あたしが選んだ! あたしの王様が!! あたしをハーレムに入れたがっている!!! そのに


 王都の北端に位置する円形大舞台・デンベテウスは、色の悪い茶の石で作られた古臭い見た目の巨大建造物だが、これでも最近完成したばかりだ。

 元々はでかい砂地の広場だった場所を囲むように階段状に客席を配置して、芝居や歌、武闘会や剣闘会なんかを楽しむために作られた、一万人近くの客を収容できる公共施設。

 そんな建物には出入り口がいくつもあったんだが、悪ガキ共が勝手に入っちまうのを防ぐために大ゲートを残して全部石で埋めちまった。おかげで、ゲートの反対側にある貴賓席まで歩くとへとへとになっちまう。


 まあ、今日はその道程も半分で済んだわけだから文句は言うまい。俺達は舞台の中央で、投票結果が出るのを今や遅しと待っていた。


 衆目。緊張。外面。

 ちょっとはいつもより大人しくしてるこいつらだったが、まあ、それもちょっとだけ。大体いつもの八割程度でやかましい。


「ご主人様! ボク、大事に持っていろって言われた玉を落っことしたみたいなのです~」

「どんくさいわねメルクは! どのへんよ?」

「ポケットに入れたつもりで入らなかったっぽいので、ここいらだとは思うのですけど」

「ふふっ。しょうがないわね、私も探してあげるわよ」

「待て。嫌な予感しかしねえからてめえらは動くな」


 指一本動かすんじゃねえ。俺は親父を囲んでた『皇宮の砦インペリアルガード』のうち一人に声をかけてメルクの落とし物を探させた。


「ちょっと! 随分横柄じゃない? これだからグランベルクは……」

「うるせえ。式典開始直後に一万人もの拍手を止めた粗忽は黙ってろ」


 てめえが遊び半分で座った玉座。あれをぶっ壊してなけりゃ俺だってここまで慎重になりゃしねえさ。

 俺はアイシャがこれ以上粗忽を振りまかないよう気を張りながら、そっとため息をついた。


 晴れ渡る空の下、視界のすべてが砂色に覆われた舞台からは、意外にも客席の様子が良く見える。そんな客席には、奥に行くにしたがって身分の高い連中が座るから、逆に異種族達は大ゲートのそばに押し込められてやがる。

 人口比率で言ったらもうちっと広く席を確保してやりてえところだ。ぎゅうぎゅうに座らせられて、かわいそうじゃねえか。


「……それにしても、警備が少ねえな」

「平気だろ。それより、北の荒れ地で地響きがあったらしくてよ、そっちの調査にほとんどの兵が出てるんだ」


 さすがにこんな正式な場だ。この間より数倍豪華そうなマントに身を包んだ親父が俺のつぶやきに返事をしてきやがった。


「それよりお前ら、花の香りがするな。臭い袋でも付けてるのか?」

「いや、これがすげえんだよ。メルクがいいもんくれてよ、これも国の専売にしようぜ?」

「何日もお風呂に入れなかったから奮発したのですよ!」

「湯舟に入れると花の香りがする粉末なんて。まだ香ってるなんて凄いわね。……ガルフ、これを作るとしたらワーベンヘッタ?」

「いや、あそこの工房は服と下着作りで忙しいだろ。マッサ村に話を持って行ってやるか」

「いいわね。復興に役立つかも」


 そんな俺達のやり取りを親父がニヤニヤしながら眺めてやがるが。なんだよてめえ、気持ちわりいな。


「やれやれ、てめえが王になったらおもしれえ国になりそうなんだがな」

「こら、俺が負ける前提で話すんなよ」

「勝てるわけねえだろ、バカ王子のくせに」


 ちきしょう、その通りだぜ。しかも親父の言葉に若干へこんだ俺に、追い打ちがかかった。


「ガルよ。お前は選挙が終わっても旅暮らしを続けるつもりか?」

「私達のどちらが王位に就くとしても、貴様には関係なさそうだな……」


 背中越しに聞こえてきた声に振り向くと、きらびやかな正装に身を包んだボガード兄さんとレキウス兄さんが落ち着いた表情で声をかけてきたんだが。


「だからさ、俺が負ける前提で話すんなよ」

「真剣に勝つ気でいたのなら謝るぞ?」

「いや、そう言われたらぐうの音も出ねえ。一票入ってたら奇跡だと思うし、入れてくれた奴らにゃ申し訳ねえと思う」

「安心しろ、そんなもの好きはいない。お前には関係のない式典だが、終わるまで大人しくしているんだ」


 レキウス兄さんが相変わらず冷てえこと言いながら天幕に引っ込んじまったんだが、ボガード兄さんも余裕がねえみてえだな、俺に苦笑いだけ見せた後、自分の天幕へ行っちまった。


「ご、ご主人様。お兄様方、ピリピリなさってますね」

「言葉はそれなり砕けてるのにガッチガチだったよな。なんて社交辞令だよ」

「うふふ。まあ、お二人とも我こそはと意気込んでいるし、無理もない事とは思うけどね」

「そうだな。……それよりメルク。探し物見つかったか?」

「はい! 見つけていただきました! さっき国王陛下から頂いたのですが、式典のノベルティーですかね、このビー玉」

「相変わらずメルクハートちゃんの異国語はよく分からんな。それ、大事に持ってろよ?」

「はいなのですよ!」


 そんなこと言いながら親父は投票が行われてる天幕に入って行っちまったが、てめえ、なんてものメルクにあげてるんだよ。


「メルクよ。ノベルティーって、記念品って意味か?」

「はい! そんな感じです」

「もう落とすんじゃねえぞ、それ。メルクにそいつを使う資格はねえから確かに記念品なんだが、そいつは投票権だ」


 へえこれが、なんて言いながらアイシャとジルコニアが青いガラス玉を交互に摘まんで眺めてるが、ややこしくなるからほんと落っことすなよ?


「ご主人様、ここにいる皆さんが一票ずつ持っているのですか?」


 そうか、こいつ国民投票のルール知らねえもんな。教えてやりてえんだが、俺も詳しい数までは知らねえ。アイシャの方を真面目な顔でにらんだら、さすがになげえ付き合いだからな、助けを求めてるって分かってくれたようだ。


「一人一票じゃなくて、一つの都市、町、村で一票。あと、学校で一票持ってるのよ」

「なるほど! 全部で何票になるのです?」


 ま、聞かれるよな。だがアイシャはこれを聞くと、真面目な顔でジルコニアを見つめた。

 バカ野郎。そこまでだったら俺だって説明できたっての。


「地域票が八十。学校票が九。あとはエルフ、獣人族、ドワーフ、ハーピー、フェアリー、賢狼族、リザード、コボルドの八種族が一票ずつ持ってるの」

「なるほど、人間と格差が有りますね……」


 そうなんだよな。八種族の人数全部足したら人間族上回るってのに。ひでえ話だ。


 そして俺以上に不満に思ってるみてえだな。アイシャはぶつくさ文句を口にしてたんだが、最後に変なこと言い出した。


「……そうか。さっきメルクが言ってたの良いわね。採用!」

「なにがだよ」

「一人一票ってやつ。みんな平等にすればいいと思わない?」

「おお、いいなそれ。じゃあてめえが王になったら是非そうしてくれ」

「……無茶言わないでよ……」


 珍しく殊勝なアイシャだが、まあ、当然か。

 グランベルク転覆なんて日がな一日叫んでるこいつだが、それは単にガキの頃からの口癖ってだけで、この歳になったらそんなことは無理だってイヤでも分かっちまう。


 いい加減、ブルタニスを捨ててエルコットとしての人生を歩みたいところなんだろうが、タイミングが掴めねえんだろうな。


 そんなアイシャの様子を見たトンビが空から一つ声をかけてきた。今のは同情か、それともバカにでもしたのか。だがどっちだとしても許さねえ。人の夢をとやかく言う奴が上から見下ろしてるなんて事、あっちゃならねえんだよ。


 俺はメルクからガラス玉を取り上げて空へ投げつけてやったんだが、そいつが砂の中にぽとりと落ちると同時に投票所からわらわらと役人達が現れて、客席から盛大な歓声があがった。


 その騒ぎを鎮めた大臣が、若い武官四人に声をかけて紙を渡す。すると武官はそれぞれ違う方角を向いて、よっぽど練習したんだろうな、まったく同じテンポで紙に書かれた集計結果を読み上げた。


『得票数! ボガード・デ・ロッツォ・グランベルク殿下、四十四票! レキウス・デ・ロッツォ・グランベルク殿下、四十四票! そしてガルフォンス・デ・ロッツォ・グランベルク殿下、九票! 無効、一票! 以上!』


 発表が終わると同時に上がった声が、次第にどよめきへ変わる。

 同数か。こりゃややこしい事になったな。


 巨大な板に、数字が書かれたでかい布を張り付けて四方へ掲げると、唸り声がさらに高まった。そして兄さん達も難しい顔で側近に確認を求めてる。

 確か、決選投票になるんだよな? さっきジルコニアが話してくれた数足すと合計が奇数になるから必ず決まるはず。

 ……あれ? 全部足すと偶数になるじゃねえか。数、おかしくねえか?

 あと、無効票ってなんだよ。


「ま、どうでもいいか。俺だけ蚊帳の外だし、帰って寝るか」

「あんたはなんでそんなにやる気ないのよ! 投票してくれた皆さんに悪いと思わないの?」

「おお、選挙が終わったらお礼回りしとくか。俺に入れてくれたの……、異種族の八票と、ワーベンヘッタか」


 おいおい。それじゃ国民の半分以上にお礼して歩かなきゃなんねえじゃねえか。

 しかしリザード族も変わってやがるな。俺達がブーデン村のご神木切り倒した話、他の村に伝わってねえのかよ。


 さて、俺は当然の結果に納得しているんだがメイドトリオは不満があるようだな。そんな筆頭、アイシャが爪をかじりながらめちゃくちゃなことを言い出しやがった。


「なんか腹立つわね。あんた、人間族以外には人気あるんだから、他の種族呼んで投票してもらえばいいんじゃない?」

「飛び入りなんかダメに決まってるだろ。それに三十六種族も知り合いいねえよ。ミノタウロスには嫌われてると思うし。あと、グリフォンにも」


 こないだ、道に落ちてたニンジン取り合って野良グリフォンとケンカしたからな。……負けたけど。


「諦め早いわねえ。少しは頑張ろうって気にならないの?」

「結果出たあと頑張ってどうすんだよ。だったら俺の代わりにお前が頑張れ」

「ようし、言ったな? 三十六種族呼んであんたが王になったら、その場であたしに王位譲ってもらうからね!」

「おお、何個だってくれてやる」


 いつも通りのバカ話。別に落ち込んでた訳でもねえんだが、こいつなりに慰めてくれてんのかな。優しいとこあるじゃねえか。


 ……なーんて思っていた俺がバカでした。


 慰めでもなんでもねえ。まさか真剣だったとは思いもしなかったぜ。


「誰かーー! ガルフに投票に来てーーっ!」

「このバカ! 恥ずかしいからやめろ!」


 急に叫んだ女に一万人が失笑。しかもその冷たい目が全部俺に向いてやがる。


「てめえがなんかやらかすと全部俺に鉢が回ってくんだよふざけんな!」

「……おかしいわね、誰も投票に来ない」

「来るわけねえだろうが。まったく、いい恥さらしに……? なんだ?」


 ぐらりと足元が傾いた感覚。思わずよろめいた俺をアイシャが支えてくれたんだが、足元から小刻みな振動がずっと伝わってくる。


 地震か?


 いや、それにしちゃ振動は増すばかり。とうとう立っていることもできない程の揺れになると、客席からは悲鳴が上がり始めた。

 円形大舞台の客席は石造りだが、中央は砂地だ。そんな地面が、規模を数百倍させた湧き水のように盛り上がる。


 俺達と大ゲートの中間あたり。一万人の悲鳴に迎えられてそこに姿を現したのは巨大な塔。


 いや、こいつは……。


「クイーン・ワーム!?」


 花しか食わねえ珍しいワームだが、でかい。とにかくでかい。

 軽く五階建ての塔くらいまで持ち上げた首をのっそり振り回してやがるが、胴体は地面の中にこの何倍も潜ってるに違いねえ。

 このまま円形大舞台の客席にどっこいしょって座ろうもんなら、軽く千人くらいがぺしゃんこだ。


「こら粗忽! 変なの召喚すんじゃねえ!」

「変なの呼ばわりとか、あんたに一票入れたくて来た方に失礼なんじゃないの!?」


 そんなわけねえだろ。バカ言ってやがる。


 土色をしたぶよぶよの胴体の先端が、その太さのまま口になってるクイーン・ワーム。こいつは、目が無い代わりに口の周りに生えた何十本かの太い毛で臭気や音を感じることができるらしい。だから花畑を関知したら、地中から地面ごと飲み込むまで間に何が挟まっていようがまっすぐ突き進む。


 そんな魔獣が、どうして町の中に?


 だが理由なんてどうでもいい。それより観衆達が問題だ。

 じっとしてりゃ害のない巨大魔獣なんだが、あっという間に恐慌に陥った観衆一万人が立ち上がって大ゲートへ向けて駆け出して、至る所で連鎖的に人が倒れて押しつぶされてやがる。

 こりゃあまずいな。


「ゆっくり避難しろ! あと、できるだけ音を出すな!」


 俺が叫ぶ声もまるで届かねえ。ついには逃げ惑う奴ら同士でケンカが始まった。

 そして、音に敏感なワームがとうとう苛立ち始めたようだ。客席の一部へ頭を向けると大口を閉じて、うるさい音を出す連中を止めるために、のっそりとその巨体を下ろしていった。


 だが、客席に頭が落ちる直前、跳ね上がるように体を反り返らせると、今度は大口を開いて咆哮をあげる。そんな客席には、槍を構えたリザード族と牙を剥き出しにした賢狼族の姿が見えた。


「あいつらが守ってくれたのか。助かった」

「ボガード! 『皇宮の砦インペリアルガード』を客席へ展開するんだ! レキウス! 役人を伝令に使って客席にいる連中を騒がせねえようにさせろ!」


 ようやく親父が指示を出し始めたがそんな迂遠なことでいいのか? 一度攻撃を受けたワームが黙ってるわきゃねえだろ。


 案の定、怒ったワームは辺りかまわずその首を落としていく。だが、エルフ達の弓が、コボルド達の体当たりが辛うじてそれを押し返していた。まったく、勇敢な連中だぜ。


「王よ。頼みがあります」


 そんな混乱の中、ジルコニアが親父に何かを頼み始めた。いったい何をしてるのか確認もできねえうちに、親父がボガード兄さんの天幕を指差すと、ジルコニアは駆け出してその中へ消えて行く。


 ああ、なるほど。鎧兜に身を包めば変装できるってか。確かにここで魔族の力を行使するにはそれしか手がねえ。


 ……待てよ? 変装?


「アイシャ! メルク! 親父を頼んだ!」


 俺は暴れるワームを左手に見ながら客席を目指して走った。そんな間にも、幾人もの異種族の連中がワームに吹き飛ばされてやがる。


 ちきしょう、急がねえと! ……ここなら誰にも見られねえか?

 砂地から客席へ上る階段の陰に隠れて腰袋からいつもの三点セットを装着。エストニアスになった俺は、階段の中腹まで駆け上ってから大声をあげた。


「バルバーツに名を連ねる者よ! 今こそ立ち上がれ! 弱きを助ける鋼の闘志、この神瞑しんめいのエストニアスへ見せてみよ!」


 この場にいるバルバーツ党員なんざ数えるばかりだろう。だが俺の名は、この風貌は、義賊を束ねる長として世間に知れ渡ってるはずだ。


 俺が期待したのは、誰もがちょっぴり胸に抱える勇気。ワームに立ち向かう必要はねえ。ただ、敵は誰なのか。今、戦ってくれているのは誰なのかを冷静に見極めてくれさえすればいいんだ。


 そして願いは俺の声が届いた範囲から少しずつ広がって行った。我先にと逃げ出す連中は足を止め、女子供や、この騒ぎで怪我をした連中を先に、整然と避難を開始した。


 あと、調子に乗った連中が何人か、武器を構えて『皇宮の砦インペリアルガード』達や勇敢な異種族の皆に並んでワームを客席へ近付けないよう攻撃し始めたんだが、どこかで見たことある長い鞭については見なかったことにしよう。


「ひとまず混乱は治まったが……」


 問題はここからだ。どう考えても決定打が足りねえ。魔獣の中じゃ柔らけえ部類のこいつだが、いかんせんでかすぎて千人規模の攻撃もダメージにすらなってねえように感じる。


 さてどうするか。急いで考えねえと。

 だが、そんな思考が強引に止められる。


 背後から、誰かが俺の首を締めてきやがったせいだ。


「ぐおっ!? な……っ!」


 俺を宙づりにする手甲を掴んで足をバタつかせると、金属を蹴とばした感覚があった。てめえジルコニアだな! こんな時にふざけた真似すんじゃねえ!


 文句をつけてえが声も出せねえ。だが、そんな俺の命を救ってくれたのは、皮肉にもワームだった。


 少し離れた客席に数十人の人間族が身を寄せ合って、それをたった三人のリザード族が守っているところを狙ったワーム。

 ジルコニアは俺から手を離すと魔法でワームの前に瞬間移動して、その右腕から禍々しい黒紫の霧を出現させて槍の形に成形させると、ヤツの頭を目掛けて投げ放った。


『グムオオオオオオオオ!』


 霧の槍に閉じた口を貫かれたワームが、まるで弾かれるように棒立ちになる。そして円形大舞台・デンベテウス全体を振動させるほどの咆哮を放つと、そのおぞましい音色に煽られたように、至る所から悲鳴が上がった。


「い、今の魔法は……」

「ま……、魔族だ―――――!」

「助けてくれ!」

「何をしている! あいつを早く殺せ!」


 再び巻き起こる混乱。

 だが、ジルコニアが魔法の槍をまた一つワームへ突き立てると、観衆達は次第に落ち着きを取り戻していった。


「あの魔族……、ワームを攻撃してる!」

「騎士の鎧を着てるぞ! 『皇宮の砦インペリアルガード』じゃないか!」

「王に忠誠を誓った魔族がいるの?」


 誰もが足を止めて、理解の範疇を越えた事態に目を丸くさせてやがる。

 そしてジルコニアがその背に守った連中は、命の恩人を拝み始めた。


 ……おお、いいんじゃねえか?

 お前、確かそれがマナに変わるんだよな?

 あとはでかい魔法に必要な詠唱の時間を稼げれば。


 そんなタイミングを見計らったかのように、棒立ちになったワームへ強烈な攻撃が加えられた。アイシャが砂に足を取られながらもワームの胴体をめちゃくちゃに切り始めたようだ。


 聖剣って言っても刃渡りに限度があるから致命傷にはならねえだろうが、あれだけ切られたらたまったもんじゃねえだろう。ワームが唸るような咆哮を上げながら地面を叩いて振動を起こすと、アイシャはたまらず距離を取る。


 だがこれでいい。打ち合わせもねえのに見事なコンビネーション。そんなアイシャが作った隙をついて、大量のマナを補充したジルコニアが呪文の詠唱を開始する。


「聖者にくびられし怨念によりさまよい続ける憐れなる者。その異形を現し全ての命に恐怖を知らしめん。されば汝が腐り落としたしるしの代わりに誰もが自らの首を差し出すであろう。出でよ、ン・バルジテン=スフィリシア!」


 これはマッサで見た召喚呪みたいな物か?

 かつて見たものと同じように黒い霧がジルコニアの体全体から噴き出すと、紫色の禍々しい縞を浮かせながら実体化し始めた。


 固唾を飲んで、いや、恐怖にすくみ上って成り行きを見守ることしかできなくなった群衆の前に姿を現したのは、ワームに匹敵するほど巨大な、首のない鎧の剣士。体中に赤い瞳をぎょろつかせた異形は、その両手でワームの頭を掴んだ。


 だが、恐らくとんでもない力で掴んでいるはずだろうに、ワームの力はこれを耐え忍ぶ。

 そしてじりじりと異形の手を押し返し始めやがった。


 みんな、あれに釘付けだよな。俺は魔族の骨を外してフードを腰袋へ突っ込んで、辺りを見渡すと……。


「お?」


 魔界の異形の足元に、親衛隊長のベクターと『皇宮の砦インペリアルガード』が何人か倒れてやがる。逃げ出してえだろうに、それも叶わねえみてえだな。


「おっさん、いい所に。なんだよ、美味しいとこ俺に譲ってくれるってか?」

「ガルフォンス殿下? お逃げ下さい! 危険です!」


 気丈なやつだな、さすが元祖バルバーツ。でもそいつはできねえ相談だ。俺はベクターから随分離れたとこに転がってたこいつの愛剣を掴んで、異形へ向けて駆け出した。


「こいつ借りてくぜ!」

「な、なりません! お待ちくださいガルフォンス殿下!」


 おいおい、俺の剣捌きを一番知ってる奴が止めるかぁ? 両手剣が得意な俺には、雷神剣・シルドムートはちょいと細身だが。まあ、動きを止めた雑魚くれえこいつで十分だろ。


「ジル……、おっと。そこの魔族! 俺をてめえの友達のてっぺんまで飛ばしてくれ!」


 言うが早いか、一瞬で空中へ飛ばされた俺はたたらを踏みながら異形の肩に落ちた。怖えなこれ。二度と御免だぜ。


 眼下には、でけえ口を開いたワームの姿。うごーうごー声上げてやがるが、その口、すぐきけねえようにしてやるぜ。


 巨大魔獣と魔界の異形との戦いに呆然自失してた群衆共も、どうやら俺の姿に気付いたようだな、なにやら騒ぎ始めやがった。


「あれ……、ガルフォンス様?」

「バカ王子が何やってる!」

「あの剣、シルドムート!?」

「達人が振るえば雷を落とすとまで言われているが……」

「まさか、剣聖・ベクター様ですら呼び出せない力を扱えるとでもいうのか!?」


 もう、円形大舞台・デンベテウスから逃げようとするやつもいねえ。立ち止まって俺の姿を見てやがる。そうだな、構わねえぜ。だって、逃げる必要が無くなったんだからよ。


 俺を一番近くで見つめる赤い瞳が、縦に割れた瞳孔を細める。


「よう、兄弟。てめえら魔界の連中も地上で暮らしてえんじゃねえのか? こっちはいいぜ。なんせ、女の子のパンツがめちゃくちゃ可愛くなった」


 そんな言葉が通じたのか、こいつは瞬きを一つするとワームへ視線を移した。


「ははっ! そっか、歓迎するぜ。その代わりによう、一つ頼みがあるんだ。あいつをまっすぐ棒立ちにさせることできるか?」


 俺の頼みを理解したようだ。こいつはありったけの力でワームの頭を手前に押し込んでフックのような形にひしゃげさせた直後、右の腕でその頭を下から殴りつけた。


 異形の右腕が反動でもげ落ちた程の衝撃。こいつを食らったワームはその体を真っすぐ空へ向けて直立させる。よし、狙い通り。


「てめえの右腕、無駄にはしねえ!」


 以心伝心だな。兄弟が、残った左腕をワームの口の上へ伸ばすのに合わせて、俺はそこを駆け上った。


 下を見れば、泣き虫メルクがぼろぼろ泣きながら両手を組んで見つめてやがる。

 ジルコニア。お前の友に無理させちまった。すまねえな。

 そしてアイシャ。暴れすぎて限界を迎えたんだな、片膝付いて見上げてやがるが。


 ……お前らメイドのために。

 未来のハーレムっ達のために。



 ちょっとは、かっこいいとこ見せてやるぜ。



 黒い腕の先端はもうすぐ。その直下には硬直したままのワーム。

 俺は今一度気合を入れて、右足下へ構えた剣を強く握りしめ、奥歯をバキリと鳴らした。


 さあて。俺の真の姿、見せてやるぜ。




「でやあああああああああああ!!!」




 異形から飛び降りて、頭上に構えた雷神剣・シルドムートが風を切ると、青白い雷光がその身に走る。

 へへっ、てめえにも分かるってか? 俺の技量が。


 隠しに隠した、俺の本当の姿は親父ですら知らねえ。

 この国最強の剣士軍団、『皇宮の砦インペリアルガード』。その全員を軽々と負かす俺の太刀筋を、今。


 クイーン・ワームへ浴びせた。


 ……なあ、ここにいるみんな。俺は今の人生、結構気にいってんだ。余計な色眼鏡で見られたらつまらなくなっちまう。


 だから……。



「こんな俺の姿、誰にも言うんじゃねえぞ?」



 雷鳴に似た轟音が辺りを満たした直後、すべての音が世界から消える。

 だがそれは、嵐の前の静けさ。


 円形大舞台・デンベテウスに未だに残る何千もの観衆が、俺の姿に衝撃を受けると同時に発した歓声。


 それが、国を揺るがすほどに。

 雄々しく、猛々しく湧き上がる。



 俺はこうして……。

 伝説になった。





『バカ王子が食われた――――!!!!!』


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