、わわ、わかった!」
あからさまに動揺しながら、掛け布団を被ったまま部屋の外へと出ていってしまった。珍しく『逃げるなよ』的なことを言わなかった委員長。動揺していたみたいだししょうがないか。掛け布団の方は……後で回収するか。ただ不可抗力とはいえ、異性の掛け布団を被るってどうなんだろう。あまり言及しないほうがいいな、委員長だと怒りそうだし。それから俺はさっさと制服に着替えて、委員長を呼びに行くことにした。
「委員長、終わったぞ」
「……秋山くんバカ……デリカシー無さすぎ……」
まだ委員長は顔を赤らめたまま、小さな声でそう言いながら部屋へと戻ってくる。そして俺の掛け布団を、何も言わずに差し出してくる。なんか新鮮な一面を見れて、ちょっと眼福な俺がいた。普段じゃ、まあまず見ることはない風景だから。俺はそれを受け取って、ベッドの方へと放り投げた。
「さ、さあ、いきましょう!!」
「はいはい…………」
てなわけで、俺は休日に学園へと向かうこととなってしまった。なぜクリパごときに休日を潰さなきゃならんのか。それにもう時刻は10時前、着く頃にはもっと遅くなるだろう。わざわざ俺の家にまで来て、叩き起こす意味ははたしてあったのだろうか。
「――なあ、委員長。聞きたいことあるんだけど」
学園へと向かう中、俺は委員長にあることを訊いてみる。
「なに?」
委員長はもう落ち着いたのか、普段のそれを取り戻していた。
「そんなに俺必要か? 俺を連れ出して来る間にいろいろできると思うんだけど」
俺1人いないぐらいどうってことはないだろう。そもそも準備中だって、ふざけて遊んでいるやつだっているじゃないか。よっぽどそいつらを働かせた方が早いと思う。それに、この呼びに行っている間に委員長という指揮官、いや鬼教官はいなくなるのだから、あっちは遊びたい放題。余計に俺を連れ出す意味がないと思うけれど。
「秋山くんは学年委員でしょ、つまりクリパ実行委員でもあるの、だから」
「ああ、そういう」
つくづく学年委員をやらされたことを後悔するしかない。何かにつけて『学年委員だから』だもんな。ああー誰か変わってくれないかなぁー……そんな淡い願望を抱きながら、俺は気だるそうに通学路を歩く。
「ほーら、シャキッとする!!」
そんな姿をみてか、俺の背中を強めに叩き、そんなことを言う。お母さんじゃないんだからさ。
「はいはい…………」
てなわけで、俺は気が乗らないながらも、委員長と一緒に学園へと向かうことにした。
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