第42話
今日は一日バイトだから、着替えたらまたきますと、愛実の母親に伝え、朝早く俊は帰っていった。
昨晩、遅くまで俊と話していたせいか、愛実はまだ寝ていた。
いや、自分の部屋に戻ってからも、一人興奮してなかなか眠れなかったのだ。
寝ていてもなお、何度も夢に見た。あまりに夢に見すぎて、夢なのか現実なのかわからなくなるくらい。
目を覚ますと、いつもの自分の部屋、自分のベッド、いつも通りの自分がいた。
ボーッとしたまま階下に下りると、いつも通り母親がいて、朝食があって、……俊はいない。
やっぱ、夢?
「俊ちゃん、着替えたらまたくるって」
母親が、愛実の味噌汁をよそいながら言った。
夢じゃない!
昨日、ここで、俊と……。
愛実は、思い出してにやけそうになる。
あんなにキスがいいものだとは知らなかった。
軽く合わせただけの幼いキスだったが、愛実にはいっぱいいっぱいで、それだけだって、気絶しそうだった。
それでも、俊とキスなんかしたら、心臓が止まってしまうんじゃないかと心配していたくらいだから、生還できただけで、奇跡のようなものだ。
愛実は、一つ学習した。
キスじゃ、死なない!
ドキドキは凄まじかったけど、それを勝る幸福感。離れると、もう一度唇を合わせたくなる吸引力。
やばすぎる!
俊に会ったら、唇しか見れないかもしれない……。
愛実は、その日の朝食は、何を食べたか全く記憶になかった。
最後に味噌汁を飲んでいたとき、家のチャイムがなった。
「俊ちゃんかしらね? ずいぶん早いけど……」
愛実の母親がドアを開けに行くと、なにやら押し問答している声がし、バタバタと音をさせてリビングダイニングに人が駆け込んできた。
「沢井さん?! 」
泰葉母だった。
愛実は、思ってもみなかった来訪者に、すっかり目も覚める。
泰葉母は、目の下にクマができ、化粧も崩れ、洋服も昨日のままだった。
「ちょっと、勝手に上がらないでください」
愛実の母親は、泰葉母の様子に危機感を感じたのか、なんとか押し止めようとしている。
「あなた! 昨日の写真は消したんでしょうね! あれはね、会長さんと見廻りをしていただけで、何も深い意味はないのよ」
愛実の母親を引きずりながら、泰葉母は愛実ににじり寄る。
愛実は、味噌汁の茶碗を持ったまま、唖然として泰葉母を見つめた。
「私は浮気なんか、絶対してないんだからね! 」
「沢井さん、朝から何言ってるんですか? とにかく出て行ってください」
愛実の母親が、愛実と泰葉母の前に立ち、愛実を守ろうとする。
「スマホ出しなさい! あの写真消すから! 」
「写真なんて撮ってません! 」
「まあ、私を脅そうって言うのね?! 怖い子……。いくら欲しいの? 」
泰葉母は鞄からお財布を出す。
「五万? 十万? 」
「いりません。写真なんてありません。家に電話してただけなんです」
泰葉母の眉がどんどんつり上がっていく。
「まあ、母親の入れ知恵なのね。電話して、写真を撮るように指図したんだわ。なんて親子なの! 十万じゃ足りないって言うのね! 」
被害妄想が止まらない。
泰葉母は財布から札を全部出すと、テーブルの上にばらまいた。
「写真を消して!! 」
泰葉母が絶叫する。
「何してるんですか! 」
着替えて戻ってきた俊が 、玄関が開きっぱなしで、しかも中から大声が聞こえてきたので、慌てて家に入ってきたのだ。
「俊君! 」
俊は、愛実と愛実の母親の前に立つ。
「俺達はあんたと違う。写真を撮って、人を陥れたりしない。もちろん、あんたとPTA会長のことも吹聴しない」
俊の背中が、とても頼もしく見えた。
こんな時なのに、背中もイケメンだな……などと考えてしまう。
「……なるほど、わかったわ」
泰葉母がお札をつかんで、無造作にバッグに突っ込み、ひきつったような笑みを浮かべた。
「あれね? あなた達を撮った写真、あれが私が泰葉に頼まれて、探偵に撮らせた物だって、話せばいいのかしら? そういうふうに見える写真を、選んで送り付けたって? それとも、泰葉があなたを追いかけ回すのを止めさせればいいわけ? 」
泰葉母は、どんどん自爆していく。聞かないことまでべらべら喋りだし、愛実達に関係ない悪巧みまで暴露した。
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