あたしが選んだ! あたしの王様が!! あたしをハーレムに入れたがっている!!! そのいち


 しー! お父様に聞こえちゃう!


 大丈夫だよ。おじさん、勉強中でしょ? さっきからペンがひっきりなしだ


 そう? だったらいいわ。ねえ、あの時、どうしてあたしを守ってくれたの?


 みんなに幸せになって欲しいって、おかあさんが言ったから。


 そっか。でも、せっかく助けてくれたけど、お父様もお母様もあたしも、今は幸せじゃないと思うの


 別人みたく真っ黒になるまで畑仕事したら、後は幸せに暮らせるって言ってたよ?


 いやよ、あたしは


 どうしたいの?


 昔みたいになりたい


 じゃあ、俺達がやったみたく、謀反で倒せばいい


 あたしじゃ勝てないわよ。おじ様、すごく強いじゃない


 冒険してたから強くなったんだぜ?


 そうなんだ。あたしも強くなりたいな


 俺、次の月になったら冒険してこいって言われたから、一緒に行く?


 ほんと? 行く! うんと強くなって、おじ様を倒すわ! あ! でも、謀反したらあんたも倒すことになる


 ほんとだ。じゃあ、そんときは倒したふりにして?


 わかった、そうする。じゃあ連れてって!


 いいよ。かわりに、一つお願いがあるんだ。はーれむって分かる?


 知らない


 おかあさんが死んじゃった日にさ、朝ごはんの時さ、言ってたんだ


 なんて?


 俺がアイシャにいじめられたって言ったらさ


 言ったの!?


 ごめんなさい


 おとこらしくない! お仕置き!


 痛い! その大きな剣でぶつのやめて!


 うるさい! それで、朝ごはんのお話は?


 あ、うん。おとうさんが、そんな気弱な男はお金を目当てに寄って来る人を断れないから、はーれむになるって言ったんだ


 はーれむって、人?


 分かんない。そしたらおかあさんが言ったんだ。俺なら他の種族とかも、みんなと仲良くできるからそれもいいんじゃないかって。そんなはーれむになりなさいって


 やだわ、そんなの。みんな言ってるよ? 人間族以外は下等生物だって


 うん。でも、おかあさんが言ってたんだ


 じゃあしょうがないか。それで? あたしに頼みって?


 うん。アイシャの夢は俺が手伝うから


 そっか、分かったわよ。ガルフがはーれむになるのは、あたしが手伝うわよ


 約束だぜ


 うん約束よ




 エルコット家の主の書斎

 引き出しにしまった走り書き




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ブーデンは、沼地のそばに高床式の木造の家が並ぶ小さな村だ。

 人間族が暮らすにはちょいと湿気の多い土地だが、まあ一週間ほど過ごす分にはなんら支障ねえ。

 肉厚でバカでけえ葉が茂るぬかるんだ密林の中に、ぽっかりと開けた広場。所々に渡された木板が泥に埋もれてるのは客人が少ねえ証拠。なんせここに住む連中は木板を使わねえ。それどころか靴も履かねえ。


 リザード族は、ぬかるみを器用に沈まず歩けるし、鉄釘ぐれえ踏んだって釘の方をひん曲げちまうんだ。


 乾燥すると緑青ろくしょうのようにくすむ肌も、よく磨いて水気を帯びれば翡翠ひすいのようなきらめきを放つ。今日は村の全員が一年に一度、見目麗しく光り輝く日なんだが……。


「もうおやめください!」

「どうか我々にお任せを!」


 地に手をつけて、せっかくのおめかしを台無しにしながら懇願する村の重鎮達。

 その頭の先にいる男は、金貨数枚は下らねえ豪華なマントを泥に浸しながら、這いつくばって一生懸命ヒヨコを探…………してるふりしてアイシャのパンツを眺めてやがる。


 見た目が老けてるボガード兄さんよりは若く見える暴れ髪の男。良く焼けた健康的な肌艶に細めの筋肉質。頬と顎の精悍さが、若い頃から国中を旅して歩いた冒険者としての面影を未だに残す。


「こらてめえ、鼻の下伸ばして眺めてんじゃねえぞ?」

「ケチケチすんなよ。正体ばらすぜ、二代目エストニアス」

「声でけえんだよ! ほんとにバレちまうだろうが!」


 まったくこいつは。

 へらへらしながらパンツ覗いてんじゃねえ。なんだその緩み切った鼻の下。


 俺は腹立たしい思いをしながらも、ひとまず四人目のハーレムっ候補であるルードちゃんのために、ちりぢりになったヒヨコを必死に探すことにした。



 ――今日はリザード族の神事が執り行われる日で、儀式の締めを飾る武闘会を見たくて何日か前からブーデンに入った俺達は、小さな悪事を見つけちまったんだ。


 リザード族は鳥類を崇拝していて、神事の際には沢山のヒヨコを神木の前に並べる。そいつらを、霧吹きで七色に塗るという名誉な儀式を行う巫女は、五年に一度、村に暮らす未婚の女の子から選ばれることになっている。

 今回はちょうど新たな巫女、性格美人のルードちゃんへ交代することになってたんだが、こいつが急に辞退しやがった。


 そんなルードちゃんの様子が気になって、事情を嗅ぎまわっていた俺達は、代わりに巫女の座に就いた金貸しの娘が脅迫まがいの事をしていたと知って、神事の直前にその悪事を暴いたんだ。


 で、その時に小さないざこざがあって、いつものように粗忽そこつ女が余計なものを一つ壊した。それは、ヒヨコ様をお囲いしていた柵。


 おかげでほれ、この通り。俺達四人とマントのおっさんが、揃って泥まみれになりながら草むらで四つん這いにさせられてるって訳だ。


「よし! これで二十匹! ……ちょっと、あたしばっかり捕まえてるじゃない! あんた達もしっかり探しなさいよね?」

「ねえ私の王子様。困ったわ? 今すぐこの子を沼に沈めて来たいんだけど」

「我慢してくれよジルコニア。あいにくと、鉄球の持ち合わせがねえ」


 自分を褒めるどころか文句ばかり言う俺に不満げな顔をした粗忽女が、未だに手だけは探してるふりして自分の足を眺めるマント男に声をかけた。


「手伝わせちゃってごめんね?」

「いいってことよ。それに、岬を一個切り落とした豪傑が今更何を殊勝なこと言ってやがる」

「うぐっ」

「相変わらず暴れん坊だな。……パンツはこんなに清楚なのに」

「パ……っ!? 変態か!」


 そしていつものフルスイング。泥の中を転がるマント男。


「ぐおおおっ! やっぱり暴れん坊だ……」


 そんなスケベな先輩冒険者は、皆からこんな名で呼ばれてる。


「だ、大丈夫ですかグランベルク陛下!?」

「国王陛下! そのようなことをされましたら我々が困ります!」

「え!? そそ、そんな事ってなんだよ! 俺はピンクに白フリルなんて見てねえぞ!?」

「ピンク……? い、いえ、聖なるトリの子は我々が探しますので……」

「あ、そっちの話か」


 リザード族の若い連中に手を貸されて泥の中から立ち上がった親父は、腰を手の甲で叩きながら偉そうなことを言い始めた。


「なに言ってんだ、神を崇め奉る儀式だろ? 王様どころか、神でもこき使えよ」

「神を使っちゃ本末転倒だろ」


 反射的に突っ込んだものの、どうしてこいつの言葉には重みがあるのか。

 リザード族はこのおかしな言葉にえらく感動したようで、必死に探すぞと気勢をあげた。


 せっかく磨いた体を泥だらけにして草むらをかき回すリザード族。さっきまであきらめムードだったのに、今は真剣そのものだ。こういう盛り上がりが好きなアイシャも気合を入れ直して草むらに膝を突く。


 ……そして親父は、アイシャの真後ろに再び陣取った。大したもんだと褒めてやろうとしたらこれだぜ。呆れたヤツ。


「おい、親父」

「なんだよ、ケチケチすんな。隣の席なら空いてるぜ?」

「そっちはいいよ。俺は先生と一緒にジルコニアの後ろについて歩くことで手一杯だから」


 こっちの尻も見逃せねえ。体が二つねえのが残念だ。


「それより、毎年ここの武闘会を見に来やがるけどよ、今年はどうやって外出を止めようとする宮殿の連中まいたんだ?」

「諦められた」


 平気な顔してめちゃくちゃな事言いやがる。しかも、挙句にこれだ。


「ヒヨコ、小さくて探しにくくて良かったぜ。時間がかかって実にいい」

「てめえ、さっきの演説はアイシャのパンツを見ていたいから言っただけですってバラしてやろうか?」

「そんなことねえ。これがファイアーバードの雛だったら探すのに苦労も無かったろうにって真剣に思ってる」


 だったらそのツラ、地面向けや。前見んな。


「親父も見たのか、あれ。あんなでけえとは思わなかった」


 俺がそんな返事をしたら、こいつ、キラキラした目ぇしてはいはいで寄ってきた。ふざけんじゃねえ、泥が顔にかかったじゃねえか。


「ファイアーバードの雛を見ただと!? 俺は話でしか聞いたことねえってのに! タムの森の奥まで行ったのか?」

「行ってねえよ、怖くて。森の出口まで川に流されてきたやつがいてよ」

「マジか!」

「そいつに、アイシャが切りかかった」

「…………マジか」


 そうだよ、てめえが今まで眺めてたおパンツ様の怖さに恐れ入ったか。分かったなら、もっとしっかり地べたに頭擦りつけて詫び入れろ。じゃねえと不機嫌になったこいつに俺までふっ飛ばされる。


 ……そんな親父は無言の謝罪を終えると、マントで顔を拭きながら立ち上がった。そして見つめる先は北の方。そうだな、タムの森はだいたいそっちで合ってるぜ。


「いいなあこの野郎。俺も冒険に出てえぜ」

「バカか? そんな王がどこにいるよ」

「だから、選挙が終わったらなる早で王位譲りてえんだ。そして昔のメンバー集めて、最強の世直しパーティー『バルバーツ』の復活だ!」


 やれやれ、おっさんが何をとんでもねえ夢見てやがる。だがまあ、笑い飛ばす訳にもいかねえか、本気みてえだし。


「……もう、何千人いるか分かんねえよ、バルバーツ。どんなパーティーだ」

「ははっ! 変な組織にしやがって。いいよ、昔のメンバーだけ借りるから。ベクターの野郎は『皇宮の砦インペリアルガード』の隊長やってるから当てに出来るが、エクスボルトはどうだ? まだ使えそうか?」

「最近じゃ、腕がなまったってのが口癖だぜ」


 そうかそうかなんて楽しそうにしながら俺を見下ろす親父。みんなが必死にヒヨコ様を探す中、急に語り始めやがった。


「俺はな、悪徳役人を懲らしめて、不当な苦労を強いられてきた連中と酒を酌み交わしながらこんな国の王なんざくそ食らえって騒ぐのが一番の幸せだったんだ。で、最後には俺が王になるって言って宴会を締めるんだ。最高だろ?」


 そんなこと言いながら、ニカッと笑う顔はガキそのもの。てめえが言うとみんな本気にしちまうんだよ。自重しろ。


「で、またそれをやりてえから冒険者に戻るのかよ。てこたぁ、兄さん達がくそ食らえって言われることになるのか。どんな父親だ」

「な!」

「兄さん達、どっちが王になっても親父を親衛隊長には雇わねえだろうぜ?」

「わはは! 謀反起こされると困るからな!」


 そして楽しそうに大笑い。皆が、そんなバカ王を何ごとかと眺め始めた。


 どこにいても、何をしても注目される圧倒的カリスマ。確かにあんたは本物だって思う。

 だが時代ってやつは常に動いてるんだぜ?

 おっさんの時代は、もう終わったんだよ。


 次は俺達の時代なんだと言わんばかり。親父が集めていた注目を奪い去ったのは金髪の美女の高らかな声だった。


「二十四匹! あと一匹!」


 破壊の限りを尽くす悪の権化だが、こいつの望みはてめえと一緒。ブルタニス復権なんていつも吠えてやがるが、結局は国民みんなを愛してやまねえ不器用女。


 アイシャも、気付けばあんたの背中を追っているようだぜ。


「あと一匹か、なんとか間に合いそうだな。これでルードちゃんが儀式できる。それが終われば、感謝の涙を流して俺のハーレムに入ってくれるだろうぜ」


 ルードちゃんは性格美人。子供に優しくて、友達のために自分が損をすることをいとわない女の子だ。俺が悪事を明らかにした瞬間、涙を流して感謝してたし。手ごたえありだぜ。


 なんて思ってたのに。親父は信じがたい事を言ってきた。


「バカか? 新しい巫女は、その後行われる武闘会の勝者と結婚すんだぜ?」

「はぁ!? おいおい、聞いてねえぞ!」

「ガルが出場して優勝すりゃいいじゃねえか。そうすりゃルードちゃんはてめえのもんだ」


 こら親父、無茶言うんじゃねえよ。俺、武器なんか持ってねえぞ? 槍持ったリザード族に素手で勝てるわけねえだろ。アイシャならともかく……?


「いや、いい手がある! おいアイシャ、てめえが武闘会に出ろ!」

「はあ!? あんたは仕事もしないでなに言い出してんのよ!」

「なるほど妙案だな。アイシャちゃんが手に入れて来い」

「ちょっと! おじ様まで何言ってるの? 何を手に入れろって?」

「「ルードちゃん」」


 見事な合唱にハイタッチした俺達を見るアイシャの顔がミノタウロスになった。

 やべえ、逃げなきゃ。


「これだからグランベルクは! 死ねっ! 食べられるか食べられないか紙一重のキノコ食べて、あたし達から、だから言ったじゃ~んって笑われながら死ね!」

「笑われキノコなんて聞いたことねえ」


 俺の突っ込みが終わる前には、既に聖剣を泥だらけの手で振りかぶっていたアイシャだったが、その怒りがメルクの大声のせいで行き場を失った。


「いたのですー!」


 おお、助かったぜ。後でてめえにはアイシャのブーツの泥を拭き取る権利を与えてやろう。そーっと覗くんだぞ、そーっと。

 そんな救世主が指差す先は、大人二人でちょうど抱き着くことが出来るくれえの太さがあるご神木。そこに巻き付いた太いツタをヒヨコがよじ登ったらしいな、みんなして随分上の方を眺めてやがる。


「どこよメルク!」

「ひうっ!? え、えっと、下から二本目の枝の辺りに……」


 ご立腹モードのアイシャに怒鳴られて、一瞬で涙目になったメルクが指差すあたり。俺にはヒヨコの姿は見えねえが、アイシャも目を細くさせて必死に探してるようだ。


「ああもう! 面倒ね! ……こほん。ブーデン村の皆様。ちょっとその木からお離れあそばしていただけませんこと?」


 怒りのせいで言葉がめちゃくちゃな粗忽の頼みを聞いて、リザード族は慌ててご神木から離れたんだが、まあ無理もねえか。散々国王に狼藉を働いてるのにおとがめ無しなんて得体の知れねえ女、こええよな。


 とは言え止めねえと。こいつ、間違いなくご神木によじ登る気だ。


「アイシャ、待て!」


 だが、止めようとした俺にメルクがすがりついて邪魔してきやがった。


「こら! 何の真似だ!?」

「同志・ご主人様! 拙者のお願いを聞いて下され!」

「やかましい! あのバカ、自分が登ろうとしてる木が何だか分かってねえんだぞ!?」

「それは重々承知! でも、おでのアイシャ様が泥まみれのエロいおみ足で木に登るとそこにピンクの三角形がむはーっ! 課金させろ!」


 ほんとなに言ってんだこのど変態!


「ジルコニア!」

「なあに? アレを止めればいいの?」

「…………うそ! 何でもねえ!」


 肩すくめて変な人ね。なんて顔してんじゃねえぞ役立たず! まったくどいつもこいつも!


 俺は既によだれを垂らし始めたメルクを突き飛ばしてアイシャの元へ走った。だが、どうやら間に合わなかったようだ。


 アイシャが木に登っていたなら悠々間に合うタイミングだったんだが、こいつはヒヨコを降ろすために違う手段を取りやがった。


「やめろてめえ! それはご神木……!」

「んどっこいしょおおおおおっ!」


 『怒り』や『苛立ち』を赤い光で 具現化させた、想いを刃に変える聖剣・プリムローゼ。身長に匹敵するほどの光が止める間もなくご神木を斜めに切り捨てる。

 そして、まるで水が蒸発するかのようにじゅわっと音を立てたその切り口に沿ってご神木は斜めに滑り落ちて地面に突き立つと、そこを支点に広場の方に向かって倒れてきた。


 ご神木が切られたことによる悲鳴と倒木から逃げる叫び声。まるで天変地異の様な声の渦の中、俺も慌てて逃げようとしたんだが……。


「なんでてめえはいつまでも惚けてんだ!?」


 そこにしゃがみ込んでいたのは、よだれを垂らしたご満悦顔のメルク。

 急いで抱きかかえて三歩程進んだが、方向が悪かった。


「ぐおっ! 足が潜る!?」


 ここ、泥がめちゃくちゃ柔らけえ! これじゃ逃げられねえぞ?

 俺はさらに二歩進んだところでまるで動けなくなって、そのままメルクを放り捨てながら前のめりに倒れる。


 と、同時に背中へ巨木の直撃を食らった。


「ぐっはあああああああああ……、あ?」

「あらやだ王子様。下が沼みたいになってて良かったわね」


 冷静だなジルコニア。まあ、確かに体が沼にめり込んだから潰されずに済んだけどよ。


「よかねえ、十分いてえぜ。こらメルク! てめえは俺を殺す気か?」

「ぐふ、アイシャ様のおみ足がドロコーティング……。ポロリもあるよ……」

「……なあジルコニア。こいつ、沼に沈めていいか?」

「困った人ね。生憎、私も鉄球を持ち合わせていないの」


 俺は泥沼に半身を浸したメルクをにらみつけながら、ジルコニアの腕を掴んで木の下から這い出すと、慌てて駆け寄って来たリザード達に手を掴まれて……、枷をはめられた。


 顔を上げれば、みんな揃って槍を掲げてやつらの言語で大騒ぎ。まあ、しょうがねえな。神木を切り倒したんだ。せっかく助けてやったのに、すぐ串刺しかもな、メルク。


 そんな俺達が牢獄へ連行される姿を見下していた親父が、呆れ顔を浮かべながらため息を漏らすと、ぽつりと俺につぶやいた。


「え? 俺も入るの?」

「グダグダうるせえぞ親父。みなさんの手間ぁ取らすな」



 こうして、前代未聞なことに。

 ブーデンの村の暦が書き換えられ。

 儀式は一月延期されることが決定した。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 何度だって言ってやる。

 俺は馬車旅が嫌いだ。


 ごろごろとうるせえし、がたがた揺れるし、ぎゃーぎゃーうるせえし。


 とは言え、この馬車はそれなり快適だ。天蓋はあるけど四方には幌がねえ。

 おかげで昼下がりの爽やかな風を、体全体で浴びることが出来る。


 次期国王選挙を明後日に控えた王都への道を専用馬車に揺られながら進むと、麦畑で働く誰もがぽかんと口を開いて俺達を見つめる。

 そんな連中に親父が手を振ると、みんなが慌てて膝を突く。


 そして馬車が通り過ぎると、誰もが通りまで走ってきて、俺達を見送りながら騒ぐんだ。



 ……なんでグランベルク陛下が、護送用の檻に入れられてるんだ? ってな。



「もう! あんたといるといつもこうなる!」

「その手紙、宛先にアイシャ様へってちゃんと書けよ?」


 まったく腹立たしい。でもジルコニアは飄々としてるし、メルクはもう悟りを開いてるし。結果不愉快な思いをしてるのは俺だけ。親父すら笑ってやがる。と、言うか。


「てめえはくつろぎ過ぎ」

「ガルよ! これ気持ちいいな!」

「呆れたヤツだな。でも、これに乗ってる間はもうちっとしょんぼりした顔するのが作法だ。……そうそう、そんな感じ」


 大物なのか無神経なのか、国王が一番気にしてねえってのはどうなんだよ。


 結局あれから三日後、王都から来た役人に引き渡された俺達。もちろん親父には別の馬車が準備されていたんだが、たまには親子でゆっくり話をさせろとか言い出してこの有様だ。


「いい加減てめえは降りろよ。このまま王都に入ったら大変だ。あいつら意外と、心を抉るような罵声を浴びせて来るぞ?」

「わっははは! そりゃひでえ国だ! 全部国王が悪い!」


 ほんとにこいつ、どうなっても知らんぞ。

 俺は無視を決め込んで鉄床の上に敷かれた藁へ横になったんだが、ジルコニアが膝枕するふりして殺そうとしてきたからメルクの影に隠れた。ちきしょう、狭くて逃げ場がねえ。


「……なんだ今の? ジルコニアちゃん、ガルに避けられてるのか?」

「ふふっ。私がそうされると興奮するのをご存じだからだと思いますわ」

「ちげえぞ騙されんな。こいつは俺を殺そうとしてるんだ」

「なに言ってんだ、ガル?」


 俺が無駄と知りながらも告発すると、四人して苦笑いを交わし始めた。子供のウソみてえに扱うんじゃねえ。ほんとだっての。


「変なやつ。こいつ、こんなだけどさ、これからもよろしく頼むな、ジルコニアちゃん、メルクハートちゃん」

「ボ、ボクの方こそお願いいたします!」

「もちろんですわ。ガルフォンス様のことは私にお任せを、お父様」


 こら、お父様ってなんのつもりだよ。

 王族に紛れ込んで、国を簒奪する気か?


「お父様か! いいなそれ! アイシャちゃんも、俺のことお父様って呼んでくれて構わねえぜ?」

「ふざけんな! 誰がこんなやつと!」

「俺だって御免だ。てめえはハーレムに入ってくれりゃそれでいいんだ。嫁なんて冗談じゃねごひんっ! バカ野郎! こんなせめえとこで聖剣振り回すんじゃねいててててて!」


 やめねえか粗忽。俺を打ち据えてる間に親父の頭も三回ほど叩いてるっての。

 ジルコニアは真っ青な顔して鉄格子に張り付いてるし、メルクに至っちゃ、恐怖のあまりポケットに手ぇ突っ込んで何か探してやがる。


 ……おかしいだろ。何やってんだこんな時によう。


「なに探してんだ、メルク」

「あれれ? ここに入った時、手枷外したじゃないですか。ボク、そのカギをお預かりしていたはずなのですが……」

「失くしたのか? これだから粗忽二号は」

「ちょっと! そこでどうしてあたしをにらむのよ!」


 そりゃ、一号だから。

 なんて言えるはずもなく。

 俺達は鉄の床板を漁り始めたんだが、藁が邪魔で探しにくい。


「まったく。ヒヨコに続いてなんでこんな真似しなきゃなんねえんだ」

「ごめんなさいなのです……。あ! ジルコニア様と手が触れちゃいました! ドキドキなのです!」


 こんな時でも変わんねえなてめえは。

 ウハウハ嬉しそうにしてるんじゃねえよ。


「恋が芽生えちゃうかもしれないのです~」

「ごめんねメルクハート。あたしにはガルフォンスがいるから。また来世でね」

「冷たいのです」

「そんなんで恋が芽生えたら苦労しねえだろ」

「いいえ、テンプレこそ正義! ボクとご主人様だって、手が触れたら恋が芽生えるかもしれないのですよ?」

「ねえよ」


 なんて言ってみたが。そういうものか?

 試してみてえな。アイシャの手、あの辺か。

 こっそりと、掴まれるような位置へ藁の下から手を伸ばしてみると……。


「ん? これ、まさか……」


 アイシャが、手を握ったまま頬を赤くする。

 その手を離すことが出来ないなんて、やっぱほんとに。



 恋、芽生えるのか?



「いやああああああん! 私の心も体も! アイシャ様に捧げるのおお!」

「すげえな先生。ほんとに芽生えたぜ?」

「こっ、これは! ジルコニア様がGIF動画バリに痙攣しまくってるなんて、こんな尊い映像ぜってえキャプる!」

「うへ、うへへへへ……。ごめんなさい。授業中にうとうとし始めたムルカジ君のペンを上下逆さに持たせてごめんなさい……」

「刺さったろそれ! ムルカジ君のおでこに小さなほくろあったけどあれもお前の仕業か!」


 相変わらず意味の分からん外国語で騒ぐ先生と、消えそうになりながら懺悔を始めるジルコニア。親父はそんな二人を、目を丸くさせながら眺めてやがる。


「わりいな、騒がしくて」

「いや、それよりその子……」

「言うなよ?」


 さすがに気付くか。でも内緒にしてくれ。


「めんどくせえな。アイシャちゃんの素性隠すのにも大変なのに。……ボガードに見つかったらシャレにならんぞ?」

「もう会ってる。人間だって信じてる」

「………………あいつ、バカだな~」

「実の息子になんてこと言いやがる」


 てめえが自分を超える剣士にするとか言って毎日しごいてたからバカになったんだろうが。


「しかし、マジか。すげえパーティーだな。……お嬢ちゃんも変わってるのか?」

「ひうっ!? せ、拙者など、まったくもって平凡な……」

「ああ、言っといたほうがいいな。何かあった時にこいつならもみ消せるから」

「ひうっ!?」


 わたわたと俺の後ろに隠れて外套握りしめてるけど。てめえの方が俺よりでけえだろうが。隠れ切ってねえ。


「なんだ? やっぱ訳アリなのか?」

「こいつ、異国の人間だ」

「…………はあ!? ここ以外に国があるってことかよ!」


 親父、目ぇキラキラさせてメルクの手ぇ握りしめてっけど。返せこら。それは俺のだ。


「い、いえ、厳密に言えばもう滅びてしまっていると言いますか……」

「そうなのか! じゃあメルクハートちゃんは亡国の姫様なのか?」

「そんなジョブじゃないのですよ。ただの高校生です」


 そんなことを言いながら、でかいリュックをガサガサ漁ったメルクは、中から四角い板を出して親父に手渡した。


「こっ、これは!」

「どうした親父!」

「読めねえ。さすが異国語」

「なんだその板」

「学生証なのです」

「そんなのあるのか。でも読めなきゃ意味ねえだろ」

「いや、間違いなく異国の……、しかもすげえ文明国だったってことが分かったぜ」


 そう言いながら親父がメルクに板を返すと、メルクは改めて板を見つめながら、大切そうにリュックへしまった。

 でも、こんなの見せられたら黙っちゃいねえだろうな。


「やべえ。今すぐその国を探す旅に出てえ」

「言うと思ったぜ。……どの辺にあったのか聞かねえのか?」

「バカだな。それじゃ自分で探す楽しみが減るだろ」


 大真面目に言ってやがるが、バカはてめえの方だ。どうやって探す気だよ。

 親父は鼻息荒く立ち上がって、北と、そして西へ向けて視線を遠くへ走らせる。魔獣うごめく地の先にある異国が、その目には映ってるのかもしれねえな。


「よし! もう、とっとと王位譲るぞ! ガルはどうせ選挙に勝てねえんだろ? てめえのパーティー連れてついてこい!」

「勝てるわけねえのは認めるけどよ、なんか腹立つな」

「ははっ! いいじゃねえか。王になったところで好きなことなんかなに一つできねえし。なんでもかんでも大臣共に否定される」

「そうなのか」


 知らなかったぜ。でも、そりゃあそうか。

 歴代ブルタニスが善政布いてたとこに頭がすげ替わって、国が何となく荒れてるんだ、無茶できねえよな。


「まあ、一つだけわがまま言える権利があるから、こうして選挙を開催することにしたんだけどよ」

「へえ。…………わがまま言える権利?」

「ああ、歴代そういう決まりがあるんだ。選挙に勝ったらすぐにだって使えるぜ? どんな願いでも大臣達の反対を押し切って叶えることができる」

「それ! 先に言えよおおおおお!」


 マジか!

 そんなご褒美があったなんて!


「それ使えば、小さい頃にアイシャと約束した願いも叶えられるじゃねえか!」

「お? あれか! ブルタニス陛下から聞いてるぜ?」

「ちょっと! あんたが国王になんか選ばれる訳ないけど、そんなことしてまであたしをハーレムに入れたいの!? 死ねっ!!!」

「ごはあっ!」


 いつものフルスイング。そいつに吹き飛ばされた俺が鉄格子にぶち当たると、そのまま馬車は横転。天蓋が外れて、俺達は晴れて自由の身になった。


 無論、そんな自由は一瞬で終了。前を行く馬車から出てきた役人共は、手枷どころか足に鉄球まではめて、さるぐつわまで出してきやがったんだが……。


「俺も?」

「グダグダうるせえぞ親父、みなさんの手間ぁ取らすな」


 ……そして迎えた選挙当日。手枷を外す鍵がどこにもねえってことで、ぶち壊すのに半日かかり。


 選挙は、翌日に延期となった。


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