5話「厄介事」

 お腹のすく4限目が終わりを告げ、みんなにとっては待ちに待った昼休みがやってきた。いよいよ来てしまった、この時が。俺は気が乗らないことこの上ないが、しょうがないので行くことにする。ただ、この学園の生徒会室は最上階の6階にある。だから階段を上り降りするのが、非常に面倒なのだ。だからホントはあまり推奨されていないが、エレベーターに乗って行くことにした。これが学年委員の唯一の特権と言ってもいいだろう。全ての扉のパスワードが書かれた紙を配布されているから、エレベーターのそれも知っている。なので学年委員や、その他パスワードを知っているものは生徒でも利用できてしまうのだ。もっともこの問題は先生方も認識しているようで、とりあえずエレベーターに関しては悪用しなければ、黙認している様子。そんなわけで、俺は文明の利器を使って生徒会室へと向かった。


「あーあ、入りたくねーな」


 りん先輩よ、どうかいないでくれ。正直、今はそんなことに付き合っている気分じゃない。そんな祈るような気持ちで、俺は一応ドアをノックしてから、生徒会室の扉を開ける。


「失礼しまーす」


 凛先輩が飛びついてくるかとちょっと身構えてはいたが、結果は予想外で、中には明日美あすみ以外は誰もいなかった。


「おっ、来たね」


 久しぶりに入った生徒会室はやはり異常そのもので、まるで校長室かと疑うレベルの部屋の造りになっている。まず明日美が座っている机、異常にでかくそれこそ会社の社長室にありそうな机。そして座っている椅子も社長椅子みたいなもの。しかもその明日美の後ろはガラス張りで、外にはベランダみたいな出られる空間がある。さらにさらに、その明日美の前方には長テーブルと、広いソファが両脇に2つ。もうこれ教室じゃないよ。


「あれ? 凛先輩は?」


 そんな生徒会室に圧倒されながらも、俺は辺りを見渡しながらあの凛先輩を探す。だが全くどこからも抱きついてくる者はおらず、人影のようなものもなかった。


「あぁー凛なら今仕事中でいないよ」


「よかったぁー……」


 俺はその明日美の言葉に、ホッと胸をなでおろす。まさに運がよかった、というべきだろう。


「へぇーそんなこといっていいのかなぁー? 凛に言っちゃうよー?」


 明日美は悪そうな顔をして、イタズラっぽくそんなことを言ってくる。なんか今日の明日美はいつになく、俺といると楽しそうだった。


「絶対に言うな!!」


「ふふ、分かってるわよ」


 だいたい、言ったらなにされるかわかったもんじゃない。おっと、あんまり長居してても彼女が戻ってくる危険性を増やすだけだ。さっさと用件を聞いて自分の教室に戻ろう。心臓に悪い。


「そんなことより用件は?」


「ああーごめん、忘れてた。今日の放課後にね、運動部と文化部と対決してほしいの」


「は? なんで?」


 明日美の言っている意味がまるでわからなかった。なぜ俺が、どうして、何のために対決しなければならないのか。しかもそれを今日の、当日の昼に頼んでくるのか。色々と疑問が浮かんでくるが、明日美のその言葉はそれらを全て無視した内容だった。


「いやー予算が余っちゃってさーそれを運動部に寄付しようとしたら、文化部も『予算がほしい』なんて言うから、その中から一つだけ選ぶのが難しくて……」


「ははーん、だから俺と対決させて勝ったら予算がもらえるっていう魂胆こんたんでしょ? つーか、それでもなんで俺なの?」


 明日美の事情説明が入ったことで、俺は大体わかった。ただ言ってしまえば生徒会とは無縁の部外者であるこの俺がその重要な役割をになわされているのか。そんな疑問が次に湧いてくる。


れん、運動得意じゃん。それに煉だったら絶対勝つし」


「ねぇ、明日美、ホントは予算寄付する気ないでしょ?」


 その言葉で、俺は明日美の思惑が読めた。俺を選んでいる時点で、端っから渡す気ないな。つまり運動部や文化部もほしいと思っているなら、もまたほしいと思っているわけだ。そのためには、他の部を全員負かさなければならない。


「あっ、分かった?」


 そんなまるで悪魔のような笑顔を見せてくる生徒会長。果たしてこの人は全生徒の手本となるような存在なのだろうか。私利私欲のためにそんなズルをするなんて、相当なワルだぞこいつ。


「そりゃ、分かるわ。なあ、かったるいからパスってのは……?」


 俺はあまりノリ気じゃなかった。もちろん姉にこき使われるのが嫌だからというのもあるけれど、ただ純粋にその対決とやらが面倒なのだ。この学園には運動部だけでもかなりの数があるのに、文化部までも対象なんてアホほど時間がかかるに決まってる。帰りも昨日みたいに遅くなるし、俺の純粋な自由な時間が奪われるのはなんか嫌だった。


「ダメだよ! もう各部活に伝えちゃったんだから!」


「はぁ!? マジで!? 俺に選択権ねぇーじゃんか……」


「だからがんばってね!!」


 満面の笑みで、俺のことを応援してくれる明日美。だが、その応援はぶっちゃけあまり嬉しくない。もはやそれは、悪女の微笑みにしか見えなかった。


「でっ、でもさバレーとか多人数前提のスポーツってどうすんの? 俺一人じゃん」


 俺はそれでも引き下がらずに、最後の抵抗として人数の問題を提案した。サッカーや野球なんかはルール次第でまだ1人でもなんとかなるけれど、バレーとかはどうにもならないだろう。1対複数人なんて、それもうただのリンチじゃん。


「あっ……ま、そこはがんばって!!」


 どうやら明日美らしくなく、そこまでは考えていなかったみたいである。なんて無責任な姉なんだろうか。少しはそれに振り回される弟の身にもなってほしいものだ。


「はぁー……じゃあさ、ひとつだけ約束して」


 そんな姉に呆れつつも、俺はやるのであれば最低限、悪あがきをしてみることにした。やはりやるからには報酬は大事だろう。


「うん、いいよ」


「もし全部の部活に勝ったら、何かご褒美ちょうだい」


 そもそも部活動の連中は勝てば報酬があるというのに、俺は何もなしなのでは不平等だ。せめてそのご褒美のためと思えば、なんとか乗り切れるかもしれない。あの明日美のことだ。まともなご褒美になることは違いない。


「ふふふ、分かった、考えとくね」


「よし、じゃあこれで用は終わったね、俺戻るわ」


「うん、じゃ、また放課後ねー!」


 悪魔の笑顔を浮かべる姉に見送られながら、凛先輩が戻ってこないうちにそそくさと生徒会室を後にし、教室へと戻る。そして俺は食べていなかった弁当を早速食べ始める。すると、興味津々な顔をした修二しゅうじが俺の元へとやってきた。


「なんだった?」


 そんなに気になることかね、などと思いながらも俺は箸を止めずに昼食を食べていた。


「なんか、放課後に運動部とかと対決するんだって」


 そして物を飲み込んだところで、さっきのことをざっくりと説明する。


「はぁ? なんでお前が?」


「なんか予算が余ったから、それをどの部活に寄付するかをそれで決めるらしいよ」


「運動部たち勝ち目ないだろ お前相手じゃ……」


「そうか? 俺が圧倒的に不利だと思うが」


 人数の問題もさることながら、一番の問題点は俺の体力であろう。部活チームは1回の対決で終わりだが、俺はそれが何十回と続くのだ。体力はどんどんと削られていき、最後の方ははたしてどうなってしまうのか。考えたくもない。


「まあ、1人ってのが痛いな」


「あっ、そうだ! 修二さ、1人じゃ絶対にできない部活の対決手伝えよ!」


 なんだかんだいっても、こいつは元バスケ部員なので、運動はかなり得意な奴だ。こいつがいればなんとかなるかもしれない。それにこいつとの付き合いも長いから、コンビネーションとかも大丈夫だろうし。


「うっわ、そうきたか……」


 修二は俺の言葉に、あからさまに嫌そうな顔をしていた。まあ普通はそうだろう。そんな面倒っちぃこと好き好んでやりたくない。正直、俺だって嫌々引き受けたもんだし。


「頼むッ!」


 だが俺はここでは食い下がらず珍しく修二に手を合わせて、懇願こんがんする。ここは何としてでも助っ人に参加してもらう他なかった。この企画の運営側は全くもってアテにならないのだから、俺独自で対抗策を作っていくしかないわけだ。となると、修二という存在は俺にとってとても助かる存在なのだ。なんとしてでも、ここは参加してもらいたかった。


「まあいいけどさ……」


 ホント都合がいいやつかもだけど、やっぱこういう時に持つべきものは友だよなぁ。と俺はしみじみと実感した。


「よっしゃ! じゃあさ、後お前のコネ使って、この勝負に関係ない運動できるやつ集めてきて。バレー系統はキッツいもんあるから」


「おう、わかったよ。任せとけ」


「うっし、これでなんとかなるー!」


 修二の参戦で、俺は勝利を確信しつつ、残った弁当を完食した。腹ごしらえしとかないと、たぶんもたなくなるかもだしね。それから俺は修二と軽い作戦会議のようなものをしつつ、昼下がりの時を過ごしていた。

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