4話「見に覚えのない呼び出し」

 12月17日(金)


 今日はこの時期にしては珍しく、晴れていた。窓からは明るい日差しが差し込んで、その陽の光によって俺は目を覚ました。


「ふぁああー……」


 伸びをしながら大きく欠伸をする。昨日早めに寝たおかげか、今日は俺にしては珍しく早く起きることで出来た。


「さてっ、起きるか」


 二度寝をするような気分でもないし、何より陽の光によって俺の意識が完全に覚醒していた。それにたまには早く起きてみるのもいいだろう。『早起きは三文の徳』なんて言葉もあるぐらいだし。とはいっても所詮しょせんは三文程度なんだけれど。そんなことを思いながら、俺は制服に着替え、下の洗面台へと向かった。


「おっ、おはようれん


 洗面台には先客がいた、明日美あすみだ。既に明日美は制服姿で、しかもその手にはもうカバンが握られていた。もう先に朝食を済ませてしまったのだろうか。


「おはよう、明日美」


「今日は珍しく、早起きだね」


 いつもは明日美に起こされている身だからだろう、明日美は珍しそうにそんなことを言う。


「まあ、昨日早めに寝たからねーそのおかげかも」


「そっかーいつもこうだとありがたいんだけどなぁー」


 明らかにそうしてくれと言わんばかりの顔で、俺を見つめてくる。まあ、明日美からすれば毎日毎日俺を起こしにくるのは大変だろう。俺にもちょっとは明日美に申し訳ないと思う気持ちはある。でも、残念ながら俺は朝に非常に弱いのだ。起きられないのはしょうがない事なのだ。だからそれは叶わぬ願いだろう。


「いや、朝弱いんでムリです」


「だよねー……別にもう慣れたし、いいけどね。あっ、そうだ、今日は生徒会で忙しいから私先行くね。朝ご飯はもう作ってあるから」


 カバンを持っていたところから想像した通り、明日美は先に出るようだ。俺からすればクリパなんてまだまだ先の話だと思っているけど、生徒会の人たちはもう今日から早出して準備をしなければならないみたいだ。ホント、つくづく俺じゃ到底つとまらない仕事だと痛感させられる。


「了解、それにしても大変だねー」


「まあ、自分で望んだことだからね。それにわりと楽しいしよ?」


「明日美がそう感じてるならいいけど。あっ、そうだ。じゃあ見送るよ」


「あっ、そう? ありがとっ」


 俺のその言葉に露骨に嬉しそうな顔をして、明日美は洗面台を後にする。弟に見送られるだけなのに、どこがそんなに嬉しいんだか。そんな疑問を抱きつつ、明日美に続くようにして俺も玄関先へと向かう。


「じゃあ、いってきます! 戸締まりしっかりね」


「あいあい、いってらっしゃーい。気をつけてねー」


 そんな会話をしながら俺は手を振り、明日美が学園へと向かうのを見送った。それから俺はいつものルーチンワークのように顔を洗い、そしてリビングで朝食を1人寂しくとる。こういうことは明日美が生徒会の仕事等でよくある。でも、未だに1人での食事には慣れない俺だった。やっぱり1人というのはちょっと寂しい。いつもなら明日美との楽しい会話があるから。


「やることねーな……」


 朝食が終わり、片付け等も全て終わってしまい、いよいよやることがなくなった。でもまだ登校するには時間が早い。いつも早起きしている人はこういう時間をうまく使って何かしているのだろうけれど、俺は如何せんたまたま早くに起きれた人。だからこういう時に何をすればいいのか、思いつかなかった。


「しゃーない……もう行くか」


 このまま時間を持て余していてもしょうがない。いつもより早いけど学園へ向かうことにした。玄関を出て、明日美に言われた通りに鍵をしっかりとかける。この島でそんな空き巣みたいな事件が起こることなんて天文学的な確率だろうけれど、念の為。そして寒空の下、俺は震えながら学園へと向かっていく。やはりまだ時間が早いということもあってか、当然いつも会うような面子めんつとも会うこともなく、結局最後まで1人で登校することになってしまった。いつもなら並木道で誰かに会いそうなものなのだがそれもなく、ホント今日は朝っぱらからとことん1人であった。だからといって、朝っぱらからこんなネガティブになってはいけない。せっかくの晴れた清々しい朝なのだから。そんなポジティブなことを自分に言い聞かせ、俺は靴を履き替え、階段を上って教室へと向かった。


「――あっ、おはよう、煉くん」


 教室に入ると、ポツンと汐月しおつきだけが席に座って本を読んでいた。俺に気づいたようで、明るい笑顔で挨拶をしてくる。


「おはよう、汐月。汐月はいつもこんな早くに来てるの?」


「うん、私結構朝型で早めに起きるだけど、結局家にいてもやることなくなっちゃうから。それにしても煉くん、今日早いね。いつもはもっと遅いのに」


「ああ、まあたいした理由はないよ。汐月の理由と一緒」


「そっか」


 汐月はそう言うと、自分の読書へと戻った。俺の方はその邪魔をしてはいけないと、適当に邪魔しない程度に携帯でもいじっていた。そんなことをしていると、1人、また1人と徐々にクラスメイトが登校していくる。そしてそれからしばらくすると、ようやく修二がやってきた。それで気づくことは、やっぱり修二や俺が登校する時間ってのは結構遅いんだなと実感する。もう後、数分もすればチャイムが鳴る時間だし。それから俺は修二といつものようにくだらない話でもしながら、先生が来るのを待っていた。


「――席についてー」


 先生がいつものように、チャイムが鳴ると同時ぐらいでやってきて、いつものように同じ言葉を発する。そしてみんなが席に着いたところで、朝会が始まった。先生はいつものごとく出欠と今日の予定などを話していた。ちなみに欠席していた俺の隣人さんは一番後ろの席へ左遷させんさせられたようだ。たぶん昨日まではなかった席が1つ増えているあたり、端っからそうするつもりだったのだろう。でも改めて、なぜ岡崎おかざきを俺の隣にしたのだろうか。たまたまと言えばそれまでだが、だったら岡崎をその後ろの席にすればよかったはずだ。別に俺は岡崎が隣なのが嫌だとかそういうわけじゃないけれど、何か違和感の残るやり方だった。そんなことを思っていると、先生が俺の名前を呼ぶ。


「秋山は今日、昼休み生徒会室に行くように。以上でSHRを終わります」


 俺はそんな唐突な呼び出しに戸惑ってしまう。生徒会室に、しかもその用件に全く触れられずに言われれば、そりゃ誰だって困惑するだろう。おそらく教員室でない辺り、明日美か凛先輩、ないしはつくし先輩のいずれかが俺に用があるのだろう。でも先生を使ってこのSHRで言うほどの用件とははたして一体。んーむ、ますます謎だ。


「――おい、煉。なにやらかしたんだよ」


 朝会が終わると共に、修二は悪そうな顔をして俺にそう話しかけてきた。


「なんもやってねーよ」


 というかやっているわけがない。俺が何かをしでかせば、それは明日美にも迷惑がかかる。だからある程度は自重しなければならない。そんな呼び出されるほどの大事おおごとなんて、やらかすわけがない。


「じゃあ、なんでお前が生徒会に呼ばれるんだよ?」


「知らね、つーかこっちが知りてーよ」


 マジでこっちが知りたい。軽い用件ならメールでもなんでも方法はあるんだし、それ相応の用件なのだろう。だが如何せん思い当たる節がまるでない。


「んー……あっ! 弁当忘れたとか?」


 考えるような仕草をして、そんな的はずれな答えを導き出す修二。


「ねーよ、弁当あるし」


 というか弁当を忘れたのであれば、それこそ休み時間にでも届けてくれればいいし、先生伝いで渡してもらえばいい。それに、今日は俺が出たのが遅かった。つまり弁当を忘れても、明日美はそれに気づくことはない。完全に的はずれだな、修二。

 

「ま、そうだよなー」


「まあ、昼休み行けば分かるだろ」


 結局のところ、これにつきる。行ってしまえば、答えがわかるのだから。諦めていさぎよく生徒会室へ行こう。いくらなんでも怒られるようなことではないだろうし、後ろめたい気持ちなどもひとかけらもないから俺は普通に生徒会室に行けばいいのだ。ただし生徒会室ということはがいる可能性が大だ。だからちょっと気が引けてしまうが、こればっかりは仕方がない。今からそんなちょっと憂鬱ゆううつな気分を味わいながらも、俺は1限目の準備を始めた。

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