コボルド族は、だいたい三割 そのいち


 俺が親父から教わった話は山ほどあって、そのうち一つにこんなものがある。


『悪事をいちいち正して歩く行為も、時にはそれ自体が悪事になることがある』


 今日はそんな話をしてやろう。



 あれはまだ親父が王様でも何でもねえ頃。ガキ同然の俺が、親父に高級な飲み屋ってやつへ連れていかれたことがあってな。親父は俺をカウンター席に座らせて、大臣だったか、お偉いさんと一緒に奥の部屋へ行っちまったんだ。

 どうしたらいいのか分からずきょろきょろしてた俺に、綺麗な姉ちゃんがニコニコしながら砂糖たっぷりのミカンジュースを持って来てくれて。隣の爺さんが、乾杯じゃとか言いながらジョッキを差し出して来たんで、俺も木樽を両手に持って打ち付けたんだ。


 で、しばらく爺さんの話を聞いてたら、後ろのテーブル席から『ちゅっ』って音が聞こえてきやがった。


 途端に不機嫌になった爺さん。こんな公共の場所でキスをするなんて恥知らずなって、テーブル席へ聞こえるような声で言ったんだ。それを聞いて、俺は爺さんの方が正しいって思っちまったんだろうな、背もたれ越しに二人連れをにらみつけたんだ。

 そしたら、ちょっといかつい目をした兄ちゃんがこう言いやがった。


「彼女の鼻が詰まってるんだ。今のは鼻をかんだ音だぜ?」


 はあ? 鼻をかんで、そんな音が出る訳はねえ。だが爺さんは首を左右に振ってそれ以上は追及すんなと俺に促した。


 不満はあるが、爺さんに従おう。そう考えた俺が正面を向くなり『ちゅっ』。


 再び振り返ってにらみを利かせると、兄ちゃんは俺を小ばかにした笑い顔を浮かべながら。


「今度は俺がくしゃみをした音だ」


 くしゃみがそんな音するわけねえだろう。さすがに腹が立って来た。

 じいさんが言う公共の場所ってやつは分からねえけど、こんなとこでしちゃいけねえ行為。今度やってきたら文句を言ってやろう。


 そう思っていた俺の耳に、またも届いた音。


 『ちゅっ』。


 だが俺が勢いよく振り向くと、兄ちゃんも彼女も怒り顔。


「今のは俺達じゃねえ! 難癖付ける気だったらガキでも容赦しねえぞ!」


 さすがにビビった俺が助けを求めて爺さんの顔を見ると、そいつはどういう訳か照れくさそうに頬を赤くさせながらこう言ったんだ。



「今のは、ワシの『』じゃ」



 珍しくアイシャが爆笑したネタ集

 飛び兎座の月 月の一日

 ガルフォンス・デ・ロッツォ・グランベルク




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ~第四章~ コボルド族は、だいたい三割




 のどかな石畳の村、ワーベンヘッタ。ここに暮らす連中は、隣の家よりも綺麗な庭にすることが生き甲斐になっていて、日中はどこの家でも誰かしら庭に出て、お隣りさんの庭を褒めちぎりながら花の手入れをする。


 花畑みてえな村ですれ違う連中は揃いも揃って華やかな服を着て、ニコニコと俺達に挨拶して来る。


 そんな連中の足元をわちゃわちゃと行き交う真っ黒な生き物。あいつらがコボルド族だ。


 ……コボルド族。

 俺の膝までの背丈しかねえこいつらは、真っ黒で四角く角ばった犬みてえな顔に小さな胴体と手足がついた、人間族の言葉を理解できる種族だ。


 この国のどこにでもいる連中だが、ワーベンヘッタほどコボルドであふれかえってる土地は他にない。地図には人間族の村と書かれているが、はるかにコボルドの方が多いってことが数えるまでもなく見て取れる。


 コボルド族は、すべての種族にとって都合のいい使いっ走りだ。銅貨一枚くれてやれば、どんな無茶な仕事でも引き受けてくれる。

 だが、コボルド族が依頼を成功する確率は、だいたい三割がいいとこだ。


 今も、買い物かごの中身を転んでぶちまけちまったコボルドが銅貨を四角い頭に乗せたまま目の前の家に入っていく。依頼をこなせなかった場合は、頭の上に乗せた銅貨を依頼主へ返すんだ。

 そしていそいそと俺の股の間を抜けて行ったやつは、どうやらうまいこと依頼をやり遂げたらしい。四角い頭から落とした銅貨を手に持って、それを巣へ隠しに行くところだ。


 でも、コボルドの巣穴は種族で共用。つまり自分が使うために銅貨を貯めているわけではないらしい。なんとも変な習性だ。


 だから悪ガキが巣穴に手を突っ込んで銅貨をくすねるのは、この国ではどこでも見かける光景なんだが……。


「いてえええ!」

「ヨシュが失敗しやがった!」

「だからよせって言ったのに!」

「ははっ! お前、母ちゃんに叱られるぜ?」

「メシ抜き確定だな!」


 ついていねえとこうなるわけだ。


 真っ黒なコボルドは、巣穴に入っているのかどうかよく分からねえ。で、ここにやつらがいる確率もだいたい三割。もしもコボルドがいる巣穴に手を突っ込んだらこうして噛みつかれて三日はこのまんまなんだ。


 そう、三日は。


 こんな感じ。


「両手にコボルドぶら下げて……。大の大人が情けないわね。お願いだから今すぐ死んでくれない?」

「俺だけじゃねえだろ? メルクだって右手にコボルドぶら下げてんだろうが」

「うう、牙が無くて良かったですけど、地味に痛いのでございます……」


 そう、俺の隣でべそをかくこいつは、賢狼・メルクハート。オス。

 むかつくことに、オス。

 賢狼族の伝説通り、月を見て美少女に姿を変えたオスだ。


 俺より高い背で、俺では持ち上げることすらできなそうな、巨大なリュックを背負って歩くオス。

 白銀のふわりとしたロングヘアに隠れた横顔はどこか幼く見えるが、息をのむほど白い肌を持つ美少女にしてオス。長くて細い足を紺のミニスカートから覗かせるオス。硬そうな生地ではっきりとしたことは分からないがかなり大きそうな胸を持つオス。


「くそっ! この野郎この野郎この野郎!」

「痛いのです~! 急にどうしちゃったのですご主人様! それにコボルドハンドでポコポコ叩いたら、この子達が可愛そうなのですよ?」



 ――城塞都市フィン・ツェツェ、全焼。

 この大参事が狼煙によって王都へ伝わると、調査も無いまま俺達は投獄された。

 最長記録、八日間。見た目で女子と判断されたメルクハートはアイシャとジルコニアと同じ部屋に突っ込まれて、そして解放された時にはすっかり仲良くなっていた。


「ちきしょう、俺より先にハーレム生活満喫しやがって……」

「牢獄ですよ!? ご主人様の感覚は、ちょっと度し難いものがあるのです」

「うるせえぞメルク! 雇ってやるんだから、俺には絶対服従だ!」

「はっ、はいぃぃぃ!」


 ああもう、ちょっと大声上げただけで涙目になるんじゃねえよ。長いまつげをぷるぷる震わせて、可愛いったらねえじゃねえか。……オスだったっ!


「くそっ! この野郎この野郎この野郎!」

「痛いのです~!」


 ……あれほどの戦闘、そして大火災が起きたというのに死者はゼロ。

 その上、大悪党デルトン卿とその取り巻きも全員逮捕。

 不幸中の幸いとなったこの結果に、俺はそれなり満足しているんだが、賢狼族共を助けるつもりが逆に助けられるとは。なさけねえ話だ。

 そんな賢狼族から託されちゃ無下にもできねえ。俺はこいつの面倒を見なきゃならねえことになった訳だ。


「それにしたって、いきなり金稼いで来いってめちゃくちゃな命令よね? これだからグランベルク王家は」

「ふふっ。城塞都市を一つ地図から消した罰なんだからしょうがないわ。自由に歩けるだけ奇跡みたいなものよ」

「まあね。でも、ガルフは金儲けの才能からっきしだから不安しかない」

「あら素敵。ちょっと歪だけど、好きな男を養うのも女の本能がくすぐられるわ」

「あんたは懲りないわねえ。これのどこがいいのよ?」


 俺を今にも刺し殺しそうな目で見つめる金髪女、アイシャ。

 真っ赤なミニスカートに胸周りを巻く黒いインナー。白い裾長のコートを幅広の革ベルトで留めていて、後ろで一つに結んだ髪に、多分世界一の美貌が映える。

 そして隙あらば俺を殺す気でいる赤い髪のジルコニア。

 ホットパンツに黒革の胸着。半透明で前が割れたスカート。そして褐色の肌を這う茨の紋様は、右足からパンツを通って背中に抜けた後、左胸の中に消える。


 気付けば二人の殺し屋と旅をする俺なんだが、『皇宮の砦インペリアルガード』にでも守られながら歩いた方がいいんじゃねえのか?


「……メルク。この二人から俺を守れ。お前は俺のメイドなんだからな」

「無茶言わないで欲しいのですよ。ボク、このお二人のとんでもバトルを思い出す度に右膝がガクガク震えるんですから」

「だったら守れよ」

「ご主人様、聞いてました? ですからボクは怖くなって右膝が……」

「俺は両膝だ」


 メルクの乾いた笑い声を耳にしながら視線を正面に向けると、のどかな村に唯一とも言える賑やかな場所が見えてきた。南北と東西の目抜き通りが交わる交差点は広場になっていて、そこを囲むように店が並ぶ。

 人間族もコボルド族も、このコウスト広場を中心に生活しているというわけだ。


 そして広場の中心には、この村のシンボル。

 『成人の塔』が建っている。


 この、円筒形に作られた赤レンガ造りの塔。レンガがかすかにずれているところに指をかけて登って、オーバーハングした先にある頂上までたどり着くと、そこには青い小花がいつでも咲いている。

 ワーベンヘッタではこいつを手に入れると成人として認められ、村の会議へ参加を許されて村法や予算の使い道なんかに口を出すことが出来るようになるんだ。


 今も広場のあちこちで木箱に乗って、税制改革だの新しく井戸を掘ろうだの演説してる連中がいるが、二人ほど俺より年下に見える若造が混ざっているのも、成人の規定がこんなゲームで決まるワーベンヘッタならではってわけだ。


 そんな騒がしい中央広場を囲む露店には各地から取り寄せられた野菜が並び、他にも雑貨や装飾品、庭道具に武器まで売ってるようだが、どこにでもあるような屋台が一つだけ無い。


「あら、ワーベンヘッタは服で有名な村だと聞いていたのに。どこにも売ってないのね?」


 ぴっちりとした黒革ホットパンツから伸びる足を石畳に止めたジルコニアがつぶやくと、急にふんぞり返ったアイシャが語り出す。


「ふふん? 訳を教えてあげましょうか?」

「いらないわ。ガルフォンス、教えてもらえるかしら?」

「ちょっとジル! ケンカ売ってんの!?」

「売ってないわよ。この間の一騎打ちでマナを使い切っちゃったから、また溜めてからね?」


 しれっとマナとか口走ってんじゃねえ。魔族だってことバレちまうだろが。


 粗忽と魔族が広場の真ん中で言い争いを始めると、メルクはあははと乾燥した笑い声をあげた後、俺にじっと視線を投げつけてきた。やれやれ、面倒だが服の話をしてやるか。


「ここには洋服の工房がいくつもあってな? そこで作った服を、村の住人はただ同然で貰えるんだ」

「え? それじゃあどうやって儲けを出しているのです?」

「他の町に卸してるんだよ」


 ああなるほどと得心顔のメルク。お前にもうひとつ話しておかねえと。


「でな? 工房の一つに知り合いがいるんだ。昔、俺のアイデアを随分高く買ってくれてよ。だからこうして足を運んでみたんだ」

「アイデア料なんか二束三文だったでしょ? それに、考えたのはあたし!」


 てめえはそっちで口喧嘩してろよ。混ざってくんな。


「途中までだろが。てめえが着てる服だって最終的には俺が決めたんだ」

「あんたは完成してた服を勝手に切っただけでしょうが! スカートもインナーもこんなに短くしやがって!」


 うるせえなあ。ジルコニアの次はこっちに噛みついてきやがった。

 だが、噛みつこうにも先客がいるからな。ほれ、両手とも塞がってるだろが。


 俺がコボルドハンドをぷらぷら見せつけてアイシャをからかっていたら、対戦相手がいなくなったジルコニアが、メルクの服を眺めながら呟いた。


「服のアイデアね。……メルクハートの服、随分変わってるけど。そのスカートどう縫ってあるの?」


 確かに。

 こんだけぴしっと折り目が付いたスカートなんか見たこと無い。


 アイシャも気になっていたようで、ジルコニアとふたりでメルクの両側にしゃがみ込んでスカートをいじり出す。


「ちょちょちょっ!? やめて欲しいのですよ二人とも! こんな広場のど真ん中でスカートめくらないでください!」

「うるさい、あんたは黙れ」

「大人しくしてなさい、すぐ済むから」


 お前ら三人のパワーバランスひでえよな。

 まあ、俺も人のこと言えねえが。


「ちょっとこれ、さらっさらじゃない! なにこの生地!」

「編み目がまるで見えないわ? どこで買ってきたのよ?」

「うう。それ、どうしても言わなきゃいけませんか?」


 半べそになったメルクが出し惜しみするが、こいつらににらまれたら観念するしかねえ。だが、飛び出してきたのは意外な言葉だった。


「制服を買ったのは、学校指定のデパートなのですよ……」

「でぱ? 何言ってんだお前?」


 まさかそれ、異国の言葉か?


「……私、前から気になってたのよ。ファンダスティンなんて家名を知らないのだけど、あなたまさか……」

「そ、それはその、ボクの名前、ハンドルネームなのですよ……」


 さっきからこいつが言ってることがまるで分からん。

 ジルコニアも眉根を寄せたままだし。

 アイシャに至っちゃ、まるで罪人を見るような目ぇしてやがる。


「……答えなさいよメルク。あんた、どこの出身?」

「言わなきゃいけませんか? アイシャ様、ジルコニア様」

「言えよ」

「言いなさいよ」


 牢屋で何があったんだよ。何だよお前らの関係性。

 でも、俺だって黙っちゃいられねえ。口を挟ませてもらうぜ。


 俺は、怯えるメルクの肩を叩いて、主として命令してやった。


「……言わねえでいいぜ」

「ご主人様!? なにそれちょーときめいてしまうのですけど!」

「ちょっと! なに言ってんのよガルフ! こいつ怪しいじゃない!」

「うるせえ黙れ。この世界に俺達の国以外の国があっても不思議じゃねえ。仮にそこから来たんだとしても、言いたくねえってんなら無理に聞くな」


 すぐ泣くメルクがぽろぽろ涙を零し出すと、すぐ怒るアイシャが剣を抜いてブンブン振り回し始めた。


「あんた何様よその言い方!」

「てめえのご主人様だろうがバカメイド。誰にだって言いたくねえ事の一つや二つあんだろ」

「あんたが童貞だってこととか?」

「ああそうだよだからそういうこと言うんじゃねえっつってんだペッタンコ女!」

「なんだと!? 死ね! 童貞のまま墓の中で泣け!」

「それ最悪だな! せめて墓に入れる前に、お前がいっぺん握ってくれればぐほあああ!」


 ……なあアイシャ。売り言葉に買い言葉って言うだろ?

 言葉で返せよこの暴力女!


 いつものようにフルスイングされた俺は、成人の塔の半ばに叩きつけられて。


「ごふっ! ……おわわわわわわ落っこち、ごひんっ!」


 そして地面に頭から落下。童貞は大人じゃねえってことか? 上手いこと言いやがる。


 くらくらする頭をもたげてみれば。殺人女は意識が朦朧とする俺を放って未だにメルクのスカートに夢中になってやがった。


 ……いや? スカートじゃねえ。

 てめえが見てるの、その中身?


「ジル! このパンツ凄い!」

「にゃああああああ!?」

「やめなさいよ。さすがに可愛そう……? あら、ほんとね」

「ひあああああああ!」


 スカートをめくりあげるアイシャの手をメルクは押さえ付けてるが、片手がコボルドだから思うように押さえきれねえみてえだ。しょうがねえ、助けてやるか。

 

「こら粗忽。オスのスカートめくってどうする気だよ」


 きしむ体に鞭うって三人の元にたどり着いた俺は、アイシャの手をスカートから引っぺがそうとして掴んだ後、視界の端に捉えた水色のパンツを見てそのまま手をさらに上げた。


「ぎゃあああああ!」

「ほんとすげえな。こらメルク。スカート押さえるんじゃねえ」

「押さえますうううう!」


 ジルコニアも目を見開いて観察してるが、おめえさんでもこの凄さに驚くか。

 艶のある布地に幅のあるレースの縁取り。まるでドレスだぜ。それに花の装飾の繊細さも尋常じゃねえし、半透明な布の中にも刺繍が入ってやがる。


 メルクの国の被服技術たるやハンパねえな。


「アイシャ、さすがにもうやめなさいな。だってメルクは……」

「ギャラリーが増えてきたのですよ! 下ろして下さい! おーろーしーてー!」

「それ、採用。パンツを下ろして観察しましょう。その前に肌触りを確認」

「ぎゃああああああ! アイシャ様、さすさすダメ! ボクそっちの趣味は超あるのですが、見る専なのです! で、ご主人様はご主人様で何する気ですか!?」

「え? パンツ下ろすんだろ? なんだこれすげえ伸びるな」

「ぎゃーーーーーー!」


 男がパンツぐれえでなんなんだよ。コボルドハンドでぽくぽく叩くんじゃねえ。こいつが可哀そうだろうが。


「異国文化凄いわね! なにこのスベスベ!」

「ただの化繊です~!」

「このみょんみょん伸びるの、なんなんだ?」

「ただのゴムです~!」

「これよ、これだわ! こいつは売れる!」

「なるほど! このアイデア売りに行くか!」


 広場にいた村人達数十人。それに囲まれて、アイシャにスカートをめくりあげられて、俺にパンツを引っ張られるメルク。

 お前の犠牲のおかげで金儲けできる。そう確信した俺とアイシャは、力強く頷きあった。


「やーめーてーーーーー!」

「ぎゃあぎゃあうるせえぞ。オスが下着見られたぐれえで何を……、あれ?」


 ちょっと待て。

 このパンツを引っ張った感じ。



 ……なんか、大切なパーツの感覚がねえ。



「メルク。お前、他の国から来た賢狼族のオスだよな?」

「違いますよ! ボク、人間の女の子ですうううううう!」


 まるで賢狼のごとき雄たけび。

 いや、雌たけび。


 ……そうか、そう言えば賢狼族と一緒にいたってだけで、こいつが賢狼だなんてこと一言も言ってねえ。俺達は伝説のせいで勘違いしてたのか。


 慌ててスカートを下げたアイシャとパンツから手を離した俺は、やっちまったって顔で見つめ合う。


「もうお嫁に行けないのですーーー!」


 メルクは顔を覆っておいおい泣き出しちまったが無理もねえ。

 俺達を囲む村の連中数十人にずっと見られっぱなしだった訳だしな。


 さて。

 うめえことこいつに罪を擦り付けねえと。


「お、おい粗忽。なんてひでえことすんだよ」

「あ、あんたの方がひどいでしょうが。あたしはいいのよ女の子同士だし」

「きたねえ」

「男がぐじぐじとうるさい! あんただけ罰を受けてきなさいよ!」

「二人とも捕まると良いのです~!」


 こら、そんな声あげるんじゃねえ。また牢屋に入れられちまうだろ? だがその前に、一応確認しとこうか。


「ジルコニア、ざっくりでいい。俺が受ける刑を教えてくれ」

「法に照らせば鞭打ち三回。その後私から三回つねられることになってるわ」

「よし。そういう事なら頼みがある。今回の狼藉、国とジルコニアには内緒にしてくれ」


 いや、片っぽは手遅れだったか。早速右の頬をつねられた。

 でもさ、お前。


「……俺を殺す気満々なのに、なんでいちいちやきもち焼くんだ?」


 おおいてえ。逆のほほもつねられた。


 ねじ切られるんじゃねえかって程の痛みに耐えながら、俺は思ったね。

 これは、一回なのか二回分なのか。そこが気になるところだ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「もう泣くんじゃねえよ。悪かったよ」

「ボク、お嫁にいけなくなったのです! ご主人様、責任もってかっこいい男子紹介して下さいよ?」

「分かった。じゃあ、これから行く工房の主を紹介してやる」

「え? 青年実業家? ……ごくり。ちょっとそそるのです」

「そりゃよかった。若い女大好きだから喜ぶだろうぜ、あのハゲ親父も」


 いてえ。すげえいてえ。コボルドハンドに迷いがねえ。

 でもなあメルク。てめえが女だって分かった以上、俺は手放す気なんかねえからな? 何としてでもハーレムっ第二号にしてやる。


 ぽくぽく叩かれながら歩くことしばし。広場の喧騒も届かなくなる頃、野菊に囲まれた小川にかかる木の橋を一つ渡る。すると左手の林が急に途切れて、敷地ばかりがやたらと広い一階建ての工房が目の前に現れた。


 石壁に低い丸太屋根。服を恵んでもらうためだけに何度も足を運んだこの工房の主はデンベルクという。

 宮廷服職人だったデンベルクは、腕はいいものの奇抜な品ばかり作るもんだから柔らかめに暇を出され、その追い出し金でワーベンヘッタに工房を構えたって訳だ。


 俺は工房を見上げる連れを置いて一人、木の階段を二つ上がってドアを開く。


「ようおっさん、生きてるか?」

「『いいえ』って答えをどうしても聞きたくねえ傲慢ごうまん王族らしい挨拶だな」


 おお、いやがったな? 助かるぜ。


 手軽な仕事でもしていたんだろう、おっさんは縫いかけの服を放り出して玄関まで来ると、俺の肩をバシバシと叩きながら豪快に笑う。相変わらず元気な野郎だ。


「あらあら、ガル坊やじゃないか。あんた会うたびにでかくなるねえ!」


 そして工房の中に木壁で仕切った自宅から、奥さんのヒュッケが男の子を伴って顔を出す。


「よう、元気そうで何よりだぜヒュッケ。ネコロも、いい子にしてやがったか?」


 前に会った時は三才くらいだったか? 覚えてねえのも分かるけどよ、母ちゃんの後ろに隠れてんじゃねえよ。悪人にでも見えるか?


「で? おめえさん、今日は何の用だよ」


 デンベルク一家が出揃ったとこで、俺は連れを招き入れる。


 そして。


「良いものを持ってきた。説明の前に、まずは見てくれ」


 俺はメルクのスカートをコボルドハンドで豪快にめくりあげた。


「ふんぎゃあああああ!」

「こりゃ綺麗な足だなあおい! どれ、ちょっと触ってみごひん!」

「そっちじゃねえ。どこ見てんだよ。……いや、聞こえてねえか」


 デンベルクが目を回して倒れると、ヒュッケは亭主を葬った愛用の綿棒を肩に担ぎながらメルクの前にしゃがみ込む。


「凄いわねこれ。よいしょっと」

「にゃあああ! ちょっと! 脱がさないでくださああああい!」


 母親って生き物はどうしてこう強いのかね。ヒュッケはあっという間にメルクからパンツを剥ぎ取って観察し始めたんだが……。


「はいてるのを取らないで欲しいのですよ! こっちに替えがあるのに!」


 そしていつものようにべそをかきながら、馬鹿でかいリュックを漁って替えのパンツを取り出したメルクは、案の定そいつらも根こそぎ奪われた。


「ふええええん! ご主人様ああああ! この手じゃ簡単に取られるのです~!」

「メソメソすんじゃねえよ。いいじゃねえか返してもらえるなら」

「ひっく……、どういう意味なのです?」

「俺は山賊に取られたパンツを返してもらったためしがねえ」

「慰め方がすっげえ下手くそなのです~!」


 コボルドハンドで叩かれながらも、気になるのはこのパンツが売れるかどうかってことだけだ。俺はメルクを無視してヒュッケの様子をうかがうと、興奮した様子でパンツを引っ張りながら感嘆の声を漏らしていた。


「これ凄い! パンツ界に革命が起きるわ!」

「やっぱそうか! で? 作れそうか?」


 うーむと唸ったヒュッケだが、なにやら思い付いたらしく、一つ手を叩くとニヤリと笑顔を向けてきた。


「前々から考えてた手があってね、試してみるわ。さあ、忙しくなるわよ!」

「ママ! 僕もお手伝いする!」


 六歳だったか? この俺に毎朝小便シーツを洗わせてやがったネコロが、一人前な事を言いやがる。


 それに気を良くしたヒュッケがネコロの頭を撫でてやっていると、こいつらの部屋の方から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


「なんだ? 二人目か?」

「そうなのよ、ひと月前に生まれたの」

「僕の弟なんだ!」


 ニコニコしながら話すネコロは、ヒュッケが部屋に走って行っちまうと、途端に寂しそうな顔しやがった。……ま、気持ちは分かるが。取られちまった訳じゃねえから落ち込むな。


「男ならそんな顔すんじゃねえ」

「なに言ってんだよ。僕はお兄ちゃんだから、平気だもんね!」


 そう強がるが、おめえ、外に出て行く背中に哀愁がにじみ出てるぞ?


「ご主人様、ヤバいのです。あの子が可哀想で可愛くて! キュンキュンします!」

「異国語か? キュンキュン?」

「はい! キュンキュンします!」

「そうだな。頑張ってお兄ちゃんしてんじゃねえか。まあ、俺は別件でキュンキュンしてっけどな」

「へ?」

「よく考えたらお前さん、ノーパン」


 こんな美少女がすぐ隣でノーパン。

 キュンキュンするわ。


「ひやああああ!」

「そのコボルドパンチならもう見たぜ? 俺に同じ技は二度も通じねえ」


 俺はパンチの軌道へ、すかさずダブルコボルドガードを繰り出した。

 だが、いいかげんポカスカ殴られて嫌気がさしてたんだろうな。コボルド達は手から剥がれて逃げ出した。


 結果。


 生の鉄拳に顔面を穿たれた俺は、おっさんの隣に倒れ込むと、そのまま並んで気を失った。



 ……俺はどうやら、メイドって生き物と相性が悪いらしい。せいぜいこいつらを怒らせねえように生きよう。

 そんなできもしねえ誓いを立てながら、冷たい床で深い眠りについた。


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