賢狼族は月を見ない そのに


「なんか、剣先が臭いんだけど。どぶみたいな匂いがする」

「あらやだ。剣は持ち主を映す鏡だって言うからピッタリじゃない」

「どういう意味よ!」


 獣皮で作られた軍用のほろが、昼間だってのに陰鬱な影を作る。

 樽だの箱だのが麻紐で括りつけられた狭い空間は、居場所を確保するにも一苦労。俺は木箱二つの間にちょうど腰が入る隙間を見つけて、かび臭い匂いの中にちょっとした幸せを手に入れていた。


 とは言え馬車旅は嫌いだ。

 ごろごろとうるせえし、がたがた揺れるし、ぎゃーぎゃーうるせえし。


「……最後のはお前らのせいだ」

「何の話? あたしに文句でもあんの?」


 剣を俺の鼻先に突き付けるんじゃねえよ、アイシャ。臭えから。



 ――レキウス兄さんの命により、俺たちは二十人の精兵と共に城塞都市フィン・ツェツェを目指している。

 フィン・ツェツェは、魔族戦争の際に武功のあったデルトン卿へ与えられた土地に作られた町なんだが、実のところ裏金やら二枚舌やらを使って他人の功績を奪ったっていう評判が漏れ聞こえていたデルトン卿を、体よく厄介払いしたことによって生まれた町とも言える。


 土地が緩くて近くに石切り場が無いせいで、建材はすべて木材。

 だというのに、奴の自己顕示欲をそのまま積み上げて、一つの巨大な木の家の様な町を作り上げちまったんだ。


 豊かな実りを提供していた森をすっかり切り拓いちまって、唯一の収入源は、南の平原に広がる畑から採れるオリーブだけ。

 とは言え、こいつから作り出す油は国内で最も質が高いと評判だ。



「ガルフォンス。いつになく不機嫌だけど、どうかした?」


 ジルコニアが茨に味付けされた足を妖艶に組み替えながら聞いて来るが。お前ほんとにずっと俺について回る気かよ。

 そうして、精神的に追い詰めてから殺そうってか? これだから魔族はたちが悪い。


 だが、そんな事すら些末に感じるほど腹の立つ問題が他にあるんだよ。


「不機嫌にもなるっての。はあ……」

「辛気臭いわねえ。何なのよガルフ? とっとと言いなさいよ」

「…… 『皇宮の砦インペリアルガード』に選ばれた騎士たちの中には、女の子が八人いるんだ」

「は?」

「それが! こんなひでえ話があるか!? 二十人選定しろって言うから、八人いる女の子の名前全部書いて提出したってのに、蓋ぁ開けてみりゃ男ばっかじゃねえか! レキウスのやろう……!」


 俺の怒りを汲んでくれもしねえ二人が、呆れ顔を浮かべてさすが兄弟とか頷き合ってるが。ちっ! やっぱ、女共には名誉を踏みにじるという卑劣な行為の意味が分かるはずねえか。


「俺は神に誓ってヤツを断罪する!」

「別にいいじゃない。私が十人分はご奉仕するから」


 そう言って立ち上がろうとするジルコニア。

 冗談じゃねえ。


「お前は近寄るな。ここじゃ逃げ場がねえ」

「うふっ。ねえアイシャ、この冷たさが良くない? ぞくぞくするわ」

「はあ? 良くもなんともない。……前々から思ってたんだけど、ジルはなんでこんなのを気に入ってんのよ」

「アイシャは男を見る目が無いわねえ」

「あるわよ! 少なくともこいつが最悪だってことくらいは分かるわ!」


 ああ頭いてえ。

 ごろごろとうるせえし、がたがた揺れるし、ぎゃーぎゃーうるせえし。


 ほんとに馬車旅は嫌いだ。



 ――王都を出て、まだ一日目。これから何日もこれが続くと思うとうんざりだ。

 どうせ歩いた方が速いわけだし、俺だけ外にいよう。


 そう思って腰を上げた俺に、ジルコニアが少し抑え気味に声をかけてきた。


「で? アイシャはいらないっていうから私だけの王子様。どうする気なの?」


 言葉はふざけてるが、目は真剣そのもの。真面目な話って訳だな?


「……皆殺し、なんて命令きけるわけねえ。ひとまず当事者に聞きに行く」

「デルトン卿ね。私、彼は好きになれないんだけど」

「そっちじゃねえよ、もう片っぽの当事者だ」

「え?」


 目を見開いたジルコニアに、立ち上がって伸びをし始めたアイシャが説明する。


「賢狼族とはお友達なのよ。昔、フィン・ツェツェに迫ったオークの群れを一緒に追っ払った仲なのよ? ……なにその顔。びっくりするくらい膨らまして」


 ほんと。

 なんで今の聞いて怒ってんだよジルコニア。


「うるさいわね! 今夜は首をきれいに洗っておくことね!」

「え、なに? ほんと分かんないんだけど。……まさか、こいつと長いこと旅してたあたしにやきもち?」


 いやいや、そんなわきゃねえだろ。

 今だってほら、なんか硬そうなもん木箱から出して、俺の命を狙ってるし。


「ぷぷぷっ! ジル、冗談よしてよ! だってこれよ? これと長くいたからってあたしにやきもちとか、そんなエロいカッコで超似合わないんですけど!」

「この場で殺してあげましょうか? あなたの家から持ってきた品だから、これで死ねれば本望でしょ?」


 アイシャの家からって何持ちだしたんだよ。暗くて良く見えねえけど。……ん!?


「バール!? やめねえか! そんなので叩いたら死んじまう!」

「違うわよ。これは、何かの様な、バール」

「ああ、それなら安心。驚いたよ、バールかと思ったぜ」

「やろうっての!? あたしの剣で返り討ちにしてくれる!」

「そうね。あなたにそっくりの臭い剣でね」

「なんだとー!」


 怒り心頭に達した粗忽が、嫌味っぽく笑うジルコニアの肩に手をかけた。

 いくらバカ力のアイシャだって分が悪い。相手は魔族だぜ? 慌てて仲裁しようと手を伸ばしたんだが……。



 俺は、信じがたい光景を目にして。

 頭が一瞬真っ白になった。



 いや、うそ。



 真っピンクになった。



「いやぁぁぁぁぁん! なにこの感覚ぅ! 超気持ちいぃのおおお!」

「うわ! 急に変な声出すんじゃねえよ! 誤解される!」


 内股をすり合わせて自分の体を抱きしめて、恍惚の表情で悶えるジルコニア。

 慌てて振り返れば、御者の人が目をひん剥いてこっち見てるけど。

 変なことやってるわけじゃねえよ?


 てか、ほんと何が起きてるんだ!?


「いやぁぁぁぁ! すっごいぃぃぃぃ!」

「ジル!? どうしたのよ!」

「今までの罪が! カルマが! 私が溶けて消えていくぅぅぅぅ!」


 アイシャがジルコニアの両肩を掴んで揺さぶると、こいつ、めちゃくちゃ幸せそうな顔して膝から崩れ落ちちまった。


 ……ジルコニアが消える?

 それって……、まさか!



 アイシャに流れる聖者の血が! 魔族を消滅させてるのか?



「アイシャ! その手を放せ!」

「え!? こんなに苦しそうにしてるのに?」


 俺が体当たりしながら強引に二人の間に割り込むと、ジルコニアはバカみてえに緩んだ顔でその場にぶっ倒れて体を痙攣させた。そしてその肩には……。


「こわっ!?」


 ジルコニアの褐色の肌。アイシャが掴んでいたあたりが、手の形に、白っぽい肌色になっちまってやがる。

 それに、なんだか肩全体が透けて向こう側が見えてねえか?


 こいつに触れられただけで浄化されちまうってのかよ。冗談じゃねえぞ?


「うへ、うへへへへ……。ごめんなさい。塾で隣に座ってたムルカジ君の鼻の穴にダンゴムシをニ十匹も詰めてごめんなさい……」

「その記憶だけは浄化されろ! 怖いわ!」


 ひでえ女だ。


 それにしてもこの肩、元に戻るのか?


「だ、大丈夫なの?」

「ああ。それよかお前はジルコニアに触んな」


 不倶戴天の敵。

 気軽に手ぇ繋いでピクニックにでも出かけたら二人分の弁当独り占めだ。


 あるいは、ジルコニアがアイシャの好きそうな服とか着始めたらマズイ。

 その服、あたしも欲しい! 脱がせちゃうんだから~! とか言いながら抱き着いたりしたら楽々服だけゲットだ。

 でもアイシャ。お前がそれを着るのだけはやめとけ。胸周りがぶっかぶかだからな。


 ……何の話だ?


「なんで触っちゃいけないってのよ!」

「てめえの慎ましい胸のせいで、俺が八つ当たりされんのが目に見えてっからだろうが!」

 

 あれ? 合ってるよな?

 なんでこいつ噴火直前の火山と同じ顔になってるんだ?


「わけ分からん! 分かるように言え! 千回殺すわよ!?」


 待て待て! 他の言い訳他の言い訳……。


「えっと……、き、きっと、触られるのが嫌なんだよ!」

「だからなんで!」

「そりゃ、えっと、お、おまえが臭いから!」


 その直後。

 俺が幌ごと吹っ飛ばされたせいで、馬車が一つダメになった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 人間族の町、城塞都市フィン・ツェツェ。

 町全体が丸太で組まれているせいで、この町の地面は丸太。

 高床式と言うか、高地面式。本物の地面から人の身長分くらい浮いた、人口一万人程という町だ。


 世にも奇妙な町は、獣の侵入を阻むために木製の城壁に囲まれて、さらにその外縁を大きな堀で囲んでいる。


 この、臆病な町の制作者。

 すぐそこで『皇宮の砦インペリアルガード』の兵長に何やら命令しているかっぷくのいいおっさんがデルトン卿だ。

 てめえ、俺に挨拶も無しとかほんといい加減にしろよ? ぜってえぼこぼこにしてやる。


 俺達の馬車が街道沿いに町へ近付くと、堀にかかった跳ね橋を上げちまって。あげくに住民が不安になるだのなんだのと文句を付けて、堀に沿ってぐるりと町の反対側の門まで移動させやがったのも、領主であるこいつの仕業だ。

 いくら軍勢を率いてきたのが俺だからって、王族に対する扱いじゃねえからなこの野郎。


 そんな裏門から町へ入る許可を貰えたのも、たった二人。他の連中は天幕を張って跳ね橋の外で一夜を過ごすと、昼を過ぎてからようやくデルトン卿が町の衛兵を連れて姿を現した。


 これは自己顕示欲の表れか、はたまた臆病のなせる業なのか。総勢、百五十人程の衛兵がデルトン卿の周りを囲む。


 話によると、俺達とフィン・ツェツェの衛兵とで協力して賢狼族を倒すってことになっているんだが。前に会った時から変わってなけりゃ賢狼族の群れは五十匹ほどのはずだ。

 戦力としちゃあ圧倒的。証拠隠滅のためとはいえめちゃくちゃしやがる。


 だが森の中じゃ数の利は生かせねえ。そのことが分かっているのか、衛兵の連中は総攻撃を前に揃って顔を強張らせてやがるが。


 そんな中……。


「お前、この大変な時に何やってんだよ」

「フィン・ツェツェのオリーブ油は高級品だからね! 帰りは空になる馬車に乗せて、王都に持って帰れば大金持ちよ!」

「商魂逞しいこって」


 騎士達の中から選ばれたおっさんと一緒に町の中で一泊してきたアイシャは、三頭立ての馬車でようやく運べる程の、巨大な油の樽を三つも買ってきやがった。

 そしてお得意の外面で、油を運んだおっさん達に声をかける。


「跳ね橋の前に並べていただきたく思います。帰りに積んで行きますので」

「やれやれだぜ。でも油なんて大丈夫か? 火災にでもなったら大事だ」

「大丈夫でしょうね。フィン・ツェツェは、木で作られた町なのに油が特産品だから、火の扱いについての条例が十六個もあるのよ」

「そうそう。昨日町の人に聞いたんだけどさ、この町が出来てから一度だけ、三年くらい前に火事があった時は一区画まるまる灰になったらしくて、それで条例の罰則が厳しくなったらしいわよ?」


 アイシャが後を継いで説明しながらジルコニアに笑いかけると、この褐色の美女はそれに笑顔で応えながら距離を取る。


 無理もねえな、何日か前に消滅させられそうになったわけだし。


 そんなジルコニアの肩は、飯を食う度、眠る度、何となく元に戻ってきてる。

 どうなってんのか気になるとこだが、それより早いとこ治るといいな、肩。


 だって、手の形が未だにうっすら見えるんだもん。すげえ怖え。



 ……さて。

 三人揃ったとこで、そろそろ行くか。


「おーい、お前ら二十人はそこで待機な。おっさんとこの軍勢もだ」

「え? 殿下、どこへ行くつもりですか?」


 全身鎧の兵長が、がっちゃがっちゃと重たそうに走って来るが。


「待機っつってるだろうに。止まれ」

「はっ! ……して、どこへ行かれるおつもりですか?」

「賢狼族を偵察してくる」

「はあ!? 危険です!」


 また一、二、三歩。

 がっちゃがっちゃがっちゃ。


「待機だ!」


 危険なんかあるわけねえ。どっちかって言えばデルトン卿のそばにいた方があぶねえよ。

 ざわつく軍勢を置いて呑気に見晴らしのいい荒れ地を歩き出すと、すぐ後ろに二人分の足音が続いた。


「ねえガルフ、いいの? 置いて来て」

「いいのいいの。しっかし、森まで遠いなあ」


 フィン・ツェツェから先、東に向かって半刻程歩いてようやく森の入り口だ。

 そこまでの道はこの通り。雑草すらまばらにしか生えてねえほどの荒野。粘土質の地面がところどころぬかるんでいて、運ぶ足もそれなり重い。


 右、つまり南側を見れば遥か遠くに灌木で覆われた小高い丘が続いていて。

 左、北側には、やはり遠くに胸高の雑草がどこまでも茂っている様が見える。


 四角く切り取られた荒野。ほんと、城塞都市そのもの以外は何にも見どころのねえ土地だ。


「それよりアイシャ、頼んどいたやつ数えといてくれたか?」

「え? デルトン卿の私兵? よく分かんないけど五十人くらいじゃないかな」


 町ん中に入ることが出来たアイシャに頼んでおいたこと。それは正確な敵数の把握だ。奴のウソを暴いた瞬間、俺達がやられちまったら元も子もねえからな。

 しかしすげえな、衛兵と合わせたら全部で二百人かよ。いくら『皇宮の砦インペリアルガード』が王国最強の猛者ばっかりでも、二百対二十じゃ結果は火を見るより明らかだ。


「やっぱデルトン卿の悪だくみを暴く前に、衛兵だけでも無力化させねえと。なんかアイデアねえか?」

「アイデアならあるわよ?」

「ほう?」


 ジルコニアならともかく、暴力バカからそんなこと言われるとは思ってもみなかったぜ。


 ……なんて思った三秒前の俺をぶん殴ってやりてえ。いや、てめえを殴らせろ。


「あんたが殺されればいいのよ。そしたら国からちゃんとした調査団が来て、デルトン卿のウソも明らかになるから。それに、ブルタニスの復権にも一歩近付くし」

「ふざけんな黙れ。もうジルコニアにしか聞かねえ」

「あら嬉しい。好きな男に頼られるのは、女にとって一番の幸せよ?」

「へえ」


 言いやがったな? じゃあ、今度頼ることにするわ。

 お願いだから殺さないでくださいって。


「そんじゃ、いいアイデアあるってか?」

「もちろん。ガルフォンスが次の王を決める選挙に勝てばいいのよ。そうすれば、すべて思うがまま」

「王位が譲られるの、何年先だと思ってんだ。却下」


 それに、選挙に勝てるわけねえだろ。バカ王子に票なんか集まんねえって。


「ああ、それいいわね。そんで、あたしに王権譲りなさいよ」

「子供みてえな発想だな。……あ、子供か」


 俺がアイシャに目を向けながら呟くと、こいつは剣を引き抜いた。


「待てこら。ジルコニアとてめえの胸見比べてぷるぷる震えてるんじゃねえよ。そういう意味で子供って言ったわけじゃねえ」


 めんどくせえなあ。

 てめえの体ん中で弱点なんかソレたった一つじゃねえか。笑って許してやれよ。


「ふふっ、大人のレディーには程遠いわね」


 そう言いながら胸を張るジルコニア。やめねえか、まだ奴らから見えるっての。大人しく歩いてくれよ。


「ふん! あんただって、マーベラさんに比べりゃ十分お子ちゃまよ!」

「マーベラ? 確か、賢狼族の長老よね? メスなの?」

「そうよ。とびっきり美しい女の子!」


 女の子ってことあるかよ。見た目は精悍だけど長老だぜ?

 実はババアなんじゃねえのか?


「……ポチ、何歳なんだろ。さすがに聞けねえからな」

「またそんな名前で呼んで。噛みつかれても知らないわよ?」

「おお、一緒にいた一か月くらいの間に百回は噛まれたな。……ん? ジルコニア、どうしたんだよその面。すげえ膨れてっけど」


 普段は近寄りがてえ程に冷てえ美貌なのに。お前、意外と表情豊かなのな。


「今度はマーベラさんにやきもち? 大人ぶってるけど可愛いとこあんのね」

「うるさい子ね。まあいいわ、今夜のうちにガルフォンスの体を百一回噛めば済む話だから」

「……よし決めた。アイシャ、後でお前の剣先の臭いを俺の体に擦り付けておいてくれ。そうすりゃ噛み殺される心配がねえ」


 我ながら冴えたアイデアが浮かんだもんだ。

 だからすっかり感心したんだろう。アイシャが早速、一回擦り付けてくれた。


 まあ、誰もそんなフルスイングで擦り付けろなんて言ってねえわけだが。おかげで森までの長ったらしい道が、半分に減ったからよしとしよう。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 木の根が地上にも蔓延はびこるうっそうとした森。腿の鍛錬にもってこいってほど、うねった根が行く手を阻みやがる。そうそう、こんな森だったな。

 かつて知ったる、とまではいかねえが、見覚えのある巨木を辿って、そんなに迷わず目的の洞窟にたどり着いた。


 風穴がそこいらじゅうに開いたこの洞窟。

 まるで笛の様な音を鳴らして、長老の屋敷が俺達を迎え入れる。

 狼と変らねえ体つきのくせに器用に火を扱うこいつらの洞窟にはかがり火代わりの焚火がところどころ常に灯っていて、ごつごつした岩肌にぶつかることも無く余裕でずかずか歩くことが出来るんだ。


「おーい、ポチ。邪魔するぜ?」

「あんたはほんっとに! ……こほん。マーベラ様? ガルフォンスとアイシャにございます。御在宅でしょうか?」


 俺の呼びかけには反応しなかったくせに、外面が声をかけたタイミングで岩陰からひょっこり顔を出した長老・マーベラ。


 心の中をすべて見透かすような赤い瞳が切れ長の目から俺を見つめて、太陽の光を浴びると眩し過ぎて目が眩む、銀の毛並みが焚き木の炎に赤く照らされる。


「よう、ポチ。元気そうじゃねえか」


 そして俺が気軽に挨拶すると、マーベラは煩わしそうに口を開いた。


「はい、どなたでございましょう?」


 ……え?


「しゃべった!?」

「ガ、ガルフ! このやろうしゃべりやがったわよ!」


 おま、外面!

 気持ちは分かっけど!


 口を開けたまんまマーベラを指差して見つめ合う俺とアイシャに、再びかけられる少女のような声。


「違いますよ。しゃべってるのはボクなのでございますよ」


 そしてマーベラの後ろからひょこっと顔を出した奴の顔を見て、俺とアイシャはさらにでかく口をあんぐりとさせた。


「「月! 見ちゃったの!?」」


 獣人族に伝わる伝説通り。


 そこには、光り輝く銀色の髪を持った美しい女性が、照れくさそうに、ぽりぽりと頬を掻いていた。


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