第15話

「愛実ちゃんってさ、俊の彼女って本当? 」


 バイトの営業時間が終了し、片付けに入っているとき、先輩アルバイトの矢島がモップ片手に話しかけてきた。

 テーブルを消毒していた愛実は、手を止めることなく、矢島のほうを見る。

 矢島は、フリーターらしく、ここのアルバイトと、あと数件飲食店でアルバイトをしているらしい。年齢は二十前半といったところか?

 やはり、顔だけは無駄にイケメンである。

 亮子も静香も、他の顔を合わせたことあるアルバイト数人、もちろん俊もだが、みな整った顔をしていた。たぶん、それもウリにしているんだと思う。

 愛実のみ特殊というか、お客様からも二度見されたりして、気持ち的には微妙だ。

 普通ですみません! と頭を下げたくすらなる。

 見た目でお客様を癒せないぶん、なるべく丁寧で親切な接客を心掛けてはいるが。


「ええと、そうですね」


 ここでも女子避けに使われているから、愛実は無難に答える。


「へえ、俊ならいくらでもいい女選べると思うんだけどな」


 愛実がテーブルを移動すると、矢島は掃除をするでもなくついてくる。


 掃除しろよ!


 先輩だから、注意することもできずに、愛想笑いを浮かべてやり過ごす。


「ねえねえ、今時のJKは凄いんでしょ? やっぱ、身体で落としたの? 」

「はあ? 」


 愛実は、あまりな言われように、思わず手が止まって矢島をマジマジと見てしまう。


「ああ、それもないか……」


 愛実の身体に視線を走らせると、がっかりしたようにため息まじりで言った。


「いやだってさ、愛実ちゃんて良くも悪くも普通じゃん。体型もあれだし。俊が選ぶくらいなら、よっぽど具合がいいのかなって」


 開いた口が塞がらないとは、こんなときに使うのだろうか?

 愛実は、何か言わなければと思いながらも、言葉にすることができなかった。


「バカ矢島! セクハラだから!


 静香が後ろから矢島の頭を叩く。


「イッテ! 」

「あんたは、KY過ぎるのよ。くだらない話ししてないで、手を動かせ! 」

「えーっ、静香ちゃんだって、二人のこと不思議がってたじゃん」


 矢島が唇を尖らせて静香に抗議する。


「そりゃ、あんだけのイケメンと、めぐちゃんみたいなふつーうの子がカップルって、なんかあるんじゃないかって思うじゃない。ほら、俊君が弱み握られてるとかさ」

「いや、俊にイヤイヤって感じがないから、俺は愛実ちゃんのテクが凄いんじゃないかって」

「矢島君は、すぐ下ネタに走るんだから! 」

「下ネタ嫌いの男なんていないでしょ? 俊だって、二人きりのときはどスケベだろ? 」


 二人の視線が愛実に注がれる。


 この二人、五十歩百歩、目くそ鼻くそを笑うってやつだ!

 くだらないこと考えてないで、手を動かしやがれ!!


 愛実は心の中で悪態をつきながら、なるべく平静を装い仕事を続ける。


「矢島さんも静香さんも、愛実ちゃんが困ってるじゃないですか。ほら、仕事してくださいよ。早く終わらせて早く帰りましょうよ」


 もう一人のバイトの高宮譲たかみやゆずるが、助け船を出してくれた。

 譲は同じく高校生のバイトだが、大学までエスカレーター式の私立有名校の学生で、穏やかな感じの可愛らしい男子だ。

 俊は正統派のイケメン、譲は華奢で中性的なイケメン、タイプの違う二人だが、一位二位を争う人気ぶりだった。

 俊は今日は午前のみのシフトだったため、今はいなかった。


「矢島さん、あっちの床まだモップかけてませんから。静香さん、あっちの棚片付けたほうがよくないですか? 」


 譲に言われて、静香と矢島は二人でなにやら言い合いながら、愛実から離れて仕事に戻る。


「ありがとうございます。」


 愛実が軽く頭を下げると、譲はフワッとした笑顔を浮かべた。


 下手な女の子より可愛いな。でも、男の子に可愛いは褒め言葉じゃないかな?


「どういたしまして。僕は俊君は見る目あると思うけどね」


 思ってもみなかったことを言われ、愛実はドキッとしてしまう。


「えっ? 」

「愛実ちゃんてさ、仕事は丁寧だし、お客様には親切だし、きちんとした女の子だよね」

「そんな、普通ですよ」


 謙遜ではなく、事実だ。


「その普通が難しいんだよ。僕は好感持てると思うけどね」


 こんな美少年に誉められ、愛実はひたすら照れくさかった。


「もう、誉めすぎです。何もでませんよ。高宮君みたいなイケメンに言われたら、恥ずかしくなっちゃいます」

「アハハ……そうだ、愛実ちゃんってラインやってないの? 」

「やってますよ」

「店のグループラインがあるんだよ。ライン教えてよ。グループに招待するから」

「へえ、そんなのあるんですね」

「連絡事項とか、風邪ひいたときとか代わりのバイト募ったり、変な客の情報入れたりね」


 愛実がライン IDを譲に告げると、譲はポケットからスマホを出して登録した。


「あ、スマホ持ち歩いてるの内緒ね」


 譲は、唇に手を当てて言った。


「なにが内緒なの? 」

「ウワッ! ……俊君? 」


 午前で帰ったはずの俊が、愛実の後ろから耳元で喋ったため、愛実は驚き過ぎて腰が抜けそうになる。


「あれーッ? 俊じゃないか。なに、忘れ物? 」


 矢島がモップを滑らせてやってきた。


「いや、愛実を迎えに」

「なんで? 」


 愛実の問いに、俊は片付けを手伝いながら答えた。


「遅くて危ないからでしょ」

「過保護ーッ! 」


 静香もやってきて叫ぶ。


「やっぱ、俊のほうが惚れてるよな。」


 矢島が首をかしげながら言う。


「なんの話し? 」

「なんでもない! ほら、これでおしまい。片付け終わり」


 俊を引っ張って更衣室へ向かった。

 

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