第28話
「おはようございます」
俊と揃ってバイトに入った。
「おはよう! 」
今日は土曜日だから、午前は四人、午後は五人体制で、午前は俊と愛実、譲、新川で、午後から静香がくるはずだった。
譲と新川は早番で、すでに店に入っており、開店準備をしていた。
「俊君、先に更衣室使っていいよ」
「別に一緒でも俺はかまわないけど」
「私はかまいます! ほら、ふざけてないでチャッチャと着替える」
愛実は、俊を更衣室に押し込むと、扉の前で待った。
「愛実ちゃん」
譲が掃除道具を片付けにやってきた。
「おはようございます」
「おはよう。久しぶりだね。店の旅行ぶりかな? 」
「そう……ですね」
愛実は少し警戒気味に譲を見るが、譲は今までと何も変わらない温和な笑顔を浮かべる。
「そうだ、あのあと家族旅行で北海道に行ったんだ。俊君と愛実ちゃんにお土産買ってきたんだよ」
そう言うと、ポケットから紙袋を取り出して愛実に渡した。
「見ていいですか? 」
「もちろん」
紙袋を開けると、ストラップが入っていた。
メロンを被った熊で、可愛らしい熊さんではなく、なにやら威嚇しているような強面をしている。それが被り物をしているから、妙に愛嬌がある。
「コワ可愛い! 」
「だよね? なんかこれ見たらうけちゃって。メロン熊って言ったかな? 二人でお揃いで使ってよ。俊君には、メロン熊のトランクスも考えたんだけど、せっかく気分が盛り上がったときにメロン熊じゃ、ちょっと雰囲気が壊れるかなって」
トランクスで雰囲気が壊れるって……。
愛実はボッと顔を赤くする。
「大丈夫です。そういう心配はいりませんから。ストラップありがとうございました。後で俊君にも渡しますね」
愛実は鞄にストラップをしまった。
「何を渡すって? 」
俊が着替え終わって、扉を開けて愛実の真後ろに立っていた。
「譲君からお土産もらったの。俊君とお揃いでストラップ。帰りに渡すね。じゃあ、私着替えるから」
愛実は更衣室に入り、扉を閉める。廊下には俊と譲だけが残された。
なにか廊下で話しているような声が聞こえたが、すぐに一人が店のほうへ歩いて行く音がする。
愛実が着替えて更衣室から出ると、俊が壁に寄りかかって待っていた。
「あれ、待ってたの? 」
「誰か覗くと嫌だからね」
「誰も覗かないよ。さっき、譲君と何か話した? 」
俊は、愛実の結んだ髪の毛を引っ張る。
「お礼言っただけ。ダメだろ? 譲君と二人っきりで話さない約束だろ? 」
愛実は髪の毛を整えると、店のほうへ歩きながら言う。
「大丈夫だよ。さっきも前みたいだったし、ただの気の迷いだって気がついたんじゃない? 」
「いや、あれは猫被った譲君だから」
愛実は、思わずさっき貰ったメロン熊のストラップを思い出してクスリと笑った。
「どうした? 」
「いやね、譲君に貰ったストラップ、熊がメロン被ってるんだけど、可愛い熊だと思うじゃない?でも顔が怖いの。なんか、猫被った譲君って聞いたら、あのストラップ思い出しちゃって」
「そうそう、甘いメロンかと思って近づくと、怖ーい譲君が隠れているから要注意ってね。なんだよ、なにかの伏線か? 」
「考えすぎだよ」
愛実は、ケラケラ笑って俊の背中を叩いた。
「とにかく、譲君とは二人っきりにならないように! 」
「わかった、わかった」
私が俊君のことを心配するんならわかるけどね。よっぽどの心配性なのか、それくらい私のことが好きなのか……。
そこまで考えて、愛実は一人頭を振る。
やばいな……。
この間までは、俊君が私のことなんか好きなはずないって踏ん張っていたけど、好かれてるって思った途端、こんな浮かれた思考がでてくるなんて!
気を引き閉めないと、どんどん頭の中がピンク色に侵食されて、おめでたい人になっちゃう。
気を引き閉めないと! と、両手を握りしめて一人カツをいれる愛実と、本当にわかっているのか? と不安そうに愛実を見る俊であったが、そのことを掘り下げて話す時間もなく、二人はフロアーに出て接客を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます