第34話
「私も最近知ったんです。情けないですわね。娘が苦しんでいたのに、全く気がつきませんでした。愛実ちゃんが、中学のときに助けてくれたことがあるって聞いてます」
「まあ、あんた! 」
愛実の母親は、目を潤ませて愛実の手を握る。
「いや、たいしたことしてないから。ただ、梨香ちゃんが無くした物を一緒に捜しただけ。しかも一瞬だから」
「それでも、嬉しかったんですって。愛実ちゃんだけは、会えば挨拶してくれたって。ご存知?あなたの娘さんは、あなたの威光を振りかざして、イジメ放題だったんですよ。しかも、みんな次の標的になりたくないから、娘をイジメなくても無視するんです。どんなに辛かったか……」
愛実の母親は、美希子の肩を抱いた。
「そんな、泰葉がイジメていたっていう証拠があるんですか!しかも中学のときのことを今さら」
泰葉母が金切り声を上げる。
「今さらって、一年も前ではありませんよ。私も職業柄、色んな業種の方と知り合いになります。いくらだって、調べることはできるんですよ。過去のことはもちろん、この写真のことも。これ、素人の写真じゃありませんわね」
美希子は、写真を手に取ると、じっくりと眺めて言った。
「高校生の隠し撮りだとしたら、よっぽどカメラに精通してる人間か、隠し撮りをする専門家……探偵とか週刊誌のカメラマンとか、そういう類いの方の構図ですわね。少なくとも、たまたま見かけてスマホで撮ったものではありませんわね」
確かに、ピントの合わせ方が絶妙だ。どうでもいいような背景のとこは愛実と俊のアップで、背景がボヤけていたり、ラブホテルみたいな怪しい建物のときは、両方にピントが合うようにしている。
「そうですね」
先生達もうなづく。
「な、だからなんですか! この子達が淫らな行為をしたってことにはかわりないでしょう! 写真が上手かろうがなんだろうが、それがどうしたんです! 」
「逆に、なぜこんな写真で、あなたの言う淫らな行為をしたと断定できるのか聞きたいですわ。ただ夜の道を歩いているだけですし、ラブホテルだって、背景として写っているだけです。というか、これがラブホテルだと、なぜわかりました? 見た目はラブホテルらしくありませんし、名前のみでラブホテルだと記載はありませんわよね」
泰葉母は言葉に詰まる。
「まあ、娘は今はお友達にも恵まれ、楽しく高校生活を過ごしているようですから、娘のことを蒸し返すことはしません。でも、これ以上甥の俊や娘の友達の愛実ちゃんのことに口を出すようでしたら、私もそれなりの対応をさせていただきます」
美希子の淡々とした物言いといい、冷たい視線といい、冷気の炎が見えるようだ。
さすがの泰葉母も、圧倒されて言葉も出ない。
「た……た……対応って」
泰葉母は、かすれる声で言葉を絞り出す。
「あらゆるツテを使って、この写真を撮った人物、撮らせた人物を特定いたします。芸能界を利用してもいいですね。イジメ問題の特集でもくんでもらいましょうか?政界財界にもツテはありますので、社会的に制裁も可能かしら?もちろん、これから先、娘に手を出した場合も同様ですわ」
なんか、凄いな。さすが有名人!
「……まあ、確かに、怪しいというだけで、不純異性交遊を特定する写真ではないかもしれません」
「会長?! 」
今まで黙って聞いていたPTA会長が重々しく口を開き、泰葉母は信じられないと口をワナワナと震わせる。
「沢井さん、私はこれで失礼しますよ。先生方、お邪魔しました」
「ちょっと、待って! 」
PTA会長を追うように、泰葉母が会議室から出ていく。それを追いかけて、加藤も部屋から出ていった。
「げ……芸能人って、やっぱり凄いんですね」
若林が、感心したように言うと、美希子は若林の肩を叩いた。
「あんなのはったりですわ。私は多少メディアに顔をだしてはいますが、ただの料理研究家ですよ。夫は演技にしか興味ないような人ですし、政界財界に知り合いなんていませんわ」
カラカラ笑いながら言う美希子は、さっきまでの美希子と同一人物には見えなかった。
「美希子さん、女優さんでも成功しそうです」
「ウフッ、ありがとう。予想だけれど、たぶんこの写真には娘だけじゃなく、あの母親もかんでいるわね」
「母親まで? 」
「この写真、もし探偵なんかに頼んだとしたら、高校生のお小遣いじゃ無理ですもの。これ以上なにか仕掛けてくるようなら、かなり粘着気質だわね。そうしたら、こっちも探偵でも雇おうかしら? 」
美希子は、フワリと笑顔を浮かべながら、対抗する気満々な発言をする。
「では、私達はおいとましてもよろしいかしら? 」
「もちろんです。ご足労いただきまして、ありがとうございました」
若林は、九十度のお辞儀をする。
「安藤さん、この後お暇かしら?」
「暇も暇です」
愛実の母親は、食いつき気味にうなづく。
「では、うちにいらっしゃらない? 午前中にケーキを焼いたんですけど、沢山作りすぎて。美味しいお紅茶も、この間いただきましたの。愛実ちゃんも、帰りに是非うちに寄ってね」
「是非! 愛実、じゃあ、頑張って勉強しなさいな」
愛実の母親は、美希子と並んでご機嫌で歩き出す。
その後ろ姿は、娘の問題で呼び出された母親には見えなかった。なんていうか、スキップしそうなくらい浮かれて見える。
愛実は、大袈裟にため息をつくと、俊を見上げた。
「問題解決……したのかな? 」
「じゃないかな? 」
果たして、泰葉がこれで諦めるか?
なんか、自棄になりそうな気がしないでもないんだけど……。
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