第27話

「無記名の投書だ。校長宛に届いたんだよ」

「へえ……。ずいぶんよく撮れてるな。先生、これくれない? 」

「ダメに決まってるだろ」


 俊は、名残惜しそうに写真を見つめる。


「いい写真なのに……」

「問題は、時間と場所だよ」


 時間は、暗いから夜の七時から八時くらいだろうか?

 場所は飲み屋街……、アルバイトの帰り道だった。一枚などは、唯一あるラブホテルの前を通り過ぎたところが写っていた。


「先生、これアルバイトの帰りです。変な写真じゃないから! 」

「バイト? 」

「届けだしてありますよ」


 俊はポケットから名刺を一枚取り出した。

 店の名刺だ。


「パティスリー・ミカド? 」

「ケーキ屋です。喫茶もやってます。バイト終わると八時とか九時くらいになるんで、その帰りですね」

「有名店じゃないか」

「今度きてみてよ。この写真、駅までの道だから」


 愛実も力説する。

 若林は、安堵したように表情を和らげると、写真を封筒に入れて胸ポケットにしまった。


「なんだよ……。もう、誰だよ!こんな意味深な写真撮って。とりあえず、話しを聞いてからってことで、まだ校長と教頭しか知らないから。あーッ、焦った! 」

「先生、お疲れ! 」


 若林は、げんこつで俊の頭をグリグリした。


「おまえ! 校長と教頭に呼び出された僕の身にもなれ! 全く、高校生だから、そりゃ色々……まあやりたいこともあるだろうけど、おまえらは未成年なんだからな。節度を持って付き合えよ。うちは男女交際禁止ではないにしろな」

「それはもちろん! 高校生ですもん、清く正しいお付き合いってやつで! 」


 愛実は、ここぞとばかりにうなづく。


 そうよ!

 高校生らしいお付き合い万歳!!

 心臓発作で突然死しないためにも。


「わかってもらえたようで、よかったの……か? まあいいや、戻っていいぞ」

 若林が、俊の顔を伺う。

 俊は、納得してない表情をしつつも、愛実を促して進路相談室を後にする。


「あの写真、誰だろね? やっぱり俊君のファンかな? 」

「どうかな? あの写真、愛実の顔がよく写ってたな。自然な感じで、すげえ良かった」

「バッカじゃないの? 」


 愛実は呆れたように俊を見上げる。


「バカじゃありません。愛実のこと大好きなだけだよ」


 俊は、愛実の腰に腕を回し、自分のほうに引き寄せる。


「こらこら、清く正しいお付き合いしないとでしょ」


 愛実は、赤い顔で俊から逃れようとジタバタする。


「なあ、なんか変なこと考えてない? 」

「変なこと? 」

「清く正しいお付き合いなんて、無理だから」


 俊は愛実の頬にキスをする。


「ダメダメダメダメ」


 バクバク言う心臓を落ち着かせるために、愛実は俊を勢いよく押しやると、大きく深呼吸する。


「俊君、私のこと好き? 」

「そりゃ、もちろん大好きだよ」


 にっこりと笑って言う俊を見て、愛実はさらに心拍数の増加を感じる。


 この笑顔!

 これだけだってヤバいんだから!


「なら、私に長生きして欲しいと思いませんか?」

「もちろん、末永く一緒に生きていきたいと思ってますよ。」

 愛実の頭に手を置き、優しげに撫でる。

 そんな甘々な態度にクラクラしながら、愛実はよろけそうになるのを踏み留まる。

「もう!そういうことじゃなくて。俊君が近くにいるだけで、私の心拍数が半端ないことになってるの。このままだと私死んじゃうと思う。」

「大袈裟だよ。」

 俊は戸惑ったように笑い、愛実はひたすら真剣な表情で俊に詰め寄る。

「け・ん・ぜ・ん・な男女交際をしましょう!」

「それは…約束できない!」

「なんでよ?」

「だって、愛実が可愛いすぎるから。それに、逆だよ愛実。」

「逆?」

 俊は、最高の笑顔を愛実に向けた。

「そう。習うより慣れろ?荒療治ってやつ?」

 俊は愛実をギュッと抱き締める。

「大好きだよ、愛実。」

 耳元で甘い声が響く。


 慣れませんから、絶対!


 愛実は、全身心臓なんじゃないかってくらい、ドキドキが激しくなる。

 ただ、嫌なドキドキではなく、フワフワッとした、なにか違う感情も混じっていた。


 幸福感?


 今までになかった感情に気がつき、愛実は戸惑った。

 されるがまま抱き締められている愛実に、俊は恐る恐る抱き締めていた手を緩めた。

「愛実?」

 愛実は我に返ったように俊から離れると、真っ赤になった顔を隠すことなく、俊のほっぺたをつねりあげた。

「イテテテ…。」

「とりあえず、学校ではハグもチューも禁止!」

「学校では…ね。了解。」

 俊は爽やかに微笑むと、愛実の手を握って歩き出した。

「手…はいいんだよね?」

「…手くらいなら。」

 つないだ手が熱く、心地よかった。



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