第43話

「ママ?!」


 泰葉と、……泰葉の父親だろうか? おじいさんにしては若いような? ロマンスグレーの優しそうな初老の男性が入ってきた。


 俊がきたとき、愛実の母親は急いで愛実の中学のときの電話連絡網を捜し、泰葉の家に電話をかけたのだった。

 電話に出たのは泰葉の父親で、すぐに迎えに行きますと、泰葉と共にやってきたのだ。


「泰葉……、あなた……」


 泰葉母は、力が抜けたように床に座り込む。


「帰るぞ」


 泰葉母は、放心したようにフラフラッと立ち上がると、何も言わずにリビングダイニングを出て行く。


「ママ! 」


 泰葉も母親を追いかけて行き、泰葉父は深々と頭を下げた。


「改めまして、お詫びに参ります」


 泰葉母子は、双子のような母子だが、泰葉父はあの二人の家族のわりにはマトモそうに見える。


「お詫びとかいいですから。うちは大丈夫ですから。奥様と話し合ってください」

「本当に、ご迷惑をおかけしました。今後、このようなことがないように、言い聞かせますので。失礼いたしました」


 再度頭を下げると、二人を追うように家を出て行った。


「なんだったの、いったい……」


 愛実は、昨日見たことを愛実の母親に話した。

 話し終わると、すっかり冷めてしまった味噌汁を飲みきり、時計を見て慌てる。


「ヤバイ、遅刻しちゃう! 」


 愛実は急いで洗面台へ行き、歯を磨き顔を洗う。髪は寝癖をなおしている時間がないからお団子にまとめた。

 部屋に行き、ジーンズを履き、白に紺のストライプが入ったダボッとしたワイシャツを着る。

 階段を最速で下りると、すでに俊は靴をはいて待っていた。


「行ってきます! 」


 愛実と俊は、走って家を出た。

 まだ朝が始まったばかりだというのに、すでに一日が過ぎたような疲労感を感じる。

 あの泰葉母が、泰葉が、これからどういう出方をしてくるか、考えると怖かった。全く話しが通じない人物というのは、本当に恐怖しかない。

 駅の改札をパスモで通過し、ギリギリきた電車に飛び込んだ。この電車に乗れれば、遅延さえしない限りバイトに間に合う。

 愛実はぐったりと座席に座り込んだ。


「間に合いそうだな」

「だね。ハア、まじで疲れた」


 隣りに座った俊が、愛実の頭をポンポンと撫でる。

 疲れたのと、さっきの怖さがジワジワと甦ってきて、愛実は自然と俊の腕をギュッとつかみ、肩に頭をのせた。


「ヤバイな……」


 俊がボソッとつぶやく。


「うん、ヤバイよね。沢井さんでしょ? 」

「あれもヤバイけど、今のヤバイは愛実が可愛い過ぎてヤバイ」


 俊は、愛実の頭に軽くキスをする。


 イヤイヤイヤイヤ、電車の中ですから!


 愛実は、走って赤くなった頬をさらに赤くさせる。


「俊君、ここは日本ですから! 」

「わかってるよ。だから、口にはしてないじゃん」


 さらにボッと赤くなる。


「早くなれてね」

「無理……」


 愛実は俊の腕にしがみついて顔を隠し、俊はそんな愛実の頭を撫でた。



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