コボルド族は、だいたい三割 そのに
「極上キノコシチューと厚切りベーコンソテーちょうだい。デザートはプリンで」
「塩パスタ」
「牛テールの赤ワイン煮込みとガーリックトーストをお願いするわ。この子にも同じものを」
「かしこまりました~! すいません、二人目のお兄さんの注文がちょ~っと聞き取れなかったのでもう一度お願いします!」
「いりません」
バカウェイトレスめ。
お前がちょ~っと可愛いせいで、恥ずかしくて二度も言えねえじゃねえか。
俺はマッサ石造りのレストランから出て、向かいに建ってる白壁の家の庭先へ逃げた。先客のガキ共が遊んでやがるが、ちょっと俺も混ぜてくれ。
――国中を旅して歩く俺に、親父は結構な資金をくれている。人助けのためには思う存分使えってことなんだが、こいつはバルバーツ党の活動資金としてエクスボルトに全部預けてある。だから俺は、日雇いなんかで地味に稼いだ金で貧乏暮らしをしてるわけだ。
そんな俺をこんな店に連れて来るんじゃねえよ。一番安い料理で銀貨一枚って、バカにしてんのか。
あれから五日。小せえ村だから、もう観光にも飽きた。成人の塔にも三回ほど登ったが、その都度暑っ苦しい演説を聞かされてうんざりしたな。
成人とは、他人に頼らず自らの力で困難を切り開く者なり。先人の拓いた道を今こそ外れ、新たな頂を目指す勇気が青き花を光り輝かせるであろう、か。
あのなあ。俺達は暇つぶしで登りに行ったんだ。知らねえよそんな心構え。それに道なんかしょっちゅう外れてるよ、粗忽が方向オンチなせいで。
そんな成人の塔だが、こいつに挑んで気付いたことが二つある。
一つは、メルクの意外な運動神経。
冒険慣れした俺やアイシャ、あと、多分何らかの魔法を使ったジルコニアはともかく、メルクがひょいひょい塔を登っていく姿はワーベンヘッタの連中すら驚嘆の声を上げていた。なんでもメルクの国にも似たようなものがあったからってことなんだが、それにしたって大したもんだ。
そしてもう一つは、最後のオーバーハングの意味。頂上に達する手前、七段ほどのレンガは上に行くにつれてせり出している。だがあそこには、どうあっても途中で指をかける場所がねえ。一か八かで思いっきり腕を伸ばせばギリギリ頂上の縁に手がかかる。
それが意味することは一つ。
子供のうちに登頂できねえってのは、単に腕の長さの問題なんだ。
でもそういうペテンはなんとなく納得いかなくて、俺はこっそりレンガを削って小さな窪みを作っておいた。大人の指じゃ入らねえ、子供専用の窪み。
これがバレたら村から永久追放だろうな。でもまあ、あれに気付くやつなんか現れねえだろうし、気付いたところで微々たる窪みだ。結局のところ……。
「てめえらにはまだ早えってこった」
子供らが、巣穴から出てきたコボルドにまたがって遊んでやがるが、可哀そうだからやめとけよ。
「なあ、知ってっか? コボルド、蹴って遊ぶと楽しいんだぜ?」
「あ、こないだ大人がやってた! 俺もやってみたい!」
「銅貨出せ! じゃねえと蹴っちまうぞ?」
「こら、お前ら。弱いもんいじめとか、それが男のすることか?」
俺がガキどもの前で胡坐をかくと、みんな途端に眉根を寄せやがった。
「大人とかさ、強くて悪いやつと戦えよ」
「じゃあお前だ!」
「悪い大人を懲らしめてやる!」
「いでででで!」
このガキども、やるじゃねえか。三人で一人と戦う時のポイントをよく分かってやがる。
一人が足にしがみついてる間にもう一人が片手を後ろにねじりあげて、最後の一人がとどめとばかりに頭を叩く。完璧だ。
そんな将来の騎士達に俺がこらしめられていたら、白壁の家の庭を手入れしていた老夫婦が助けに入ってくれた。
「これ。放してあげなさい」
爺さんに言われると、ガキ共は俺から離れてふてくされる。ワーベンヘッタじゃ成人の塔を登れない子供はそれなり大人に従順なんだ。
「旅のお方、申し訳ございません」
「ああ、構わねえよ。俺がちょっかい出したんだからな」
「それにしても良いことを言う方ですな。男なら強くて悪い者と戦えとは」
「旅のお方。素晴らしい言葉を村の子供達に下さりありがとうございます。お名前を教えていただけます?」
なんだよお前ら、その優しいまなざし。
それを侮蔑の表情に変えるの嫌なんだが。
「言わなきゃダメか?」
「是非」
「…………ガルフォンスだ」
「「「十七で童貞のバカ王子!?」」」
「ガキとジジババに言われたかねえぞこら!」
つまんねえ話広めて歩いてんの、あの粗忽女だな!? ちきしょう! 後でねちねち文句言い続けてやる!
「なんだよ、バカ王子の言う事なんか当てにならねえぜ! なあお前ら!」
「そうだそうだ!」
「うるせえ。コボルド族だって俺達と何にも変わらねえのに、なんでいじめる」
石畳に胡坐のままで語る俺に、ガキ共が冷笑を浴びせてきたんだが。そうな、お前らが偉そうにするための踏み台だもんな、こいつら。しかもこの国は人間族が他種族をさげすむのが当たり前ときてりゃやむなしか。
そう思ってたんだが意外にも、爺さん婆さんは俺の言葉を肯定してくれた。
「確かに。私もガルフォンス殿下と同じように胸を痛めておるのです」
「そう考える者も少なく無いのですよ。あなたたちもそうなさい」
「コボルドをいじめんなって? やだよ! 友達からバカにされちまう!」
「……そんな奴らと友達になる必要はねえ。いつかお前がそいつからコボルドみてえに蹴飛ばされることになるぞ?」
自分より弱い者を蹴飛ばす奴と一緒にいるってことはそういうこった。俺の話が正論だって思ったんだろうな。こいつら、急に黙っちまったんだが……。
「うるせえバカ王子!」
「いてえ! ぐおおおおお!」
一人が思いっきりすねを蹴とばすと、揃って逃げて行っちまった。
ちきしょうガキ共め……、マジでいてえ!
「だ、大丈夫ですかな?」
爺さんが慌てて柵を開いて出てきたが、せっかく綺麗に巻き付いてたツル薔薇がずり落ちちまったじゃねえか、もったいねえ。
それに手なんか差し出しやがるが、掴まれってか? いらねえっての。
「おお、構わねえでくれ。痛みが引くまではこの方が楽だ」
すねをさすりながら苦笑いした俺に、もう一人、いらねえ親切を押し付けてきた奴がいる。
さっきのコボルドが、巣穴に潜って、中に貯まってた銅貨を五枚差し出してきやがった。
「なんだそりゃ? バカじゃねえの? そんなもん出すんじゃねえ」
俺がにらみつけても白い目玉をぱちくりさせながら、改めて金を差し出してくるんだが。
「あのなあ。俺はお前らと友達になりてえから守ってやったんだ。守られたからって金を払うのは、友達とはちょっと違う。分かるか?」
今度はでけえ首をカクンとかしげてるが。難しかったか?
俺はバカな友達の四角い頭を撫でながら、さらに説明してやった。
「そいつは、お前さんが友達だって思った奴が金に困った時のためにとっておけ。別に、俺は困ってねえ」
そう言った瞬間、盛大に鳴る腹。そして俺の手を取って銅貨を押し付けてくるコボルド。爺さんが腹を抱えて笑うと、婆さんは俺とコボルドの手を引いて家に招き入れてくれた。
そこで俺と兄弟は、ふかしイモを腹いっぱい食わせてもらったのさ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はあ!? じゃあ、ただでご飯恵んでもらったっての!?」
「ただじゃねえ。金は払った。銅貨五枚」
「恥ずかしいから死んでくんない? 今、墓石用意してあげるわよ」
「ふざけんな。てめえが持ち上げたその岩で叩かれたら死んじまうだろうが」
俺を殺す気満々のメイド達と共に、デンベルクの工房へ向かう。そんな殺人姫共は、庭先でいつもの軽い冗談を頭に落とされてぐったりした俺を引きずりながら扉を開くなり、驚嘆の声をあげた。
「な……、なにこれっ!?」
「凄い勢いでパンツが出来ているのです!」
「ふふっ。奥様は、天才だったという訳ね」
くらくらする視界に映ったものは、低くて長い作業台の両側にずらりと並んだ何十匹ものコボルド達。揃いの割烹着が、やたら似合ってて可愛らしい。
でも、こいつらに作らせたってまともなもんできねえんじゃねえか?
「まったく、お前が来ると面倒ばっか増えやがる。おかげで俺はお払い箱になりそうだぜ」
「丁度いいところに来たわね! ようやく大量生産の目処が立ったとこよ!」
デンベルクのおっさんは文句を言いながらもウハウハ笑って、パンツをほどいて生地に戻してやがる。
なにそれ失敗作? 山になってるけどよ。
「おいヒュッケ。失敗作を大量生産できる目処が立っても意味ねえだろ」
文句をつける俺に自慢気に渡されたパンツ。
それは、この間メルクが履いてたもんとなんら変わりねえ完璧な出来だった。
「え? どういうこった」
「ふふっ。ガルフォンス、それが一枚完成するためには三十枚くらいの失敗作が必要経費ということよ」
「そうそう、そういう事! ルルイデンのお嬢さんは聡いねえ!」
ヒュッケとジルコニアだけは理解できてるようだが、説明しろよお前ら。
「最初は一枚まるっと作らせてみたんだけどまるでダメでね。じゃあどこまでできるのかって試していったら、三工程に分けたらできるようになったの。……相変わらず、成功率はだいたい三割だけど」
「おお、頭いいな、ヒュッケ。パンツほどいて生地に戻すことしかできねえおっさんにゃもったいねえ」
「なんだと小僧!」
失敗パンツを投げつけてきやがったが、じゃあおっさんにこんな発想できるか?
一工程目でちゃんと仕上がるのがだいたい三割。上手く作れた品だけを集めて二工程目もクリアするのがこれまた三割。そして同じ確率で三工程目を突破できれば晴れて完成品となる。失敗作はほどいて生地に戻して再利用すれば無駄もねえ。
「あとはこいつらを働かせる賃金だけか。一見高そうに見えるが、一枚作るのに銅貨三枚」
「そういうこと!」
失敗した分は銅貨返してくれるもんな。大したアイデアだ。
これだけ独創的な下着だ。銀貨四、五枚の値を付けても欲しがる奴はごまんといるだろう。
そして世間の女共がこんな可愛いパンツを履くようになるんだ。なんという夢の世界。俺としても、全力で手を貸してやる。
だがそんな夢を紡ぐ工房の中にたった一人、口を尖らせるヤツがいる。
「ちょっと! 可哀そうでしょ!? いくらコボルド達がなんでも言うこときいてくれるからってやり過ぎよ!」
「なんだよ。昔はパンツを覗かれるからとか言いながら、こいつら蹴飛ばして歩いてた暴力女が偉そうなこと言いやがって」
「うぐっ! そ、そんな昔のことは記憶にございません……」
「あらやだ野蛮なのね。そんなお嬢様と一緒にハーレムに入ったら、私が蹴飛ばされそう」
「あたしはこんな野郎のハーレムになんか入らないわよ!」
仲良しコンビが口喧嘩始めやがったが、ネコロが遊びに出てて良かったぜ。こんなみっともねえ姿、子供に見せる訳にゃいかねえからな。
それよりも、だ。
「こらジルコニア、誰がお前をハーレムに入れるって言ったよ。今んとこ入れる予定なのはアイシャとメルクだけだ」
「ひええええ!? ボボボっ、ボク、なんでそんなことになっているのです!?」
「だから! あたしは入らねえって言ってるでしょうが! ジル! あんたがおかしなこと言うからこんなことに!」
「うふふっ、嫉妬しちゃう。でも、メルクはともかくこんなマッサ村の石壁みたいな胸より私の方が触り心地いいわよ?」
「なんだと!? あんたは言ってはいけないことを……っ!」
途端に大騒ぎし始めた俺達を、デンベルク夫妻とコボルド共が口をぽかんとさせて眺めてやがるが、それが一瞬で驚愕の表情に変わった。
それと言うのも、アイシャが怒りに任せてジルコニアの首を両手で絞めたせいで子供に聞かせられねえアレが始まっちまったからだ。
「ひやあああん! ああん、だめっ! 純潔にされちゃうの~~~~!」
「こらアイシャ! ジルコニアに触るなっていつも言ってるだろうが!」
無理やり間に割って入ると、いつものように幸せそうな顔してぶっ倒れたジルコニアから怒りの矛先を俺に変えたアイシャがまくし立ててきやがった。
「何よ! あんたいつもジルの味方して!」
「そんなことねえだろ」
「それに昔のことをねちねちと……! 過去のあたしはともかく、他の種族には優しくしろだの言っといて、コボルド達にはそんな態度とる訳!?」
「落ち着け粗忽。それよりこの二人が大変だ」
俺が両手で指差す二人。明らかにヤバい。
「なんでしょう今の尊い百合動画! 好きな角度から見放題とかむはーーーっ! 拙者、今日は現地入りして大勝利なのでござるよ!」
「うへ、うへへへへ……。ごめんなさい。塾で隣に座ってたムルカジ君の頭にカマキリの卵を山盛りに乗せてごめんなさい……」
ジルコニアのは何度も見たからさすがに慣れたが、メルクのはなんだ?
正座して、よだれ垂らしながら惚けてやがるが大丈夫なのか?
「お、おい、メルク。どうした?」
「あ! こんなゴミクズの様な拙者にはどうぞお構いなく! 今の動画をいつでも再生できるよう、脳内の『仕事用』ドライブの『会議資料(七)』フォルダへ鋭意記憶中なだけなのでぐへへへじゅるっ」
…………なんだそれ? ふわふわロングの銀髪に緩み切った惚け顔がめちゃめちゃ似合わねえ。いや、こいつが何言ってるか全く分からねえ方が問題か。
「だ……、大丈夫なのかい?」
一般人には異常とも言えるこの光景。ヒュッケが口を挟むのも当然だが、大丈夫かどうかと聞かれてもなあ。ぶっちゃけ俺にも分からん。
頭を掻きながら、どう返事をしたもんか悩む俺に、さらに一つの事件が押し付けられる。
その騒ぎは、コボルド達が巣へ銅貨を置きに行って再び戻ってくるために、開け放したままにしてある玄関の外から聞こえてきた。
「なんだこの家! コボルド屋敷だ!」
「でかいコボルドの巣か? 変なの!」
「これなら狙い放題だ! 誰が一番当てられるか競争しようぜ?」
「そんなことさせないぞ! やめろ!」
急いで外へ向かうとさっきの三人組が工房に出入りするコボルド達に石を投げつけていて、それをネコロが両手を広げて守ってやがった。
「あ・の・ガキ共っ!」
「ワーニン! 旦那様! アイシャ様がご乱心です! ボク、知り合いが殺人を犯すのを見たくないのですよ!」
「よし! メルクはそのままアイシャを羽交い絞めにしとけ! 俺には無理だから丸投げにしてるってわけじゃねえからな!」
「ぜったい丸投げにしてるのですうううう!」
背の高いメルクがじたばた暴れるアイシャを持ち上げている間に、俺とヒュッケは子供達の元に走った。そしてネコロと、その後ろに隠れて震えていたコボルド達の前に立ち塞がると、子供に一番こたえるお母さんの声音が悪ガキ共の背筋を一瞬にして真っすぐに立たせた。
「あんた達恥ずかしい真似すんじゃないよ! 男の子が暴力を振るっていいのは好きな女の子を守る時だけにしな! 分かったらあたしの子と友達に謝りなさい!」
俺すら胸にズシンときた、母ちゃんならではの大喝にやられちまったガキ共は、モゴモゴごめんなさいと口にしながら揃って泣き出した。
それをヒュッケが優しく抱きしめてやるもんだから、泣き声はさらに加速。ほんと、母親ってやつはこの地上で一番強い生き物だ。
でも、お前もその次くれえには強かったぜ。
「すげえなお前。俺にゃあ真似できねえ」
複雑な表情でヒュッケの背中を見つめるネコロの頭をくしゃっと撫でてやると、うるさそうに手を払われた。
「別に凄くないよ。僕は、友達を守っただけだから」
自分を褒めずに、悪いことをした連中を抱きしめている母ちゃんから目を逸らして強がるネコロ。
そんな背中を、コボルド達は真っ白な眼をぱちくりさせて見上げてやがる。
「あと、バカ王子に言われても嬉しかないや」
「悪かったな、かっこ悪いバカ王子で」
「そうだよ。
「ひでえ。そいつ俺の敵だって知ってるか? てか、誰に聞いたんだよその名前」
「アイシャお姉ちゃん。ガルなんかイチコロな程、強いんだよね?」
「ほんとひでえな。……まあ、否定はしねえけど」
くだらねえ話をしてるうちに少し落ち着いたのか、ネコロはようやく空きっ歯笑顔を俺に向けると、コボルド達の頭を撫で始めた。
やれやれ、ほんとに大したガキだ。だがお前さんはまだ甘い。
こいつらにかかればそんな強がり言ってられねえぜ?
ようやく事態が治まったところに飛んで来たアイシャとメルクが小さな英雄を挟んで抱きしめると、にやけるのを我慢しきれずにくしゃくしゃな顔をしながら、それでも口では文句を言い続けていたんだが……。
さすがにヒュッケに頭を撫でられると、とうとう耳まで真っ赤にさせて英雄は陥落した。
「ははっ! にやにやしやがって、可愛いじゃねえか」
「うるさい! ガルのくせに生意気だぞ!」
……そんな幸せなひと時だったが、どうして俺の人生はこうなのかね。
俺達の前に割烹着姿の女性が現れると、途端にヒュッケは真っ青な顔をして頭を下げた。彼女の来訪で、再び辺りに緊張感が漂う。
「……デンベルクさん」
「はい! いつもお世話になっております、大家さん!」
大家? ああなるほど。工房のオーナーって訳か、このおばさん。
気難しさと優しさ、半々に混ぜたような表情の白髪頭は、深々と腰を折るヒュッケを見据えてため息をつく。
「家賃の目処が立ったものかと様子を見に来てみれば、なんなのです? この騒ぎはどういったことでしょう?」
「うちの息子と近所の子供のケンカに、私が口を挟んだところでして……」
「コボルドの話をしているのです。列を成して工房を出入りしているようですが」
「こちらは皆様が接するのと同じように、銅貨を渡して仕事を手伝ってもらっているのです」
アイシャ程じゃあねえが、外面を取り繕ったヒュッケがへこへこしてる。
ケチくせえ大家だな。別にどう使おうが勝手じゃねえか。
「私は世間が言う程彼らを嫌ってはおりませんが、度が過ぎます。今すぐあれをやめなさい」
「いえ! 申し訳ありません! ようやく生産の目処が立ったところですので、今やめるわけにはいかないのです!」
「あなたは私の風評など気になさらないということですか? でしたらすぐに立ち退いていただいても結構なのですよ?」
「そこをなにとぞ! お家賃以上のお礼をいたしますので、どうかそれだけは!」
とうとう地べたに頭を擦りつけて頼み込んだヒュッケだが、大家のおばさんはそんな願いも聞き入れることなく首を横に振る。
「何度もお家賃を滞納して、そんなことが言える立場でしょうか。それに先月分のお家賃も今日までに納めるという約束でしたよね?」
「お、おっしゃる通りなのですが、材料の仕入れに全部使ってしまいまして……。どうか、今の商品が売れるまではお待ちいただけないでしょうか……」
「いいえ、なりません。先月分のお家賃も結構です。今すぐに工房を明け渡してください」
石頭な大家はとうとう強権を発動しやがったが、それに真っ先に反応したのはアイシャでも俺でもなく。
……ネコロだった。
ネコロは、さっき母ちゃんに守られた時と同じようにみんなの前に立つと、誰よりも正しいことを口にして全員を黙らせた。
「お願いだ、今作ってるやつが売れたらすぐお金は返すから家は貸しておいてくれないか? 弟が、まだちっちゃいんだ! 外で寝たりしたら風邪ひいちまう!」
さすがに、これを聞いて立ち退きをごり押しするようなやつはいねえ。おばさんは引っ込みのつかなくなった言葉を取り繕うために、折衷案を出してきた。
まあ、それでも随分ひでえ条件だが。
「そこまで言うなら、家賃は明日までは待ちましょう。それが払えないようでしたら出て行ってください」
……いや、もうちょっと譲歩しろよ。今できてる分だけ売れば家賃くらい軽々払えるだろうが、この村じゃ服は売れねえからな。
一番近い町はハイデルか。それでも往復で三日はかかる。
考えている間にも、大家はこの場を後にしてあっという間に背中が見えなくなっちまった。すると俺の隣でプルプル震えながら今まで耐えていたアイシャが、その怒りを俺の耳に向けて爆発させた。
「何よアレ! どいつもこいつもコボルドが悪者みたいに言って! 自分達の方がよっぽどひどいじゃない!」
「ほんとだよな」
「あんたはさっき無理やり働かせるの肯定してたでしょうが! 同類よ同類!」
「失礼な。俺はここのコボルド達が楽に暮らしていけるよう毎年寄付してやってるんだが?」
「へ?」
へ、じゃねえ。
てめえは、昔、酒場で会った爺さんか。
「こいつらが銅貨一枚でなんでもするのはただの趣味。邪魔しちゃ悪いだろ」
「え? え?」
「で、仕事して生活するって概念がねえこいつらが生きてくために必要な野菜は、村の連中に金を渡して作ってもらってるんだ」
「…………え? 知らなかった」
「ああ、やっとわかった。それでてめえはプンスコ怒ってやがったのか、バカじゃねえの? 俺達が不当にこいつらこき使うわけねえだろ。友達だっての」
まったく、これだから粗忽はめんどくせえ。そして今更ヒュッケに頭を下げてやがるが、それを偉大な母ちゃんは笑って跳ね飛ばす。
「気にしないで! むしろ、この子らのために怒ってくれたんなら嬉しいわよ!」
「う。でも、お恥ずかしいというか……」
「そうだ粗忽、もっと反省しろ。しかもデンベルクの家は無償でコボルド用の野菜作ってるんだぞ?」
「あはは、いいっていいって! だってこいつらは友達だし! 友達を助けてお金貰うのは、なんか違うからね! ……でも、それも今日までってことになるね」
ヒュッケは寂しそうにつぶやくと、ネコロの手を引いて家に戻っていった。
そして戸口からこっちを見ていた臆病者のデンベルクを一発小突いてから、無理に笑って俺達に声をかける。
「……この村とのお別れになるかもしれないから、最後の晩くらいパーっとやりましょ! ほら、あんたはぼさっとしてないで、無駄かもしれないけど、出来上がってる分持って王都に売りに行ってきな!」
「ええっ!? 今からか?」
「あたし達の行き先は分かるようにしといてやるから。ほれ、さっさとする!」
デンベルクのおっさんは慌てて荷づくりを始めたが、その間に確認しとかねえといけねえ。
「おっさん。ここの家賃っていくらなんだよ」
「ああん? 月に銀貨六十だ。良い物件だったんだがな……」
なるほど、確かに安い。
未だに床でひくひくいってるジルコニアは置いておいて……。
「アイシャ。家賃の肩代わりできるか?」
「う。助けてあげたいけど、銀貨十二枚しかない。ジルは二十枚って言ってた」
「じゃあ俺の銅貨十三枚足しても足りねえか」
「あんたはあてにしてないわ。……メルク。明日、お金作るわよ?」
「はい! アイシャ様! こちらの境遇に対して失礼とは思いますけど、ボク、なんだかドキドキします! どうやって儲けましょう?」
盛り上がる二人のメイドども。だが、銀貨二十八枚を一日でとなるときつい。
台所に入って、手持ちの傷みそうな食材を全部使った晩餐を準備をする親子のために、ここは俺も一肌脱がなきゃなるまい。
とは言えもう夕闇が迫り始めてる、すべては明日だ。
今日できることと言えば……。
「そうだな。お前らも一緒に食うか?」
作業が止まっちまって、どうしたらいいのか分からず長テーブルに座ったまんまのこいつらのために、俺は畑から新鮮なニンジンを採ってくることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます