第21話

 愛実は、サンダルまで静香に借り、初めて履くヒールにちょっと変な歩き方になりながら、プールとは反対側のBBQをする側の庭に出た。


「あら、愛実ちゃん可愛いじゃない」


 ビール片手に、早々と肉を食べていた亮子が、愛実に気がついて手を振った。


「静香さんに……」

「ああ、あの子、美容系得意だもんね。ヘアメイクの仕事したいって言ってたしね」

「そうなんですか? すみません、なんか遊んでばっかで手伝わなくて。何かできることありますか? 」

「いいの、いいの。BBQは店長の趣味だから、下手に手を出さないほうがいいのよ。なんか、焼き方から何から、こだわりがあるみたいで。愛実ちゃんは未成年だからジュースね。長野さんがバーテン係だから、あっちでもらってらっしゃい」


 愛実が長野の所へ行くと、長野に作ってもらった焼酎のソーダ割りを手にした矢島もいた。


「愛実ちゃんはビール? 」

「こら、未成年にお酒すすめちゃダメだって。オレンジジュースでいい? 」

「長野さん、今時の子は中学生だって飲みますよ」


 長野は苦笑しながら、オレンジをだし、皮を剥き出した。


「あれ? 愛実ちゃん……、いい感じじゃね? 」


 それこそ、上から下まで舐め回すように見て、矢島は感心したようにヘエッと言った。


「なんか、いつもより心なしか胸もあるような……」

「矢島君、それセクハラだよ。社員ならアウトだからね」

「俺、バイトっすから」


 矢島はヘラヘラっと笑う。

 愛実は、胸元を押さえながら、長野からオレンジの生ジュースを受けとる。


「長野さん、何か手伝えることありますか? 」

「こっちは、酔っぱらいばっかだからね。そうだ、店長にビール持って行ってよ」

「了解です」


 愛実は、ビールを持って店長のところへ行った。


「店長、ビールどうぞ」

「愛実ちゃん、ありがと。あれ、なんか可愛くなっちゃって。ほら、この肉焼けたから食べて。野菜はもう少しだ」


 愛実がジュースと肉を手に、庭に置かれているテーブルのほうへ行くと、着替えてきた譲が降りてきた。


「愛実ちゃん、なんか凄く可愛くない? 」

「アハ、静香さんにやってもらったの。服も静香さんの」

「へえ。凄く似合ってるよ。むちゃくちゃ可愛い」


 愛実は、照れて赤くなる。

「高宮君、誉めすぎだよ」

「そんなことないって、マジでいいよ。ほんと、俊君が羨ましいな。あんなに見た目も完璧なのに、愛実ちゃんみたいな彼女までいてさ」


 譲は、拗ねたように唇を尖らせた。


「やだなあ、またからかって。高宮君みたいに素敵な男子にそんなこと言われたら、ドキドキしちゃうじゃん」


 愛実は照れたように頭をかいて、高宮を軽く小突いた。

 高宮はマジメな顔になり、愛実の横に半歩近づくと、愛実の小指に自分の小指を絡めた。

「マジだって! 」


 愛実の心臓がバクバクなる。


「え……っと、あの……」

「素敵かあ。僕さ、自分の顔がコンプレックスなんだよね。ほら、女の子みたいでしょ? 女の子達も、僕のこと可愛い! ってキャーキャー言うし。でも、高校生の男子に可愛いって、褒め言葉じゃなくない? みんなそんな感じなのに、愛実ちゃんは僕のこと可愛い扱いはしないでくれるでしょ?」


 それはそうかもしれないけど、十分モテてるし、高宮君もそれをウリにしているんだと思ってた。店だから、しょうがなくだったのかな?


 譲は、絡めた小指を愛実のフワッとしたスカートに隠すようにすると、愛実の反応を見るように横目でチラッと見て笑った。

 愛実は、半パニック状態で、そんな譲には気がつかない。


「あ、あのね、高宮君」

「譲。名前で呼んでほしいな」

「譲……君、譲君はカッコいいと思う。女の子っぽくなんかないよ。ちゃんとしっかり男の子だと思うし」

「うん、愛実ちゃんにちゃんと見られてれば、他はいいかな」


 愛実のほうを見て、ニッコリと微笑む。その無敵の笑顔に、クラッとなる愛実だった。

 これ以上は心臓がもたないと思った愛実は、話しを反らすことにした。


「そうだ、俊君は? 」

「俊君? 楓さんと買い出しに行ったよ。なんか買い忘れがあったとかで」

「そうなの? 見てこようかな?」

「やっぱり、俊君じゃないとダメ? 」


 譲が、シュンッとした表情を見せ、愛実の小指と薬指をキュッと握る。


 もうダメ! ギブアップ!!


「ごめん! 」

「えっ? ごめん……って? 」


 譲が戸惑ったように愛実の手を離す。


「こういうのダメ! 身がもたない! 俊君の甘々な言動だけで手いっぱいおなかいっぱいなの。元はイケメン苦手なほうだったし、やっと最近克服はしたんだけど」

「イケメン苦手? えっ? 」


 何をいきなり言い出すんだ?と、譲はポカーンと愛実を見る。


「なにが苦手なの? 」


 耳元で囁かれ、愛実はゾワゾワッとしてよろけてしまう。


「俊君! 耳元で喋るの止めてってば! 」


 怒りながらも、俊が来てくれてホッとしてしまう。


「買い出し行ってたよ。愛実、ずいぶん可愛いかっこしてるね。やばいな、他の男には見せたくないな」


 俊は、チラッと譲を見る。

 譲は、作ったような笑顔を浮かべながら、自然な感じで愛実から半歩離れた。


「俊君、飲み物とかは? 取ってきてあげようか? 」

「一緒行こう。譲君は? 」

「僕はまだいいや」


 愛実の腰に手を回して、譲から離れた。


「譲君と何話してたの? 」

「たいしたことじゃないよ。譲君かっこいいのに、顔がコンプレックスなんだって。俊君が羨ましいってよ」

「ふーん。譲君……ね」


 俊は、無表情でつぶやく。何か不機嫌に見えた。イケメンの無表情は迫力がある。


「どうした……の? 」

「妬いてるの。知らない間に、愛実が譲君のこと名前で呼ぶくらい親しくなってるから」

「え……っと? 」


 俊は、グイッと愛実の身体を引き寄せる。


「さっきの水着だって、あれは反則だな。あんなの、俺だけに見せてよ。他の奴がいるときは、スクール水着で十分だよ」


 スクール水着……ね。似たようなの持ってきてはいたんだけど。


「それに、そんなに可愛くなっちゃって。心配でしょうがないじゃないか」

「大丈夫だよ。私がちょっとおしゃれしたくらいで、誰かに好かれたりしないから。彼女役がいなくなる心配なんてないって」


 愛実は、全身真っ赤になりつつ、俊の背中をバシバシ叩く。


 もう! 俊君は女子避けがいなくなることを心配してるのに、変な勘違いしそうになっちゃう。

 ヤダヤダ!


 愛実はおなかの芯に力を入れ、頭の中までピンク色に染まりそうになるのを阻止する。


「あれ? 愛実ちゃんお酒入れてないよね? 顔真っ赤だよ」


 飲み物を取りにきて、長野が不思議そうに愛実の顔を見る。


「少し暑いかな。私、ちょっと泳いでくる! 」


 愛実は向きをかえ、俊を置いて走って行った。

 俊は、そんな愛実を見送ると、愛実と二人分の飲み物をもらい、愛実の後を追った。

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