第33話

 愛実達は教室に戻った。

 五時間目は英語の授業だったが、全く身に入らず、三十分が過ぎた。

 麻衣が英訳を当てられ、黒板に書きに前に出たとき、窓際の席がざわつき始めた。


「……じゃない? 」

「うそ、……だ」


 ざわつきは広がりだし、立ち上がって窓の外を見ている生徒までいる。


「お前ら、静かにしろ! なんで騒ぎだした? 」

「だって、先生! あれ、芸能人じゃない? ほら、美人過ぎる料理研究家!」


 みなが、いっせいに窓際に寄る。

 愛実も窓から校庭を見た。

 美希子が正門から入ってきて、学校から出迎えに出た若林に挨拶していた。

 そこでしばらく立ち話しをしているのは、呼び出した内容を話しているのか、愛実の母親を待っているのか。

 それから数分で愛実の母親もやってきた。

 愛実の母親は見るからにハイテンションで、美希子に何回もお辞儀していた。


 そこは若林先生に挨拶しようよ。


 そんな母親を見て、愛実は頭を押さえたくなった。


「あれ、愛実のママだよね? 」


 チョークを持ったままの麻衣が聞く。


「だね。あーあ、普段着だし」


 エプロンをしていないだけマシとしよう……。


 それに比べ、急な呼び出しにも関わらず、きちんと化粧をし、若草色のワンピースを着た美希子は、TVで見るよりも若々しく見えた。


「ということは、斉藤美希子って、斉藤君の母親? 」

「違うよ。梨香ちゃんのママ。俊君の叔母さん。ほら、俊君、梨香ちゃんの家に居候してるから」


 みなざわざわしていたが、愛実が話すときにはピタリと静かになり、その視線は俊に注がれていた。


「納得、俊君がイケメンなはずだよね。斉藤美希子の旦那は斉藤勲でしょ? どっちの血筋でもサラブレッドだ」

「叔父さんのほうみたいだけどね」

「なるほどねえ。でもさ、梨香ちゃんも斉藤君も、なんだって公立なんかに? 」


 確かに、梨香なんかは小学校から公立だし、芸能人の子供らしくない。


「叔父さんと美希子さんの教育方針だよ。うちは梨香のとこと違って、普通の家庭だしね」


 俊がいつの間にか愛実の後ろに来ていた。

 まあ、先生から窓にかじりついているから、授業にはなっていないし、みな好き勝手動いている。

 美希子達が校内に入ると、やっとざわつきもおさまり、先生も教壇に戻ってきた。


「みんな、席に戻れ! 安達、答えが途中だぞ」


 麻衣は、チョークを持って黒板の前に戻る。

 しばらくしてから、若林が教室に顔を出した。


「すみません、斉藤と安藤いいですか? 」


 俊と愛実が立ち上がり、教室から出る。


「ちょっと来てくれ。っていうか、叔母さんが斉藤美希子って、どういうことだよ」


 若林は、興奮気味に言う。


「前に話したんじゃないの? 」

「電話でな。ウワッ、最初に出たの旦那さんだった! あれ、斉藤勲か? 」

「だろうな。あの家で男は俺か叔父さんだけだから。違う男がでたら問題だな」


 俊はシレッと、週刊誌のネタにありそうなことを言う。


「ヤバイ! 僕、彼のファンなんだよ。彼の映画に中学生のときにはまってさ」


 若林は、興奮もピークなのか、ひたすらウワーッと繰り返している。


「先生、会議室に行くんじゃないの? 」


 愛実が言うと、若林は我に返ったように手を叩いた。


「そうだった。急ごう」


 三人で会議室へ向かうと、学年主任の加藤が問題を説明しているところだった。


「斉藤、安藤を連れてきました」


 会議室の中は、美希子がいるだけで華やかな雰囲気が漂っていた。

 下手な芸能人よりも綺麗だから、どうしても回りにいる人間がかすんで見えてしまう。


「今、説明が終わったところです」


 加藤は、愛実達に椅子をすすめる。


「あら、写真のことだけですわね。愛実ちゃんの机が汚されていたことなんかは、話されてないようですけど? 」

 

 美希子は、にっこりと微笑みながら言う。


「つまり、写真のことも含め、これは嫌がらせだと思うんですが、イジメがあるという認識でよろしいのかしら? 」

「イジメ!? あんた、そんなこと一言も……」


 愛実の母親は、初耳よ! と愛実に詰め寄る。


「机のことは解決したの。沢井泰葉さんと他に二人の女子生徒で、うちの教室に来てやったみたい。書いたのは二人の女子生徒みたいだけど、ちゃんと二人は謝罪してくれたし。今は二人とは友達だから」


 愛実は、慌てて説明する。いまさら、あの二人が罰せられたらたまらないからだ。


「まあ、適当なことを! 」


 泰葉母がカッとなって叫ぶ。


「いえ、沢井さんは少し前まで僕のファンクラブの会長をしてまして、その二人は会員だったんです。まあ、沢井さんはやってないと言うだろうし、実際に自分では書いていないのだろうけど」

「そうよ、泰葉がイジメなんてするわけが! 」


 俊の言葉に、泰葉母はホッとしたようにうなづく。


「私の娘は中学時代、あなたの娘にイジメられていたみたいですけど。今回も書いてないだけで、指示はしたんじゃないですか? 」


 美希子は、冷たい微笑みを泰葉母に向ける。美人がこんな表情をすると、部屋中の温度が下がったような錯覚を受ける。


「な……何を根拠に」


 美希子の顔から微笑が消え、さらに温度が下がったように感じた。

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