第32話
中には、学年主任の加藤と若林、泰葉のクラスの担任の井手が泰葉母の前に立ち、前のめりで詰め寄る泰葉母に、なんとも困ったような表情で対峙していた。泰葉母の後ろには、腕組みしたPTA会長が立っている。
「斉藤……安藤まで」
若林は、職員室に入ってきた俊と愛実を見て、困った顔をより困らせる。
「自分達のことでもめていると聞きましたので」
泰葉母が、ジロジロと俊と愛実を見た。特に俊の顔をじっと見る。かすかに顔色が紅潮しているのは、クレームをつけて興奮したのか、俊のイケメンぶりに興奮したのか……。
たぶん後者だろうな。泰葉の母親だけに。
「この子達が? 」
「写真の被害者です。斉藤は一年首席です。安藤も理数系クラスなので成績はよく、二人とも真面目な生徒です」
若林は、ここぞとばかりに、真面目を強調する。
「被害者ね……。勉強ばかりやってる子がはじけちゃうと、はどめがきかなくなるものですよ」
泰葉母は、さもあらんと大きくうなづく。
「勉強は、授業意外ではやりませんけど」
「私も。試験の前くらいです」
泰葉は塾に家庭教師、色々つけてもらってたはず。それで文系クラスだから、泰葉母は頭が痛いことだろう。
泰葉母は、明らかにムッとした表情になりながら、今度は愛実をジロジロ見て、フンッと鼻をならした。
「成績優秀、容姿端麗な子を彼氏にするんだから、よっぽどのことをしたんでしょうよ。だから、写真になんか撮られるんだわ」
それは、私が普通過ぎるから、身体で俊君を誘惑したって言いたいわけね。
こういう人には、怒ったら負けだ。あくまでも冷静に、正論を説かなければ!
愛実は、ブチブチッと頭の中で何かが切れそうになりながら、顔では笑顔を作ろうと努力する。
俊が優しくそんな愛実の手を握った。
「僕達は、幼稚園の同級生なんですよ。愛実は僕の初恋なんです。高校で再開して、僕からアピールしました。最初は忘れられてたんですけどね」
俊はいつもは自分のことを俺と呼ぶが、あえて柔らかいイメージをつけるために僕に変えていた。
後ろで生徒達がざわめく。
愛実達が職員室に入ってきたとき、扉を閉めなかったので、野次馬が沢山覗いていた。たぶん、さっきよりも増えているようだ。
「十二年越しの初恋ですから、凄く大事にしたいんです。手をつなぐのがやっとですよ」
ウワーッ、爽やかな笑顔で言われると、信じない自分がゲスだって気分になっちゃうけど、確実に嘘だよな。
やっぱ、役者にむいてる気がする。
「い……今時の高校生が、そんなわけないでしょ?! 」
泰葉母は、俊の笑顔を見てさらに頬を赤くさせる。
「そうですか? 娘さんもお母さんに似てお美しいみたいですし、男子はほっとかないですよね? やはり、今時の高校生なんですかね? 」
「うちの子がそんなわけないでしょ! バカなこと言わないで」
俊は、さらににっこりと笑う。
「そうですよね? 今時の高校生って、ひとくくりにはできませんよね」
いや、泰葉は明らかに今時の高校生だと思うけど……。
愛実は、思ったことは口にせず、とりあえずおとなしく見せようとうつむいた。
女同士で喧喧囂囂するよりは、俊が穏やかに話したほうが効果がある気がしたから。
「あれは、バイトの帰り道を撮られたようです。それは若林先生も確認済みですし、先生はアルバイト先の僕達のタイムカードも確認し、保護者にも帰り時間を確認したそうです」
「そ……そんなの、親が口裏合わせてるかもしれないじゃない! 誰だって、子供を停学にはしたくないでしょうから」
「じゃあ、親に来てもらえばいいですか? 直に話し聞きますか?私は口裏なんか合わせていないし、親ともそんな話ししてません」
親まで嘘つき扱いされ、さすがにカチンときた愛実が、泰葉母にではなく若林や先生達に向けて言う。
「そうだね。来てもらおうか?僕は叔父の家に居候してますから、叔母になりますが。今日ならオフで家にいるはずです。近いですし、すぐにこれるんじゃないかな? 両親はイギリスなんで。僕らのバイトは、叔母の紹介でもありますし」
イギリス?
それは初耳だった。
俊の親がどこにいて、何をしている人か知らなかった。有名人の親族だから、検索すればでてくる気もする。
「いや、斉藤。そこまでしなくても……」
「でも、僕達の話しは信用してもらえないようですし、保護者まで口裏を合わせているかどうかは、沢井さんくらい見識ある大人の方なら、一見すれば看破できるんじゃないですか? 」
「そりゃもちろんよ! 」
俊は、みなの目の前でスマホを取り出し、美希子に電話をかけた。
詳しいことは言わず、学校にきてほしいむねを伝える。
「すぐきてくれるそうです。はい、愛実」
愛実はスマホを俊から渡され、家に電話をかけた。
母親がでて、同じように学年に来てと伝えると、なに?なに?とうるさかったが、とにかく来て!というと、文句を言いながらも、すぐ行くわよと電話が切れた。
「うちもすぐくるそうです」
「とりあえず、場所をかえましょうか? 若林君、二人の保護者の方がいらっしゃったら、第一会議室へお通しして。じゃあ、沢井さん、田渕さん、こちらへお願いします。佐々木先生、お茶お願いしますよ。斉藤と安藤は、五時間目が始まるから、教室に戻りなさい。後で呼ぶかもしれないが。お前らもさっさと教室戻れ! 」
学年主任の加藤が予鈴を聞き、愛実達を職員室から出した。ついでに野次馬の生徒達を追い払う。
「俊君、美希子さんに迷惑かかるんじゃない? 」
愛実が言うと、俊はさっきまでの人畜無害そうな爽やかな笑顔とは違い、ニヒルな笑みを浮かべる。
「あの手のおばさんは、権力とかに弱いんだよ。だから、一人でくるんじゃなく、PTA会長なんか連れてきただろ? 自分には、これだけの後ろ楯があるって示したいんだ。有名人目の前にしてみ、コロッと態度変えるから」
そういうものだろうか?
それより、うちの親が美希子さん見てミーハー起こさないといいけど……。
愛実は、美希子がくることを伝えないで本当に良かったと思った。下手したら、色紙片手に学校に来たかもしれなかったから。
「それに、ああ見えて美希子さん、口がたつから絶対言い負かされたりしないしね。いい意味でも、悪い意味でもバリバリの京女だから」
美希子は、梨香が大人になったような、ホンワカした女性だと思っていた。TVではそんな感じだし、実際に会ったときも、優しいおっとりした雰囲気だった。
京女の悪いイメージが湧かなかったが、良いイメージははんなりしたおしとやかな女性って感じだ。
美希子さん、京都出身なのか……。そう言えば、着物が似合いそうな雰囲気があるな。
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