第41話

「おやすみなさい」


 リビングダイニングに、愛実と俊の二人だけになる。目の前には布団が敷かれていて……。


「私、洗い物するから、テレビでも見ててよ」


 リモコンを俊に渡し、キッチンへ向かう。


「手伝うよ」

「大丈夫。そんなにないし、なにより狭いから」


 愛実は、母親のエプロンをつけると、洗い物を始めた。

 俊は、そんな愛実のそばにくると、後ろから軽く腰に手を回す。


「ヒャッ! ……びっくりした!止めてよ、食器落とすとこだったじゃない」


 俊は、愛実の頭に顎を乗せた。


「いい匂いだな。……だってさ、短パンにエプロンって、なんかエロいよね。後ろから抱きしめたくなっちゃうじゃん」

「バ……バッカじゃない! 邪魔だから、向こうに行ってて! 」


 愛実は、耳まで真っ赤になりながら、ガシャンガシャンと洗い物をする。


「お皿が割れたら大変だから、おとなしくしとくか」


 俊は、愛実の耳に軽くキスすると、小さく笑いながらリビングのソファーに戻った。

 洗い物をしながら、対面にあるリビングの俊を見る。

 俊はソファーに足を組んで座り、テレビをつけた。愛実の母親が寝たのを気にしてか、音量を下げる。父親のズボンは、見事につんつるてんで七分丈くらいになってしまっていた。確か、父親が着たときはダボッと長かったのに。

 こうして見ていると、なぜか自然な風景に見える。

 つい半年前なら、イケメンが夜中に、父親の部屋着を着て、愛実の家でくつろいでいるなんて、まずあり得ないシチュエーションのはずなのに……。


 慣れるって怖いな。


「終わった? 」


 愛実がボーッと俊を見ていると、俊が愛実の方を見て、ポンポンとソファーを叩いた。

 エプロンを脱ぎ、俊の隣りに腰を下ろす。


「お疲れ」

「全然。なんか面白いテレビあった? ビデオでも見る? あ、もう遅いから寝なきゃか」


 愛実が立ち上がろうとすると、俊が愛実の腕を引っ張って、ソファーに座らせる。


「まだいいよ。テレビ見よう」


 愛実は、布団にあった上掛けを足にかけた。


「寒い? 」

「ううん、なんとなくだよ」

「じゃ、俺も入れて」


 俊も一緒に上掛けに入る。


「なんか、いいね」


 俊は、上掛けの下で愛実と手をつなぐ。


「そういえば、お父さんは? いつもこんなに仕事遅いの? 」

「パパ? パパは単身赴任だよ」

「そうだったの? 」

「そう。あと一年かな? でも、転勤が多いから、帰ってきてもまたどっか行くかもね」


 小さいときから、父親がいたりいなかったりだったから、逆に家族仲はいいほうだった。

 転勤についていかなかったのは、愛実の学校のことなどを考えてなのだが、母親はたまに会えるくらいがちょうどいいのよ! と呑気に言っていた。

 確かに、たまに会いに行くときは、ウキウキとお洒落をして出て行くから、いつまでもデート感覚で、夫婦仲もいいのだろう。


「どんなお父さん? 」

「普通のパパだよ。家だとママの後ついて回ってる。ママが料理してるとサポートしたり、洗濯してたら手伝ったり。自分からは率先してやらないんだけどね」

「仲いいんだ」

「そう……だね。比較的いいほうじゃないかな?ベタベタはしてないけど。たまに父親のとこに母親だけで行くんだけど、暇だからついて行こうかなって言うと、邪魔しないでって言われるから」

「そんなとき、愛実は一人で家にいるわけ? 」

「だね。小学校のときは、おばあちゃんとか泊まりきたり、友達の家に行ったりしてたけど」

「ふーん、……じゃあ次はそんなときに泊まりにこよう。お母さんが泊まり行くときは教えてな」


 フンワリと笑って言う俊に、愛実の頬が赤くなる。


「絶対に教えない! 」


 それから、お互いの家族の話しになった。俊の母親はイギリスの大学で教授をしていて、父親はそんな母親についていくために、事業をおこし、イギリスでその事業を展開しているらしい。

 俊の頭の良さは母親譲りというわけだ。

 しかも、俊には四つ下の弟がいるらしい。弟は両親についてイギリスにいるらしいが。やはり美形なんだろう。


「なんで俊君はイギリスに行かなかったの? 」

「小学校まではいたよ。中学からはこっちでって思ってたから、戻ってきたんだ。中学は祖母の家から通ってた。まあ、そこで色々あって……、高校は梨香の家にお世話になったんだけど」


 色々って、女子トラウマ関係だろうか?


 なんとなく言葉を濁していたので、愛実はあえてスルーした。

 しかし、帰国子女ということで、今まででの俊のベタベタした態度が納得いった。腰に手を回したり、オデコや頬などに気軽にキスしてきたり、距離の取り方が近いのは、やはり外国生活があったからなんだろう。外国じゃ、ほっぺにキスなんかは、挨拶みたいだし。


「そっか、じゃあ、うちが父親の単身赴任についていったり、俊君がイギリスから戻ってこなかったりしたら、会えなかったんだね。アハハ、私のイケメン嫌いも治らなかったわけだ」


 俊は、愛実に顔を近づける。息がかかるくらいの距離だ。


「もう、トラウマは消えた?」


 いつもなら、ドキドキに負けてすぐに突き飛ばす愛実だったけれど、なぜか今は俊の顔を間近で見ていたかった。


「だいぶ前に……」


 近くで見ると、くっきり二重で睫毛がえらく長い。鼻筋は真っ直ぐ通っているし、唇は……。

 唇は、柔らかく、暖かかった。



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