エルフ族はウソをつかない そのいち


 ある程度知能を持つ生物には心があって、心が存在する以上、そこには思いやりからの体裁や確執からのはかりごとが生まれるの。


 つまり、心の裏表というものね。


 でも不思議なことに、人間族とエルフ族に関して言えば……。



 そこに、ウソは存在しない。



 なぜなら、人間族は表と裏の顔を正直に使い分けるし、エルフ族はウソをつかないからね。

 今日はそんなお話。



 ――私が王都にいた頃、エルフ族の男女、人間族の男女という珍しい四人グループと知り合いになったわ。そんなグループと、私はまるでゲストとも言える心地いい距離をとって付き合っていたの。

 彼ら四人の関係は、そうね、ある日の酒場の風景をお見せすれば分かりやすいかしら。


 エルフの女の子が人間の男の子に求愛しながら、かいがいしく魚料理を取り分ける。人間の男の子は、今貰った魚料理をそのまま人間の女の子へ差し出して媚を売る。

 真ん中の男の子は、右の顔と左の顔がまるで違うという見事な三角関係。


 私とエルフの男の子は三人の正面に座って、そんな様子を呆れながら見るというのがいつものスタイルだったわ。


 そして酒宴が盛り上がってくると、エルフの男の子は人間の男の子にいつも言うの。お前さんは表と裏の顔、二つの顔をコロコロ変えて疲れやしないのかって。


 でも、決まって返事はいつも同じ。


 俺に裏表なんかありはしない。左を見てヘラヘラ笑うのも右を見て不機嫌そうにするのも、どっちも表だ。


 ……私はこれを聞くたびに、確かにそうねと考えさせられたものだわ。

 もしも「裏」の表情を使うなら、人間の女の子へいいところを見せるため、エルフの女の子へ心にもない優しい笑顔を向けるはずよね。


 でも、縁は異なもの。人間の男の子は、結局エルフの女の子と結婚したわ。

 そして式から一か月後。私たちはいつもの酒場で会うことにしたの。

 その席で新郎は、新婦を指差して詐欺だ詐欺だと大騒ぎ。彼が言うには、結婚する前まであれだけかいがいしかった彼女が結婚した途端に冷たくなったとのこと。


 かつての言葉や態度はウソだったんだとまくしたてる新郎を落ち着かせながら、あたしは彼に話してあげたわ。

 彼女はエルフ。ウソをつくことはできない。彼女が心変わりしたのはあなたのせいなのではないの? ってね。

 でも新郎はむきになって否定したの。机を叩いて、自分がどれほど彼女に優しくしているか熱弁したわ。


 一体どちらを信じたものか。泳がせたあたしの瞳が捉えたのは、にっこりとほほ笑むエルフ族の新婦。そんな彼女が言うには、彼はウソをついていないと。そしてさらに言うには、自分は昔から変わらぬ思いで彼と接していると。


 ――エルフだから、彼女はウソをつくことなんかできない。


 じゃあ、どうしてこうなったのかと、しびれを切らしたエルフの男の子が問い詰めると、私を心から楽しくさせる返事が新婦から返ってきたの。



「私は彼と出会ったその日に、結婚するまではやさしくして、結婚したら冷たくしようと決めていたのよ」




茶牙ネズミ座の月 木の四日


ジルコニア・エレメンタのとまり木話




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ~第二章~ エルフ族はウソをつかない




 川と畑を隔てる人工の土手。その稜線に立って流れる雲を見上げれば、わざわざそいつを貫いて、赤い怪鳥が顔を出す。

 悪ふざけの好きなファイアーバードが雲の形を散々変えて、そのうち飽きて。タムの森の真ん中あたりにできた小高い丘へ降りていく。


 ファイアーバードが住む丘を巻いて、タムの森を東西に分かち流れるレイジュの川が、俺の左手でその水面を木漏れ日のように輝かす。

 すると土手を挟んで反対側では、森の真ん中にぽっかりとできた広い畑が、青々とした葉を競うように揺らし始めた。


 ……この畑の少し下流。

 そこに、かつては森の恵みだけで暮らしていたエルフ族の村がある。


 この小さなエルフの村は、長老が代替わりしてから緩やかに異文化を受け入れていった。

 畑もその一環なんだが、慣れねえ用水路作りなんかしたせいで随分と土手を崩しちまったようだ。

 おかげで長雨が続くと畑は水浸し。村にまで浸水するようになった。


 当然、長老は国へ泣きついた。治水工事と言えば国家にとって最も重要な責務。断るという選択肢はねえ。だがこんな小さな村の微小な被害に割ける人手はねえ。

 結果として対処は後回しにされて、村の連中はなす術もなく、雨が降る度に恐怖って名前のつめてえ布団を抱いて、助けはまだかと怯えながら寝ることになるわけだ。



 ……こうして旅を続けてると、そんな事がごまんとあるって気付かされる。

 だが、そんな奴らのために俺がいて。そんな奴らのためにバルバーツ党がいるんだ。


「ねえ、ガルフ。バルバーツ党っていろんなとこで見かけるけどさ、まさかその実態が慈善事業団体だったなんて知らなかったわよ」


 土手に石を積んで、それを粘土で固めて。

 エルフ族の皆の為に、爽やかに汗を流すおっさん達。


 バルバーツ党の連中を見つめながら、俺は土手の上からぽつりとつぶやいた。


「工事現場の監督、俺に向いてるかもしれん」

「そう、よかったわね。じゃあ次はこの岩を運びなさい」

「よしきた」


 宿代は国が払ってくれるし。働きづめかと思えば、日に休憩が四度もある。

 出張屋台もたくさん出て、食費は国から補助が出るからなんと半額。


「そのうえ、一日働いたら銀貨五枚も貰えるんだぞ? 最高じゃねえか、現場監督」

「はいはい。無駄口叩いてないで、次はこの木材を割って杭にしといて」

「よしきた」


 まあ、どう考えてもアイシャが監督で俺は作業員としか思えんのだが。

 でも構わん。


 監督なんてやる方が面倒だし。

 命令されて力仕事してる方が断然楽だ。


 そしてもう一つ。

 こうして汗をかくには訳がある。


「みなさーん! お昼御飯ですよー!」


 土手の上で丸太を割っていた俺の耳に響くフライパンを叩く音。

 見下ろせば、畑の縁に建てられた即席屋台で小さな体を元気いっぱいに飛び跳ねさせるエルフの女の子。


 彼女は手を振る俺に気付いてくれたようで、フライパンを振って応えてくれた。


「王子ー! 今日も頑張ってますねー!」


 彼女の前ではいい格好したい。

 男ならだれでも持ってる裏表ってやつだ。


「ベルちゃん、超可愛いよな! 絶対俺のハーレムに入れる!」

「悔しいけどベルさんについては気持ちわかるのよね。可愛いマスコット的な?」

「そう、それ」

「ブルタニス家に雇いたいもの。彼女がいたら毎日きっと楽しいわよね……」


 エルフ族の村、一番の元気っ子。くりっと大きな瞳が可愛いベルちゃん。

 子供っぽいあどけなさの中に、どことなく色気を感じるトランジスタグラマーな彼女はハーレムっ第二号と決めている。


 そう、二号。

 リーネちゃんは残念ながら、書類選考に審査から落ちました。

 募集要項よく見ろっての。俺以外の男とは、いちゃこらすんなって書いてあんだろ?



 ……二十日ほど前の魔獣退治。

 その功績をチャラどころか大赤字にしちまった俺たちは、城に戻る道すがらで指名手配書を持った役人に掴まった。


 そこで牢屋に押し込まれて待つこと三日。ようやく現れた大臣にこっぴどく叱られた上に、お前にはこれくらいの仕事がお似合いだと城にも戻らせてもらえずに追い払われた。

 で、現地で労働力雇って治水工事の監督をしろって言われたんだが、エルフ族は力がねえから断腸の思いでこいつらに頼ったってわけだ。


「にじゅろく、にじゅしち……」


 昼飯と聞いて、ぞろぞろと土手を越えるバルバーツ党のおっさん達。

 全員いるか勘定している俺たちの前を通るその全員が、俺のことを研いだばっかのナイフみてえな目でにらんでいきやがる。


「さんじゅいち、さんじゅに。ねえガルフ。あたし、良いこと思い付いちゃったんだけど」

「お前にとって良いことってさ、大抵俺にとっちゃ嫌なことなんだが?」

「バルバーツ党ってさ」

「無視かよ」

「独自に調査してみたら神瞑しんめいのエストニアスっていう若い党首が反王国を旗印に立ち上げた組織みたいなのよ」

「へえ。……って、ちょっと待て。独自に調査ってなんだよ、どんだけ金持ってんだお前」

「よんじゅさん、よんじゅご。だからさ、バルバーツ党に……」

「よんじゅよん」

「お、ありがと。……でさ、あたしも今度、バルバーツ党に入ろうと思って」

「よんじゅろく……、はあ!?」


 地べたにしゃがんだ俺が見上げる元王女。

 豪奢な金髪を持つ超絶美人が、腿に下げた聖剣を揺らしながら俺に振り返る。

 するとはいてる意味あるのかってくれえ短いスカートからちらりと何かが覗いたんだが。


 ……そんな千載一遇の幸運を、俺は心から楽しむことはできなかった。


「なに言ってんだよてめえ! 今のおっさん達の顔見たろ!? ヤツら、この俺を殺したくてうずうずしてる荒くればっかじゃねえか!」

「よんじゅしち。荒くれじゃないけど、あたしもその一人だって事忘れたの?」


 アイシャが、傷と泥にまみれた指を……、かつては透き通るように真っ白だった指を俺に向ける。

 忘れちゃいねえよ。俺達グランベルクが、てめえからその地位と肌の白さを奪っちまったんだからな。


 ……だが。


「てめえは間違ってる」

「何がよ? 復讐心は何も生まない、とか偉そうに言っちゃうわけ?」


 俺は首を横に振りながら立ち上がって、両手を腰に当ててふくれっ面を浮かべるアイシャに指を向けた。


「よんじゅはち。てめえも、十分荒くれだ」

「どこがよ!」

「ごはあ!」


 俺はいつものフルスイングに吹き飛ばされて斜面を転がり落ちながら叫んだ。


「それのどこが荒くれじゃねえってんだ!」


 ……いや、叫んだはずなんだ。

 だが、俺の耳にはごががががごががって叫び声しか聞こえてこなかった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 あれほど急な斜面を転がり落ちたんだ、ここにいるのも納得できる。

 俺の視界を埋める天使の笑顔。差し伸べられた手を掴むと、ふわり甘くて優しい香りが鼻孔をくすぐった。


「……よく生きてるな、俺」

「ほんとなのですよ。ベル、心配しちゃいましたよ」


 人間族の見た目としては十二才くらい。

 ボリュームたっぷりの金髪をポニテにした可愛いベルちゃんの小さな手を掴んで立ち上がると、バルバーツ党のおっさん達がのこぎりみたいな歯ぎしりを鳴らしながら俺をにらみつけて一斉に悪口を言ってきた。


「「「放辟邪侈ほうへきじゃしのバカ王子め……っ!」」」

「日に日にレベル上がってんな、俺の悪口」


 ていうか、難しすぎて悪口なのかどうなのかも分からん。


「てめえらにゃやらねえぜ? ベルちゃんは俺のハーレムっなんだから」

「またそのお話なのですか? ベル、困っちゃうのです……」


 苦笑いすら可愛いベルちゃんの背中越しに、死ねだの殺すだの不穏なつぶやきが聞こえてくるが、アイシャがいねえ今がチャンス。このまま押し切ってくれる!


「そんなこと言うなよ! 絶対楽しいから!」

「でも、ベルなんかでいいのです?」

「いいのです! ベルちゃんが気に入ってるアイシャも一緒だし安心でしょ?」

「誰が一緒だ!」

「ごはっすねーーー!」


 聖剣・プリムローゼが俺のすねを穿つ。

 こんなの立ってなんかいられねえ。あまりの痛さに体が勝手にのたうち回る。


「こ、この粗忽女……っ!」

「速攻駆け下りてきて正解だった! あたしのいない間に大ぼら吹いてベルさん口説こうとしてんじゃないわよ!」

「あはは……。いつもながら、アイシャさんはガルフォンス王子にも容赦が無いのですね」

「うっ! いえ、その、王子がかような事ばかりおっしゃられるものですから……」

「もうどんだけ隠したって無駄だっての、この外面女」

「うるさい、死ね! 墓の手前で息絶えろ!」

「ぐほっ!」


 主人の顔面を踏みつけるメイドがいったいどこにいるってんだ。まったく分かってねえ。


 横向きに踏まれたら、パンツが見えねえじゃねえか。


 ブーツで固定された視界には、五件もの屋台と共同調理場が見える。

 その向こうには延々と続く緑一色の畑。もうちょっと季節が後だったら、とれたて野菜をここで楽しむことが出来たんだろうな。


 そんな地面すれすれの目玉に近付くベルちゃんの木靴。これはチャンス。だと言うのに、目だけを強引に上にあげてもアイシャの靴底しか見えなかった。


 くそう。


「アイシャさん。今日は何をお召し上がりになります?」

「そうねえ。高級ペレネ豚のピリ辛ペンネにフライドチキンを二つ乗せて、デザートにクレープを頂戴」

「はいなのです。……ええと、王子は?」

「塩パスタ」

「またなのですか?」


 ベルちゃんが、しゃがみ込んで俺の顔を覗き込みながら聞いてくる。よくできた子だよ。


 だから、スカートの裾をぴっちり押さえ付けながらしゃがんだことに文句は言わないでおいてやろう。押さえたってことは、この俺が覗くと疑ったってことだもんな。だが寛大な俺はそんなことくらいじゃ怒らねえ。


 怒らねえから、もうちょい、右。


「たまにはお肉やお野菜も摂らないと倒れてしまいますよ?」

「エルフ族にお肉って言われてもな……。でも金がねえからしょうがねえ。日払いって約束の給料、三日も遅れてるんだ。出納係の野郎どこほっつき歩いてんだ」

「あんたと違ってお忙しいんだからしょうがないでしょ? それにしたって、あんたはどんだけ貧乏なのよ」

「どうしようアイシャ。俺、あと銅貨十二枚しかねえ」


 塩パスタ、銅貨六枚だからあと二皿しか食えねえんだけど。


「子供のお小遣いじゃないんだから。今度塩パスタって頼んだら恥ずかしすぎて切り殺しちゃいそうなんだけど」

「切れねえだろうがよ、お前の剣」

「じゃ、撲殺で」

「なんで主人の生殺与奪をメイドが握ってるんだよ。あと、なんで主人よりメイドの方がいいもん食ってるんだよ」


 それと、いいかげん踏みつけるのやめろ。


「知らないわよ。メイドのお給金から食べてるだけよ?」

「今度お前がいくらもらってるか出納局に行って確かめてやる」


 俺より貰ってたら今度からお前のおごりな。


 そう心に誓ってる間に、ベルちゃんが調理場へ駆けて行く。するとようやくアイシャのブーツが顔からどいてくれた。

 もちろん慰謝料として、一旦しゃがみ姿勢になって真っ赤なスカートの中を覗かせていただこうと思ったんだが。


「……よう。お前らも昼飯か?」


 そばにいた二人の子供と目が合ったせいで、そっちを向かなきゃならなくなった。


「お前ら羨ましいな。覗き放題じゃねえか」

「バカ言ってんじゃないわよ! お嬢ちゃんとお兄ちゃん。この人に近寄ると何かに感染するから、向こうで遊んでなさい」

「なんて事言いやがる。……こら、お前らもガチで怖がって逃げてんじゃねえよ」


 エルフの兄妹は、豚肉を炒めていたベルちゃんの元に走って、俺たちの様子をこそこそうかがってやがるんだが。

 三兄弟だったのか? お姉ちゃんの邪魔すんなよ?


「ベルさん三兄弟見てると和むわね~」

「俺もおんなじこと思ってた」

「そうですか? あたしだけ兄妹じゃ無いんですけどね」

「ああ、そうなんだ。……ん?」


 あれ? 今、フライパンを振ったベルちゃんの手首に見えたものは?


「ベルちゃん、ルルイデン地方の出身じゃないよね?」


 言ってから、まずいことをしたと後悔だ。ベルちゃんの長袖から覗いた手首。

 そこに彫られた刺青は……。


「見えちゃいました? お恥ずかしいのです。ちゃんと隠しておかないと」

「え? 罪人痕?」


 人のことは言えねえが、この粗忽は。

 今更口押さえて、やっちまったって顔してんじゃねえよ。


 調理場にいたエルフ族の皆さんはそれを知っているようで、そっと目を逸らす。


「ええ、昔、いろいろあってですね……」

「冤罪でも受けたの!? ちょっと! あんたの国、一体どうなってんのよ!」

「この通りだ!」


 言われるまでもねえ! 地べたに平伏だ!

 ベルちゃんにいわれのない罪を負わせるなんて、どうなってんだよ俺の国!


「お、王子! 違います! ほんとに悪いことして掴まっちゃったのですよ!」

「ウソだ!」

「ウソじゃないのですよ! エルフはウソをつけないですから!」


 それは確かに。

 だが……。


「だったら何をしたってんだ? お菓子の万引きか? それとも食い逃げ?」

「詐欺なのですよ」

「すっげえ意外な言葉が出て来た!!!」


 てへっと舌なんか出してっけど。

 ベルちゃんに人を騙す事なんて……、ん?


「待て待て。エルフが詐欺って何の冗談だ? お前らウソつけねえだろ」

「ウソなんかつかなくても、人を騙すことくらいできますよ?」

「……ガルフ。やっぱ、あんたの国が冤罪擦り付けたんじゃないの?」

「すいませんでした!」


 俺のせいじゃねえけど。

 でも冤罪としか思えねえ。


 とりあえず、土下座しておくことにした。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 主人が塩パスタ食ってる横で、てめえは美味そうなもん食ってやがんな。

 せめてあれだ。今夜はそれなりご奉仕しろ。


 ……デートしてくれるとか。


「そうだガルフ。あんた、今夜ひま?」

「デートか!? あけるあける! ほんとは用事あんだけど全部断る!」

「そんなんじゃないわよ。さっき話した、神瞑しんめいのエストニアスにプロポーズしに行ってこようと思ってさ、この近くに野営してるんだって」

「へえ、なんだデートの誘いかと思っプロポーズだあぁぁあああ!?」

「なによ、止めようったって無駄よ?」


 俺に笑顔を向けたアイシャの豪奢な金髪が、肩からするりと落ちる。

 そんな様を見る俺の口が開きっぱなしのまま止まっちまった。


「だって、これだけの慈善組織にしてグランベルク家を滅ぼすことを目標としたバルバーツ党のトップなのよ? あたしの理想そのものじゃない!」

「……はあ」

「でもさ、殿方がどんなこと言われたら喜ぶかわかんないから、あんたこの笛吹いたら飛んできなさい」


 アイシャはそう言いながら、小さな木笛を取り出してピーと吹く。

 小さいのに随分とでかい音が鳴るもんだ。


「……そんな笛、どこで買ったんだよ」

「あの兄弟がくれたの」


 ニコニコ笑って手を振る先は、さっきのエルフの兄妹。その兄貴の方が、真っ赤な顔してお辞儀してやがる。


 ほんと。美人って得な。


「で? 飛んで行ってどうしろってんだよ」

「要領得ないヤツね。エストニアス様が清楚なあたしに惚れるように、うまい事いろいろしなさいって言ってんの!」

「……え?」

「え、じゃないわよ。この音が聞こえたら三秒で来なさい」

「エストニアスとお前が会ってるとこへ?」

「うん」

「笛を吹いたら行けと?」

「そう。三秒で」


 そこまで言うなり、でかい豚肉の塊に大口開けてかじり付いてっけど。

 なにが清楚なあたし、だ。

 肉の脂、ぼったぼった垂れてるっての。



 ……しかし、まいったな。


 こいつはややこしいことになっちまった。


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